映像によるオペラ「偽りの女庭師」K.196の全て−総括編−

−コレクションの表−1のデータベースに掲げる全9組のソフトのうち、CDなどを除いた映像は7組あるが、このたび全ての映像のHPへのアップロードがやっと完了した。以下は、自分なりに考えた観点から、各映像の意義や特徴を総括的に整理したものである。そして、私の最も好きなオペラ「偽りの女庭師」K.196の映像を選び出し、終わりに私の好きなサンドリーナ、セルペッタなどを紹介しようと試みるものである−


映像によるオペラ「偽りの女庭師」K.196の全て(2016年7月現在)

−全ての「偽りの女庭師」K.196の映像、全7組のアップを終えて−

            倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに、
 

   今回のフランスのリール劇場(Opera de Lille)の最新のオペラ「偽りの女庭師」のBD(2014)のアップロードが完了(16-6-3)して、このオペラの全7組の映像のアップがようやく完成した。そのアップロードの経緯や各映像の概要については、既にこのホームページ(以下、HP(http://mozartian449.blush.jp/mozartian449/)という。)のK.196のデータベースで解説済みであるが、この収集時期にかなり時差のある7組の映像を振り返って、初めに、7組ある映像を収集してきた経緯を述べ、次いでそれぞれの映像のいろいろな特徴などを検討して、このオペラの全体的な総括的な考察を行い、望ましい映像はどれかとか、大好きなサンドリーナやセルペッタなどは誰が良いかなど、個人的な好みを付け加えたいと思う。


2、当初の頃のオペラ・ブッファ「偽りの女庭師」K.196のデータベース」(2008年11月現在)、


  私のデータベースでは、2008年11月現在で、次の5映像、1CD、1ATが記録されている。 最初に聴いたこの作品は、FM放送から自分で録音したオーデイオ・テープ(AT)で、カセットテープに収録されている。このテープの音声以外の情報は何もなく、ただ、音楽だけは他のオペラとそう遜色ない美しい曲が多い立派な作品であると考えてきた。

  この珍しいオペラの2曲目は、レーザーデイスク(LD)1枚ものの東ドイツ放送局のTV用の映像作品であった。LPやCDを経由せずにいきなり映像でと言うのは、このオペラが初めてかも知れない。古くからドイツに伝わるドイツ語版であり、オペラの標題も「愛の女庭師(Die Gartnerin Aus Liebe)」というものであった。もの凄く省略されていたが、良い所取りをしているようで、それなりに気楽に楽しめる映画スタイルになっていた。

  3曲目は、91年のモーツァルトイヤー時に発売された、エストマンとドロットニングホルムス歌劇場の古楽器の演奏によるもので、新全集によるオーソドックスなものと考えて購入したが、実際には省略が多かった。このオペラは、エストマンの軽快な指揮ぶりに合っており、衣装も当時そのままで、台本に忠実な演奏であり、その時はこれがこのオペラのベストであると考えてきた。
  この年にカンブルラン指揮のフランス風のCDが発売され、早速、入手しているが、CDでは、いくら好きなオペラでも、映像の味をしたこの身には、長い間、集中して聴くことが出来ず、正直に言って、ながら族的に流して聴いただけに止まっていた。


オペラブッファ「偽りの女庭師」K.196のデータベース(2016年6月現在)
番号入手日付メデイア指揮者オーケストラSandrina録年月メモ
85ATBichukofNewfrab-COJohnson8400Audio-Tape
910210LDOstmanDrottningAruhn8800NMA、Period(12-3-4)
900209LDPommerBerlin-RSOEisenfeld8900TV用ドイツ語版(8-11-3)
910104CDCambrelingMonnaie-TOKozlowska8906NMA
940502LDCambrelingMonnaie-TOKozlowska8906NMA(10-2-2)
1060827SDHarnoncourtZurich-OPOEva May10602NHK103CH(6-9-3)
1070124DVDBoltonMozarteum-OReinprecht10608M22(7-2-5)
1110514DVDZagrosekStuttgart-OPOReinprecht10600DVD(12-3-3)
1151113BDE.HaimLille-OPOMorley11403BD(16-6-3)


    94年にカンブルランのこのCDが、映像になってLDで発売された。ブリュッセル・モネ王立劇場のこの舞台は明るく華やかな舞台であり、出演者は皆若い人ばかりで、若さ溢れる素晴らしい舞台であり、エストマンの古い舞台と異なったモダンな趣があった。そして、この段階で、私のベストの映像になったが、満たされないものも残されていた。

