(最新入手のソフト報告;スイートナー追悼記念・N響との1984年の三大交響曲)
10-6-1、スイートナー指揮、NHK交響楽団による交響曲第39番変ホ長調、第40番ト短調、第41番ハ長調「ジュピター」、1984年1月11日、N響演奏会、NHKホール、


−全三曲を通して聴いて、スイートナーの演奏は、テンポが良いばかりでなく壮麗で豊かな感じがする後味の良い素晴らしい演奏であると思った。特に、変ホ長調交響曲とジュピター交響曲が優れており、ト短調交響曲は全体が重々しく感じられて、N響の最近のプレヴィンの演奏の方が好ましいと思った。N響も当時としてはなかなか充実したしっかりした良い演奏をしていると感心した−

(最新入手のソフト報告;スイートナー追悼記念・N響との1984年の三大交響曲)
10-6-1、スイートナー指揮、NHK交響楽団による交響曲第39番変ホ長調、第40番ト短調、第41番ハ長調「ジュピター」、1984年1月11日、N響演奏会、NHKホール、
(2010年2月26日、NHKのBS102によるN響演奏会をBD-025にSPモードで収録)

   6月分のトップはオットマール・スイートナーとNHK交響楽団による交響曲第39番変ホ長調K.543、第40番ト短調K.550、第41番ハ長調「ジュピター」K.551であり、これは1984年1月11日、第919回N響定期演奏会のNHKホールのライブ録音であった。1月にスイートナーが亡くなったと報じられたが、2月26日にBS102でスイートナー追悼記念番組としての放送を収録したものである。
   私は彼のドレスデン歌劇場のCDの三大交響曲を持っているが、このCDは1773〜75年の交響曲のシリーズ的な録音の一つであり、彼の一連のモーツアルトの交響曲のテンポがすっきりして私の好みに合っていたので、ワルターやベーム・クーベリックに続くお気に入りのCDとなっていた。今回のこのN響とのライブ映像は、CDよりも8〜10年新しく、オーケストラは違うものの演奏スタイルは全く同質であり、じっくり聴いてみると、音質はまずまずであるが映像は古さを感じさせるものであった。しかし、CDと同様に矢張りテンポの進め方がとても生き生きとしており、ソナタ形式の繰り返しをいっさい含まない古い伝統的なタイプのライブ演奏であった。この頃の古い交響曲のシリーズのライブ映像はベーム(1969〜73)のものしかないので、これと並ぶ貴重なセットの映像になるものと思われる。



   第一曲は交響曲第39番変ホ長調K.543となるが、この曲の最近のN響の演奏には、06年11月、ノリントンがN響の皆さんに、直接、現代楽器によるピリオド奏法を指導した際のリハーサル付きの演奏(7-5-1)があるが、これはコントラバスが6台でファゴットが4台というまれに見るフルスケールの演奏であった。また、今年の1月にプレヴィンがN響と演奏してくれた最新の38〜40番の三大シンフォニー(10-1-1)があるが、この演奏ではコントラバスが2台で中規模なオーケストラ編成であり、NHKホールとサントリホールの違いはあるが、対照的な演奏が行われていた。今回のスイートナーの演奏は、25年前なのでN響のメンバーは殆ど変わっていたが、一人コンサートマスターの堀正文さんだけは今でも現役で、プレヴィンの演奏にも参加していたし、クラリネットではお馴染みの浜中浩一さんの姿が見えていた。コントラバスは右奥に前列2台後列4台の6台であり、広いNHKホールにゆったりと納まった大編成のオーケストラであった。さらりと全体を聴いた限りでは、序奏部の扱いは伝統的なゆっくりした堂々たるものであり、続く各主題もオーソドックスに伸びやかに進められており、ソナタ形式での繰り返しは行わない、どちらかと言えばテンポ感はワルターに似た、古い伝統的なタイプの軽快にして重量感もある豊かな演奏と見た。


  第一楽章はテインパニーが響く壮大なアダージョの序奏で始まるが、スイートナーは堂々たる付点リズムを持った大和音と華麗なゆったりとした下降音階を伴った弦の流れで序奏を開始した。付点リズムの和音との間を埋める32分音符の下降する弦は、急がずに静かに進行させる伝統的な序奏部の進め方で一安心であった。ゆっくりとリズムを刻みつつフルートと弦とが対話しながら穏やかに盛り上がりを見せつつ進行し、終わりも堂々たる大和音の連続で穏やかに明るく序奏が結ばれていた。
   素晴らしい序奏に続くアレグロでは3拍子の第一主題が、弦楽器で軽快に提示され木管も加わって勢いよく進んでから、「英雄」交響曲を思わせる力強いファンファーレが堂々と開始され、序奏部との和音と下降音階との対比が実に明解に響いてエネルギーに満ちていた。やがて結尾主題に続いて現れる第二主題も第一ヴァイオリンにより歌うように提示され、木管との優美な対話が一きわ冴えて、ピッチカートを伴った厚い響きも豊かに進んで盛り上がりを見せていた。スイートナーはここで主題提示部を繰り返さずいきなり展開部へと突入していた。展開部では結尾主題が何回も執拗に繰り返され力強く展開されて再現部へと移行していた。スイートナーは再現部においても、終始、堂々と力強さを持って型通り進んでいたが、この曲のダイナミックな迫力を強調させた緩急自在な力強い演奏を見せていた。



