映像によるオペラ「コシ・ファン・トウッテ」K.588の全て−総括編−

−コレクションの表−1のデータベースに掲げる全25組のソフトのうち、LPとCDを除いた映像は20組あるが、このたび全ての映像のHPへのアップロードがやっと完了した。以下は、自分なりに考えた映像史的な観点から各映像の意義を整理したものであり、私の好きなオペラ「コシ・ファン・トウッテ」の映像を選び出し、終わりに私の好きなフィオルデリージ、ドラベラ、デスピーナなどを紹介するものである−


映像によるオペラ「コシ・ファン・トウッテ」K.588の全て(2011年6月現在)

−全ての「コシ・ファン・トウッテ」K.588の映像、全20組のアップを終えて−

            倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに、
 

   このオペラの私の最初のLPは、カール・ベーム(1894〜1981)指揮のウイーン・フイルハーモニーのLP(1956)であったが、私は当初はオペラをあたかも器楽曲のように聴いており、リブレットの中味をあまり気にせずに音楽だけを追っかけていた。それは、このオペラの内容が「フィガロ」や「魔笛」などの他のオペラと異なって、内容がふざけすぎていて、余り好きになれなかったことにもよる。従って、オペラとしてリブレットを参照しながら本格的に聴き出したのは、CDになってから初めて求めたベーム2のフィルハーモニア管弦楽団とシュワルツコップによるCD盤(1963)からであった。私はこのCDによって、このオペラの音楽の素晴らしさや美しさを啓発されたような気がする。その後CDとしては、表−1に示すように当時新しく売り出されたマリナー盤(1987)などを聴き出していたが、91年のモーツァルト・イヤーに向けて発売された二つのLD、ミラノ・スカラ座のムーテイ3盤(1989)の映像と東ドイツのTV用映像のハンス・フォンク盤(1983)によって、このオペラの本当の面白さを知り、オペラは映像でなければ楽しめないし味わえないと確信するようになった。

   「コシ」は大好きなオペラであるので、それ以来、私は映像があると必ず収録するよう努力してきたが、今日までに集まった25組のソフトについては、表-1に示す通りである。このうち映像は20組も揃っており、最近のオペラ優先のアップロード方針のお陰もあり、HPのソフト紹介の2011年6月号のライプチヒオペラ(11-6-2)のアップで、全20組の「コシ」のオペラ紹介は完結した。これらの映像の全てに克明に目を通し、2001年に始めた最初の頃と写真を多用できる最近のものとの濃淡の差が気になるものの、自分なりの各ソフトの印象記がこれでほぼ完成したことになった。

     この全体をどう言う風にまとめるかについては、既にご報告済みの「フィガロの結婚」K.492などと共通することが多いので、主として映像史的な観点から、映像の収録年を基準に考えていくことになる。しかし、このオペラを語る上で欠かせない3種類のLP・CDや映像(1969)を残したカール・ベームの功績や、3種類の映像を残したムーテイや、2種類の映像を残したアーノンクールの映像などの位置付けを考えながら、80年代以前、90年代、2000年代以降の三段階に区分して、まとめを考えていくことにした。
    
表−1、オペラブッファ「コシ・ファン・トッテ」K.588のデータベース、(2011年06月現在)
No入手日付メデイア指揮者オーケストラ演出者録年月フィオルデリージアップロード・メモ
70LPBohm1Wiener-PO5600Della-Casa
880820CDBohm2Philh-O6300Schwarzkopf
1000102VTBohm3Winer-POKaslik6900Janovitz映画方式(9-9-3)
1040612SDSoltiLondon-PO7300RorengerMarionet-Salz(4-7-3)
1031113SDPrichardLondon-POSlack7500Douse75Glyndeboune(3-12-1)
1020802CDMuti1Wiener-PO8200MarshallSalz-live
901210LDHans-VonkDresden-SKHerz8305PusarTV映画(11-3-2)
911004VTMuti2Wiener-POHampe8307Marshall83Salz-F
910119VTOstmanDrotningsDecker8400BielPeriod(11-4-2)
10921021VTHarnoncourt1Wiener-POPonnell8900Gurberova映画方式
10'1011107DDHarnoncourt1Wiener-POPonnell8900Gurberova映画方式(10-4-4)
11900125LDMuti3Scala-TeoHampe8904Dessi(11-2-4)
12901225CDMarrinerAcad-STMT8907Mattila
13970814LDSmithWiener-SOSellars9000Larson現代演出(10-11-2)
14940319LDGardinerEng-BRQ-SOGardiner9209RoocroftPeriodシャトレ座(10-12-2)
151000617VTWildnerLeipzig-OPODew9500Bartori現代演出(11-6-2)
16990328VTMuti4Wiener-POSimone9600Fritoli
161041002SDMuti4Wiener-POSimone9600Fritoli(4-11-1)
17990922CDJacobs1Concert-Koln9803GensPeriod,CD-ROM
181010505SDHarnoncourt2Zurich-OPFrim10002Bartori現代風(1-5-1)
191020504SDJacobs2Concert-KolnTuen10108DesoltiHV現代風Period野外ライブ(2-5-1)
201030102SDBarenboimBerlin-PODerie10208RoschmannHV現代風(3-1-1)
211060204SDAbbadoMahler-COMaltone10000DienerCS736CH(6-4-1)
221070507SDI.FischerAge of EnlightmentHeitner10606Persson06Glyndeboune(8-7-3)
231070226DVDHoneckWiener-POHerrmann10608Martinez現代風・M22(7-3-5)
8'1090224DVDMuti2Wiener-POHampe8307Marshall83Salz-F(9-7-3)
241100807DVDMoestZurich-OPOBechtolf10900HarteriusHV現代風(10-9-3)
251101113BDA.FischerWiener-POGuth10907PerssonHV現代風109Salz-F(11-1-2)
Noメモ
261132010HDD2Yves AbelTokyo-POMichieletto11306PerssonBS103(13-11-3)
272014CDCurrentzis MusicaEterna11209KermesCDSonyClassical
281150326HD1Harnonkourt3Wien-Con-Musicum演奏会形式11403EriksmoenCSセミ・オペラ形式(15-4-3)
291140910DVDCambrelingMadrid teatro-O&CHaneke11303Fritsch輸入DVD(15-5-3)
301151110DVDEschenbachWiener-POBechtolf11308Hartelius2013SalzF(16-2-3)
311170317CDSoltiEurope-CO9409FlemingM225CD全集CD134~136
321180425BDBychkovOrch-Roy-Op-HouseGloger11609WintersBD(18-7-3)

(注)メデイアの覧の記号の意味は、VTとはアナログ・ビデオテープであり、S-VHSの3倍速で録画している。DDまたはSDとは、デジタル・ビデオテープであり、Dは D-VHSテープ、SはS-VHSテープに、LS-3モードで録画している。DVDは市販または自作のもの、BDはブルーレイ・デイスクであり、市販または自作のものである。

     私が収集したソフトとアップロード番号などの関係は、表-1の通りであるが、この表は私とこのオペラとのおよそ40年を超える関わりを示すものであるので、一言述べておきたい。
      表−1において、上から17番くらいまでのソフトは、主として録音年代順に整理されているが、18番以降は左側の入手日付順に整理されている。このHPを開始したのは2000年であるが、2001年よりデジタルで映像をD-VHSにより収録するようになり、これを機会にモーツァルト映像のソフト紹介を開始した。この「コシ・ファン・トウッテ」を最初にアップロードした映像は、第18番の2001年5月にNHKBS102で入手したアーノンクール2・フリム盤(1-5-1)であり、早速、2001年5月に直ちに1番目にアップしている。続いてアップしたのは、次ぎに入手した第19番のヤーコプスとコンチェルト・ケルンの音楽祭野外ライブの映像(2-5-1)であり、その後、第20番のバレンボイムとベルリン国立歌劇場の映像(3-1-1)などと続いていった。この表−1を、「コシ」の映像を整理するデータベースとして初めてアップしたのは、2004年10月に入手したムーテイ4・シモーネ盤(4-11-1)からであり、2004年11月のことであった。
     このHPで伝統的な「コシ」の映像ではなく、いきなり最新の「コシ」の映像からアップを始めたのは以上の理由からであった。これまで異色とされてきたP.セラーズの映像やエストマンの映像などを十分消化しないままに新しい映像に飛び付いていったため、最初の頃は戸惑いを感じながらのアップロードであった。

     それ以降は、新しい映像を入手する都度、表に追加してアップロードを重ねてきたが、一方では、入手済みのLDやS-VHSなどの古いソフトのアップロードも必要であり、最近のオペラ優先のアップロード方針のお陰で、2011年6月に完了し、現在に至っているものである。このように、この表は、新ソフトを入手するごとに途中から追加され書き加えられてきた、謂わば、私とこのオペラとの係わりで出来上がった表になっている。従って、私にとってはこの表は、このオペラの原点であり、これからも新しいソフトが加わるごとに、この表にプラスして継続していこうと考える謂わば終わりのない表である。



2、「コシ・ファン・トウッテ」の映像の年代別映像ソフトの整理、


    このオペラの映像の歴史をたどると、最初に現れる最も古い映像はカール・ベームの映像(1969)であり、当時としては破格のカラー映像であった。この映像は、映画方式で作成されており、ドイツ語圏用にドイツ語の字幕で解説が入るTV用に編集されたオペラの映像であったが、ベームは後述するように、このオペラを3度も録音しており、このオペラが第二次大戦後、今日のように数多く取り上げられる様になったのは、彼の功績が極めて大きいと考えられよう。その後、このオペラの映像は、私が個人的に収集した限りでは、モーツァルトの没後200年の1991年および生誕250年の2006年の二つのモーツァルト・イヤーを経過して、今日まで20組の「コシ・ファン・トウッテ」の映像を見ることが出来るようになっている。

    このようにこの映像の歴史を捉えるとき、二つのモーツアルト・イヤーの91年前後と06年前後に競い合うようにリリースされた映像を中心に考えると、年代別には1980年代以前、1990年代、2000年代以降の三つに年代を整理し、オペラの年代別の特徴とか違いについて考察していくことは意義深いものがあろう。以下に示す表−2の年代別映像ソフトは、表−1より改めて録音年に注目して整理し直してみたものである。


表ー2 「コシ・ファン・トウッテ」K.588の年代別映像ソフトの整理、
番号1980年代以前(〜1984)1990年代(1989〜99)2000年代(2000〜)
ベーム3・カスリック(69)アーノンクール1・ポネル(89)アーノンクール2・フリム(100)
マリオネット・ショルテイ(73)ムーテイ3・ハンペ(89)アバド・マルトーネ(100)
プリッチャード・スラック(75)スミス・セラーズ(90)ヤーコプス・ツーエン(101)
ハンス・フォンク・ヘルツ(83)ガーデイナー・パリシャトレ座(92)バレンボイム・デリエ(102)
ムーテイ2・ハンペ(83)ウイルドナー・デユー(95)I.フィッシャー・ハイトナー(106)
エストマン・デッカー(84)ムーテイ4・シモーネ(96)ホーネック・ヘルマン(106)
メスト・ベヒトルフ(109)
A.フイッシャー・グート(109)