    四番目の映像は、アーノンクールの久々の登場で、チュ−リヒ歌劇場によるもので、NHKのハイビジョンの放送をデジタルで収録したものであった。06年2月23/25日の最新の演奏であり、恐らくこの劇場の生誕250年を記念するオペラであったに違いない。このオペラの映像はこれで4組目になったが、さすがアーノンクールのブッファは、音楽が軽快で魅力的であるばかりでなく、分かりずらいオペラを時にはセリフも交えたり工夫を加えて分かり易くしており、背広姿の現代風な演出にも拘わらず、違和感がないすっきりとした舞台となっていた。サンドリーナのエヴァ・メイはさすが歌でも演技でも存在感を示し、伯爵役もそろって好演しており、全体がスムーズで分かり易く、これまでの三組を上回る出来映えと感じさせた。そしてこの映像は、このHPの写真入りのアップロードの第1号(6-9-3)の映像になった。

   06年の1月のモーツァルト週間で、ザルツブルグの州立劇場でこのオペラを現地で初めて見てきたが、舞台は女流演出家デリエの超モダンの最新のガーデニング・スーパーの店内であり、市長官役がその店長に、騎士ラミロがその助手、セルペッタとナルドはその店員、サンドリーナは店長の特別な店員という環境の中で、お客さんの伯爵とアルミンダが店長とやりあういろいろな恋人同士の布陣で、この全く斬新な「読み替え劇」には驚かされた。出演者は若い人ばかりであったが、ボルトン指揮のモーツァルテウム管はキビキビした演奏ぶりで、好感が持てた。演出は超現代的でも、三組の恋人同士のドタバタ劇は同じであり、恐らく今年の夏の音楽祭でもこの演出で行われる筈であり、観客を驚かしているものと思われる。(以上)(06/09/03)

   図らずも上記の女流演出家デリエの超モダンのDVDが06M22の音楽祭記録として発売され、早速、2番目の映像としてアップロードした(7-2-5)ので、ご覧いただきたい。まだ、アップロードされていないソフトは、ドイツ語版のテレビ映画のもの、エストマンの古楽器による演奏、カンブルランのモネ劇場のものの3つのLDによる映像で、それぞれ特徴があり、ここでは古いものから順にアップしていきたいと考えていた。 

  続いて三番目にアップしたのは、 マックス・ポマー指揮、東ベルリン放送交響楽団及び合唱団によるオペラ「愛の女庭師」K.196、−テレビ映画作品−1989年DDRテレビ局(8-11-3)であった。ドイツ語による明るいハッピーエンドの圧縮されたドタバタ劇という印象であったが、時には異常に美しい音楽が響いており、やはり気になる作品であった。映画方式なので細部の改作も自由に行われていたので、リブレットに忠実な舞台よりも全体が分かり易い作品となっていた。

    また、第四番目にアップしたのは、懐かしいLD映像であるカンブルラン指揮の89年モネ劇場による「偽りの女庭師」(10-2-2)であり、この映像は細かく見れば見るほど、周到に用意された映像であると感じ入った。これらは演出のヘルマン夫妻と指揮者カンブルランの意気の合った取り組みのお陰である。1曲も省略がなくアリアの繰り返しなども忠実に行っていた丁寧な演奏には非常に好感が持てるが、リブレットにないキューピットの登場など出過ぎた面もあり(何度も見返すと気になり)評価が分かれよう。  (以上)(08/11/20)


3、2010年以降に入手した最新の二つの映像
−ツアグロゼクのシュトゥットガルト劇場のDVDとフランス・リール劇場(Opera de Lille)のBDによる「女庭師」−

   最新DVDによるツァグロゼクによる「偽の女庭師」の映像(12-3‐3)では、通常の演奏なら三組の恋人たちが喜びを露わにして、全員合唱の華やかなフィナーレのオペラになるはずであるが、この映像では音楽は賑やかなのであるが、祝福された恋人たちは伯爵とヴィオランテだけのようであった。これには、演出者の「この恋の物語は、そんな単純なものではない」という独自の解釈によるのかもしれない。この映像は、矢張り第三幕の変更とフィナーレのあり方をどう捉えるかによって、全体の評価が異なってくる。しかし、これだけ省略や変更が多いと、リブレットに忠実で伝統的な演出を期待する私の考え方には合わない映像であった。

