オラトリオ(二部の宗教劇)「救われたベトゥリア」(La Betulia liberata)K.118(74c)、
              倉島 収(千葉県柏市K.513)
1、まえがき、−日本語化オペラの意義と2つの映像の主なアリアの聴き比べ−

  このオラトリオの映像には、2種類の映像がある。その第一の映像は、高橋英郎先生のモーツァルト劇場によるビデオ(1997)をDVD化したものである。2012年春にオペラサークルに入会したときには、初期オペラを見ることが多かったので、順番が来たらこの映像を見て頂こうと、かねてHPにアップロード(12-7-3)をして、準備をしていたものである。このオペラには、 かねてM22で06年ザルツブルグ音楽祭の演奏会形式の第二の映像(7-8-4)があり、私は初めて映像でこのオラトリオを見たのであるが、日本語字幕があり、一応衣裳をつけて歌っており、演技はないものの意識的に歌手が入退場をしており、オラトリオとしては十分な映像であった。従って、時間さえ許されれば2つの映像の主要な部分の聞き比べが可能であり、アップ資料をコピーしておけば、準備が楽であると考えていた。

  高橋先生のビデオの特徴は、日本語オペラとしての公演記録であり、先生が翻訳をした歌いやすい日本語セリフを用い、先生自らが演出をなさった意欲的な映像となっており、全体として考えれば、立派な映像であると思われた。しかし、肝心のアリアで歌手によっては日本語が聞き取れない場合が意外に多いこと、指揮は良いのであるがオーケストラが上手でないことに私なりに気がついており、これらについてライブに強いオペラサークルの皆さんの率直な意見を聞いてみたいと思った。さらに、グローバル化した最近のオペラ界では、字幕の発達によって原語主義が普通になっており、ドイツ語圏ではダ・ポンテ・オペラのドイツ語上演が廃れつつある現在、この日本語オペラがいかなる意義を有するか、皆さんの意見を聞いてみたいと考えている。

  幸いこの映像には、先生自身の演出に関するお話や、或いはモーツァルト自身も知らない世界初の映像記録ではないかなどというご指摘もあり、この映像の意味を知ることが出来る。この映像を通して見てから、時間の許す限り、もう一つの映像を抜粋して比較してみたいと考えている。序曲に加えて全16曲の作品を以下に表示しているので、数曲は比較できるものと思われる。15歳の少年の作とは思えない非常に劇的なアリアなどが多く、オラトリオらしく合唱なども充実している。


2、このオラトリオの概要・あらすじ・作曲の経緯など

(1) 全体の概要、

作曲年(年齢);1771年3月以降夏にかけて(15歳)、作曲地;ザルツブルグ、
台本;ピエトロ・メタスタージオ、規模;序曲と16曲、120分前後、
歌唱;ソリスト6人、ソプラノ3、テノール1、メゾ1、バス1、合唱団、
楽器編成;Ob2、Fg2、Hn4、Tp2、弦4部、

(2) 宗教劇のあらすじ(旧約聖書のユーデイット書の著名なエピソード)

  アッシリアの王ネプカドネザールは、その将軍ホロフェルネスに命じて、ユダヤ教徒の町ベトゥリアを襲撃させる。将軍は町を包囲させ、水源を絶つ。イスラエルの貴婦人アミタールは町の領主オツイーアを説き、包囲軍に屈服し、交渉により人々の命と不安を和らげるよう申し入れる。しかし、オツイーアはこの危機に信心と団結が重要と説き、待てという。そこへ未亡人で喪に服していた寡婦ジュデイッタが現れ、一計を試みたいという。彼女は侍女を伴い、敵の陣営に乗り込み、彼女の美貌に心を許し、宴に酔い寝込んだ敵将ホロフェルネスの首を打って、町を救う。人々は彼女を英雄として讃えるが、彼女はエホヴァの神への一層の信仰を促す。

