(最新のBD発売;マッケラスの08年コヴェントガーデンの「ドン・ジョバンニ」)
10-6-3、チャールス・マッケラス指揮、フランチェスカ・ザンベロ演出のコヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団、08/09シーズン開幕時の映像、08年09月、ロンドン、

−ハイビジョン画像−色彩豊かな大きい美しい画面・歌手の一瞬の真に迫る表情・迫力ある豊かな音声など−が活かされた、全体が良く整ったオーソドックスな演出でありながら新しい試みがキラキラ光るエレガンスに溢れた、さすがコヴェントガーデンと思わせた上品な舞台であった。3度目のキーンリーサイドの精悍な敏捷な動作が光っていた−

(最新のBD発売;マッケラスの08年コヴェントガーデンの「ドン・ジョバンニ」)
10-6-3、チャールス・マッケラス指揮、フランチェスカ・ザンベロ演出のコヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団、08/09シーズン開幕時の映像、08年09月、ロンドン、
(配役)ドン・ジョバンニ;サイモン・キ−ンリーサイド、ドンナ・アンナ;マリーナ・ポフラフスカヤ、ドン・オッターヴィオ;ラモン・ヴァルガス、ドンナ・エルヴィラ;ジョイス・デイドナート、レポレロ;カイル・ケテルセン、マゼット;ロバート・グリアドウ、ツエルリーナ;ミア・パーション、騎士長;エリック・ハーフヴァーソン、
(2010年5月15日、新石丸電気本店にてBD新発売を購入、OPUS-ARTE-OABD7028D)

    マッケラスの二つ目の新しい映像は、コヴェントガーデンの08/09シーズンの開幕を飾った「ドン・ジョバンニ」であるとされ、主題役はキーンリーサイドであり、このHPでは最多の3度目の登場であった。また、最近、非常に売れているミア・パーションがツエルリーナを歌っており、 彼女はコヴェントガーデンでフィオルデリージ(8-7-3)を、グラインドボーンでスザンナ(9-7-3)を歌っているので、彼女はダ・ポンテ三部作の映像を完成させた珍しい歌い手となった。さらにドン・オッターヴィオのラモン・ヴァルガスは、06年ザルツブルグ音楽祭のM22におけるノリントン指揮の「イドメネオ」の主題役(7-9-4)であった。このように経験豊かな歌手陣と、軽快にしてふくよかなマッケラスの音楽に加えて、この映像はフランチェスカ・ザンベロの演出であり、この劇の伝統を重視したシンプルな舞台で、リブレットに忠実で、音楽と連動した細やかで演劇性を重視した演出となっており、とても安心して見ていれる映像であった。画面はハイビジョンの鮮明さを活かしたクローズアップが多く、明らかにブルーレイデイスクの視覚性を重視したものであった。



   新しいBDデイスクは、ヤーコプスのハルモニア・ムンデイの1枚のBDデイスク(9-2-3)と異なり2枚組構成で、1枚目に第一幕と30分弱の付属画面があり、マッケラスと演出のザンベロ女史へのパッパーノのインタビューなどが含まれていた。デイスクでは直ちに序曲が重々しく開始され、火炎が立ち上る画面にタイトルが出て出演者の紹介が始まり、続いて後半はマッケラスのオーケストラピットでの指揮振りが鮮明に写されていた。マッケラスの指揮の「ドン・ジョバンニ」は2種類目であるが、91年のプラハ・エステート劇場のライブの1枚のDVDのもの(10-1-3)より古楽器色が薄れていたが、淀みのないきびきびした指揮振りは以前と変わらなかった。