    この映像は、ジョルドイユ演出であるが、衣裳は当時の貴族趣味的なものであった。しかし、舞台は最初から最後まで、7人が決まった入り口から必要な歌手だけが登場するいわば演奏会形式によるオペラと余り変わらない舞台でモダンな演出であった。一見したところ、アリアの省略や入れ替えが多くあり、日本語字幕がないので、それを確認するために、リブレット通りの他の映像と比較してチェックする必要性を感じていた。そのため、もし時間的に余裕があれば、12-3-4として、まだ残されているエストマン指揮のドロットニングホルムの「偽の女庭師」のLD(12-3-4)も同時に見て、違いが分かるように同時にアップしておきたいと考えて、同時に作業をしている。

      懐かしいレーザーデイスクによるエストマンの「偽りの女庭師」K.196の映像を、今回は他と比較する形で入念に見てきたが、終わりには三組のカップルが盛大に祝福されており、これまでの記憶以上に、第一・二幕で、ツアグロゼクの映像と同様に、単純化するためにかなり大胆にアリアをカットした映像であって、チェックの役割は期待できなかった。そのためか喜劇としての分かりやすさを前面に出した活気のある舞台が続いていたし、音楽的にも古楽器の良さを生かした優れたものであったが、エストマン特有の曲によっては極端にテンポが早すぎる部分が好きになれず、とても残念であった。この歌劇場も10年来オペラを続けており、優れた歌手たちが育ってきたと評価しておきたい。(私がエストマンのLDをチェック用に選択したのは、彼の「フィガロ」や「ドン」のCDが、初演版プラス追加曲構成されており、どちらでも聴ける優れたCDの記憶があったからであった。)

       以上のアップロードの経緯をたどって、最後に 最新のBDオペラから、フランスの地方の舞台、2014 Opera de Lille 劇場の「偽りの女庭師」のアップとなった。このフランスの Lille劇場のオペラは、このHPで初出であると同時に、指揮者、演出者、出演者、全員が初出であり、どんな映像か心配な面があったが、市長役を除き、全員が若々しいスタッフが揃い、全員の息の合った生き生きとした活発な舞台がとても楽しめた。このオペラは、単純な恋のもつれの物語なのであるが、ストーリーが分かりづらく、いろいろな工夫が必要であるが、序曲からモノログを取り入れて過去の事件を説明したり、2004年のベーレンライター版を省略なく忠実にすすめ、特に、一・二幕のフィナーレの舞台を思い切って簡略化して、分かり易くしていた。日本語字幕がなく心配であったが、これまでの古い映像にない新しさと分りやすさがあり、推薦に値するものと思われた。         (以上)(2016/06/20)


4、オペラ「偽りの女庭師」の映像の特徴といろいろな考察など、

4-1、年代的な三つのグループとしての考察、

    今回のフランスのリール劇場(Opera de Lille)の最新のオペラ「偽りの女庭師」のBD(2014)のアップロードが完了(16-6-3)して、このオペラの全7組の映像のアップが完成した。そのアップロードの経緯や各映像の概要については、既に述べてきたので、初めにこの収集時期に時差のある7組の映像を振り返って、それぞれの映像のいろいろな特徴などを検討して、このオペラの全体的な総括的な考察を行いたいと思う。


   最初に指摘したいことは、これら7組の映像が、年代的におおむね3:3:1の3グループになっていることである。その第一のグループは、1991年の没後200年のモーツァルト・イヤーの時期に入手したものであり、第二のグループは、三編ともに2006年の生誕250年のモーツァルト・イヤーを記念して収録されたものであった。第三のグループは、ごく最近の2010年以降に収録されたものであり、残念ながら現在、一組しか記録されていない。以下に示す表ー2は、各映像を年代順に並べて、その特徴などをまとめたものである。