     表−2によれば、全20組の映像のうち、85年以前および1990年代にはそれぞれ6組となっているが、2000年代には8組を超える映像が集まっている。ここでは、この年代別に分けて、個別に「コシ・ファン・トウッテ」の映像をチェックして、年代別に特徴と思われるものを見出して考察してみたいと考えた。しかし、このオペラには、表-2で明らかなように、このオペラを語る上で欠かせない3種類のLP・CDや映像を残したベーム盤(1969)があったり、あるいは3種類の映像を残したムーテイや2種類の映像を残したアーノンクールの映像などの特別な映像があり、これらの映像の位置付けを考えながら、年代別に整理していく必要があろう。そのため、ここではまず手始めにベームのLP ・CD記録と映像記録について考察することから始めよう。


3、カール・ベームの3度の録音と彼の残した映像、

      カール・ベーム(1891〜1981)映像(1969)は、ウイーンフイルを使い、カスリック演出の最も古いもので映画版として残されている(9-9-3)が、カラー映像であり、6人の配役も当時のベストのキャストによるものであった。私のこの映像は、2000年1月2日のお正月番組でクラシカ・ジャパンから放映されたものをS-VHSテープに収録したものであるが、現在ではDVDとして発売されており、音声も映像ももっと状態が良いものになっている筈である。

     私はこのオペラをベーム1の最初のLP(1956)で聴き始めているが、このLPにはリブレットが付属していなかったので、私はこの曲を器楽曲のように聴いていた。しかし、珠玉のように美しいアリアやアンサンブルがあることに気づかせてくれた。この曲を本格的に聴きだしたのは、ベーム2のフィルハーモニア管弦楽団を使ったシュワルツコップのEMIのCD盤(1963)であったが、これが輸入盤だったので、私はチャンパイの「名作オペラ・ブックス」(1988)が出るまで、リブレットなしで聴いていたかもしれない。このように私はベームの録音でこのオペラを知ったわけであるが、ベームの映像が残されていたのを初めて見たのは、このクラシカ・ジャパンの放送であり、コレクションの10組目くらいの映像であった。

  ウイーンフイルないしウイーン国立歌劇場にこのオペラを持ち込みレパートリーにさせたのは、ベームの功績のようであるが、彼は大戦前まで余り評価されていなかったこのオペラの復活を願って、生涯にわたって力を尽くしたと言われており、それは映像を含めて表−3の通り4度もこのオペラを録音していることからも理解できよう。
       この表によれば、約6年おきに20年にわたってベームは録音しているが、3度はウイーンフイルを振っており、ライブは最後の1974年のザルツブルグ・ライブだけである。配役を見ると当時のこのオペラ向きの良い歌手が選ばれているが、重複している歌手も多く、個人的な好みで言えば、この映像のものが一番良い組み合わせのように思われた。


 
表−3、カール・ベームの「コシ・ファン・トッテ」のデータベース
ベーム1ベーム2ベーム3ベーム4 摘   要
収録年月195619621969(9-9-3)1974
メデイアLPCDS-VHS-TapeCD
オーケストラウイーンフイルOフィルハーモニアOウイーンフイルOウイーン国立OPO
演出者V.Kaslic
FiordeligiL.Della CasaE.SchwarzkopfG.JanowitzG.Janowitz
DorabellaC.LudwigC.LudwigC.LudwigB.Fassbaender
GuglielmoE.KunzG.TaddeiH.PreyH.Prey
Ferrando A.DermotaA.Kraus L.AlvaP.Schreier
Don  AlfonsoP.SchaeflerW.BerryW.BerryR.Panerei
DespinaRoseH.SteffekO.MiljakovicR.Grist


              全20組の映像の中では最も古い映像であったが、特徴は映画方式であったので、豪華な着せ替え劇となって矛盾が少なくなっている反面、ドイツ語の字幕で中断したり、長いレチタテイーヴォがカットされたり、アリアのカットや省略もあって、2時間35分に納められていたが、やはり音楽はさすがベームとウイーンフイルであると納得させられるものであった。恐らく、このオペラの演出家や指揮者たちは、必ず事前に、この映像をチェックしているに相違ない。従って、この「コシ・ファン・トウッテ」の映像としては、内容はヤノヴィッツを始め、当時のベストのキャストを集めた推薦に足るものを持っているが、映画方式であるので他の舞台でのライブの映像とは条件が異なるし、省略が他の映像よりも多く、ファンには必見の映像ではあっても、総合評価では必ずしもベストの映像とは言い難いと思われる。



4、1980年代で現れた三つの特色ある映像、 

    表−2の1980年代で現れた三つの特色ある映像に先だって、録音年が古いマリオネット劇があることに、一言、触れておきたい。この映像はベームの次にあるマリオネット・ショルテイ(73)の映像であり、ザルツブルグ・マリオネット劇場が1995年に制作した一連のモーツァルト・オペラシリーズのマリオネット劇の映像(4-7-3)である。この映像は、ナレーターのユステイノフが解説しながら進行するもので、背景の音楽はショルテイ指揮ロンドンフイルの1973年のデッカ盤であり、録音年の関係で早い順番になってしまった。このLP盤は、ベーム盤よりかなりテンポが速いきびきびとした演奏であり、ローレンガーがフィオルデリージ、ベルガンサが妹のドラベラを演じ、当時、名盤の一つに数えられていた。この劇での所要時間は2時間6分であり、かなり短めに編集されていた。

    マリオネット劇も、「後宮」、「フィガロ」に続いて3回目であり、人形劇の手の内が分かるようになり、やや新鮮みが薄れてくる。しかし、登場人物の多い場面での沢山の人形の動きであるとか、注意して見ていると杯を持って乾杯する場面や音楽に合わせた蛇の動きの場面などのきめ細かな特別な操りには驚いてしまう。顔の表情に変化がなく口が動かない人形を使うので、動作の動きが少なく心理的な側面が重視される「コシ」であるので、解説の役割は他のオペラ以上に重要であったが、ユステイノフの名解説で辛辣さが増した面白い人形劇となっており、字幕のないオペラを見るよりも、このマリオネット劇を見た方が分かり易い面があった。

    1980年代以前のオペラ映像は、後述のムーテイ2の映像を除くと三種類ある。そのなかで最も古い第一の映像は、75年グラインドボーン歌劇場の「コシ」であり、ジョン・プリッチャード(1921〜1989)指揮、エイドリアン・スラック演出盤(75)(3-12-1)である。この映像は、「コシ」の最初に市販された映像であり、初期のLDで出ていたが、私は2003年にクラシカ・ジャパンで放送されたものをデジタル収録している。古い映像のせいか画像に滲みがあったり、音がモノラルで冴えないなどの不満も多かったが、これらを忘れてしまうほど大らかで楽しい演出であって、古い映像であるが安心して見ておれるしっかりした舞台であるという印象を得ている。

            出演者もグリエルモの若いトーマス・アレンしか知らなかったが、芸達者が揃っており、演出も変な奇抜なところがなく、いろいろな映像を見てきた今となっては、どの場面もどこかで見たような感じがしていたが、考えてみればこの映像が最初であるので、後発の舞台がこれを参考にしたものと思われる。リブレットに忠実な小さな劇場でのアンサンブルの良い温和しい映像という特徴なのであろうか。ただ、最後の観衆の凄い拍手に、二人ずつペアーになって拍手に答えプリッチャードも舞台に顔を出していた。しかし、いつの間にか二階の貴賓席に陣取ったアルフォンゾが、どうだとばかりに騒いでいる客席を得意げに見下ろしていた姿が印象的で、こういう風景は他の大劇場ではあり得ないなと言う感想を持った。客席と舞台とが近い小劇場の良さが現れていた。

      1980年代の第二の映像は、ハンス・フォンク指揮ヨアヒム・ヘルツ演出、東独のドレスデン歌劇場によるTV映画方式の「コシ」(11-3-2)であり、1983年10月制作のものである。この映像は、スタジオでテレビ用に収録した「コシ」で、東独のフェルゼンシュタイン流のドイツ語によるコミッシェ・スタイルのものであり、許婚同志の組み合わせが最後までどうなるか気を持たせる細かな演出など、90年にLDでムーテイのLDと同じ時期に発売され、ムーテイのスカラ座の本格派に対し、とても斬新な面白い「コシ」と受け取られていた。

       映画方式のため、指揮者やオーケストラや歌劇場の姿はなく、専ら演技上手の主役6人と合唱団によるスタジオでの室内劇となっていた。その演出は東独の巨匠ヨアヒム・ヘルツによるものであり、こじんまりしたスタジオ設営で、歌よりも劇に重点をおき、歌手たちの内面やアンサンブルに重きを置いた進め方であって、衣裳や小道具などは派手で細かいところにも気が配られていた。結果的に得られた映像では、色彩が美しく、クローズアップが多い優れたTV用映像と思われたが、最近のハイビジョン映像を見慣れたものには映像のピントが甘いのが気になり、音声のレベルが低く冴えない音質であった。音楽面では通常省略される第7番と第24番のアリアのほかに第27番のフェランドのアリアが省略されているほか、ドイツ語の会話によりレチタテイーボの省略ないし短縮化が図られていた。

      この映像の男女の愛のもつれの演出は、フェルゼンシュタイン流のドイツ語によるコミッシェ・スタイルのものであり、仲の良い恋人たちの組み合わせが変わったのは、第一幕の毒薬による介抱劇が行われた際に入れ替わっていた。そしてその組み合わせが最後までどうなるか気を持たせる細かな演出がなされ、最終的には、リブレット通りの元の鞘に納まる伝統的な演出となっていた。6人の歌手陣は東ドイツで活躍する方々なので、このホームページでは初めてであるが、歌も演技も優れており、ドイツ語劇であることを忘れさせるライブと異なった完璧な演技がなされていた。また、第10番の小三重唱など随処で鳴るチェンバロの響きが効果的であったり、第25番のロンドなどで鳴るホルンの響きなどが素晴らしかったり、細かなところへの配慮がなされていた。さらに、大舞台のライブのように大雑把でなく、男二人の思いと異なる姉妹の相手の選び方が各所で現れて、その都度男達を驚かす心理的な見せ場も用意され、これはスタジオの映像でなければ不可能であろうと思わせた。室内劇に徹し、アンサンブルを重視したこの「コシ」は、このオペラのあり方の一つを思わせる優れたものと考えられる。

    1980年代の第三の映像は、アーノルド・エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷歌劇場管弦楽団と合唱団によるデッカー演出の「コシ」(11-4-2)である。この劇場のオペラは全て18世紀スタイルであり、古楽器を使用し、楽員はカツラを付けて演奏し、初演当時の舞台・演出を心掛けているのが特色であった。
  今回の「コシ」もピリオド演奏や舞台演出の試みを期待していたのであるが、ピリオド演奏の試み、すなわち早いテンポの切れの良さや声とオーケストラとのアンサンブルの良さなどは良かったのであるが、エストマンの指揮にときどき現れる異常な早いテンポが私の大好きな女性陣の二重唱、第4番、第一幕フィナーレの冒頭、第20番などに現れて残念に思った。演出については、18世紀の木造の奥行きの長い舞台が生かされたリブレットに忠実で伝統的な演出で良かったと思うが、海が見えても船がなく、外国人への変装もアルバニア人に見えたかどうか、北欧の何処かの「コシ」のように国籍にはとらわれない感じも見えていた。