   序曲が終わりにさしかかると幕が開き、序奏に続いてレポレロがだらしない格好でクローズアップされ、何やらぼやいていたが、物音がして慌てて物陰に隠れてしまった。場所は二階の階段の上でマスクで目隠しをした逃げる男を女が追いかけており、三重唱となって激しく争っていた。男が二階から逃げ降りてホッとする間もなく、白い服の男が逃がすまいとして剣を抜いて迫っていた。ドン・ジョバンニは素手で相手に飛びかかり相手の剣を振り払い、レポレロの短刀を抜いて相手を倒してしまう。実に俊敏な動きであった。 そこへドンナ・アンナとドン・オッターヴィオとが駆けつけて倒れている父親を発見し、冷たくなる父を抱いてアンナは気を失ってしまった。しかし、気丈な彼女は二重唱で父の剣を取り上げ、オッターヴィオにこの刃に賭けて復讐をと迫り、復讐を誓わせていた。アンナの一族は伝統的な貴族風の衣裳であり、この惨劇の様子を広場の壁に高く飾られていたマリア像が見下ろしていた。


   マリア像の下までドン・ジョバンニとレポレロが歩いてきて二人が口争いをしていると、ドン・ジョバンニが「静かに、女の匂いがする」と立ち止まった。すると4人の召使いのコシに乗った白いドレス姿で背中に銃をタスキ掛けしたドンナ・エルヴィーラが現れ、召使いを止まらせて望遠鏡で遠くを探していた。そして自分を捨てた男への怨みの歌を激しい口調で歌いながら銃を手にして男を捜していた。お嬢さんと陰から呼び掛けられて振り向くと、何と探していたドン・ジョバンニ。エルヴィーラは、早速、待ってましたとばかりにもの凄く早い口調で責め立てるので、ドン・ジョバンニは閉口し、レポレロに事情を話してやれと言い残して退散していた。伴奏に続いて「カタログの歌」が始まると、レポレロはポケットから何冊もの古びた手帳を取り出して、イタリアでは640人、スペインでは1003人と歌い出すとお嬢さん風のエルヴィーラはビックリして驚くばかり。スカートさえはいていればと歌うと、レポレロの手帳を手にしてしげしげと見つめて、怒りの余りカタログの一部を引き裂いていた。まずまずの張りのある「カタログの歌」でお客さんは喜んで大拍手であった。    

   エルヴィーラたちが腹を立てて立ち去ると、賑やかな音楽と共に広場には若者たちが集まって来て、マリア像の下でツエルリーナとマゼットの二重唱となり、賑やかな合唱が続いていた。そこにドン・ジョバンニとレポレロが登場し、早くもツエルリーナに目をつけて、マゼットたちを私のマンションに連れて行けとレポレロに命じていた。マゼットには後悔するぞと刀で脅していたが、マゼットは従うものの口を尖らせてツエルリーナに文句たらたらのアリアを歌っていた。やっと二人きりになれたとドン・ジョバンニは、早速、ツエルリーナを口説きだし、「手に手を取り合って」の二重唱を歌いながらツエルリーナを次第にその気にさせ、最後の「アンデイアーノ」になって二人でベッドに倒れ込んだ。見事な二重唱であった。そこへエルヴィーラが現れて、ツエルリーナを驚かせ「この裏切者からお逃げなさい」と歌い出したが、その激しさに様子の分からぬツエルリーナは一緒になって逃げ出してしまった。



   今日はついていない日だとドン・ジョバンニがマリア像に当てつけていると、ドンナ・アンナとオッターヴィオが「手を貸して欲しい」とドン・ジョバンニに声を掛けて来た。しかし、そこに再び、銃を背にしたエルヴィーラが顔を出し、「この人を信じてはいけません」と声を掛けて、四重唱が始まった。黒の喪服のドンナ・アンナと青の礼服が目立つ二人は、しっかりしているエルヴィーラを気違い扱いするドン・ジョバンニに不審を感じながら歌っていた。ドン・ジョバンニが彼女を諫めてくると、二人に「アミーチ、アデイーオ」と声を掛けて立ち去ると、オーケストラが激しく鳴り出しドンナ・アンナが「死にそうよ」と大声を揚げていた。マリア像の下で、ドンナ・アンナはアッコンパニアートで激しくドン・ジョバンニに襲われた経緯をオッターヴィオに告白し、「これで分かったでしょう」と激しくアリアを歌い出し、父の仇とばかりに復讐のアリアを激しく歌っていた。オッターヴィオは、あの騎士が信じられないという面持ちであったが、「彼女が安らげば、私の心も安らぐ」と美しいウイーン版の追加アリアを歌っていた。このヴァルガスのアリアはなかなか立派であったが、彼のアリアに聞き惚れているドンナ・アンナの姿が遠くに映し出され、良い演出に恵まれない追加アリアの中ではとても優れた演出であると思った。
   ここでドン・ジョバンニがレポレロの報告を聞いて、ブラボー!ブラボー!を連発して上機嫌で「さあ、パーテイだ」と喜んで歌う「シャンペンの歌」が楽しかった。また、ツエルリーナがマゼットの機嫌を取ろうとして子羊のように甘えて歌う「ぶってよ、マゼット」の有名なアリアが続き、大きな拍手のうちに舞台はフィナーレへと進んでいった。


