−指揮者(Previn.Andre.)−の映像のコレクション−(2019年4月現在)

−N響の首席客演指揮者のため、N響とのコンサートが多く、弾き振りの協奏曲や三・四重奏の室内楽の演奏が記録されている−


指揮者(Previn.Andre.)−の映像のコレクション−(2019年4月現在)


Andre Previn. 、アンドレ・プレヴィン、(1929/4/6〜2019/2/28) 、

    (交響曲)
  1. 13-3-2、プレヴィン指揮、N響による交響曲40番K.550、およびセレナードト長調K.525、コラールのピアノによるピアノ協奏曲23番K488、1995年10月、第1272回、NHKホール、
  2. 13-6-1、プレヴィン指揮、N響による交響曲39番K.543、およびデイヴェルテイメントへ長調K.138、プレヴィンの弾き振りによるピアノ協奏曲24番K491、1998年5月、第1352回、NHKホール、
  3. 13-5-1、プレヴィン指揮、N響による交響曲38番K.504、およびデイヴェルテイメント変ホ長調K.251、堀正文の独奏によるヴァイオリン協奏曲第3番K216、1999年5月、第1381回、NHKホール、
  4. 8-4-1、プレヴィン指揮、N響による交響曲36番K.425「リンツ」およびプレヴィンの弾き振りでピアノ協奏曲24番K491、2007年、NHKホール、
  5. 10-1-1、プレヴィン指揮、N響による交響曲38番K.504「プラーハ」、交響曲39番変ホ長調K.543および交響曲40番ト短調K.550、2009年10/28、サントリーホール、
  6. 13-1-1、プレヴィン指揮、N響による交響曲1番K.16および交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551、2012年9月26日、サントリー・ホール、

    (協奏曲)
  7. 3-11-2、プレヴィンの弾き振りによるピアノ協奏曲17番K.453、およびピアノ協奏曲第20番K.466、ロンドン交響楽団、1974、BBC、
  8. 6-7-2 、プレヴィンの弾き振りによるピアノ協奏曲24番K.491、およびプレヴィン指揮、マドツアのピアノによるピアノ協奏曲27番K.595、1990年、シェーンブルーン宮殿、
  9. 10-9-1 、プレヴィンのN響との弾き振りによるピアノ協奏曲24番ハ短調K.491、2009年9月、京都、
  10. 10-2-1 、プレヴィン指揮、N響と池場文美のピアノによるピアノ協奏曲23番イ長調K.488、2009年10月23日

    (室内楽)
  11. 1-3-2、プレヴィのピアノとウイーンフイル首席によるピアノ四重奏曲第1番K.478および第2番K.493、モーツアルト週間、2000年、
  12. 7-7-1、プレヴィンとムッターによるピアノ三重奏曲、K.548、K.542、K.501、マントバ、2006年、
  13. 10-9-1、プレヴィンのピアノとN響堀正文ほかの首席によるピアノ四重奏曲第1番ト短調K.478、2009年9月、京都、
  14. 11-2-1、「プレヴィンとN響の仲間たち」堀正文ほかの首席によるピアノ四重奏曲第1番ト短調K.478、および第2番変ホ長調K.493、2010年11月、浜離宮朝日ホール、


(以上)(09/08/31)(改訂11/02/09)(改訂2013/06/08)(改定2019/03/31)



19-4-1) アンドレ・プレヴィンが亡くなった。心からご冥福をお祈りします。

       N響でモーツァルトを振ってくれた指揮者アンドレ・プレヴィンが、90歳を目前にして、残念ながら亡くなった。最近、顔を見せないなと思っていたところへの訃報であった。私は、このHPを始めたころから彼を注目していたので、彼の映像のデータベースではかなりの記録がある。しかし、彼はジャズや映画音楽でもかなりの実績を残していたので、ピアノが良く弾けるし、彼の本心がどこにあるか、心から信頼できる演奏家とは言えなかった。N響定期を、毎年、振るようになって、オール・モーツァルトのコンサートを聴くようになって、やっと彼の良さが分かり、次第に彼に惹かれだしたような気がする。


       それを決定づけたのは、彼がピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491を弾き振りし、交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」を振ったコンサート(8-4-1)のN響定期のコンサートであった。N響アワーの司会者の池辺晋一郎氏の番組において、07年1年間のN響定期会員によるアンケートで、ソリスト編と指揮者編のベストテンを紹介していたが、ソリスト編では何とこの番組のピアノ協奏曲ハ短調K.491がベストテンのトップに選ばれており、また指揮者編の第二位がこの番組のリンツ交響曲K.425が選ばれて再放送されていた。競争の激しいアンケートのベストテンの1位・2位にまさかプレヴィンのモーツァルトが選ばれるとは思いもしなかったので、彼は私だけでなく、皆に好かれる演奏家であると驚いたものであった。

  多彩な彼にはピアノの腕を生かしたアンサンブルの室内楽があるが、ムターのヴァイオリンで弾いたトリオの映像(7-7-1)があり、これが私の良く聴くお気に入りになっている。ムターは、当時、彼の奥さんであった筈であり、プレヴィンはとても元気な様子で、トリオを心から楽しんで弾いているように見えた。出来れば、全曲演奏して欲しかったと、残念に思っていたものである。

       彼の演奏リストを見ると、モーツァルトの交響曲の第1番K.16と第41番K.551とを比較するように演奏したプログラム(13-1-1)が印象に残っているが、思えばこれが、このHPのラスト・コンサートであった。これは2012年9月26日のサントリーホールの記録であり、彼は指揮台の椅子に座って指揮をしており、かなりお年を召されたことを心配していた。私はこの演奏について「この第一番の気品のある豊かな演奏を聴いて、かってのベームの演奏もそうであったと思いだした。ジュピター交響曲も荒々しさのない落ち着いたテンポの演奏であり、穏やかに深みを感じさせる淡々とした破綻のない演奏で、随所に響くアンサンブルの良い響きが極上でとても魅力的であった」と書いていた。        

このリストにあるように、彼は沢山の演奏記録を残してくれた。彼は老境になってから、自分が本当にやりたかったことは、オーケストラの指揮だと語っていたが、彼の残された貴重な記録を振り返りながら、ここに謹んでご冥福をお祈りしたいと思う。(2019/04/01転記)


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