    省略曲の扱いは、第7番と第24番の省略は通常通りであったが、さらに第26番のグリエルモのアリアまで省略されていたのが意外に思われた。このアリアは、ライブでは客席でも歌われる人気曲であるので、私には残念に思われた。また、このオペラにおけるカップルの最後の姿は、伝統的でリブレット通りの元の鞘に戻る終わり方になっていた。また、この演出ではカップルが入れ替わる時点は、第一幕のフィナーレの女性陣が男性陣を介抱する時点で入れ替わっており、ドラベラに積極性が見受けられたように思った。
     この映像は歌劇場を使っていながら拍手や観客の姿が見えないので、良く見るとやはりライブ公演の記録ではなく、この映像のために劇場をスタジオのように使って、ライブ風に収録した映像であろう。それで合点がいったが、序曲が始まると主役の6人が、何と通勤客のように歌劇場に駆けつけて、カツラを被り衣裳を着けて舞台に出てくる裏舞台が写されていたり、最後には、主役たちが普段着で観客のように最後の舞台を見ている姿が写されていた。恐らく、地方都市にあるローカルなオペラ劇場において、毎日繰り返される日常的な風景を、巧みに映像の中に取り入れようとしたものであろうと思われる。


      5、3種類の映像を残したリッカルド・ムーテイの試み、

   りッカルド・ムーテイ(1941〜)がザルツブルグ音楽祭に招かれて、このオペラを振ることになった経緯は、ドキュメンタリー「ザルツブルグ音楽祭−その短い歴史−(2006)」(8-12-4)の第二部において、ご自身の言葉が残されているが、兎に角、カラヤンからの長距離電話で「コシ」を振るかどうか直ぐに返事をくれということであったようだ。その時の音楽祭の82年、83年の演奏記録がCDと映像に残されており、それ以来、このオペラはムーテイの重要なレパートリーになり、ミラノ・スカラ座やウイーン国立歌劇場などでこのオペラをしばしば指揮をしてきた。これらの一連の記録を示すと表−4の通りである。

 
表ー4、リッカルド・ムーテイの「コシ・ファン・トッテ」のデータベース
ムーテイ1ムーテイ2ムーテイ3ムーテイ4 摘   要
収録年月82008307(9-7-3)8904(11-2-4)9600(4-11-1)
メデイアCDDVDLDS-VHS-Tape
劇場名ザルツ祝祭小劇場ザルツ祝祭小劇場ミラノ・スカラ座アンテ゛ア・ウイーン劇場
オーケストラウイーンフイルOウイーンフイルOスカラ座OウイーンフイルO
演出者HampeHampeSimone
FiordeligiMarshallMarshallDessiFritoli
DorabellaA.BaltzaAnn MurrayD.ZieglerA.Kirchshrager
GuglielmoJ.MorrisJ.MorrisA.CorbelliB.Scoufs
Ferrando F.ArizaF.ArizaJ.KundlakM.Shade
Don AlfonsoJ.V.DamS.BrunscantinoC.DesdeliA.Corbelli
DespinaK.BattleK.BattleA.ScarabelliM.Bacheli

     ムーテイの最初の映像記録(1983)は、91年10月にNHKのBS衛星放送でS-VHSに収録していたが、衛星放送の最初期だったせいか、ノイズが多く、繰り返し見ることはなかった。しかし、09年2月にデノンのDVDの名作シリーズの一環で発売されたので、早速アップロード(9-7-3)している。この映像は、当時のライブ映像としては破格の出来映えで素晴らしいものであったが、私はDVDになって見て、そのことに気がついて次のように記述していた。「このハンペ演出は、リブレットと正面から向き合った脚本に忠実な「コシ」であり、省略の少ない最も基本的な映像として重視したいと思った。今回の映像は、1983年の音楽祭ライブであるが、この演出の装置や衣裳の美しさ・豪華さは特筆すべきであり、また二組の恋人達の対照の妙が面白く、バランスの良さを痛感させた。また、ムーテイの指揮振りも、序曲の段階から生き生きとしており、声とオーケストラとのアンサンブルを重視した指揮振りが目立っていて、若いソリスト達の熱演・熱唱を導き出していた。」

      このムーテイ2の最初の映像をアップしてから、ムーテイ3の2度目のミラノ・スカラ座の古いLDを改めて見較べて、私はこの二つの映像が実に良く似ているのには驚かされた。この映像は私の「コシ」の最初のLDであり、隅々までよく知っていたからである。この二つの映像は、表−4の通り、6年のタイムラグがあり、歌劇場、オーケストラ及び合唱団が一流であるが異なり、6人の出演者たちが全て若返っていた。共通なのは指揮者ムーテイの指揮ぶりと、ミハエル・ハンペの演出であり、この二つの舞台は衣裳・小道具・大道具・色彩感覚などが、まるで引っ越し公演のようにソックリさんであった。

      私はこのムーテイ3のミラノ・スカラ座の映像を(11-2-4)にアップロードしているが、このLDはザルツブルグで成功を収めたムーテイが、満を持して行ったムーテイ本場のスカラ座での公演であり、オーケストラも歌劇場も歌手陣も合唱団も全て異なっているが、指揮者と演出者が共通なので、この二つの映像の「基本路線」は同じだと書いてきた。そこでこのオペラの映像の「基本路線」とは何かについて整理をしておく必要性を痛感した。詳しくは(11-2-4)をご覧頂きたいが、私が考えた「基本路線」とは、第一は舞台全体を流れる音楽の進め方であり、ムーテイのエネルギッシュな割りには伝統的な指揮振りが、オーケストラは異なるが共通であったことである。第二は舞台全体を構成する演出の問題であるが、ミラノのハンペ演出はザルツブルグからの引っ越し公演のように、衣裳を含めてそっくりさんであったことである。

    第三に版の問題があるが、「コシ」には第15番のグリエルモのアリアとコンサート・アリア(第15a番)K.584との入れ替えの問題と、省略曲として通常の第7番の小二重唱、第24番のフェランドのアリア以外にあるかどうかの問題しかないのであるが、ムーテイ・ハンペ体制は、第15番の短いアリアを使い、第7番と第24番を省略する標準的な版を使っていた。また、このオペラでは特に、第四として男女の組み合わせがいつ変わるかを注意して見ておく必要があり、通常は第20番の姉妹の二重唱「私はあの黒髪さん」以降なのであるが、このムーテイ・ハンペ体制では共通して、第一幕フィナーレで毒薬を飲んで介抱する際に、ドラベラがグリエルモを意識的に選んでいたのが特徴であった。これは演出によっていろいろ変化があるので注意する必要がある。また第五として最終場面での男女の関係が、元の鞘に収まるか、新しいカップルになるか、別れてしまうかの方向があり、これが結論になるので極めて重要である。ムーテイ・ハンペ体制では、リブレット通りハッピーエンドとなっていた。以上が私が考えるこのオペラの基本路線であり、これらが二つの映像ではほぼ同じなので、違いが大きいのは出演者全員が変わった点に尽きるであろう。従って、これら二つの映像のどちらが良いかと言う問題については、6人の歌手たちの誰が良いか、誰が好きかの問題となろう。しかし、この問題には、この「基本路線」がほぼ同様の、もう一つのムーテイ4について述べてからにしたいと思う。

      このムーテイ4の「コシ」の映像を、このHPに最初にアップロードしたのは、実は2004年の10月にクラシカ・ジャパンで放送してくれたからであるが、このムーテイの三度目の「コシ」の映像は、デ・シモーネ演出によるウイーン国立劇場がアン・デア・ウイーン劇場と共同製作したもの(4-11-1)とされていた。この映像は、1996年「ウイーン芸術週間」の参加作品と言われており、ウイーン国立歌劇場に当時出演していたフレッシュな若手スターが総出演した歴史的名演という触れ込みであった。また、これを書いている現時点でこの顔ぶれを見ると、現在でも全て第一線でヴェテランとして活躍しているメンバーであり、実力者揃いである。一方、このデ・シモーネ演出は、私は2004年2月に、ウイーン国立歌劇場で見ており、このHPの「5日連続オペラ鑑賞記」として、アップしてあるのでご覧頂きたいが、兎に角、息の長い安心して見ていれる演出であると思われる。

   この映像は数ある「コシ」の中でもバランスの良いベストに近いオペラ映像であろうと思う。ライブの不利な面があるが、ムーテイの三回目の映像造りの経験が生かされた、欠点が目につかない映像であって、先の「コシ」の基本路線とは、劇場が異なり舞台がシモーネ演出に変更されていた。ところが少し小ぶりのこの劇場が、客席と舞台との親近感を大きくさせ、音楽面でアンサンブルオペラとしての意義を高めていた。これは明らかに、このオペラを知り尽くしたムーテイが記録に残そうと図った仕業と考えられ、音楽面でのテンポの付け方や重要なアリアやフィナーレでの盛り上げ方などが実に巧みで、恐らくこのオペラを振らせたら今やこの人の右に出る人はいないものと思われる。

     以上の通り、ムーテイの3種類の「コシ」は、いずれもこのオペラの基本路線がしっかりしたご推奨ものであるが、好みの問題はあろうが、矢張り年代順にムーテイの指揮者としての成長ぶりが窺える。私はこのオペラ「コシ」については、ベームの後継としてムーテイ3ハンペ(89)のLDで伝統的な大劇場におけるコシの舞台が確立されたのではなかろうかと考えており、デッシー・コルベッリなどの出演者たちも極めて見応えがあり、これが「コシ」だ言わせる雰囲気を持っていた。
     96年のムーテイ4シモーネ(96)は、矢張り基本路線に沿って、評価の高いフリットーリを初めとする私の好きなキルヒシュラーガーやシャーデなどの出演者たちの組み合わせもベストに近く、より映像向きな劇場での収録となっていた。これはより新しい映像だけに、画像面・音声面などのソフト条件が過去のものより優れており、推奨できるものになっている。しかし、96年においては、ハイビジョンカメラがまだ使用されていないので、ごく最近の新しい映像と比較すると見劣りするのはやむを得ない。

     ムーテイは、現在、70歳であり、今でもザルツブルグ音楽祭、ミラノ・スカラ座、ウイーン国立劇場などで元気よく、現役としてオペラを振る重鎮の指揮者である。ピリオド演奏の浸透、新しい演出家の台頭など、移りゆく時代の趨勢などを見ながら、私はムーテイに15年ぶりでこの「コシ」をもう一度振って、ハイビジョンの映像で4度目の彼の集大成となる映像を作って欲しいと願っている。このような期待ができる指揮者は、今のところ、ムーテイしかいないからである。





               6、2種類の映像を残したアーノンクールの映像の意義、

   ムーテイに続きニコラウス・アーノンクール(1929〜)は、このオペラの映像を二つも残している指揮者である。最初の映像は、ウイーンフイルとポネル演出による映像で、1989年にウイーンフイルを指揮した録音に、演出家ジャン=ピエール・ポネル(1932〜1988)が映画方式で収録したという特別なもの(10-4-4)であった。二つ目の映像は、彼がお好みのチューリッヒ歌劇場を指揮したフリム演出のライブ映像(2000)(1-5-1)であり、この二つの映像には約10年のタイムラグがあるが、諸データを比較すると表−5の通りである。

表−5、第1回目の録音と第2回目との比較
演出者ポネル演出フリム演出
オーケストラウイーンフイルチュリッヒ歌劇場
フィオルデリージ(Fiordeligi)グルベローヴァ(Gruberova)バルトリ(Bartori)
ドラベルラ(Dorabella)ツイーグラー(Ziegler)ニキテアヌ(Nikiteanu)
デスピーナ(Despina)ストラータス(Stratas)バルツア(Barture)
グリエルモ (Guglielmo)フルラネットFurlanetto) ウイドマー(Widmer)
フェランド(Ferrando)リマ(Lima)サッカ(Sacka)
アルフォンゾ(Don Alfonso)モンタルソロ(Montarsolo)ショーソン(Schoson)

