o K番号へのこだわり

ノイエ・ケッヒェル(仮訳) Neal ZASLAW


ケッヒェルの作品目録の改訂について

ノイエ・ケッヒェル(Neue Kochel) 
                           By Neal Zaslaw


  モーツアルトの音楽によって影響を受けている人は、過去30年間の莫大な量のモーツアルト研究が、最も新しいケッヒェルの目録(第6版、1964)を、痛ましいほど旧式なものにしてしまった事を知っている。我々のモーツアルトの出典に対する理解は、ここで述べるには多すぎるほど多くの優れた方々の貢献に加えて、「モーツアルト新全集」の概成、Alan Tysonによる用紙研究、Wolfgang Plathによる筆跡年代学、失われたベルリン自筆譜のクラクフでの再発見、Ulrich Konradによるスケッチ研究、ザルツブルグ(Cliff Eisen)及びウイーン(Dexter Edge)におけるモーツアルト周辺の主な筆寫者の鑑定に関する研究などのような徹底的な広範な活動や新しい知見などから著しく高められた。この他にも多くの情報が今やケッヒェルの新版の必要を避けられぬものにしており、私はBreitkopf&Härtel社からのこの新しいプロジェクトの要請に、1993年に同意することとなった。

ケッヒエル目録の最も新しい印刷物は、“第8版”と呼ばれているが、この目録の改訂の歴史では、わずか4.5回の改訂をしたにすぎない(詳しくは,N.Zaslaw、「ケッヒエル目録小史」、“モーツアルトの交響曲:その文脈、演奏の実態、受容(Oxford;Clarendon、1989)”。私は、これまでの版の整理法の代わりに「ノイエ・ケッヒエル」と名づける全く新しいテキストにしたいと考えている。幸い、Ulrich KonradとCliff Eisenは、この膨大な試みに対し、副編集長として同意してくれたし、私は、現在、アメリカとヨーロッパの10数人に及ぶ多くの学者達の寛大な貢献を享受しつつある。

 モーツアルトの作品目録の小史を振り返ることは、このような企画が直面している問題点とそれへの挑戦の意義を明確にする。1791年のモーツアルトの没後以降の数十年間は、彼の作品目録への試みが多数なされたが、1862年に、ウイーンの植物学者、鉱物学者、教育者であるLudwig von Köchelが目録作成に成功した。551ページにわたる分厚いケッヒエルの目録は、ドイツ語で次のような長大な標題「WOLFGANG AMADEUS MOZARTの年代別・主題別全音楽作品目録、(彼の紛失した、未完成の、編曲された、疑わしい、偽造された作品の説明書を伴った)」がついている。実際、これは、始めての厳密な、学術的な、主題別目録であって、多くの偉大な作曲者の作品の目録化のモデルとなってきた。
 このタイトルが示すように、彼は、未完成であっても、編曲されていたり、疑わしかったり、若しくは、偽作の疑いがあっても、モーツアルトに帰属するすべての作品を取り上げ、そして、それらをK.1の父親によって書き写しされた小さなハープシコードの小品から、未完成のレクイエムK.626まで、作曲年の順番に構築・整理した。伝記には、年代学の有用さは明白である。伝記学者は、モーツアルトが何をしたかを知るばかりでなく、何時、何処で、それをしたかを知らなければならない。そして年代的に整理したものは、モーツアルトの生涯の物語を、例えば彼の早熟さや夭折さを強調しすぎる風潮に、助長させたかもしれない。我々は、確かに、5歳でハープシコードの小品を思いつき、9歳で最初のシンフォニーを書き、12歳で最初のオペラやミサ曲を書き、35歳で日常の仕事の中で早世したことを意識しがちであった。


年代別表示の損失

 年代別表示の損失もかなりのものがある。例えば、それぞれのK番号は日付けの意味を持っているが、どんな作品でも時間軸の情報がなければ、しかも信頼できるベースを持ったものでなければ、この目録の中に入れない。この方法は、時には最も冷静な学者ですら、架空の空論に陥りがちとなる。ケッヒエルの番号付けの方法も年代学的な修正の際に適用不能となる。多くの例では、新しい研究は、以前の疑わしい作品を正しいものと断定したり、真正とされてきたものを疑わしいとしたりして、目録の最新の版における作曲年月の修正をもたらす。しかも、一つの番号の変更をすると、必然的に、それ以降の全ての作品のリナンバリングを余儀なくさせる。
 現在では、K.527はドンジョバンニ、K.550はト短調交響曲といったように、特定の番号と特定の作品とが逃げられないように結びついているが、リナンバリングはこのようなリンクを分断するであろう。過去のケッヒエルの各版(1905,1937、及び1964)における解決法は、後者の不便さを避け、その代わりに別の番号を追加した。その結果、多くの作品は、例えば、変ロ長調の交響曲第24番は、K.182、166c、173dAのように、2つか3つの番号を持つようになった。