     「早く奴が来る前に隠れていよう」とマゼットが歌い出してフィナーレが始まった。ドン・ジョバンニの楽しくやろうという挨拶で皆が集まっている隙に、ツエルリーナが身を隠そうと隠れていると直ぐにドン・ジョバンニに見つかってしまい口説かれそうになったが、ここはマゼットが見張っており、ここでは皆で踊りに行こうとなっていた。そこへエルヴィーラ、ドンナ・アンナ、オッターヴィオの三人が共通の敵ドン・ジョバンニを懲らしめようと登場した。メヌエットが始まり、三人は目隠しで顔を隠して入場を乞うと、宜しければどうぞと許された。そこで三人は「神よ、お守り下さい」と見事な祈りの三重唱を歌い、終わりにはオッターヴィオの持つピストルに三人は手を重ねて、神への祈りを捧げて勇気を出そうと誓っていた。


       踊りが賑やかに始まり、広い舞台になってチョコレートだ、シャーベットだと騒いでいるうちに、マスクの三人が登場し、どうぞご自由にと歓迎されて、ドン・ジョバンニが「自由万歳」と号令し、佳境に入っていった。さあ音楽だの声に再びメヌエットが始まり三人のマスクの人が優雅に踊り出し、やがてドンジョバンニとツエルリーナ、マゼットとレポレロの三組のペアが揃い、音楽は二拍子のコントルダンスと早い三拍子のドイツ舞曲が加わって最高潮の場面になっていた。しかし、いつの間にか姿が見えなくなっていたツエルリーナの悲鳴が遠くから聞こえてきて、場面は大騒ぎとなっていた。そこへドアが開いてドン・ジョバンニがレポレロを犯人だとして演技していると、三人のマスクの人がマスクを取って、オッターヴィオがピストルをドン・ジョバンニに突きつけて口々に「もう騙されないぞ」と責めだした。ドン・ジョバンニはピストルには叶わず両手を挙げて降参していたが、最後にはピストルを持った三人の女性陣からピストルを取り上げて、レポレロと一緒に壁の上へと逃げ出して第一幕のフィナーレは終了していた。


   第二幕ではレポレロとドン・ジョバンニが言い争いをしており、二重唱になって今度ばかりはレポレロも殺されそうになったと本気で怒っていた。しかし、ドン・ジョバンニに甘声で呼ばれて金貨の音がすると引き戻されて、金貨4枚で仲直りをするばかりか、洋服まで交換させられてしまっていた。幕が開くとエルヴィーラが階段の上で怨みの歌を歌っており、ドン・ジョバンニはレポレロに演技をさせて、エルヴィーラに許してくれと歌い出し、おかしな三重唱が始まった。暗闇の中で素直なエルヴィーラは、レポレロを改心したドン・ジョバンニだと思い込み、見事に騙されてしまい二人が抱き合ったところで、大声を出したので、二人は手を繋いで逃げ出してしまった。
   ドン・ジョバンニは、ここで初めてエルヴィーラの召使いのために、マンドリンの伴奏で「愛しい人よ」とカンツオネッタを歌い出した。効果てき面に階段の上で人影がちらつき、「あれはきっと彼女だ」と互いに示し合わせたところに、運悪くマゼット一行が大声を出しながら近づいてきた。レポレロの格好のドン・ジョバンニが「半分はこちら」とアリアを歌いながら百姓どもを追い払い、マゼットと二人きりになってから、マゼットの銃とピストルを取り上げて、「静かに」と油断させ、思い切りマゼットを殴る蹴ると痛めつけた。マゼットの悲鳴を聞きつけて、ツエルリーナの一行が駆けつけて、たいしたことないわと言いながらツエルリーナは「薬屋の歌」を歌って介抱していた。ミア・パーションは装飾音符を上手く混ぜ込んで、ドキドキする伴奏に乗って上手く優しく歌っていた。


