私のイドメネオ遍歴


イドメネオの映像はどれがよいか

私のイドメネオ遍歴



1,アーノンクールのCD,

 5大オペラに続く私のイドメネオへの傾斜は、アーノンクール指揮のCD盤を購入してからである。それまでは,LPの愛聴盤はなく、もっぱらFM放送をエアチェックしたイッセルシュテット指揮のテープ録音で、聴き方も属先生の本の解説に従い、美しいアリアを追う程度のものであった。しかし、アーノンクールの原典盤と称された新鮮な解釈と、古楽器風のオケの音像や独特のテンポに興味をそそられ、改めてオペラ・イドメネオを見直し、このCDに熱中するとともに、折から発売されたチャンパイの本でリブレットをチェックしたりした。

 私は1987年のフェライン会員であるが、このCD(キング発売の9900円のもの,TELDEC-8.35547ZB)に未翻訳のアーノンクール自筆の録音経緯に関する解説があるのを見つけ、熱意の余り翻訳して会報に初めて投稿したのも、丁度この頃である。(この翻訳は、アーノンクールの主張が明快で、今でも読み返すと、その内容は新鮮である。)アーノンクールのオペラ は、「後宮」の他、丁度「魔笛」がリリースされたばかりであった。結局はイドメネオ以外は余り好きになれなかったが、私のイドメネオ遍歴をうながした基となる重要なCDになっている。

 なお、このCDには、もう1枚のサプルメントがある。上記の解説で予告されたように、モーツアルトがウイーンで再演時に追加した曲を集めて1枚のCD(TELDEC4509-95983-2)にしたものであり、他の盤には見られない面白い試みである。ここでは、イダマンテは、テノールで歌われており、両方を組み合わせるとイドメネオの全曲盤が自然に出来るように構成されている。


2、ポネルとパバロッテイのLD、(12-8-3)

 フェラインに入り、特にオペラ好きの皆さんに囲まれて、折からのLDブームや衛星放送の本格化等のほか,SーVHSの普及等ハードソフトの進展があり、オペラの映像にのめり込んでいった。イドメネオのLD第1号は、評判の高いポネルとレバインによるメトのLD(パイオニアSM158ー3013)であった。パバロッテイやベーレンスなどの大物歌手を使い、大きな舞台を利用した迫力あるステージは、このオペラセリアの劇的魅力を際だたせ,CDの音だけでは表現出来ないオペラの面白さを沢山持った素晴らしいLDであった。

アーノンクールのCDと同様に省略の少ない原典版であり、イダマンテを歌うシュターデとイリアを演ずるコトルバスのコンビが極めて魅力的であり、イドメネオを鑑賞する上で、現在最も基本となる映像であると考えられる。しかし、何種類かの映像と比較できる現在では、当初はこのLDの特徴と考えられたものが、いろいろ気になりだしてくる。例えば、言ってもしようがないことであるが、シュターデのイダマンテは歌唱も演技もとても優れているが、映像として見た場合、やはり男性の方が納得出来るとか、モーツアルトのオーケストレーションや合唱の規模に比して、やはり舞台が広すぎるとか、ベーレンスの最後のアリアは凄いのであるが、歌も演技も大げさ過ぎて、重要な緊迫した場面に水をさすとかいったことである。

こういったことは、多分イドメネオという新しいオペラを、必ずしもモーツアルト向きでない大スターを使ってメトの舞台で成功させ、さらに初めての映像で大いに売り出そうと、ポネルや関係者が意識的に行ったことが災いしたと思われる。
 また、他の映像と比較した弱点は、最後のイダマンテが生け贄になる場面で、イリアが身代わりになろうとするセリフと動作が省略されており、このオペラの最大の見せ場が曖昧な点であろう。


3、プリッチャードのグラインドボーンのLD、(12-9-3)


 90年に東芝からグラインドボーン劇場の一連の記録的なオペラのLDが発売され、その中にプリッチャードのイドメネオ(東芝TOLWー3567ー8)が含まれていた。1974年のライブで、画像の質が古く、音もモノラールであり、簡素な舞台であることもあって、初めはメト盤に較べかなり見劣りがすると感じたが、じっくり味わうにつれ、小規模なりの良さがあり、むしろこの方が色々な面で自然であり、モーツアルトがイメージした舞台に近いと思うようになってきた。

 しかし、旧全集時代には普通だったようであるが、この盤にはウイーンにおける改訂稿と初演時のオリジナル稿とが恣意的に混ぜ合わせられている。例えば、前半に思い切った省略があり、イドメネオが瀕死の姿で浜に流れ着いた状況から、舞台が始まる(第1曲から第4曲まで省略)。また第2幕の冒頭のアルバーチェのアリアを省略して、そこにテノールのイダマンテとイリアのためのレチタテイーヴォとそれに続くイダマンテのロンド(K。490)を入れ、さらに第3幕のイダマンテとイリアの二重唱をK.489に置き換えている。配役はイドメネオ役のルイスとエレットラ役のバーストウしか聞いたことがなかったが、特に不満はない。調べてみると、プリッチャードがLP時代に2度、56年と64年にグラインドボーン音楽祭で録音しており、このLDで同じ音楽祭で3度目の録音である。さらに、彼は83年に、ウイーンフイルと録音しており、よほどイドメネオが好きなのだと思われる。


