私の最初に買ったレコード


若き日の想い出---第一話---

 私が最初に買ったレコード盤など
           
        私は子供の頃からレコードや蓄音機が大好きだったようだ。それは親父がとても大切にしていた子供が触れてはいけないクラシックの赤盤以外にも、童謡や流行歌などのレコードが沢山あり、レコードをかけることに慣れ親しんでいたからだ。「チャーリーおじさん」という童謡をご存じだろうか。これは今でも私が歌える、当時大スターだったチャーリー・チャップリンの子供用の歌であり、ラジオもニュースしかしない時代に、レコードでしか覚えられない子供時代の確かな歌の記憶が、今でも私の頭に鮮明である。

 札幌北高の2年生の時に、「彼らに音楽を」と言う映画を見た。最後の感動的な場面が、ハイフェッツの弾くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の踊るような第三楽章であり、クラシック音楽をきちんと聴くことがとても楽しいと言うことを私に教えてくれた。当時私は、兄貴と姉と叔母の4人で、円山公園の入り口に位置する自宅の二階に住んでいた。両親と妹たちは親父の仕事の関係で横浜におり別居生活であったせいか、伸びやかに好きなことが出来る極めて恵まれた環境にあった。この映画は、当時叔母に強く勧められ、皆で見に行ったような気がする。兄貴は、早速、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のレコードを買ってきた。そして古びれた昔の蓄音機を引っぱり出し、親父のレコードも見つけだして、兄弟で競争するように聴き始めたものである。

 当時、私たちに恵まれていたことが三つある。第一は、言うまでもなく親父が残してくれた古いレコードのストックである。第二は、叔父が川崎の日本コロムビアに勤めておられ、紹介状を書いてもらい、札幌の日本コロムビアの支店で社員並みの3割引の値段でレコードが買えたことである。兄貴が買ったレコードは、当時アメリカコロムビアがハイフェッツのビクターに負けるなとばかりに宣伝していた新人アイザック・スターンのSP3枚組で、1枚定価が500円であった。第三はレコードを楽しむためには、やはり電蓄でなければ喜びが得られないことが分かって、北大に通っていた兄貴が暇を見て蓄音機の改造や、ラジオから電蓄へと面倒な機械の製作の部分に精を出してくれたことである。兄貴の卒業記念制作は、親父の金で我が家用の電蓄(ハークの8インチSP、2A3シングルのアンプにリオンのクリスタル型のカートリッジ)を組み立てたことである。私は兄貴の卒業と入れ替わるように北大に入学したが、この電蓄がその後私の愛機になり、LP時代にも自然に対応出来、私の友人達よりも非常に恵まれていた。

 兄貴は、メンデルスゾーンの次に、オーマンデイのシェヘラザードSP4枚を買った。ラジオ雑誌によると、当時の最新録音で音が良いという評価が定着したレコードであり、兄貴は親父のレコードに飽き足りずに音の良いものを求めだしていた。私の姉が北高を卒業し、初めての給料でレコード4枚分のお金を出してくれた。皆で相談して買ったレコードは、当時コロムビアが宣伝に努めていたカラヤンがウイーンフイルを振ったシュトラウスのワルツ4曲で、レコードの中央にカラヤンの顔写真がついている最新盤であった。私が初めて買ったレコードは、高校2年のこの頃で、ワルター・ウイーンのアイネクライネK.525のSP2枚である。これは新盤でなかったので1枚400円の2枚組であった。ある箇所で音が崩れるので、傷が付いたレコードではないかと取り替えにいった記憶がある。その時聴いた支店の電蓄では、傷は問題にならず、その音の迫力や素晴らしさに驚き、その時再生装置の重要さを初めてしみじみと認識したものである。

当時はどんな作曲家の曲でも素直に受け入れていたが、親父の持っていたものに、ブッシュ指揮のフイガロやコシの序曲集や、フイッシャーのピアノ協奏曲20番K.466やハイフェッツのヴァイオリン協奏曲第5番などがあり、恐らくこれらの影響を強く受けていたと思われる。高校時代にレコード好きの仲間が自然にでき、やはり競うようにレコードを求めだした。当時買ったものとしては、エフレム・クルツのコッペリアや時の踊りなどのバレエ曲、スターンのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ビーチャムの未完成交響曲などである。思えば、皆コロムビア盤である。高校3年の卒業時期に待望の上記の電蓄が完成し、我が家はLPレコードの時代にごく自然体で移行した。

 私が 最初に買ったLPレコード盤は、初めてのイギリス原盤であったトーマス・ビーチャムとロイヤルフイルのジュピター交響曲K.551であった。当時珍しい10インチであったが、待望のLPなのに期待したほどの力強さがなく、残念だった覚えがある。次いでオーマンデイのチャイコフスキーの交響曲第五番、第六番「悲愴」などが続いた。当時コロムビア盤のモーツアルトは殆どなかったが、やがてワルター・ニューヨークの35番と40番やカサドジュ・セルのピアノ協奏曲24番と25番の最新録音盤が出て、この2枚が心地よいテンポと美しいメロデイにあふれたモーツアルトの世界の素晴らしさを私に教えてくれたような気がする。

この頃から、雑誌「レコード芸術」などを読み始め、高かったレコードを、一枚一枚、慎重に吟味して入手するようになった。この習慣は今なお続いており、レコード芸術は欠かすことなくずーっと読み続けている。先般発売された、「別冊レコード芸術」に、当時そのままの活字で懐かしい創刊2&3号の復刻版が掲載されていた。野村光一さん、村田武雄さんなど懐かしい顔ぶれが並び、今読み返してもレコード批評のスタイルは当時と変わってなく、従って私自身の原点もまるで変わっていないなととても可笑しく感じた。

(12/05/06)

Links to other sites on the Web

目次にもどる
私のホームページへ
前へ


このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