   暗闇の道をレポレロとエルヴィーラがうろついており、エルヴィーラが「ただ一人暗いところで」と歌い出して続く六重唱が始まった。そこへ喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、さらに怪しい男を追いかけてツエルリーナとマゼットが加わり、怪しい男を捕まえたと六重唱になった。エルヴィーラがそれは私の夫ですと謝るが、四人は駄目だと許さない。オッターヴィオは平謝りの怪しい男を縄で縛り付けると、レポレロがそこで帽子を取り顔を見せて、旦那の命令でこうなったと告白すると、一同はただ呆然として呆れるばかり。マゼットの仲間も駆けつけて、平謝りのレポレロを責める合唱となっていた。ここでエルヴィーラもツエルリーナもレポレロを責め出すと、レポレロは「どうかお慈悲を」と一人一人に旦那の命令でと歌いながら謝って、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ去っていた。
    ここで様子を見ていたオッターヴィオが騎士長を殺したのはドン・ジョバンニであることが分かったと告げ、マリア像の前で誓うように私が探しに行くのでその留守の間、私の恋人を慰めてやってくれと高らかに歌い出した。このアリアは本日の彼の最高の出来で素晴らしかったが、二階でドンナ・アンナがここでも頼もしい彼の歌を聞いていたのが珍しい演出となっていた。オッターヴィオが立ち去るとオーケストラの伴奏でエルヴィーラが現れ、アッコンパニアートで「ドン・ジョバンニに天罰が下される」と心配する気持ちをマリア像の前で歌い、アリアでは「復讐したいが心配だ」と矛盾する心を歌っていた。そこへツエルリーナとドンナ・アンナが駆けつけてエルヴィーラを頻りに慰めていたが、これは余り見かけない珍しい演出のように思えた。



   場面が変わって、ドン・ジョバンニは何と明るい夜だと上機嫌で墓場のような雰囲気の場所でレポレロと再会して、レポレロをからかいながら高笑いしていると「その声も今夜限りだ」と言う大きな声が響いて二人は仰天した。その声が騎士長の墓場の方から来ると分かって、驚いた二人は二重唱で騎士長を夕食に招待するがどうかと尋ねると、レポレロが頷いたと驚いて腰を抜かしてしまった。そのためドン・ジョバンニが自ら墓場に向かって尋ねると、「行こう」という大きな声が聞こえてきた。驚いた二人は、恐ろしくなり、夕食の支度だと言い訳をして逃げ出してしまっていた。ここで、石像の姿がうまく演出できず、見る側の解釈に委ねられていたが、何か工夫がないものかと思わせた。
   一方、マリア像の前では、オッターヴィオがドンナ・アンナにどうして私を苦しめるのかと責めだしたので、彼女は激しくレチタテイーボ・アッコンパニアートで「私だって辛いのよ」と歌い出し、「私の気持ちを揺るがせないで」と歌うアリアになった。そして後半にはアレグレットのコロラチューラが連続する技巧的なロンドになって、ここではドンナ・アンナの優しい一面を示すアリアのように見え大きな拍手を浴びていた。