 なお、、91年11月に、国立音楽大学でハンペの演出で新全集版によるイドメネオ(12-10-3)が挙行された。指揮者レニッケとイダマンテ役のレイアム以外は日本人という国際色豊かな演奏であった。女性3役の水準が高く、オケも合唱も臨時編成の割には良い出来で、日本の音楽のレヴェルも高くなったと感じさせた。映像の少ないイドメネオにおいては、これも重要な録画の1つである。しかし、言ってもしようがないことであるが、映像で見ると日本人の演技力の弱さが目立ち、オペラは歌だけでは駄目だと実感したものである。


4、エストマンのイドメネオ、(8-12-3)


 LDの値段が半額近くなったので、CDよりも割安なLDとしてかねて欲しかったエストマンのイドメネオ(PHLP-9032-3)を購入した。オリジナル楽器によるイドメネオは初めてであったが、序曲の出だしからエストマンのペースにひきこまれ、今ではこの映像が私の一番のお気に入りのものとなってしまった。

 第一に、シュベツインゲンでお馴染みの私の好きなキューブラーがイダマンテを、またセルペッタ、ケルビーノ、フィオルデリージ、パミーナ、などでモーツアルトに実績のあるビールがイリアを歌っている。そして、この2人の最後のいけにえになる場面が実に素晴らしく説得力があり、何故寛容な神託を生み出したかが一番よく分かる演出となっている。モーツアルトは、この「声」に対して、実に4種類のリブレットを残すほど、この場面を重視している。

 イダマンテが男性なのも、分かり易くする理由になっているし、ヴァイオリンのオブリガートで”いとしい人よ”と歌うK.490が歌われるのも私には有り難い。また、第3幕のイダマンテとイリアの作り替えのK.489の二人の愛を語る二重唱も成功しているし、続く有名な苦しみの四重奏が、女性2人、男性2人の四重唱になることによって、劇的効果を非常に高めている。オペラセリアで最も成功した本格的アンサンブルではないかと、思わず引き込まれてしまう部分もある。

 このオペラは、冒頭からイリヤの長いレチタチーボに始まるなど長いレチタチーボが多くて、意味の分からぬCDではうんざりすることがあったが、このLDでは、不要な所を適切にカットして、劇の全体のテンポを早めるよう各所で工夫されている。そのため、演奏時間は2時間22分であり、原典版のアーノンクールのものが舞曲を含めて3時間であるに対して、遥かに緊迫感に溢れている。
 しかし、19番の”そよ風よ”のイリアのアリアのテンポが余りに早すぎて、面白くないとか、ホルンや木管が音をはずしたり不揃いだったり、ライブにありがちなミスが目立つなど細かな問題はあるものの、見慣れたハンペの演出による簡素な舞台と狭い劇場によるオリジナル楽器の響きが新鮮で、古くさいオペラセリアらしく、こじんまりと良くまとまっている。


5、終わりに,

 イドメネオというオペラについて私が経験してきたことを時間軸に沿って追いかけてみた。色々なイドメネオを聞いてきて、現在、私が一番重きを置いているものは、やはり最後に入手したエストマン盤である。そして、いろいろと遍歴した結果、私なりのひとつの結論は、アーノンクールの試みには敬意を表するものの、やはり映像のイドメネオは、CDと異なってウイーン改訂版を基本とした方が、イダマンテを女性とする原典版に較べて説得力があり、音楽的にも優れているのではないかと思っている。

 このオペラは、ミュンヘンで1781年1月29日に初演され、大成功であったようだが、その後2月3日と3月3日に再演されただけに止まっているようである。一方、このオペラのウイーン再演は、1786年3月13日で丁度フィガロの上演直前であり、アウエルスベルク侯爵邸でアマチュアによる演奏会として行われている。わずかこの程度の少ない上演回数で、当時の人々は、オペラセリアとしては複雑で斬新なイドメネオを、われわれが知っているほど十分に理解できたであろうか。例えば、神託の地を這うようなトロンボーンの響きは、初めて耳にする劇的なものであった筈であるが、当時の人々はどのように聴き、どう理解したであろうか。また、モーツアルトがウイーン版を作ったのは、このオペラの良さをPRしたかったからであると思われるが、彼自身、オペラセリアの限界とか、良いカストラートの不足などの現実を意識したからなのだろうか。さらに、ウイーン再現後オペラで当らなければ、モーツアルトは、何故ハーモニイ音楽化して、人々に広めようとしなかったのだろうか。5大オペラに遜色のない優れた力作で、モーツアルト自身もこれまでのオペラの中では最高の作品であると承知していた筈だけに、これらのことがいつも気になり、ご本人に直接尋ねてみたいと思っている。


(96/12/23)、 修正(2000/8/15)、(再修正2014/06/02)

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