 しかしながら、最も著しく大きい損失は、恐らく、この年代学的整理法は、モーツアルトが創作において、如何に作品に着手したかに関するかなり頑固な作り話を暗黙に支持してしまうことにある。モーツアルトが速筆の作曲家であったというイメージは、彼自身による事実や、彼の家族、友人達、職業的な知人などからも支持されている。しかし、そのイメージは、音楽関係書のみならず、哲学、美学、心理学、人工知能などの分野における創作プロセスに関する著作にまで行き渡っており、そのイメージは、疑わしい手紙として悪名高い1815年の偽造文書が、新聞紙上(Allgemeine musikalische Zeitung)で報道されるや否や、直ちに英・仏・伊語に翻訳され、“多少長くとも、曲全体は頭の中で殆ど出来あがっているか完成しており、だから私は、それを一見してあたかも精密画か美しい彫像を仕上げるように縁取りするだけである”といったモーツアルトが夢を見ているような状態で作曲したなどと主張されたりした。


   ゲーテとハイデッガーは、偽作が多いことで名高い数ある作者の中でも最も知られた存在であろう。例えば、最近、Edward Rothsteinの著作“心の象徴(Emblems of Mind):「音楽と数学の内的寿命」(New York:Times Books/Random House,1995)”及びベストセラーのRoger Penroseの著作“皇帝の新しい心:「コンピュータと心と物理学の法則について」(New York :Oxford Univercity Press,1989)では、1815年の疑わしい手紙を重要なより所にしている。Peter Shafferの「アマデウス」における次のシーン……モーツアルトが神によって書き取らされている愚かな召使であると結論づけるサリエリと、死にそうなモーツアルトとがレクイエムを完成させようと努力している(有りそうもない)シーン……を思い出してみよう。このシーンは、(プーシュキンのモーツアルトとサリエリに続くセコハンであるが、)例の偽作の手紙に基づいている。人はモーツアルトの純正な手紙だけをもっともっと読む必要がある。その中で、例えば、1780年のイドメネオ或いは1782年の「後宮」を作曲しているさ中のモーツアルトが、作曲中に示している現実的な関心事、意識的な慎重さ、不断の努力などこの手紙と対照的な姿を良く読んで欲しい。


最終版への探究

 しかし、ケッヒエル目録と関係するのは一体何だろうか。ケッヒエルは、あの手紙が偽物であることを知っていた。なぜなら、自分の目録を献呈したのは、友人であるオットー・ヤーンであり、彼の記念碑的な伝記である「Mozart(1858)」において、偽手紙が曝露されているからである。それにもかかわらず、芸術作品に対する深いロマン的な考え方、すなわち、偽造されたモーツアルトの手紙が示す内容と同一方向の考え方が、ケッヒエルの年代学の基礎になっている。単純な形で云えば、ロマン的な考え方は、例えば、次のように広がっていく;モーツアルトは生まれつきの天才である;天才は作品を創造する;作品は完ぺきである;完ぺき性とは、一つの作品が統一体(unity)であることを意味する;その統一体や完全性は、もしそれに追加したり何かを取り除いたりしたら、破壊されることを意味する。
 かくして、最終版への探究とは、ドイツ語でいう「未完の原書(Urtext)」または「最終の手を尽くした草稿」である。もし天才についてのロマン的な見方や彼の創造的作品が正しいものであれば、もしモーツアルトが想像力で作品全体を把握し、単に書き写すだけならば、もし一作品が一つの決定稿しかなく、それ以外のものが全て無用であれば、またもし各作品について十分な記録資料があるならば、ケッヒエルのような年代学的整理の仕方が機能するであろう。