   ドン・ジョバンニ邸内に舞台が移り、数人の従者たちが食卓と食事を用意し、制服の楽団員も数名登場していた。始めに、「コーサ・ラーラ」の音楽が始まり、上半身裸のドン・ジョバンニが上機嫌で食事を始めていた。続いて「イ・リテイガンテイ」が奏され、マルツイミーノ酒が注がれて、ドン・ジョバンニはワインを飲みながら旺盛な食欲を見せていた。続いてフィガロの「もう飛ぶまいぞ」が始まると、ドン・ジョバンニはますます上機嫌になって、音楽に合わせて「レポレロ」と呼び掛けて盛んにからかっていた。そこへエルヴィーラが、突然、飛び込んできて、ドン・ジョバンニの前に座り込み、最後のお願いに来たという。ドン・ジョバンニはどうしたかと驚くが、エルヴィーラの必死の「生活を変えろ」という願いなのに相手にせず、始めから「女性万歳」「ワイン万歳」とからかっていた。勝手にせよと逃げ出したエルヴィーラが、奥の方を見て大きな悲鳴を上げ、それを見に行ったレポレロも大声を上げて、驚きの余りタ、タ、タ、と口を動かすだけであった。



   ダンダンダンと音が聞こえてきたので、ドン・ジョバンニが「わしが行く」と立ち上がったときに、もの凄いニ短調の大きなオーケストラの響きと共に騎士長の姿が現れて、序曲の音楽が鳴り響き「来たぞ」と叫んでいた。そして驚くドン・ジョバンニと怖がるレポレロとの序曲の三重唱となって、騎士長は重大な話があると言い、「今度は私の晩餐に来るか」と呼び掛けた。臆病だと思われたくないドン・ジョバンニは、必死となって勇気を振り絞って「行こう」と返事をし、約束の印にと握手をした途端に、「何と冷たい手だ」と震え上がり、苦しみだした。騎士長は「悔い改めよ」と叫び、ドン・ジョバンニは「いやだ」と叫ぶ。何回か拒絶を繰り返すうちに、騎士長は時間がないと叫ぶと、辺りは火炎が下から燃え上がってきた。騎士長が大暴れするドン・ジョバンニを最後にはわしづかみにし、大合唱とフルオーケストラの響きの中で、燃え盛る火炎と煙が漂っている中で、「ああー」という絶叫と共に、騎士長とドン・ジョバンニは地下深く吸い込まれるようにいなくなって幕が下りてしまっていた。個人的にはこのフィナーレの上半身裸姿のドン・ジョバンニは頂けず、もっと上品な洒落たスタイルにしたかったのであるが、残念であった。



   嵐が去って五人が普段着になって駆けつけて合唱が始まった。レポレロが一人、ドアから出て来て、ドン・ジョバンニはどこへ行ったかと尋ねられ、遠くに行ってしまったとさっぱり要領を得ない。やがて合唱は六重唱となり、ドン・ジョバンニが天罰でいなくなったことが知らされた。オッターヴィオが愛しい人よと呼び掛け、これ以上悩ませないでというと、ドンナ・アンナは1年待ってくれとのつれない返事。エルヴィーラ、マゼットとツエルリーナ、レポレロは、それぞれの道を歩もうと決意し、最後に明るい六重唱となっていた。音楽のテンポが変わって六人が平和が戻ったことを喜んで幕となっていたが、ふと幕が上がると、死んだはずのドン・ジョバンニの裸の女性を抱いた姿が一瞬現れた。直ぐに再び真っ暗になっていたが、お陰で性懲りもないドン・ジョバンニの姿を笑いとばせる賑やかなブッファ劇であるという印象を残した終幕となっていた。