     最初のアーノンクール1・ポネル(89)の映像は、この二人の巨匠が組んで残した17世紀の古いオペラの名作「オルフェオ」や「ボッペアの戴冠」の映像などで下地が出来上がっており、アーノンクールがウイーンフイルと組んで最初に録音したCDのオペラに、ポネルが絵を付けると言う、オペラ映像としてはライブでない特殊なものと言えよう。この音楽の動きや意図に合わせて演技をつけるポネル一流のやり方が成功して、6人のヴェテラン揃いの歌手たちも、細かく見れば見るほどライブの舞台では得られない辻褄の良く合う素晴らしい映像になっていた。特に、モンタルソロとストラータスの演技派が実に素晴らしく、また若い4人の歌唱力やアンサンブルが見事で、とりわけグルベローヴァとフルラネットが演技にも他のステージ以上の抜群の動きを見せていた。この映像は、LDやDVDばかりでなく、映画館でも上演される映画としても知られており、今やオペラ「コシ・ファン・トウッテ」の映像の代表作品としてまた、名演出家ポネルの遺作としても著名なものとなっている。

    今回改めてアーノンクール・ウイーンフイルの音楽を確かめながら聴いてみたが、冒頭の序曲にピリオド風の音色が出ていたものの矢張りウイーンフイルの音であり、慣れるにつれて安心して満足しながら聴いていた。映像だと画面に神経が映るので、多少のテンポの揺れや対比的な音の強弱の変化については、余り気にすることなく通過して仕舞うのであろう。むしろ第二幕のフィオルデリージのロンドなどはベームの演奏よりもテンポが遅いのではないかと感じたりした。
    映画方式による魅力は、歌手たちの動きの良さばかりでなく、舞台装置の自由さにも現れており、タイミング良く船が登場したり、合唱団が上手に動いていたり、ギリシャの石像の噴水から水が出ていたり、二重の写しがあったり、舞台では出来ないことが行われていた。この映像はこの映画方式の威力を十分に発揮した画面が美しい魅力的な映像であったと思われる。この映像は、現時点では最新のホーネックやフィッシャーのハイビジョン映像と較べると、舞台の動きや変化に乏しく古さが目立つが、映画方式だけにカメラワークも抜群で、音楽との合性も良く、画面が美しい点で歴史に残る貴重な映像であると思われる。

     アーノンクールの2回目の「コシ」の映像は、チューリッヒ歌劇場のオーケストラと合唱団によるもの(1-5-1)で、フリムが簡素であるが副題の「恋人たちの学校」を思わせる黒板と教室を利用した新しい演出であり、2000年2月に収録されたものである。幸い、このHPを始めた直後の2001年5月5日にNHKのBS102CHのオペラアワーで放映され、D-VHSのLS3モードでデジタル録画が出来たので、「コシ」の第一号のアップロードとなった。
       私はこれまで見てきた10組ほどの「コシ」の中では、アーノンクール指揮、ポネル演出の最初の録画が最も気に入っていた。これはアーノンクールがウイーンフイルを使っていたせいか、彼の初期のオペラに見られた古楽器色の強いものでなく、受け入れられやすいものであったが、何よりもポネルの伝統的な舞台設定の上に有名歌手が勢揃いした豪華なものであったからである。今回の新しい舞台ライブの「コシ」は、それから約10年ぶりのものであるが、彼はこの歌劇場とフリム演出で、ダ・ポンテ三部作を完成させており、歌手陣はバルツアとショーソンはヴェテランであるが、バルトリ以下はこの劇場の専属的な若い布陣であり、三部作ともかなり共通していた。

      このチューリッヒ歌劇場における新しいライブ映像は、一口に言って若々しい雰囲気を持った現代風の新しい「コシ」が誕生したと言えるであろう。といってもセラーズ演出のような現代版ではなく、デユー演出ライプチヒOPのような新奇さではなく、抑制のとれた「恋人たちの学校」を思わせる黒板と教室を利用した新しい演出であり、衣装などは従来方式を踏襲していた。アーノンクールの演奏も過去のチューリッヒ歌劇場(例えば「魔笛」のCD)での新しさを追求した演奏とは異なり、むしろ伝統に近いもので、第1幕の行進曲以外には古楽器風の音は聞こえても余り気にならなかった。

       また、この映像は、バルトリのフィオルデリージは、さすが歌唱力があり、なかなかの熱演で演技が上手でもあり際立っていたという印象が強かった。しかし、何回か聴きこなすと、この人は本来声域はメゾ・ソプラノなので、二つの長大なアリアなどでは、美しさよりも力で歌っているように聞こえていた。ドラベッラのニキテアニユ−は予想以上の好演で、「私は黒髪がいい」などと歌い出すところなどは、色気もあり素晴らしいと思った。
      アルフォンゾのショーソンは、若い学校の先生風の風貌でまさに適役であり、第2幕の後半の「Cosi fan tutte」の場面では、いかにも得意そうに黒板にこの文字を書いていた。私は副題の「恋人たちの学校」を前面に出した演出は初めてであったが、良く考えぬかれた簡素な演出であり、最後の盛り上がりに黒板を上手に使うなど、良くできていると感じた。この2度目の映像で初めてアーノンクールの新しさへの追求の意図が目立ってきたような気がした。ライブではあるが、横長のワイドな美しい映像であり、好みはあろうが是非、何枚目かの「コシ」として、楽しめるものであると紹介しておきたい。


7、1990年代に現れた新しい異色の三つの読み替え劇やピリオド奏法による映像、

     ここでは1990年代になって現れた、P.セラーズ演出のニューヨークのバア・デスピーナで繰り広げられる現代劇の読み替えオペラの映像(1990)、続いてガーデイナーの指揮と演出によるピリオド演奏による時代を特定しない新しい異色の映像(1992)およびデユー演出のライプチヒ・オペラによる背広姿の現代風の読み替えオペラの映像(1995)の異色で話題になった三つのオペラを紹介したいと思う。この三つの異色の映像の影響は大きく、これから以降の「コシ」の映像は、伝統的なものからどんどん離れていくことになるので、重要な意味があろう。

      P.セラーズには、いずれも現代のニューヨークを舞台とした現代劇に読み替えたダ・ポンテ三部作の映像が残されているが、私にはこの「コシ」の映像(1990)(10-11-2)が三つの中では一番見応えがあったと感じた。しかし、現実離れした激し過ぎる場面があって、残念ながらオペラを見て楽しんだという豊かな気分にはなれなかった。それは男二人が何をするにも激しすぎて劇について行けない面が多く、これが結果的に恋人たちに裏切られたと言う激しい思いが強くなり過ぎて、元の鞘に収まらずストーリーからはみ出してしまったのではないかと思われた。

    しかし、P.セラーズの演出を見て、モーツアルトが初演時に時間を短くするためにカットしたとされる2曲のアリアを省略せずに有効に活用していたが、非常に珍しい例であり、これがとても成功していたと思われた。また音楽面を重視して緩急のコントラストを付けたり、フェルマータを活用して一瞬の間を大切にしたり、心臓のドキドキ音を効果的に伴奏させたり、時にはフォルテピアノを活用するなどと、随処にいろいろな工夫を見せていたのには感心させられた。一方、演出面では、バア・デスピーナは少し狭すぎたが、男性用と女性用のドアを含めてアイデアに満ち、ストーリーを進める上で素晴らしい着想であると思ったし、年増で大人のデスピーナはまだ色気も元気もあって最も存在感を示していた。歌手陣では6人の中では矢張りフィオルデリージとグリエルモとが熱演していたが、フィオルデリージのラーソンは、「フィガロ」のケルビーノを演じていた時にはメゾ・ソプラノと思っていたが、堂々とフィオルデリージの難曲をこなしていたのには驚かされた。グリエルモには客席でのアリアの熱演には驚ろかされたが、あの個性的な鬚がある限り変装役は落第であると思うのは私だけだろうか。

        また、映像ではライブではなく拍手が一切入っていなかったが、個人的に好き嫌いはあっても、この演出は入念に仕組まれ考え抜かれた緻密な演出であると感心せざるを得なかった。
    最後に、このオペラを含むP.セラーズのダ・ポンテ三部作は、入手当初は拒絶反応が出た刺激的なものだったが、20年も経つと、読み替えオペラではもはや古典として高く評価されているのは当然であると実感させられた。今となっては古い作品ではあるが、現代の読み替えオペラの普及には、P.セラーズの影響が強く残されているものと評価しておきたい。


       1990年代の第二のオペラは、ガーデイナーの指揮と演出によるパリ・シャトレ座の「コシ」(92)(10-12-2)を取り上げた。この映像は有名なオペラ歌手は出演していないが、ガーデイナーが自ら指揮・演出したアンサンブルオペラになっており、彼が育てた古楽器オーケストラのイングリッシュ・バロック・ソリイストおよびモンテヴェルデイ合唱団を活用して音楽の美しさを強調した異色の「コシ」となっていた。映像をみると、このシャトレ座の舞台は上品で洒落ており、有名なスターはいないが演ずる6人のアンサンブルが素晴らしく衣裳なども凝っており、魅力溢れる舞台であった。

      この映像を見終わって、その音楽や演出など全体に、ガーデイナーの意図が強くそして極め細かく反映されており、この映像でなければ気が付かない新しさや新鮮さを感じさせる見どころのある映像であると感じた。それは、客席と舞台とが一体となった古楽器演奏に適したシャトレ座を活用していることから始まり、舞台も背景も衣裳などもとても美しく洒落ており、このオペラに必要な趣味の良さを感じさせていた。そして有名スターではないのに、6人が揃って歌も演技も上品に楽しませてくれるので、観客は楽しいオペラを見たという充実感を持ったであろう。これはひとえにガーデイナーのポリシイによるものと考えられるからである。
      狭い舞台を巧みに活用していた例を挙げると、美しい背景画が揃っており、それらを簡単に上下させて場面を見事に変化させていた。それが海が見える景色であったり、山が見える風景だったり、庭木のある庭園であったり、お嬢さん方の部屋であったり、見事に変化に富んだセンスの良さを感じさせ、抜群に美しかった。客席と舞台とが一緒になった例では、第一曲から客席の通路から大声を上げながら主役が登場したり、グリエルモが女性を非難する第26番のアリアを客席で歌ったり、客席を入退場に上手く利用するなど、一体化に工夫がなされていたことも珍しかった。

      音楽面では古楽器の音色がキビキビと進行する序曲から印象づけられていたが、全体としてガーデイナーの指揮振りには聴くものを安心させる何かがあり、ピッチカートや木管のオブリガートの美しさなどがよく耳に入り、「コシ」の音楽の特別な美しさを良く捉えていたように思った。また、各所で出てくる重唱の素晴らしさやオーケストラとのアンサンブルの良さも特筆すべきであると感じた。このオペラでは初演の時に外されたと言う理由からか第7番(男二人の二重唱)と第24番(フェランドのアリア)が省略されるのが通常であるが、ガーデイナーは第7番を復活させていた。この曲は地味な曲であるが、出発の別れに際し「必ず帰ってくる」と決意を姉妹に伝える二重唱であり、このオペラで方々で顔を出す「愛の神様」に導いてくれるよう祈る曲でもあって、省略されるには惜しい曲であると思った。私はこの2曲の省略曲を映像で始めて見たのは、P.セラーズの映像(1990)であったが、グリエルモの第26番のアリアを客席で歌わせていたのもこの映像であり、舞台は全く異質でも、リブレットを細かく見る視線は共通なのかも知れない。