   第一のグループの特徴は、その当時の新メディアであるレーザー・ディスク(LD)で発売され、ビデオ・テープを上回る画質と扱いやすさで楽しんだものであった。そしてそれぞれの映像に特徴があり、録音年代的に最も古いエストマンのドロットニング・ホルムズの映像(12-3-4)は、初演当時の衣裳や舞台を模したライブの古楽器演奏であったので、驚かされたものである。彼らは、当時、既にブッファのダ・ポンテ三部作の映像化を完成しており、「ティト」に次いでこの曲を映像化し、次いで「魔笛」や「後宮」へと録画を進める最中であった。一方の東ドイツのポマー指揮による映像は、2時間番組のTV映像を目途としたもの(8-11-3)で、そのせいか省略が多かったが、ライブでなく演出が映画的に自在であったので、それだけにストリーは楽しめたが、音楽的にオペラとして味わうには物足りなかった。三番目のカンブルラン指揮モネ王立劇場のものは、最初にCDで入手した後にLDを購入しているが、ヘルマン夫妻による簡素な舞台演出(10-2-2)で、1曲も省略がない丁寧な演奏であったが、リブレットにない役者の登場で出過ぎた面もあり評価が分かれていた。しかし、当時としては、これら三つの特色ある映像のおかげで、このオペラは十分に楽しむことが出来たと思われる。
   以上の古い三つの映像は、いずれも貴族的な衣裳による伝統的な演出であり、このブッファの古典的な面白さを強く印象づけた映像であった。


表−2、各映像の特徴と省略曲など、(2016年6月)
アップ番号映像の略称(録年) 序 曲 第一幕第二幕第三幕
12-3-4エストマン古楽器(88) 4,5,15,16,17,18,
8-11-3ポマーTV独語(89)2,9,15,16,17,18,24,25,
10-2-2カンブルラン・モネOP(89)パントマイム
6-9-3 アーノンクールHV(06)18、25、
7-2-5ボールトン・M22(06) パントマイム8,915,16,17,24,25,
12-3-3ツアグロゼクDVD(06)パントマイム4,8,9,16,17,18,19,24,
16-6-3ハイム・リールOP(114) パントマイム


   続いて、第二のグループは、2006年の生誕250年のモーツァルト・イヤーを記念して収録されたものであり、その当時の各オペラ劇場が競って記念演奏が行われ、新しいメデイアであるDVDにより新発売されたものであった。その最初にアップした映像がアーノンクール・チューリッヒ劇場のものであり、軽快な生きのいい音楽が続く、モダンで斬新な演出(6-9-3)で、エヴァ・メイが抜群で他の配役もよく、省略も少なく、全体としてこれまでの4組の映像の中では最も納得できる映像であった。
  続く06年の映像は、ザルツブルグ音楽祭のM22の映像で、私はこれをライブで見て、そのユーモアとウイットに富んだ超モダンなデリエ演出(7-2-5)により驚かされたのであるが、ボルトンの指揮も良く、サンドリーナはじめ伯爵などの歌手陣も揃って上手に歌っていたので、このオペラの面白さを十分に舞台化した優れたDVDであると評価できよう。ただし、余り奇抜すぎて繰り返して何度も見るには、もっとオーソドックスな映像のほうが良いと考えている。
  06年の三番目の映像は、ツァグロゼク指揮、ジョルドイユ演出、シュトゥットガルト州立劇場公演のものであるが、DVDを入手したのは5年後の2011年(12-3-3)であった。通常の演奏なら三組の恋人たちが喜びを露わにして、全員合唱の華やかなフィナーレのオペラになるはずであるが、この映像では音楽は賑やかなのであるが、祝福された恋人たちは伯爵とヴィオランテだけのようであった。これは思い切ったモダンな演出であり、演出者の意図について行けない面があった。しかし、これだけ省略や変更が多いと、リブレットに忠実で伝統的な演出を期待する私の考え方には合わない映像であった。
  以上の三つの06年の映像は、いずれもモダンな演出であり、これだけでも演出重視の傾向が現実のものになった最近の傾向を現していると思われる。

     一方の上記の6組の映像に対して、最新の2014Opera de Lilleのライブ収録の映像は、どうやら2004年ベーレンライター版(16-6-3)を使っているようであり、すっきりとオペラが進んでいた。私はこのリブレットを入手していないので、日本モーツァルト協会のHPのリンクで、モーツァルテウムのオンライン・リブレットを参照しようとしたが、この曲だけが(工事中か?)リンクできず残念であった。しかし、このフランスの Lille劇場のオペラは、このHPで初出であると同時に、指揮者、演出者、出演者、全員が初出であり、日本語情報が全くなく、どんな映像か心配な面があったが、市長役を除き、全員が若々しいスタッフが揃い、全員の息の合った生き生きとした活発な舞台がとても楽しめた。このオペラは、ストーリーが分かりづらく、いろいろな工夫が必要であるので、この映像では、序曲からパントマイムを取り入れて過去の事件を説明したり、2004年のベーレンライター版を省略なく忠実にすすめ、特に、一・二幕のフィナーレの舞台を思い切って簡略化したり、各所で良いとこ取りをが多くするなどして、分かり易いのが特徴であった。ただし日本語字幕がなく心配であったが、詳しく見た感想として全体としてみれば、これまでの古い映像にない新しさと分り易さがあり、部分的に不満はあっても、まずまずの映像ではないかと思うようになった。