   ハイビジョンによる色彩豊かな美しい画像・迫力ある音声が活かされた、全体が良く整ってリブレットに忠実なオーソドックスな演出でありながら新しい試みがキラキラ光る、エレガンスに溢れたさすがコヴェントガーデンと唸らせる上品な舞台であった。この劇場は大きな舞台ではないが、全編を通じて広場の高い壁面にあるマリア像を中心に、物語が展開されていく発想が、神をも恐れぬドン・ジョバンニを取り巻く登場人物たちには効果的であり、切り口として新しさを感じた。貴族的な社会と農民風の社会が衣裳で区別されて時代と環境が暗示されており、初めてのザンベロ女史の演出ではあったが、女性らしいきめの細かさとセンスの良さを窺わせるものが多かった。例えば、2曲のウイーン追加曲にも、第一幕ではオッターヴィオを思うドンナ・アンナの優しい姿や、第二幕では傷心のエルヴィーラを励ますドンナ・アンナやツエルリーナの姿があって、絵になる素晴らしい場面であると思った。通常、追加曲にはト書きがないので演出的には無視されることが多いが、この演出では女史の鋭い目が細部にも光っていると思われた。
    マッケラス(1925〜)の指揮による映像は2度目の大ヴェテランあり、一時心配されたピリオド演奏臭さも少なく、軽快にしてふくよかな響きがする実に穏当な指揮振りであった。それぞれのアリアのテンポ感が適切で、二つのフィナーレの音響的迫力も十分あり、演出とともにオーソドックスな舞台を印象づけるのに寄与していた。

            サイモン・キ−ンリーサイドのドン・ジョバンニは、このHP3度目の登場であり、いずれも、まずまずのタイトルロールと評価されてきた。最初のものはアバドのフェラーラ劇場のもの(5-11-1)であり、第二はメスト・チューリヒOPの最新のもの(9-4-3)であったが、いずれも動きが速い敏捷な演技で評判であり、今回もその期待を裏切らなかった。個人的には第二幕フィナーレの上半身裸姿をもっと上品な洒落たスタイルにしたかったのであるが、残念であった。3度も登場してまずまず満足させるキーンリーサイドは、矢張り当代随一のドン・ジョバンニと評価すべきなのであろうと思われる。

       女性陣では、ドンナ・エルヴィラのジョイス・デイドナートが全ての場面で歌も演技も良く好感が持てた。銃を背中に背負い駕籠に乗って古い望遠鏡を覗いていた姿が忘れられないし、信じやすく優しい彼女が変身して最後にドン・ジョバンニに迫る姿に迫力を感じた。ドンナ・アンナのマリーナ・ポフラフスカヤは、激しい気性の中に随処に女性らしい優しい表情を見せたドン・アンナを演じていた。ミア・パーションは、フィオルデリージ・スザンナに続くツエルリーナ役であり役不足の感じもしたが、さすがヴェテランという歌と演技を見せて上手であった。もっと若い歌手をと望む声があるかもしれない。
   男性陣では、ドン・オッターヴィオのラモン・ヴァルガスは、さすがイドメネオをこなした人だけあって、歌もスタイルも堂々としすぎて役不足の感じであり、どのアリアも素晴らしかった。レポレロのカイル・ケテルセンも、マゼットのロバート・グリアドウも、庶民役をブッファ風に上手く演じていたと思ったが、もっとドン・ジョバンニに反抗していく意気込みが感じられても良かったと思った。反面、騎士長のエリック・ハーフヴァーソンは、怖い生の顔で見事に石像役をこなしており、凄い迫力ある声であったと思う。

   これからのオペラの映像は、このようなハイビジョン映像が多くなると思われるが、この映像は色彩感覚に優れ、照明の扱いが実に巧みであると思ったし、クローズアップが多すぎたが、舞台が小型で単純であったのでやむを得ないと思われた。このオペラの映像は、昔から暗い映像が代名詞であり、舞台の不備を、見えない部分を多くすることで解決することが多かったが、ハイビジョン映像になると、クローズアップによって不要な部分をカットするようになるものと思われ、この映像が良い例であると感じさせられた。
   オペラのライブでは、通常は、歌手の細かな表情などは殆ど見えないものであるが、歌手の表情がこれほど明確になり、これが当たり前になってくると、ライブで全体を見た印象と、映像で細かく見た印象とでは、印象が異なる怖れがあるのではないかと心配になった。歌は上手くても厚化粧で年齢を隠す舞台は、映像の世界では自然に消滅していくものと思われた。

(以上)(2010/06/18)


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