(最新収録のBD録画報告;ミシェル・コルボの「レクイエム」)
10-8-1、ミシェル・コルボの指揮とローザンヌ合唱団およびシンフォニア・ヴァルソヴィアによる「レクイエム」ニ短調K.626、 2010年5月3日、ラ・フォル・ジュルネ東京、ショパン特集、(マドレーヌ寺院での葬送再現コンサート)

−ショパンのお葬式がこのようなスタイルでマドレーヌ寺院で行われたことを初めて知った。コルボとローザンヌ合唱団の「レクイエム」は、モダンな響きのする現代風な演奏であって、これまでアップしてきたものとは異なる新鮮な感じがした−

(最新収録のBD録画報告;ミシェル・コルボの「レクイエム」)
10-8-1、ミシェル・コルボの指揮とローザンヌ合唱団およびシンフォニア・ヴァルソヴィアによる「レクイエム」ニ短調K.626、 2010年5月3日、ラ・フォル・ジュルネ東京、ショパン特集、(マドレーヌ寺院での葬送再現コンサート)、
ソリスト、S;S.M.ペリエ、A;V.ボナール、T;C.アイントルン、B;P.ハーヴィ、
(2010年5月3日、NHKBS103ライブ中継を、BD-028にHEモードで録画)

    今回は最新収録の映像として、去る5月3日のラ・フォル・ジュルネ東京からの生中継で、ショパン特集の中から、モーツアルトの「レクイエム」が収録できたので、お届けしたい。何とショパンのマドレーヌ寺院でのお葬送を再現するコンサートと称して演奏されたものであり、全曲収録できた(前奏曲から4番及び6番をオルガンで、ピアノソナタ第二番葬送行進曲楽章を弦楽合奏で、そして最後が「レクイエム」)し、その全てが珍しくしかも感動的であったので、貴重なソフト紹介になるであろうと思っている。
    私はミシェル・コルボ(1934〜)の著名な「レクイエム」のCDを買いそびれていたので、まさに棚から牡丹餅式にこのコルボの演奏を映像で入手でき、深くこの企画に感謝している。このHPでは、「レクイエム」K.626が唯一のアップロード完成曲なのであるが、このコルボの最新映像を、喜んで追加したいと考えている。



   大ホールの舞台にまずオーケストラのシンフォニア・ヴァルソヴィアが入場して試奏を始め、続いて合唱団が入場して着席した。オルガニストの鈴木優人君が登場し、にこやかに会釈して着席すると舞台が暗くなり、オーケストラの左手のバロックオルガンに照明が当たって準備が完了した。
   曲は前奏曲作品28から第4番ホ短調のラルゴと第6番ロ短調のレンと・アッサイであった。前奏曲は通常は第1番から曲集として連続演奏されるので第4番と言われても直ぐに曲は思い浮かばないが、やがて左手の伴奏で笛の音のようなオルガンの高音がゆっくりと鳴りだしてラルゴであると気がつく。しかし、ピアノとは全く響きが異なりオルガンの左手の音の重さと右手の音の軽さを感じながら曲は静かに進行しゆっくりと結ばれていった。第2曲は沈んだような美しいメロデイがゆっくりと静かに響き出し、しみじみとした深いオルガンの音がこだまして深く心に響き、感動を呼ぶ。ショパンが自分の葬儀のために選んだ葬儀の始まりを知らせるオルガンによる前奏曲として頭の中に刻まれた。オルガニストは静寂の中で、軽く客席に笑みを残して拍手の中で退席したが、あとで聞くとバッハの神様の鈴木さんのご自慢の息子さんであると聞いた。



   葬送行進曲はコンサートミストレスのリードで第一ヴァイオリン中心に弦楽合奏で静かにゆっくりと行進が近づいてくるように開始されていた。良く見るとコントラバスのピッチカートが少しずつ大きな音になって、全体の合奏による行進が正面に到着したように静かに響かせていた。ここで盛り上がりを見せてから、中間部のトリオになってチェロがソロで美しいメロデイをピッチカート伴奏で奏で始め、ヴィオラのソロがこれを引き継ぎ、コンサートミストレスの明るいソロになっていた。続いて第一ヴァイオリンとヴィオラの二人の二重奏がピッチカート伴奏で暫く続き、洒落た演奏になって束の間の静寂をもたらしていた。いつの間にか全体の合奏になってから、再び行進曲に戻って、次第に遠ざかるように合奏が続き、消えるように終わっていた。ヘルツイン編曲とされていたが、実に美しい弦楽合奏であった。マドレード寺院ではこの曲もオルガンではなく、このようなスタイルで演奏されたのであろうか。二曲ともレクイエムの前奏曲としては素晴らしいものがあり、十分に「レクイエム」を聴く心の準備が出来たように思われた。





   まだ、葬送行進曲の余韻が残る中で、レクイエムのソリストたちが入場し、続いてコルボが足を引きずるようにして登場し、全員で会釈をしてからそれぞれの席に着いた。
   コルボの指揮棒の一振りで、ファゴットに続きバスクラリネットが厳粛に静かに響き、弦がこれを支えながら悲しげに始まる序奏でイントロイトスが開始された。コボスはピリオド奏法のやや早いテンポで厳かに重々しく進め、トロンボーンの響きと共にバスから順次テノール・アルト・ソプラノと上方へ合唱団が「永遠の休息を」とレクイエム主題を歌い始めて、壮大な合唱に展開されていく。男性20人、女性20人のローザンヌ合唱団が、声量豊かに重々しく深い悲しみに満ちた表情で「絶えざる光を」と歌っていた。やがて独唱ソプラノが美しく「主に生贄を捧げる」と歌いだすが、ビブラートを押さえてにこやかに明るく、無心に歌っているように見えた。トウッテイに復して合唱がひとしきり続き、後半は二重フーガの形で堂々と進み、このイントロイトスの最後を豊かに盛り上げていた。コボスは淡々としたペースで進めていたが、会場のせいか、コントラバス1台の20数人の小さいオーケストラのせいか余り全体が響かず、ピリオド奏法らしいあっさりしたレクイエムの始まりであった。