    以上、表-2に示す7つの映像について、年代的におおむね3:3:1の3グループになっていることについて、それぞれの特徴を考察してきたところであるが、私にはモーツァルト・イヤーという二つの節目を超えて、このオペラには2004年ベーレンライター版というよりどころを得て、このオペラの上演上の解釈の変化が生じ、2014リール劇場の映像がその最初の試みであって、これが従来の版を超える結果をもたらしてきていると考えてみた。従って、今後、この版についての解釈が進み、より分かり易く受け入れられる新しい試みが今後に期待されていると思われる。


4-2、このオペラの省略曲に関する考察、

   このオペラは、最初に見たポマー指揮の東ドイツのTV用に制作されたLDから見始めたせいもあって、初めから省略曲が多いオペラであると感じていた。この映像は2時間以内に1枚のLDに納められており、初めからテレビ用に編集されたものであった。しかし、06年の映像の超モダンなデリエ演出も、ツアグロゼク指揮のDVDも、表-2のとおり、最初のLDと同じくらい にアリアが省略されており、その省略曲のチェックのために見たエストマンのLDも省略が多く、驚かされたので、改めてどのようなアリアがカットされたかまで表-2のようにチェックすることとなった。これら4種類のカットの多い映像は、省略曲が押し並べて6〜8曲に及び、かなり共通して省かれているようであった。これらの省略の意図は、ストリーの運びに貢献度の少ないアリアを削除して、全体を短くして単純化しようとしたグループと考えることが出来よう。

   一方の残された3種類の映像は、ノーカットのものがカンブルラン・モネ劇場とハイム・リール劇場のフランス系の2組と、必要最小限の2曲をカットしたアーノンクール・チューリヒ劇場の映像であった。これらは演奏の基にしたリブレットが、新全集と2004年版と言うことであるが、それを忠実に再現しようとした努力や解釈の跡があり、私はカットという安易な道を選ぶよりも、原作を生かす形で幅の広い解釈をする道の方が、原作に対し忠実な態度であると考え、カットをなくしあるいは必要最小限にする道を尊重したいと思う。

      以上、表-2に基づいて、省略のあり方に関して、7つの映像をさらりと見てきたが、非常に省略の多いこのオペラも、今回のように省略を排除した新しい優れた映像が出てきており、今後に期待が持てると思われる。これら7つの映像では無名に近い最新のリール劇場のものが私には気に入っており、同じく省略がないが癖のあるカンブルラン・モネ劇場を超えて、さらに省略の少ないアーノンクール・チューリヒ劇場の映像をも超えて、最も推薦に値するものと思われる。    (以上)(2016/07/03)


4-3、このオペラの名称(標題)に関する考察、


   このオペラのデータベースを作成したのは、最初にこのオペラをホームページにアップしたアーノンクール・チューリヒOPの映像からであったが、その時に放送されたBS103の放送での標題{オペラ・ブッファ「にせの花作り女」K.196}をそのまま採用して何ら問題を感じていなかった。ところが、二番目にアップしたボールトン・デリエ演出のM22のDVDのタイトルは、{ドラマ・ジョコーソ「にせの女庭師」}となっていたが、三番目にアップしたドイツ語版のポマーのLDの標題は、{ドラマ・ジョコーソ「愛の女庭師」(Die Gartnerin aus Liebe/ La finta giardiniera)} であり、ドイツ語版で古くから親しまれてきたものでは、タイトル名を含めて、新全集とはニュアンスが、若干、異なることを意識していた。

   そのため、この問題について、表面的ではあるが、軽くおさらいをしておく必要が生じた。このHPで良く引用する属啓成先生のモーツァルト(声楽編1975)では、{オペラ・ブファ「恋ゆえの女庭師」}とされているが、このタイトルの邦訳には「偽りの女庭師」、「にせの花作り女」のほかドイツ語訳からきた「恋ゆえの女庭師」などがあるとされていた。一方の海老沢先生の監修によるモーツァルト辞典(東京書籍1991)では、タイトルは{ドラマ・ジョコーソ(オペラ・ブッファ)「偽りの女庭師」}に統一されているようで、ドイツ語版、旧全集版(1幕はドイツ語、2/3幕は伊・独併記)、新全集などの歩んできた版の経緯を述べて、新全集(伊・独併記版1978)を基本にしているようであった。
   従って、ここでは東京書籍の新全集尊重のタイトル名{オペラ・ブッファ「偽りの女庭師」に変更して、今後、統一的に使用したいと考えている。