(3) 作曲の経緯、

  第一回イタリア旅行でミラノにおける「ミトリダーテ」の成功の帰路、ヴェネツイアに1ヶ月ほど滞在した際、パードヴァの貴族ドン・ジュゼッペ・ヒメネスの依頼でオラトリオを一曲作曲する約束をした。モーツァルトは旅行後、3月末から次の旅行に出発する8月までに作曲を完成させたが、その後、パードヴァで演奏されたかどうか一切不明であり、謎の作品となっている。レオポルドの手紙に依頼された簡単な記述しかなく、現地でも上演の記録は残されていない。

(4) 登場人物および出演者リスト、        M劇場、   M22、

1)オツイーア、Ozia、(T)、ベトウリアの領主、   五郎部俊朗、J.Ovenden、
   2)ジュディッタ、Giuditta、(A)、マナッセの未亡人、永田直美、 M.Mijanovic、
3)アミタール、Amital、(S)、イスラエルの貴婦人、 山本真由美、J.Kleiter、
4)アキオール、Achior、(B)、アンモン族の首長、  黒田 弘、 F.J.Selig、
5)カブリ、Cabri,(S)、カブリ族の長、       柳沢涼子、 I.Bespalovaite、
6)カルミ、Carmi、(S)、カルミ族の長、      小畑朱美、J.Johnston、
7)合唱、ベトウリアの住民、            M劇場合唱団、Wiener StaatsOPChor、
8)オーケストラ、                 M劇場管弦楽団、Munchener-KO、
9)指揮者、                    本名徹次、 Christoph Poppen、
10)歌詞・台本・演出、              高橋英郎、  演奏会形式、

(5)私のデータベースより、

宗教劇「救われたベトウーリア」K.118(74c) のデータベース
番号入手日付メデイア指揮者オーケストラソリスト録年月メモ
960220CDMaag Padova-COBanditelli9106Denon-CO-79945-6
880701CDCillarioMillano-OLazzarini6000Frー1986
960220CDMaag Padova-COPalacio9106Brill全集
1070321DVDPoppenMunchen-KOMijanovic10708M22-DVD(7-8-4)
1081026VHS本名徹次Mozrt-TO永田直美9707BD51(12-7-3)



3、曲目リストおよび聴き比べ対象曲の解説など、

序曲、ニ短調;Allegro-Andante-Prest、(弦4部、2Ob、Fg、Tp、4Hn)、
典型的なイタリアオペラのシンフォニア形式(急・緩・急)、ホグウッドの交響曲全集に含まれているが、ニ短調のシンフォニーであることに注目すべき。

第一部;(町中の広場)9曲、
第1曲;アリア(オツイーア)変ロ長調、Allegro apert、「余りの怖れおののきは」、
第2曲;アリア(カブリ)ト短調、Moderato、「こんなにむごい出来事のさなか」、
第3曲;アリア(アミタール)変ホ長調、Allegro 、「なんという冷酷な人よ」、
第4曲;合唱付きアリア(オツイーアと合唱)、ハ短調、Adagio、「神よ、お怒りなら」、
 ピッチカートの伴奏でオツイーアのソロ−合唱−ソロ−合唱と続く合唱付きアリアで、われらにお怒りならと、神の許しを求め、神の救いを求めるソロと合唱。
第5曲;アリア(ジュデイッタ)、ヘ長調、Andante、「川の流れがよどみ溢れる」、
 伴奏付きレチタテイーボの激しい決意に続いて、信仰心の高いジュデイッタが歌う信仰を失ってはいけないと力強く人々をいましめるアリア。
第6曲;第4曲にほぼ同じ。
第7曲;アリア(アキオール)、ハ長調、Allegro、「恐ろしい顔つきに」、
第8曲;アリア(ジュデイッタ)、ト長調、Allegro、「私はいきます。武器も持たずに」、
第9曲;合唱、変ホ長調、Allegro、「ああ驚き、ああ喜び」、