 キリエは男声合唱のバスのキリエ・エレイソンと一小節遅れで小刻みに発声する女声合唱のアルトのクリステ・エレイソンとフーガで開始され、途中からソプラノ合唱のキリエ・エレイソンとテノール合唱のクリステ・エレイソンが加わって壮大な二重フーガの大合唱となっていた。続いてはアルトとバス、テノールとソプラノというように合唱団が歌い継いでいき、コルボは身を乗り出すように合唱団に向けて指揮を取っており、合唱団がこれに応えるように歌っていた。この合唱団はさすが声が重なっても混濁せず、キリエ・エレイソンの言葉が、いつもどこかで美しく聞こえていた。キリエの終わりの部分で、フェルマータの後にアダージョの大合唱でキリエ・エリースンで結ばれていたが、コルボは続けて「怒りの日」の大合唱に突入していた。




   強奏のオーケストラが早いテンポで炸裂するように響き、壮大な混成合唱がデイーレス・イレと言葉を揃えて斉唱し、テインパニーやトロンボーンが鳴り響く激烈なアレグロであった。この激しい斉唱が繰り返されてから、バスが問いかけると上部三声が厳しい返事をしており、未解決の厳しいままに「怒りの日」は結ばれていた。この楽章の始めから終わりまで弦楽器が小刻みに目まぐるしく旋回音を発しており、「怒りの日」の激しさを生々しく描写しているように聞こえた。




   続くテユーバ・ミルムでは、対照的に朗々としたトロンボーンの響きに誘われるようにバスが堂々と歌い出し、続くトロンボーンのオブリガートに導かれてバスが素晴らしい歌を披露した。続いてテノールが明るく歌い出し、続けてアルトからソプラノへと順に朗々と歌い継がれていたが、ソプラノが弦と対話を始め、最後に4人の見事な重唱となっていたが、ここでも弦との対話が美しかった。コルボはここでも早めのテンポを取り、ビブラートの少ない四重唱が清々しく聞こていた。




   続いて「おそるべき大王よ」では、弦楽器と管楽器とが交互にぶつかり合うような激しい前奏の後に、レックスという大合唱が三度叫ばれてから、レックス・トレメンデと爆発するように早いテンポで力強く対位法的に歌われていくが、終わりのサルヴァ・ミイではテンポをがらりと落とし音調を急変して、悲痛な祈るような歌声になり、消えるように終わっていた。コルボは強弱の変化の対比をその激しい指揮振りで現していたように見えた。






   2本のバスクラリネットとチェロのトリオによる序奏に続いて、弦楽器の早いテンポの美しい前奏が始まって、レコルダーレでは、アルトとバスが歌い出し、続いてソプラノとテノールのペアが順番に歌い出していた。コルボは激しい合唱の時とは別人のような穏やかな指揮振りであり、その後4人の独唱者達が四重唱を歌ったり、二組の二重唱となったり、ソロを交えながら重唱の姿で歌ったり変化を重ねながら、幾分明るさを取り戻しながら静かに終息していた。

男声合唱が弦楽器の唸るような響きを持ったフルオーケストラの荒々しい伴奏で コンフターテイスが始まり「呪われし者よ」と力強く歌われたが、一転して女声合唱が全く対照的に弦のユニゾンの伴奏で、悲痛に救いを求めて歌っていた。これは再び繰り返されていたが、男声と女声の対照の妙は素晴らしい効果を発揮し、やがて四声が合体して静かに「伏して願い奉る」と結ばれていた。コルボの早めのテンポの緩急・強弱のコントラストの変化が印象的であり、短いが素晴らしい一節であった。



    最後の「涙の日」では、すすり泣くような二小節の弦楽器の伴奏で、混声合唱が階段をゆっくりと上り詰めるように一段一段高まりを見せながら8小節を超え、モーツアルトの最後の燃焼を見るような高まりを見せていた。「イエスよ、彼ら全てに休息を与えたまえ」と厳かに願う心の底からの祈りの歌が切々と響き、「アーメン」で静かに結ばれていた。コルボの比較的早めのテンポの「涙の日」は明るく響き、伝統的な重々しい「レクイエム」とは一線を画していたが、これも現代風の解釈であろうと思われた。
   ここで一息ついてから、場面はオッフェルトリウムからドミネ・イエスの合唱が始まっていたが、この「レクイエム」という曲は、ここで緊張感が途絶えてしまい、私の気持ちのなかでは、このラクリモサで終わりとなっていた。



   ショパンが亡くなってから、お葬式はおよそ2週間ほど遅れてマドレーヌ寺院で行われたと聞くが、この「レクイエム」の演奏の準備のために遅れたと聞く。モーツアルトのレクイエムを演奏してくれと言う話は聞いていたが、自分の作品の中から、自分を送るための曲を用意していたことは知らなかった。しかも前奏曲の中から二つの小品をオルガンで弾かせることを考えていたとは驚きであり、改めてショパンはいつも用意周到な人だったと感じざるを得ない。その意味で、今回のショパンを送るコンサートが日本で再現され、タイムリーに映像で収録できたことは喜ばしい。私はピリオド奏法のレクイエムよりも、ベームやバーンスタインのような伝統的なレクイエムの演奏の方が好きなのであるが、今回のコルボの演奏もレクイエムの演奏しの中で、特筆されるべきコンサートであったと思われる。

(以上)(2010/08/04)


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