   しかし、今回最後にアップした最新の2014Opera de Lilleのライブ収録の映像では、どうやら2004年ベーレンライター版(16-6-3)を使用しているが、その版についてはBDの解説には全く触れられていない。これまでのモーツァルト・オペラでは、音楽之友社によるオペラ・ブックス(チャンパイ・ホラント編)のシリーズがあったが、この「女庭師」については、残念ながら含まれておらず、いわゆるリブレットの日本語訳は、CDなどに付属しているもの以外には入手出来ない状態である。この件に関しては、原典を、常時、参照できる研究者の手による何らかの解説が必要であることをお願いしておきたい。


4-4、貴族が登場するオペラ・ブッファのリブレット上の階級差が生ずる問題と「狂気の発生」の場面に関する考察、


   今回の貴族が登場するオペラ・ブッファのリブレットにおいて、私たちが通常見落としがちな二つの留意点があるので、指摘しておこう。その第一は、貴族社会における「階級差」の問題であり、このオペラの例では、身分を隠していた女庭師サンドリーナが、突然、伯爵令嬢のヴィオランテを名乗ったことで、周囲の人々の対応が自然に変化していることであろうか。貴婦人アルミンダが、良かれと思っていた伯爵をあっさりあきらめ、終わりにはヴィオランテに握手の手を差し出す変貌振りなどがそうであり、セルペッタが女庭師を自分と同列に見なしていたのに、ご主人様扱いに変化した様子が、この例であろう。伯爵と令嬢、貴婦人と騎士、市長の女中と令嬢の従僕の三組の恋人たちの階級差が、ごく自然にリブレットに含まれているので、注意が必要である。オペラ「ドン・ジョヴァンニ」では、踊りの場面でこの階級差をごく自然に三つの踊りの音楽でも表現しているが、この階級差は翻訳もののリブレットには現れないことがあるので、注意する必要があろう。

   もう一つの留意点は、ブッファでは、貴族の身分の登場人物が追い詰められたり都合が悪くなったりすると、降参したり頭を下げたりせずに、狂気の嵐が吹いて可笑しな場面になり、一時逃れすることがあり、演出者泣かせのいわば「狂気の場面」がブッファでは許されていることであろうか。このオペラの例では、第二幕フィナーレの後半で、サンドリーナと伯爵の狂気の場面があり、舞台は大混乱のドタバタ劇の中で収束するが、この狂気は、第三幕冒頭の場面まで続いていたのは珍しかった。オペラ「ドン・ジョヴァンニ」では、第一幕のフィナーレの後半の最後の場面で、追い詰められたドン・ジョヴァンニが狂気の場面になって、ドタバタで終結する例がある。これはブッファの貴族のみが許される一時逃れの場面なのであろうが、われわれには理解が難しい場面があることを指摘しておこう。


4-5、このオペラの第1幕のフィナーレと第2幕のフィナーレの難しさに関する考察、


     これまで7組の映像を見てきたが、このオペラの第1幕のフィナーレと第2幕のフィナーレの大混乱の状態で終わる姿には、真に残念ながらどの映像においても満足するものはなかった。そして満足出来る姿について、私自身の頭の中の整理も出来ていなかった。それはこのオペラに関する頼りになる資料が新全集しかなく、そこにある難解なイタリア語とドイツ語のリブレットを解読して、オペラの流れに合った望ましい筋の通ったフィナーレの組み立てをすることが出来ないからである。

     始めに、第1幕のフィナーレについては、ヴィオランテと伯爵の意外な再会に始まる驚きの対話から、アルミンダとラミロを加えた四重唱に発展し、市長、セルペッタ、ナルドの三重唱を経て、ヴィオランテと伯爵の二重唱になり、幕切れが7人全員が入り乱れたブッファ的な大混乱の状態で終わることになるのであるが、どの映像を見ても、なぜこうなるのかすっきりしていないで、曖昧のまま終結している。しかし、2014年のリール劇場のものが、同じドタバタ劇でも少しは見所があるのではないかと思うようになった。