第二部、(四日後)、7曲、

第10曲;アリア(オツイーア)、イ長調、Andante、「もしあなたが、神の姿を見たいなら」、
第11曲;アリア(アミタール)、変ロ長調、Allegro、「嵐すさぶ中で」、
伴奏付きレチタテイーボ(ジュデイッタ)、「聞いて下さい」、
 剣を持たずに女一人で敵将の首を取ってきたジュデイッタが、その一部始終を語るもので、劇のクライマックスの部分を激しい伴奏付きのレチタで生き生きと報告するもの。
第12曲;アリア(ジュデイッタ)、ニ長調、Adagio、「捕らわれの身には」、
 レチタに続きアリアでは、「恐ろしいところから帰った身には、陽光が眩しく目を閉じる」と元気よく歌い、「陽光よ、再び元気づけ給え」と中間にアンダンテをはさんで、アダージョの半分をダ・カーポするアリアであった。
  第13曲;アリア(アキオール)、へ長調、Andante、「褒めたたえよう」、
第14曲;アリア(アミタール)、ホ長調、Andante、「余りに辛い絶望の中で」、
 喜びに沸きかえる中で、第3曲で神を恨んだアミタールが、無知の余り信仰が足りなかったことを詫びるアリアで、弦だけの伴奏の感動に満ちたアリアである。
第15曲;アリア(カルミ)、ヘ短調、Allegro、「はるかかなた、夜通し続く」、
第16曲;合唱とジュデイッタのソロ、ト長調、Andante、「褒め讃えよ、我らの神よ」、
 勝利をもたらした神への感謝の合唱―ジュデイッタの謝意を拒絶するソロ−合唱−ソロ−合唱と続き、最後にジュデイッタは民衆とともに神への感謝を合唱して終曲となる。


4、日本語オペラの意義を考える、

(1)日本語オペラとドイツ語圏のドイツ語オペラの推移の概要、

1)、古くは、団伊久磨の諸作品、「夕鶴」、「すさのお」、「たける」など、 
2)、高橋英郎先生がフェラインの会長時代から、M劇場の名で日本語の「フィガロ」「コシ」などを上演されてきた。今回の「ベトウリア」は、その一環の後期の作品である。
3)、ドイツ語圏では、戦後は、ダ・ポンテ・オペラはドイツ語上演が主流であった。
ウイーン;モラルト指揮、ウイーンフイル、Mアンサンブルの歌手たち(ドイツ語圏)のDVD記録「不滅のモーツァルト」(1954)(11-4-5)が残されている。
東ドイツ;フェルゼンシュタイン演出のベルリン・コミッシェOPの「フィガロ」(1976)(9-6-2)のLD、フリッチャイ指揮ベルリン・ドイツOPの「ドン」(1961)(10-7-2)F.ディスカウのLD、東ドイツTV映画の「コシ」(1983)(11-3-2)のLDなどや、ドイツ語映画の記録が残されている。
4)、カラヤンの時代(1970〜90)のザルツブルグ音楽祭で、グローバルな歌手たちの参加が盛んになり、海外の優れた歌手を集めるため原語主義が支配的となった。ドイツ語圏でも同様であり、各劇場の字幕処理の体制の普及とともに、外国人が活躍する主要劇場からドイツ語オペラは少なくなっている。しかし、今でも、ウイーンでは、フォルクスOPでドイツ語上演があるし、ドイツの地方都市などの劇場で、見ることが出来るが、数は非常に少なくなっていると言われる。

(2)日本語オペラを鑑賞した感想、

1、レチタティーボは、何とか理解できそうである。
2、アリアは分かりづらい。男性歌手、アルト、ソプラノの順に分かりづらく、特にソプラノに至っては、殆ど聴き取れないような気がする。
3、今回の例は、M22の字幕を見ても、内容が翻訳調でもあり、抽象的で分かりづらいオペラであることにも、原因がありそうである。
4、今回のオペラでは、私の場合は、先にM22の字幕でオペラ全体を掌握していたので、M劇場のオペラで聴き取れない部分があっても、何とか理解が可能であった。
特に、初めてM劇場のオペラを見た方は、どう感じられたか質問したい。?
5、各国にも、母国語のオペラが必ずある筈であるが、どうなっているのか知りたい。?


(以上)(2013/12/05)



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