       1990年代の異色の映像の第三曲目は、古いS-VHSテープからの映像であるが、ウイルドナー指揮、デユー演出、ゲヴァントハウスO&CHOによるライプチヒ・オペラによるオペラ「コシ」(95)(11-6-2)である。この映像は1995年制作であるが、演出者のジョン・デユーは、斬新な現代風の演出をする演出家として知られており、この映像で彼のダ・ポンテ三部作が完了となった。映像はやはり当時としては現代風な奇抜なもので、現代のスポーツクラブの二人のバドミントン選手とその監督といった姿で男三人の三重唱が始まり、彼等の恋人たちもクラブに出入りする現代の生き生きした若い女性たちであった。この三部作はほぼ同じ時期の公演なので、出演者たちもかなり共通しており、当時のライプチヒ・オペラの専属的な団員たちによる三部作と理解して良いであろう。

                  この映像の評価は、何はともあれ、この演出面での超現代的な斬新さをどう受け止めるかと言うことに尽きよう。冒頭のスポーツクラブ、薄暗い写真の現像室、オーデイオや電気掃除機の活躍、ゴルフ場の電動カートの出現、あっと驚く入浴シーンの登場など奇抜なアイデアに驚かされるばかりでなく、登場するたびに着替えをした女性陣のモダンな衣装に目を見張るとともに、最後まで女性の恋人たちに気付かせなかったアラビヤ人への変装の巧みさなどが際立っていた。反面、リブレット上では、セリフ面では海浜のどこかであり船で出発したりなどと、むしろ極めて原作に忠実で伝統的であり、結末も元の鞘に戻って、安心出来るものであった。逆に言えば、この原作の制約範囲内で、いかに超モダンなことが許され得るかという試みが追求されたようにも思われた。

      一方の音楽面では、モダンな舞台に合わせたかのように、全体としては、ウイルドナーのやや早めのテンポで小気味よくきびきびと進行する現代的演奏であり、ゲヴァントハウス管弦楽団の弦や木管の美しさが目立っていた。歌手陣では男性のグリエルモのハイマンとアルフォンゾのシューベルトおよび女性のフィオルデリージのバルトーリが、この歌劇団の主役たちであり、中でもフィオルデリージが素晴らしい声で他を圧倒していた。音楽の進行面では、通常省略される第7番の二重唱と第24番のフェランドのアリアの他に第27番のフェランドのカヴァテイーナが省略されていたのが珍しかった。
    当初の恋人たちの組み合わせがどの時点で変わったかについては、この演出では珍しくアラビア人に変装した最初の頃からであり、これはこの男たちの変装が上手で、長い髭と深く被ったターバンや服装などが成功したためで、この演出では男たちが女性を選んだと言えよう。一方、オペラ終演後に恋人たちがどう変わるかについては、この演出ではリブレット通りに元の鞘に収まる真面目な演出であった。超モダンな演出では、ストーリーにも影響が現れそうであるが、この演出では節度のある演出であったと言えよう。



8、2000年代初頭を飾る三つの現代風の演出による新たな試みの映像、


     1990年代に見てきたこのオペラの現代風の演出によれば、このオペラについては、時間軸を変えてもオペラの人間関係、特に若い恋人たちの関係は、変わらないという仮説が成り立つように思われ、新しい演出家たちに勇気を与えたものと思われる。2000年代に入ると、ハンペやポネルに代表されるナポリ湾が見えるお屋敷で繰り広げられる伝統的な演出は姿を消し、殆どが現代風に読み替えられた新しい演出になってきた。2000年代初頭にはこのような4つの新鮮な映像が見られるが、アーノンクールの2回目の「恋人たちの学校」をイメージしたものは既に紹介済みである。

      従って、2000年代初頭を飾る三つの現代風の映像の最初を飾るものは、クラウデオ・アバド指揮のフェラーラ・テアトロ・コムナーレ劇場におけるマリオ・マルトーネ演出、マーラー室内管弦楽団による映像(2000)(6-4-1)であった。アバドはこの劇場を使って1996年に「ドン・ジョヴァンニ」(5-11-1)を収録しているが、このオペラでも先の「ドン」と同様に、この劇場特有のオーケストラを囲むように舞台の花道が設けられており、舞台とオーケストラの一体化が図られていた。演出はイタリアの映画監督のマリオ・マルトーネで、舞台中央の窓を開けると海が見える伝統的な構図であり、花道をフルに使った行動的な舞台作りをしていた。オーケストラはアバドが組織したマーラー室内管弦楽団であり、にこやかに指揮をするアバドの姿がふんだんに取り入れられていた。出演はドイツのソプラノのデイーナーとミラノ・スカラ座常連のメゾのアントナッチが姉妹を演じ、歌唱・演技・容姿と三拍子揃った歌手達の絶妙なアンサンブルが見ものであった。

       最初にこの映像を見たときは、序曲冒頭の和音やオーボエのテンポの速い古楽器的響きに、「アバドもか」と驚かされ、花道のある舞台が何となく落ち着かなく、画面全体が暗い感じで、余りよい印象ではなかった。これは前回の「ドン・ジョヴァンニ」でも同様であった。しかし、アバドがこれまでの伝統的な「コシ」を、意識的に変えようとしてきた部分を繰り返し見て、聴いて味わうと、古楽風の音にも慣れてこの映像の良さが次第に分かってくる。それは小劇場の花道のある舞台による声と室内オーケストラとの一体化であり、このオペラのもつアンサンブルの美しさ・素晴らしさを浮き出させるための知恵であるような気がした。
        アバドは古楽器的な指揮法を取り入れたり、室内楽団での小編成のオケを好んだり、歌とオーケストラ、特に、チェンバロと声、弦楽器と歌、木管楽器と歌などのアンサンブルを重視する舞台を取り入れたり、省略のない全曲演奏を行ったり、確信を持って舞台とオーケストラを睨みながら指揮をしていた。先の「ドン・ジョヴァンニ」に続く素晴らしい映像であると思っている。








       2000年代初頭を飾る二番目の映像は、ルネ・ヤーコプスの「コシ」で、2000年の南仏のエクサンプロバンス音楽祭のライブ(2-5-1)であった。中国出身のシー・ツエンの新しい演出であり、コンチェルト・ケルンの古楽器演奏のものであった。この演出は、フィオルデリージとドラベッラのニキテアニューが、最初からシュミーズ姿のような色っぽい衣装で登場する大胆な演出なので映像的な面白さがあった。
ヤーコプスは98年3月に「コシ」をCDに録音しているが、そのCDとは、オーケストラが同じであり、配役はデスピーナとアルフォンゾが同じであった。このCDは、古楽器による現代的な演奏であり、またこのオペラの特色であるとか、作品演奏や録音に当たっての考え方などを示す豪華なCD-ROMが付属していて、ヤーコプスの新しい研究結果がオペラの演奏に反映されたものとして高く評価されてきた。今回の映像は、このCDと異なって音楽祭の野外ライブなので、演奏に専念するスタジオ録音とは異なって、伸び伸びしたおおらかな演奏であり、また、お客さんへのサービス精神に溢れた演出になっており、CDで感じた生真面目な演奏振りと少し印象が異なる。全体を通じて好き嫌いはあろうが、「コシ」というブッファの楽しさを舞台劇として十分に教えてくれる味のある新しい演奏であると感じた。

       この新しいヤーコプスの「コシ」は、古楽器演奏にも新しさを感じさせ、舞台でも屋外ライブというハンデイがあるにせよ大胆さと新しさがあり、新しさの面で好き嫌いの好みがあろうが、「コシ」の映像としては前向きで今後に残るものという印象を受けた。中国人のツエンの演出は、西洋人の目で見れば東洋風ということでエキゾチックな印象を高めて新鮮な感じがするのであろうが、日本人の目で見れば中国と日本などがごちゃ混ぜで、もっとすっきりしないかと言う感じが強く残る。しかし、白い大きな太い枯れ木を中心軸とし、クローズアップでは柳の枝が風で揺らいでいる屋外の舞台設定の大胆さと、合唱団の活用などは素晴らしいと思った。反面、やや過剰と思われる演出も見られたが、フランスでは特に野外オペラでは、当たり前のお客さんサービスなのであろうか。

    ヤーコプスの演奏は、省略曲がない正統的な取り組みであり、弦の鋭さ、テインパニーの強調、装飾音による味付けなど古楽器的な色彩が強いが、決してテンポの早い一辺倒の単調さはなく、じっくり歌わせるところはテンポを大きく変える柔軟性を持っていた。時々目立ったフォルテピアノによるコンテイヌオは、初めて聴くものがあり効果があったが、時にはスコアの範囲を超えた一人歩きの部分もあって気になった。CDで歌っていたアルフォンゾとデスピーナを除くと、知っていた歌手はドラベッラのニキテアニューだけであったが、彼女はチューリッヒ歌劇場でも同じ役を歌っており、歌も演技も表情も良くベテラン振りを発揮していた。フィオルデリージのデショルテイーも14番と25番のアリアを声量豊かに上手に歌いこなしていたし、フェランド役のオヴェンデンも聴き応えがあった。歌手出身のヤーコプスは、特に著名ではないがいずれも若い実力者でアンサンブルの巧みな歌手を集めたものと思われる。全体を通じた印象では、また一つ、異色ではあるが見応えがあって楽しめる古楽器による「コシ」のコレクションが増えたと喜んでいる。


      2000年代初頭を飾る三番目の映像は、 バレンボイム指揮のベルリン国立歌劇場の「コシ」で、2002年8月に公演された最新のものであったが、2003年の年明け早々に、NHKでハイビジョンによる最新のオペラの映像が連続して放映され、1月2日にこのバレンボイムの最新の画像をD-VHSで収録することが出来た。早速、HPにアップしたのであるが、ドーリス・デリエ女史によるその斬新な演出には驚くばかりであり、また、2003年に初めて見るベルリン歌劇場の6人の主演も非常に若さ溢れる歌手陣で、当時、小生には、初めて見る方々であった。背広姿の現代的演出であり、画像もハイビジョンを意識した人物のクローズアップが多く、若さと恰好の良さが目立つ、明るく賑やかな感じのオペラ映像であった。

      バレンボイムの指揮で序曲が軽快に始まると、オーケストラの映像や、舞台の設営に忙しい準備中の舞台裏の風景などが、入れ替わり立ち替わり現れていたが、快調に序曲が終了すると場面は、突然に飛行場の搭乗券のチェックカウンターとなっていた。大勢の人が忙しそうに動き回る中に、鞄と傘を持った三人のサラリーマンが、赤いユニフォーム姿のスチュワーデスを相手に大きな声で歌い出していた。実に意表をつく開幕のシーンであり、この三人が賭をするに至るまでのシーンで、時には傘を刀替わりに振り回すなど演出の面白さ、奇抜さに見とれているうちに舞台はどんどんとテンポ良く進行していたが、「COSI」と書かれたジャンボ機で恋人たちが出発したのを見て、この着想の素晴らしさに驚きを感じた。そして「コシ」の恋人たちの人間関係は、まさに現代の日常に置き換えても余り違和感がないことを確認しながら画面を追っていた。