     一方、第2幕のフィナーレについては、サンドリーナを探して、暗闇の中でそれぞれが思惑を持って相手を見つけたものの、明かりで見ると何と全員が相手を取り違えていて大混乱になり、挙げ句の果てにサンドリーナと伯爵が悲しみの余り狂気になって、ギリシャ悲劇の主人公のようになって混乱のまま終結するのであるが、やはりどの映像を見てもすっきりしなかった。しかし、2014年のリール劇場のものが、暗闇で相手を間違える不自然さや、同じ狂気の場面でも、少しは見所があるのではないかと感じられた。

      私はその理由が、この映像が用いている2004年版ということにあるのではないかと考えており、もう一つは過去の映像を見較べた結果の良いところ取りが現れた結果であろうと思っている。新しいものほど過去の問題を整理でき、新しい方向に向かうことが可能になるが、私はこのオペラについては、この2004年版の最新の映像から、もっと理解しやすい解釈や演出が可能になるのではないかと、今後に期待している。この2004年版について、専門の研究者の日本語訳による解説書が望まれている。


5、7組の映像のまとめと、このオペラを歌う歌手たち−私の好きなサンドリーナやセルペッタたち−


    以上により、このオペラの全7組の特徴についていろいろな角度からそれらの特徴を述べてきたが、ここで最後のまとめとして、このオペラの映像に関する私の好みについて述べ、併せてこのオペラを歌う歌手たち−私の好きなサンドリーナやセルペッタたち−についても、一覧表を作成して、私の好みを述べておきたい。



    今回の最後のBDの2004年版のリール劇場の女庭師を見て、私はこれまでの迷いが薄れ、このオペラの上演は安易なアリアの削除によって舞台をまとめる手法ではなく、モーツァルトが作曲した全てのアリアを生かして正面から取り組み、リブレットに出来るだけ忠実に舞台をまとめていく行き方が望ましと考えるようになった。全7組ある映像のうち、全28曲あるアリアの6〜8曲をカットしたものの方が表-2の通り4組と多いのであるが、仮にカットしても4-5で述べた第1幕や第2幕のフィナーレのような問題は片付いていないので、これらの映像は、参考にはなっても余り評価するに値しないと考えられる。


     従って、このオペラの推奨に値する映像を選定する作業の対象は、リール劇場(2014)、チューリッヒ劇場(2006)、モネ劇場(1989)の三映像から選んでいくことになるが、このうちモネ劇場の映像には、第1幕や第2幕のフィナーレのような問題の解決策として、「愛の天使」なるキューピットを登場させ、リブレットに現れない登場人物によって問題を解決させる特異な伝家の宝刀を用いていた。これは、解決策のアイデアの一つではあろうが、リブレット重視の立場からはいわば論外の邪道の道であると考えられるので、省略のない優れた映像であることを認めるものであるが、推薦の対象からは外したいと考える。


      そうなると残された映像は、リール劇場(2014)とチューリッヒ劇場(2006)の二つの映像となり、私はそれぞれが優れた映像であると考えている。しかし、どちらかと言えば、チューリッヒ劇場(2006)のアーノンクールの生きのいい音楽とエヴァ・メイの後援が楽しめる映像も良いのであるが、私はやはり省略がなく一・二幕のフィナーレに新しさを感じ、2004年版を使ったとされるリール劇場(2014)の映像に魅力を感じている。ただし、このBDには残念ながら、日本語字幕がないので、このオペラに余り馴染んでいない方には、チューリッヒ劇場の映像を選ぶことをお薦めする。


   続いて、このオペラに出演してきた歌手たちについて、触れておきたい。このモーツァルトの若造りのオペラ「偽りの女庭師」K.196は、いわゆる大劇場で大スターが競って出演するような作品ではなく、地方の小劇場でそこの歌手たちにより、極くまれに公演されるオペラと考えて良い。従って、いわゆる大劇場でグローバルに活躍している大歌手は殆どおらず、地方劇場で活躍しているいわば無名の歌手たちによる努力の産物と考えていただきたい。そのため、表-3に示す歌手たちは、これまでオペラのLDを重ねてきたスエーデンのドロットニング・ホルムズ歌劇場やチューリッヒ歌劇場を除くと、国際的にはほとんど知られていない歌手たちの名で占められている。