 しかし、現実のシナリオは、悲しいかな、これらの前提条件のどれも満たしていない。歴史的データが山ほどあるにも拘らず、それぞれの作品の完全で正確な記録資料を持っていない。さらに、近年のU.Konradの骨の折れる研究結果では、モーツアルトや彼の妻がスケッチや草稿の多くを処分したにも拘らず、完成曲10曲について1曲の割合でそれらが残されている。決して日の目を見ないスケッチや草稿もあれば、清書の段階まで進みながら完成前に捨てられたものも沢山ある。これらのスケッチや草稿は、Robert Marshallの指摘(訳注2)によれば、各完成曲4曲について1曲に達するという。
 またA.Tysonは、完成された作品の多くに、着手されてから放置され、その後数ヶ月、或いは数年後に再度着手した例があることを示している。その上、完成された作品の幾つかには、2つ、または3つ以上の版が存在する例、すなわち、モーツアルト自身が2以上の目的に使った真正な版もある。これらを一緒に考えると、これらのスケッチ、草稿、捨てられた清書されたコピー、代替的な版などの全ては、偽作された手紙にある夢のような状態と著しく異なる現実の姿を暗示している。モーツアルトはある曲を数日間、数週間、数ヶ月間、時には数年間もかけて作曲し、そしてその曲を再利用する時に(イドメネオの様に)しばしば変更して用いるので、われわれは、一つの作品が企画され、完成され、そして変更された期間と、他の作品が企画され、完成され、変更された期間とがしばしばオーバーラップすることを知っている。モーツアルトの作曲の過程をこの様に修正して理解するとすれば、いかに注意深く多くの資料を取り扱っても、ケッヒエルのような直線的な年代整理は困難である。


実行可能な折衷案

 このような困難な問題に直面しつつ、ケッヒエルの目録の新しい改訂版を作るため、私は幾つかの目録構成案を考えている。しかしながら、予測できることであるが、ケッヒエルの問題の一部を解決する一つの案を取り上げても、その案固有の新しい問題が生じたり、皆さんに新しいナンバーリング方法を強制するコストが高すぎたりする。しからば、何をなすべきであろうか? 私はケッヒエルのオリジナルなナンバーリングの方法に立ち戻り、次のような考え方で、出来るだけ厳格にこの方法を守るのが良いと思いついた。
 すなわち、モーツアルトの真の作品でないものおよそ60曲をナンバーリングから削除すること、真正さに疑問のある追加作品およそ十数曲を別に設ける付録に移動すること、1937年以降の版において完成作品の目録に追加されたスケッチ、草稿、断片などを付録に戻すこと、もはや年代的な意義を支えられない作品の番号にアスタリスク*を付記すること(例えば、フルート四重奏曲イ長調、K.*298、1777-78年ではなく1786-87年に作曲。)などを行うことにより、実行可能な折衷案が浮かび上がってくる。ノイエ・ケッヒエルの読者達は、年代学の限界に正面から直面せざるを得ない。同時に、偽造されたそして疑わしい作品を取り除くことによって、モーツアルトの業績や創作プロセスの秘密に対し、より真実に近い姿を垣間見ることが出来よう。

          <以上>


訳 注、

1、 本文は、アメリカのSteve Boener氏による“The Mozart Project(The life, times,and music of Wolfgang Amadeus Mozart)”という下記のホームページの{Selected Essays}欄に掲載されていた新しいケッヒエル目録の編集責任者であるNeal Zaslaw氏(Cornell大学教授、「モーツアルトの交響曲、1989」の著者)による最近の「ノイエ・ケッヒエル」に関するエッセイを仮訳したものである。本文は、“Mozart Society of America Newsletter,Volume 1,Number 1,January 27,1997”という我々にとって興味深い紙面に執筆されたものであり、著者の許可を得てこのホームページに収録されたものである。
   ホームページ名;http://www.frontiernet/^sboerner/mozart
 このホームページには、伝記、作品目録、選択された随筆、図書目録、及び関連するサイトに分類されており、夫々に膨大な資料の集積がある。2ヶ月ごとに新しい資料が追加されている。

 2年ほど前に、Zaslaw教授が訪日の際、日本モーツアルト協会主催の講演会があり、海老沢先生の司会と通訳で、著者がケッヒエルの改訂版の作成に着手したという話を聞いたことがある。本文は、そのときの講演内容に近い改訂の基本的考え方に止まっているが、今後もう少し具体的な改訂方針や内容が2報、3報として報告されることを期待したいものである。


 2、ここに引用されているR.Marshallの研究成果は、「モーツアルトの未完成の断片曲からのいくつかの教訓」と題された論文にあり、偶然ではあるが、季刊「モーツアルテイアン」第17号(1996.7)に仮訳されているので、参照されたい。

                      (1998年8月4日)


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