      このオペラを見て、新しい現代的な演出に驚きつつも、ストリーが現代にも当てはまりそうな舞台なので、フィガロやドンジョヴァンニの現代物ほどのショックは受けなかった。しかし、逆に演出にばかり気を取られて、肝心の音楽の方がさっぱり残っておらず、豊かなオペラを見たという実感が伴わなかった。若いと思っていたバレンボイムが急に年寄りに感ずるほど、ベルリンオペラはすっかり若い人の世代になったと痛感せざるを得なかった。6人の主役は、歌も演技も良くやっており、中でもフィオルデリージのレッシュマンの熱演は見事であったし、出番の多い歌のアンサンブルも概して良い出来であった。演出面での行き過ぎの箇所を本文の方で幾つか指摘したが、これも好みの問題であろうと思われる。
      客席での熱演を讃える凄い拍手が続き、花道で主役の6人がひとりずつ挨拶したが、やはり最後に出たフィオルデリージのレシュマンが最高の拍手を受けていた。そのうちにいつの間にか合唱団とオーケストラ団員が、指揮者を中心に舞台上に整列しており、盛大な拍手を受けていた。これは明らかにお客さんがこのオペラに満足しており、客席とオペラ劇場の一体感を示す演出と歓迎の拍手であった。若い主役の6人に手をつながれたバレンボイムの満足げの表情が目立っていた。


 
9、2006年のモーツァルト・イヤーを飾る二つの現代風の新しい映像、


      表−2に示す2000年代の映像として、ここでは2006年のモーツァルト・イヤーにおいて公演された二つの有名劇場におけるライブ映像を紹介する。既にこれまでお届けしてきたとおり、2000年代に入ってからはこのオペラは現代風に読み替えるのがもはや当たり前になってきており、この二つの映像も現代風の新しい感覚のものと言える。

      2006年の第一の映像は、 06年グラインドボーン音楽祭の「コシ」であり、イヴァン・フイッシャー指揮のエイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団、ニコラス・ハイトナー演出のもの(8-7-3)である。この映像は、オーケストラは古楽器演奏であるが、フィッシャーの終始一貫した淀みのない軽快な音楽の進め方が魅力的であり、また演出はリブレットに忠実なスタイルであったが、四人の若い男女の性格描写が非常に強い活気に満ちた美しい舞台であり、ピリオド演奏が一貫して流れており、新鮮な感じを受けた。
      この演奏は、07年5月にNHKBS102で放映されたもので、グラインドボーン歌劇場の映像としては75年のプリッチャード指揮のものに次いで2度目の映像である。最近のグラインドボーンのオペラと言えば古楽器色が強い現代的な新しい演出であるかのように思われたが、この演奏はオーケストラが古楽器集団だけにそのような響きが強いものの、演出は簡素な現代風な感覚であるが、衣裳や小道具などはリブレットに近づけた舞台であり、伝統的なものをベースにした演出と言えよう。

       指揮者のイヴァン・フィッシャーは、2歳違いの兄のアダム・フィッシャーとともにウイーン国立歌劇場でも活躍している常連のヴェテランである。このオペラの6人の主役達は、いずれもこのホームページ初出の面々であるが、いずれも歌唱力・演技力ともに問題なく、楽しい舞台を造り上げていた。若い二組の男女の歌も良く動きもスピード感があり、特にアルフォンゾ役のニコラ・リヴェンクとフィオルデリージ役のミア・パーションが素晴らしくこのオペラを引き立てていた。

       この映像の特徴の第一は、フィッシャーの終始一貫した淀みのない軽快な音楽の進め方であり、テンポの良さや浮き出るような木管の調べなど好感が持てる指揮振りであって、省略も通常行われる2曲(第7番および第24番)だけで正統的な演奏であった。 第二に海辺の陽の当たる庭園など舞台は脚本通りの演出であったが、通常よりも主役達の性格や動きが強く出されてており、とりわけ二人の男達のしつこ過ぎるくらいの求愛や女達の激しすぎる拒絶反応などが印象に残り、アリアにも強く反映されていた。そのため、歌の素晴らしさに劇の面白さが加わって、非常に楽しい舞台が続いたように思われた。途中の経緯はどうであれ、最後には元の鞘に収まって終わるという伝統的な枠組みの中で、若々しく活発に歌われスピード感のある演技が行われていた。


       2006年の第二の映像は、モーツァルト生誕250年を記念した06年ザルツブルグ音楽祭のDVDによる映像であり、ホーネック指揮ウイーンフイルハーモニイ管弦楽団によるウルセル&カール=エルンスト・ヘルマン夫妻演出の現代感覚溢れる新しい演出のもの(7-3-5)であった。この演出によるこの音楽祭の「コシ」は04年から公演されており、私は前年の05年の音楽祭でこの演出を見ているが、指揮者はA.フィッシャーであり、アルフォンゾのT.アレンとデスピーナのH.ドナート以外の若い4人の恋人たちは、全員異なっていた。この映像は、スポーテイな感じの若い男女4人が声量豊かに歌い、実に生き生きと動き回る美しい舞台が素晴らしく、何よりもホーネック率いるウイーンフイルがきびきびとしたテンポで爽快な演奏を聴かせてくれていた。

      祝祭大劇場の広い横長の舞台に、大きな卵のような石と大きな衝立と傘、それにピアノという小道具と、森になったり林になったり海になったりする背面の色彩の美しい印象は、全く同じであった。指揮者と若い男女4人は変わっていたが、初めから舞台に我が物顔で登場するしたり顔のアルフォンゾのトーマス・アレンと、物知りで元気の良いやや老けたデスピーナのヘレン・ドナートの二人は変わらず、しっかりと舞台を引き締めていた。バドミントンやフェンシングが上手でスポーテイな感じの若い男女4人が、声量豊かに歌い、広い舞台を実に生き生きと動き回る様子は好感が持てた。

       演出に当たったヘルマン女史がドキュメンタリーで女性たちが恋人達の変装を見抜けないという設定はあり得ないと語っており、この演出では、男達の策略を真に受けずに、ゲーム感覚で女達が対応している。例えば、男達の賭を女達が見届けていたり、男達の毒を飲んで自殺するのを女達は酷すぎるわと笑っていたり、DVDだからよく分かるのであるが、ドラベラが毒薬をこっそり味わってみたりしていた。従って、ここでは何処までがゲームで、どこからが真剣な愛なのかが見ていて判然としていない。この恋愛ゲームの結末は、元の鞘に収まるか、けんか別れになるか、判然としない結末に終わるかであろうが、その判断はどうやら観客に任せているようである。4人がそろって退場する最終場面で、中央に置かれた白い箱のようなものに4人が吸い込まれるように入って終わりとなっていたが、これは何を意味しているのであろうか。どうやら、ここでは喧嘩はしていないようであり、その前にフィオルデリージがアルバニア人の格好のフェランドに激しいビンタを食らわしていたり、ドラベラがロケットを返して貰った時に泣きながら反省していたので、私はこの結末は、恐らく元の鞘に収まったのであろうと考えている。

       また、指揮者ホーネックは、この「コシ」の指揮で音楽祭で最高の評価を受けたようであるが、このDVDを聴くと、それが実感できるものと思われる。この指揮の後にホーネックは日本に来て、「フィガロ」を振ったり、「レクイエム」のホーネック版を指揮したりして、モーツァルト・イヤーでの印象に残る活躍をして、日本でも急速に有名になったと思われる。

     最後に04年からこの「コシ」の演出を手がけ、3年目に入ったという人気のヘルマン夫妻の演出と特色ある舞台装置と衣裳デザインなどにも一言。この美しい現代的舞台と女達が変装を見破っていたとするユニークで新鮮な解釈と演出が話題を呼び、ロングランの形で評価された。この「コシ」を見ずに今後の舞台は考えられないことから、この「コシ」がこれからの舞台に与える影響は多大なものがあると考えざるをえない。










10、2009年の最新の現代風の演出の新鮮な舞台を見せる二つの映像、

      2006年のモーツァルト・イヤーを経過してもなお、09年に収録された最新のDVD二つの「コシ」の映像が登場してきた。この二つの映像は、いずれもモーツァルト・イヤー以降においてチューリヒ歌劇場とザルツブルグ祝祭劇場において「フィガロの結婚」と「ドン・ジョヴァンニ」の演出を成功させ、ダ・ポンテ三部作の完成を図ろうと試みた若い演出家スヴェン=エリック・ベヒトルクとクラウス・グートによる「コシ・ファン・トウッテ」である。

      2009年の第一の映像は、 ウエザー=メストとチューリヒ歌劇場によるベヒトルク演出のライブ映像(10-9-3)である。この映像は、メスト・ベヒトルクのコンビによる三部作では、この「コシ」が最も意気が合っており、リブレットに忠実な全曲演奏という珍しい試みや最後の思わぬ劇的な終末という演出面の特徴があって、メストの軽快な音楽の進め方により随処で重唱とオーケストラのアンサンブルの良い音楽が鳴り響き、このオペラ特有の美しいメロデイが満ち溢れていた。

   この映像は、一見したところ、明るい現代風の演出であり、見事に左右対称に設えた舞台の上で恋物語が演じられているようであるが、非対称なものには「何か」が仕組まれているようなので、注意して謎解きをする必要がある。この仕掛けは、第二幕の全てが終わった最後の場面で現れた。音楽のテンポが変わり、最後の場面を6人全員の六重唱となって、自然体で机の上のグラスを手にして全員で乾杯していたが、フィオルデリージが飲み込んだグラスには青色の毒薬が入っていた。飲んでからおかしいとフィオルデリージは気がついたが、時すでに遅く、フィオルデリージが倒れて横になり、皆が気がついて驚いたところでこの劇は幕となっていた。最後の最後に、思いがけぬ騒然とした場面が用意されて、唖然としている間に終わる奇抜な「コシ」の新しい舞台であった。
      このフィナーレでは、原作のように元通りの幸福な恋人たちに戻らずに、最も貞節であったフィオルデリージの死という思わぬ悲劇で幕を閉じたが、その伏線には貞節であると信じていたフィオルデリージに裏切られたグリエルモの大きなショックがあった。この二人は、この劇ではたとえこのように死に別れなくとも、元の鞘に戻ることはなかったと思われ、この結末は、この劇の本当の怖さを舞台の上で思い切った形で表現したものであり、まさに演出者ベヒトルクの機知の勝利と言えよう。