        
表-3、オペラブッファ「偽りの女庭師」K.196の出演者たち(2016年6月現在) 
No劇場名(録年)ドン・アンキーゼヴィオランテ伯爵ベルフィオーレアルミンダ騎士ラミーロセルペッタロベルト
1ドロットニングH(88)ケイルアルーンクロフトビラットスコグルンドビールサロマー
2東ベルリン放送局(89)ツエドニックアイゼンフェルトオニールゼルビックドレスンシュタインスキハルトフイール
3モネ王立劇場(89)ベネルリコズロフスカトルゼフスキーマージョアボウルソンスミトカスマイズ
4チューリヒ劇場(06)シャングエヴァ・メイシュトレールイザベル・レイニキテアニュークライターベルムデス
5ザルツブルグ州立(06)グレアム=ホールラインブレヒトエインズリージャンスドノーゼクチェロヴァヴェルバ
6シュトゥットガルト(06)オールマンラインブレヒトシャンクレコステアシュナイダーマンベスバロヴァイテローゼン
7リール劇場(14)アレマーノモルレイスカラヘンリーチャパスサヴァスターノボルチェフ
劇場名(録年)ドン・アンキーゼヴィオランテ伯爵ベルフィオーレアルミンダ騎士ラミーロセルペッタロベルト


     上記の表-3を見て驚かされるのは、ヴィオランテを演じたラインブレヒトが、いずれも06年のモーツァルトイヤーで二つの劇場で歌っていたことである。同じ役を二カ所で歌っているのは彼女だけであり、これまでの私の基準で行くと、グローバルな歌手として後世に残る名ヴィオランテ(サンドリーナ)と言うことになろうが、事実上彼女の姿が二つのDVDの表紙を飾っていたが、全く違うタイプの女性として描かれていたのもこのオペラの性格を現わしていると思った。ヴィオランテの役では、エヴァ・メイの歌と演技が素晴らしかったし、東ドイツのアイゼンフェルトもヴェテランらしい存在感を示していたし、モネ劇場のコズロフスカも、リール劇場のモルレイも、主役として、若々しい姿が強く印象に残っている。

      男性の主役として、ベルフィオーレ伯爵も、ドン・アンキーゼ市長も、おふざけの面が強い役柄なので軽い存在となり、強い印象が残らないが、伯爵については、エヴァ・メイとペアで活躍していたシュトレールとリール劇場のスカラが、好演していると思った。市長については、やはりチューリッヒ劇場のシャングとリール劇場のアレマーノの名を挙げておきたい。
      その他の役柄で好演していた歌手をご紹介すると、チューリヒ劇場では、アルミンダのイザベル・レイ、ラミーロのニキテアニューも良く、また、セルペッタも名前を失念しているが、揃って活躍していたと思う。また、ドロットニングホルムス劇場のセルペッタのビールと、ロベルト役のサロマーが主役以上にしっかりと好演していたり、モネ劇場のセルペッタのサヴァスターノとロベルトのボルチェフが揃って元気よく活躍して、印象に残っていた。

     以上、このオペラについては、ドロットニング・ホルムズ歌劇場やチューリッヒ歌劇場を除くと、みな地元の初めてお目にかかる歌手たちばかりであり、お名前を挙げるのは難しかった。私個人の好みだけで勝手に選んで、甚だ申し訳ないと思っている。


5、あとがきと今後への期待、

  これまで述べてきたように、このオペラの難点は、アリアが抽象的な内容のものが多く、前後の繋がりの理解が曖昧になり、結果的に削除されるアリアが多くなったり、一・二幕のフィナーレの描き方が困難なことなどがあり、これらは全てリブレットの難解さが原因である。これらの問題は、キチンとした日本語訳のリブレットができていない限り、われわれには良く分らないということになってしまう。恐らくそれ以上に、古くから伝えられてきたイタリア語、ドイツ語のリブレットの不整合や曖昧さが残されており、それが新全集以降も残されてきて、今回のリール劇場のベーレンライターの2004年版が誕生してきたものと思われる。

        以上の通り、このオペラについての問題点を述べてきたが、私はモーツァルトの書いた音楽は魅力が大きいので、これを生かすように解釈してリブレットの整合性を図るとか、整えることが必要なのであろうと思われる。いずれにせよ、7映像も残されたこれまでの過去の蓄積があるので、これらを土台にして、今後、このオペラの評価が高まり、もっと優れた舞台が描けるように期待したいものである。


(以上)(2016/07/31)




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