       音楽面では、メストの軽快な音楽の進め方は序曲から始まっており、随処でこのオペラ特有の美しいメロデイが満ち溢れていた。この映像で新たに試みられていたことは、初演時に時間短縮のため草稿を変更したとされる第7番の男二人の二重唱と第24番のフェランドのアリアが加わっており、これらは珍しい試みであった。それに加えてリブレットも丁寧に扱われ、結果的に3時間20分(200分)を要していることがこの映像の特徴であり、省略のない丁寧な演奏が持ち味になっていた。
        演出面でも土壇場の逆転劇以外にも、最後まで中央に大木がある左右対称の舞台にこだわりを見せた演出や、随処でユーモアのある新しい動きや試みが行われて笑いを誘う演出に新鮮さを感じさせていた。ただし、日本語字幕の問題であろうと思われるが、フィオルデリージが妹でドラベラが姉のような表現になっていたのが気になった。今回の歌手陣では、矢張りハルテリウスとデスピーナのヤンコーヴァが、歌も演技も素晴らしく安心してみておれた。ハルテリウスはブロンテ役(92)で登場して以来注目してきたが、今回のフィオルデリージで大役の全てをこなし、メスト・ベヒトルクのコンビで伯爵夫人とエルヴィーラを歌って、今や大ヴェテランのスターになっていた。また、ヤンコーヴァは、これまでこのコンビでツエルリーナとスザンナをこなしており、今回もそうであったが、特に動きの良い行動力ある歌と演技が売り物のように見えた。男性陣ではアルフォンゾのしたたかな存在感とフィオルデリージの相手役のグリエルモのルーベン・ドロールの体当たり的な歌と動きが特に目についた。また、フェランドも新しいアリアを二つも歌うという活躍を見せ、フィオルデリージとの二重唱でも頑張りを見せていた。

   メスト・ベヒトルクのコンビによる三部作では、いずれもモダンな感じの新鮮な舞台を見せていたが、この「コシ」が一番意気が合っていたと思う。また、リブレットに忠実な全曲演奏という例の少ない試みもあり、最後の劇的な終末という演出も新しい試みなので、これらは他の映像にはない特徴として存在感を持った映像の形で、今後に語り継がれるものと思われる。ただし、全体で200分を要しているので、ドタバタ劇の部分などでやや冗長さを感じさせていたのが残念であった。


        2009年の第二の映像は、アダム・フィッシャー指揮のグート演出によるウイーンフイルの演奏する2009年ザルツブルグ音楽祭における最新の映像(11-1-2)である。この映像はさすがBRデイスクはを使っているので、画面が美しく音楽もウイーンフイルの音がしっかりと良く響き、歌手陣もまずまずの歌を歌っていた。しかし、結論から言うと、超モダンな衣裳や室内での活気のある舞台ではあったが、海が見えず、変装もろくにせず、軍服も剣も見当らない「コシ」の象徴が抽象化されて、私には矢張り何となく物足りない室内劇に終わっていた。

      この最新の日本語字幕の付いた輸入盤のブルーレイデイスクは、ハイビジョン並の美しいきめの細かな画像が味わえる2009年7月30日のザルツブルグ音楽祭での収録で、新しいモーツァルト・ハウスからのライブであった。アダム・フィッシャーは、イヴァン・フィッシャーのお兄さんで、ともにブダペスト出身のウイーンでスワロフスキーに師事した指揮者である。ウイーン国立歌劇場でしばしば聴いてきたが、ザルツブルグ音楽祭にも登場してきた。この映像は、クラウス・グートの話題を呼ぶダ・ポンテ・オペラの3度目の演出が見ものであり、例によって右側に階段のある二階建ての部屋で演じられる超モダンな室内劇の「コシ」であった。 ミア・パーションのフィオルデリージはこのHPでは2度目の登場(8-7-3)で、この時はイヴァン・フィッシャー指揮のグラインドボーンの映像(2006)であった。また、パトリシア・プテイポンも何度か出ているが、このデスピーナこそ超モダンなスタイルと動きで、相手役のアルフォンゾを煙に巻いて悩ませていた。06年の「フィガロ」(7-10-5)以来、08年の「ドン」(10-4-3)に続いてこの「コシ」と、超モダン劇のグート旋風がザルツブルグを襲ったようであるが、森の中の「ドン」には呆れ果てたが、この「コシ」の演出は現代劇としてありそうな形に演出されていた。

        この映像を見て、さすがブルーレイデイスクは画面が美しく音楽もウイーンフイルの音がしっかりと良く響き、歌手陣もまずまずの歌を歌っていた。モダンな衣裳や室内で、上下を結ぶ階段も良く利用され、活気のある舞台ではあったが、私には矢張り何となく物足りない室内劇に終わっていた。海も船もなく、背広姿で変装もろくにせず、「コシ」の象徴が抽象化されて、言葉だけでどうぞ想像して欲しいと観客に押しつけているが、原作の読み替えには、どうしても何処かに無理があり、何となく満たされない白々しい思いに終始したのは私だけであろうか。
      確かにデスピーナのプテイポンが衣裳や動きに新鮮味を出し、奇声を上げるなど独自の活躍をしており、アルフォンゾのスコーフスもこれに調子を合わせて踊ったり格好良さを出して頑張ってはいたが、時にはやり過ぎの感もあり、面白いと誉める反面の意見もあろう。二人の姉妹も、二人の男達も良く心得て動いており、フィオルデリージやフェランドの歌唱力も満足できるものであった。また、アリアの省略のない「コシ」はこれで何組みか目にしてきたが、極めて自然であり原作の良さを発揮していたと思った。従って、現代劇として楽しく見せる「コシ」と割り切れば、原作の伝統的な素晴らしい「コシ」の映像を余り知らない若い人なら、これで十分満足するのであろうと思われる。

   「コシ」はダ・ポンテ三部作の中では、一番読み替え劇に馴染むものと考えられ、この種の映像が今後も増えてくると思われるが、この映像は客観的に見て、モダンな二階が通しで見える室内劇とプテイポンの活躍が目につき、4人が元の鞘に収まらないなどのグート演出の特徴が際立つ映像であった。前回のメスト・ベヒトルク演出の「コシ」でも述べているが、モダンな感じの新鮮な舞台やリブレットに忠実な全曲演奏という試みも成功しており、高い評価を与える識者も多いと思われる。



     11、私の好きなオペラ「コシ・ファン・トウッテ」の映像を考える、

 「コシ」の全映像20組をアップロードして、それぞれの概要を述べてきたところであるが、良く聞かれる「どの映像が好きか」という難しい質問に答えなければならない。オペラの映像の見所にはいろいろあるが、オペラの好きな方々にもその捉え方にいろいろあって、その捉え方に則して答えなければ恐らく良い回答にならないからである。最初に私の好みを申し上げてしまえば、伝統的な演出が矢張り好きなので、その中でどれが良いかとと問われれば、前掲の表-2を参考にして、ムーテイ3ハンペかムーテイ4シモーネ、またはアーノンクール1・ポネルのDVDが素晴らしいということになろう。また、このオペラの私自身の好みをもっと述べると、矢張り、リブレットに出来るだけ忠実な省略が少ない演出で、テンポ感が自分に合ってアンサンブルを重視した音楽的にバランスが良いものが好ましいので、上記3つの映像に加えて、アバド・マルトーネやガーデイナー・シャトレ座などを加えることになろう。さらに、このオペラに限っては、新しいモダンで新鮮な演出も面白いと感ずるようになってきているので、アーノンクール2・フリム、ホーネック・ヘルマン、メスト・ベヒトルクなどが余り極端に走らず、美しくて訴えるものがある新鮮な「コシ」として推薦することになろう。

       ところがオペラ好きの中にはオペラは歌手で聞くものだと好みを主張する方が多く、華やかなプリマが活躍するイメージなどで、どの「コシ」が良いかとと問われることもあり、「コシ」はアンサンブルを楽しむオペラですと答えることにしているが、このように問われると、恐らくバルトリがフィオルデリージで活躍するアーノンクール2・フリムを推薦すると喜ばれることになるであろう。また、有名歌手で選ぼうとすれば、ヤノヴィッツ・ルードヴィヒのコンビのベーム盤、グルベローヴァ・ツイーグラーのアーノンクール盤、デッシー・ツイーグラーのコンビのムーテイ盤、などを推薦していくことになろう。
       このオペラは2000年代に入ってからは、伝統的な演出の映像は姿を消してきているが、沢山ある最近のモダンな演出の映像の中からどれが良いかと問われると、私の好みでは前記の3映像になるが、もっと極端な刺激的なものはと問われると、今や読み替えオペラでは古典とされるニューヨークのバア・デスピーナのスミス・セラーズ盤、恋人たちがジャンボ機のコシ号で出発するバレンボイム・デリエ盤、現代のアパート内で繰り広げられる最新のフィッシャー・グート盤などを見て頂くことになろう。  

表ー2’ 「コシ・ファン・トウッテ」K.588の年代別映像ソフトの整理、
番号1980年代以前(〜1984)1990年代(1989〜99)2000年代(2000〜)
○ベーム3・カスリック(69)◎アーノンクール1・ポネル(89)○アーノンクール2・フリム(100)
マリオネット・ショルテイ(73)○ムーテイ3・ハンペ(89)○アバド・マルトーネ(100)
プリッチャード・スラック(75)スミス・セラーズ(90)○ヤーコプス・ツーエン(101)
○ハンス・フォンク・ヘルツ(83)○ガーデイナー・パリシャトレ座(92)バレンボイム・デリエ(102)
ムーテイ2・ハンペ(83)ウイルドナー・デユー(95)I.フィッシャー・ハイトナー(106)
エストマン・デッカー(84)◎ムーテイ4・シモーネ(96)◎ホーネック・ヘルマン(106)
○メスト・ベヒトルフ(109)
A.フイッシャー・グート(109)
◎最も好きなもの、 ○必見のもの、

  以上は私の好みに従って「コシ」の映像を評価したものであるが、表−2’に整理したように映像が生まれた年代別に、順に優れた映像を選び出し、それらの影響などを考えてみよう。
     1990年代以前では、矢張りベーム3・カスリックとハンス・フォンク・ヘルツの映像が、そして映像の状態がもっと良ければプリッチャード・スラックのグラインドボーンの映像も、最初期の時代の「コシ」の映像の伝統を築き上げてきたものとして忘れられないと思われる。しかし、1991年のモーツァルトイヤーが近づくと、いずれも1989年の映像であるが、アーノンクール1・ポネルとムーテイ3・ハンペの二つの映像により、ナポリ湾をイメージした伝統的な演出のほぼ完成された姿を見ることが出来るようになってきて、恐らくこの二組が「コシ」の決定版とされ、今現在でも、名盤の代表例として上げられている。

                一方、この時期に、これらの名盤に対抗するように、オペラや映像の普及に伴う若い演出家の進出や、古楽器の普及による新しい奏法などの研究が進んで、伝統に対する新しい変化の時代が押し寄せるようになってきた。このオペラの例では、読み替えオペラの最初の事例としてスミス・セラーズ盤がレーザーデイスクで登場し、さらに5年後にはライプチヒにおけるウイルドナー・デユー盤が登場して、これらはダ・ポンテ・オペラ三部作へと発展して世間の注目を浴びていた。また、古楽器による小劇場の演奏例として、エストマン・デッカー盤に続いて、ガーデイナー・パリシャトレ座のものが登場して、古楽器の良さ、アンサンブルの重要性などを改めて気付かせてくれた。そしてこれらの影響がモダン楽器の演奏にも現れてきて、その例として、アン・デア・ウイーン劇場のムーテイ4シモーネ盤やフェラーラ・テアトロ・コムナーレ劇場を使ったアバド・マルトーネ盤などの、伝統的なものに対しアンサンブルを強調する演奏が新味を見せるようになってきた。

       2000年代に入った今や、このオペラ「コシ」の映像は、古い伝統的で貴族趣味的なものは影を潜めて、音楽面ではピリオド奏法の影響を受けたり、現代風に読み替えた人間関係を重視した新しい演出を目指した新鮮な映像が続出している。それらの中では、個人的な感触ではあるが、アーノンクール2・フリム、アバド・マルトーネ、ヤーコプス・ツーエンなどの映像が注目されるようになった。そして生誕250年のモーツァルト・イヤー以降のごく最近の新しい映像においては、もっと新しい感覚のホーネック・ヘルマンおよびメスト・ベヒトルフの映像など新鮮な感性の映像が現れるようになった。これらは、最新のDVDやBDで見ることが出来、そのきめ細かな画像は、舞台をライブで見るよりもより緊迫した歌手の表情などを捉えようとしており、特に人間関係を鋭く描こうとする演出においては、欠かせない手段となっている。このように映像の時代と言われるほど映像ソフトが身近になった現在、新しくヴィジュアルの世界が重要視されつつあり、技術的な進歩もあって、オペラ界も歌って演技が良く、見て楽しいスターが望まれるなど、新たな変化の時代を迎えようとしているように思われる。


    
12、映像で見る私の好きなフィオルデリージ、ドラベラ、デスピーナたち、


 このオペラは「ドン・ジョヴァンニ」や「カルメン」や「椿姫」などのオペラと異なって、主役の圧倒的な歌唱力や存在感を味わうオペラと異なって、アンサンブルオペラと呼ばれるように、6人の主役たちによる二重唱・三重唱、時には五重唱や6人が揃って活躍するフィナーレなどの主として歌手たちのアンサンブルを楽しむオペラである。そして同時に、大劇場で豪華に演ぜられるオペラと異なって、小劇場でオーケストラによるオブリガートと歌とのアンサンブルも楽しめるような室内的な雰囲気が望まれるオペラでもある。従って、このオペラにはいわゆる大歌手が競って登場する映像は少ないし、特に4人の男女の恋人たちは、初めて映像に登場する歌手たちであることも多い。しかし、これら4人の恋人たちについても、また年上のアルフォンゾやデスピーナにもモーツァルトは実にきめ細かく性格付けして作曲しているので、それに相応しい歌手は誰かなどと、かなり主観的・個人的な判断であるが、想像を巡らして謎解きをする聴き方があっても可笑しくない。このような見地に立って「フィガロの結婚」で試みたように、表−6に映像で出てくる歌手たちの整理を行って、これを見ながら、私の好きな歌手たちを気ままに選ぶお遊びを行ってみたい。



表−6、「コシ・ファン・トウッテ」の主役歌手名リスト(2011年07月現在)
番号指揮者・演出者フィオルデリージドラベラデスピーナグリエルモフェランドアルフォンゾ
ベーム・カスリック1(69)ヤノヴィッツルードヴィヒミリヤコヴィチプライアルヴァーベリー
マリオネット・ショルテイ(73)ローレンガーベルガンサベルピエクラウゼデイヴィスバッキエ
プリッチャード・スラック(75)ドーゼリンデンストランドペリエアレンオーステインペトリ
ハンス・フォンク・ヘルツ(83)プサール ヴィルケシャイブナーシャイブナーウーデハーゼロイ
ムーテイ2・ハンペ(83)マーシャルアン・マレイバトルモリスアライサブルスカンテイーニ
エストマン・デッカー(84)ビールヘーグリンドセーヴェリンリンデンテイベルフロリーモ
アーノンクール1・ポネル(89)グルベローヴァツイーグラーストラータスフルラネットリマモンタルソロ
ムーテイ3・ハンペ(89)デッシーツイーグラースカラベッリコルベッリクンドラックデズデーリ
スミス・セラーズ(90)ラーソンフェルテイクズママダレーナケリーシルヴァン
10ガーデイナー・パリシャトレ座(92)ロークロフトマニヨンジェイムスギルフリートラストニコライ
11ウイルドナー・デユー(95)バルトーリマルケルトヴァンゲマンハイマンチョイシューベルト
12ムーテイ4・シモーネ(96)フリットーリキルヒシュラーガーバチエッリスコウフスシャーデコルベッリ
13アーノンクール2・フリム(100)バルトリニキテアニューバルツアウイドマーサッカショーソン
14アバド・マルトーネ(100)デイーナーアントナッチマッツカートウリヴィエワークマンコンチェッテイ
15ヤーコプス・ツーエン(100)デショルテイニキテアニューオッドーネゲンツオヴェンデンスパニヨーリ
16バレンボイム・デリエ(102)レッシュマンカンマーロラーブルネフブラッハマンギュラトレケル
17I.フィッシャー・ハイトナー(106)パーションフォンドウンクガルメンデイアビサローニ レヘテイプーリヴェンク
18ホーネック・ヘルマン(106)マルテイネスコッホドナートドグーマゼイアレン
19メスト・ベヒトルク(109)ハルテリウスボニタテイブスヤンコーヴァドロールカマレナヴィドマー
20A.フィッシャー・グート(109)パーションレオナードプテイポンベッシュレーテイプースコーフス
21指揮者・演出者フィオルデリージドラベラデスピーナグリエルモフェランドアルフォンゾ



  この表を見て、始めにフィオルデリージについては、私の好みに従えば、グルベローヴァ、デッシー、バルトリの三人が最初に上がり、いずれも名盤として評価された映像で歌っているので、見れば直ぐにご理解頂けるであろう。続いては最近活躍が著しいモーツァルト歌いの実績を上げつつあるストックホルム生まれの若いミア・パーションがグラインドボーンとザルツブルグ音楽祭での二つの映像があり、これは矢張り注目せざるを得ない。彼女はまだ若く、上記の三人のように声で分かる他を圧倒する存在感という感じではないが、そつなくこなしてしまうタイプで、私はグラインドボーンの初々しい感じのフィオルデリージの方が好きである。続いてベーム盤で欠かせないヤノヴィッツとムーテイが育ててきたフリットーリなどが挙げられるが、この二人はドラベラ役のルードヴィヒやキルヒシュラーガーとの二重唱などと合わせてコンビで素晴らしいと言う印象が強い。さらに、私の映像のコレクションで数多く出てくる私の大好きな現役のレッシュマンとハルテリウスの二人を挙げておきたい。レッシュマンはこの映像で初めて知った歌手であったが、元気の良いモダンなフィオルデリージがお似合いで、それ以降私の大好きな歌手の一人になっている。

  続いて妹のドラベラについては、この表に2度も名が出てくるツイーグラーとニキテアニューの二人のメゾがおり、二人とも立派な舞台で素晴らしい歌と演技を披露していた。ツイーグラーについては、グルベローヴァとデッシーの妹役であり、大柄で二人に負けない歌唱力のある存在であった。ニキテアニューについては、チューリッヒ劇場の名ズボン役でケルビーノやアンニオやグレーテルなどを歌って知られていたが、アーノンクールやヤーコプスに見出されて出演しており、彼女はこの役ではいずれも姉よりも色気を感じさせる立派な演技をしていたのが印象に残っていた。また、若きアン・マレイの姿と生真面目な歌が聴けるムーテイ2盤も忘れられない映像であったし、フリットーリのフィオルデリージとピッタリのドラベラを演じていた若いキルヒシュラーガーも私の大好きな最高のドラベラであると思われる。また、フェラーラ生まれでアバドのテアトル・コムナーレ劇場でドラベラを歌っていた若いアントナッチも強く印象に残っていた。また、古い人ではクリスタ・ルードヴィッヒの円熟したドラベラ役の姿がヤノヴィッツとともに目について残っている。

          デスピーナについては、演出によって老け役で登場してアルフォンゾとともにヴェテランの味を見せる役と、若くて元気が良く色気もあるスープレット役の二通りがあるが、前者ではストラータスや、バルツアや、ドナートなどの名演技が印象深いが、同時にアルフォンゾを演じていたモンタルソロや、ショーソンやアレンなどとのコンビで活躍していた姿を懐かしく思い出す。一方、後者では、ムーテイ2盤の1983年ザルツブルグ音楽祭での若きバトルや、2009年同音楽祭のプテイポンの熱演も忘れることが出来ない。デスピーナの存在がこのオペラの楽しさを加速するので、これら5人は、恐らく、今後も語りぐさになって残るであろう。

  バリトンのグリエルモについては、表−6によれば、アレンとコルベッリとスコウフスとヴィドマーの四人が若い時にグリエルモを歌い、年功を経てからアルフォンゾを歌っているのが面白かった。アレンは実に30年後に、コルベッリは7年後に、スコウフスは13年後にそしてヴィドマーは9年後にアルフォンゾを歌っていた。また、ワグナー歌手として成功した若き日のモリスや、ヴェルデイ歌手として今でも歌っている若いフルラネットなどがグリエルモを演じており、この役は、若い歌手たちの登竜門のような役柄であることが表を見て理解できた。
  一方のテノールのフェランドについても、アルヴァとかアライサとかリマのようにモーツァルト歌いとして有名だった懐かしい人の名を見ることが出来、さらにシャーデとかサッカとか今でも現役で活躍している方々の記憶が残っているが、残念ながら最近の若い歌い手の印象が薄いのはどうしてなのか分からない。グリエルモ・フェランドの重唱コンビで考えてみても、モリス・アライサ、フルラネット・リマ、コルベッリ・クンドラック、スコウフス・シャーデなどが強く印象に残っており、いずれも好きな映像で述べてきた映像の歌手たちのようである。
 終わりにアルフォンゾについては、 先にデスピーナのところで述べたモンタルソロやショーソンやアレンの他に、グリエルモも歌っていたコルベッリとスコウフスとヴィドマーなどは記憶に残されていたが、古い映像でブルースカンテイーニが渋い演技をしていたいう印象も強かった。また現役の中ではベルリンOPのトレケルやザルツブルグ音楽祭のスコーフスなどはフィガロの伯爵など他の役でも活躍していたので良く記憶している。



13、あとがき、


       このオペラをこのホームページに初めてアップしたのは、2001年5月のアーノンクール2・フリム演出の映像であったので、それ以来全20組の映像のアップを行うのに約10年を要したことになる。今ではオペラのファイル化は自分なりにスタイルが出来ているが、当時は何もサンプルはなく思いつきでただ「よく見たと言う記録を残そう」と自然体で始めていた。写真もアナログのカメラで撮り、焼き付けてからスキャナーで読むという面倒なことをしていた。今思えば、容量に限界があり、不自由なHP作りで始まっており、当時と今では技術的には隔世の感があった。過去に集積した古いソフトは全てアップしてあるので、これからは、気ままに入手したソフトを順に表−1に追加して、アップを続けたいと思う。

        しかし、2006年のモーツァルト・イヤー以降、モーツァルトソフトや演奏会が減少したのではないかという恐れがあり、「コシ」については新しいものがあるものの、全体的な傾向として、個人的には心配している。このような芸術の世界では、少し休息をして次のための内容を熟成していく期間が必要なのかもしれない。このHPにとっては、他のオペラや器楽曲に、まだ未アップの古いソフトが沢山あるので、この休みを利用して、大いに頑張りたいと思う。現在、この後は、「ドン・ジョヴァンニ」と「魔笛」を続ける予定で、まとめの準備に入っているので、ご期待頂きたい。

なお、本稿のオリジナルは、私のホームページ(http://mozartian449.blush.jp/mozartian449/)にあり、HPでは、常時、掲載して絶えず変更が加えられている。そこでは、クリック一つで、個別の映像ファイルを見ることが出来るほか、内容の修正・更新を、逐次、継続する予定であるので、出来るだけHPの方を、参照して頂きたい。


(以上)(2011/12/30)




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