  第二楽章では、アンダンテのゆっくりした楽章であり弦楽合奏の美しいメロデイでゆったりと始まる。曲は二部分型式か、三つの主題から構成されており、譜面を見ると提示部の前段に繰り返しが二つあり第一の主題を構成していたが、スイートナーは二つ目の繰り返しを省略して演奏していた。ここで木管の導入に導かれて弦4部が第二の主題を波を打つように提示していき、管と低弦との見事な対話がひとしきり繰り返されて頂点に達してから、ファゴット、クラリネット、フルートが互いに重なり合って第三の主題を提示して、前半の第一部を形成していた。第二部では第一の主題が第一部同様に弦楽合奏で始まるが、直ぐに管楽器の合奏が加わり、次第に弦楽器群と管楽器群が交互に波を打つように進行し始めた。第二の主題も変形されて弦楽器群と管楽器群が波を打つように力強く進行し、終わりに第三の主題が管楽器群により互いに重なるように現れて素晴らしい合奏を行ってから、最後に第一の主題に戻って静かに歌われてこの楽章は終息していた。スイートナーは、長身の上に棒立ちで、無表情な顔つきでこの美しい楽章をこなしていたが、弦と管のアンサンブルが素晴らしく見事なアンダンテ楽章であった。
   続くメヌエット楽章では、スイートナーは実に良いテンポで堂々と厚みのあるメヌエットを進行させていた。このメヌエット部分の壮麗さと対照的にトリオでは二つのクラリネットの美しいデユオにフルートが加わって素晴らしい響きを聴かせていたが、繰り返しの後、再びメヌエット部分が再現されていた。



   フィナーレはアレグロの早い出だしの第一主題で軽快に始まり、これまでの楽章と一転しフルオーケストラで明るく躍動するように進行していた。スイートナーはこの速い動きも体を余り動かさず手を軽く動かすだけで進めており、始めの主題から派生した第二主題を、同じテンポで軽快に進め、フルートとファゴットの美しい対話を経て盛り上がりを見せ、展開部に突入していた。展開部では冒頭主題の旋律を繰り返し展開していたが、高弦と低弦とが追いかけ合い鋭く対立しながら波を打つように進行し、再現部では始めの通り疾走するテンポで軽快に型どおり進めており、スイートナーは繰り返しを無視して、一気に駆け抜けるようにこの楽章を完成させていた。
   全楽章を通して聴いてスイートナーの演奏は、テンポが良いばかりでなく壮麗で豊かな感じがする後味の良い素晴らしい演奏であると思った。試みに10年前のCDを聴いてみたが、CDでは録音のせいか弦楽器の軽やかさが目立ち華やかな感じを受けたが、このN響も当時としてはなかなか充実したしっかりした良い演奏をしていると思った。






        続いては交響曲第40番ト短調K.550であるが、この曲の最近のN響の演奏には、ベルリンフイルのかってオーボエ奏者で指揮者でもあったシェレンベルガーの06年の演奏(8-5-1)があり、驚くほど早いテンポの繊細で軽やかな演奏だったので良く記憶している。また、今年の1月にプレヴィンがN響と演奏してくれたもの(10-1-1)は、中規模なオーケストラ編成で、弦楽器と管楽器のアンサンブルの美しさを強調したプレヴィンらしいゆったりした美しい演奏で、極めて対照的な演奏が残されていた。これらに対して今回のスイートナーの演奏はオーケストラの規模も大きく、両者の間の中庸を得たテンポで爽やかさを持ったスタイルで、繰り返しのない伝統的なオーソドックスな感じの演奏をしていた。スイートナーだけがクラリネットが入った第二版を採用しており、この曲だけコントラバスを3本に減らしていたのに気がついた。



    第一楽章はモルト・アレグロで波を打つような弦楽合奏の第一主題がやや早めのテンポで軽快に始まる。やがて、管楽器と弦との応答があってから再び第一主題が繰り返されるが、今度は管楽器も加わって力強く進行していた。一休止の後に第二主題が始まるが、クラリネットとファゴットが活躍をし始め、弦と交互に競い合い、さらに合体して勢いを増し、次第に高揚して提示部の高みに到達していた。スイートナーは直ちに展開部に突入しており、ここでは第一主題の冒頭の導入主題が繰り返し入念に展開され、さらに同じテンポで同じ主題がうねるように対位法的に展開され次第に力を増しながら進み、この主題だけで長い展開部が形成されていた。再現部に入り再び二つの軽やかな美しい主題が繰り返されていくが、経過部を中心にかなり拡大されながら進行していた。スイートナーの確信溢れるタクトの振りによりこの楽章は全く淀みなく進行し、疾走する悲しみとされる軽やかな動きが全体にみなぎっていた。
   第二楽章のアンダンテでは、ゆっくりしたテンポで始められ、美しい弦楽合奏の第一主題が珍しくホルンの伴奏で始まっていたが、主題の後半に現れる32分音符の休止を挟んだ3度動機のフレーズが実に美しい。そしてこの動機が推移部を支配しており、弦から管へ、管から弦へ、クラリネットからフルートへと上昇したりファゴットへと下降したり、うねるように繰り返されて美しく進んいた。やがて、第二主題に入って美しい弦楽合奏が開始されても、管楽器が加わってくるとこの特徴あるフレーズが、余韻のように響いていた。展開部に移行してもこのフレーズが合奏で力強く弦から管へ、管から弦へと移行して、上昇したり下降したりしながら展開されていた。これらの弦と管の合奏のアンサンブルの美しさは実に快く印象的に響いており、スイートナーは実に丁寧に繊細できめの細かな美しさを浮き彫りにしようとしているように見えた。



第三楽章のメヌエットでは出だしの三小節のフレーズがカノン風に何回も繰り返されて進行し、スイートナーは次第に力強く三拍子を刻んで堂々と重々しく進んでいた。対照的にトリオでは、ほぼ同じテンポで弦楽合奏で始まり、木管三重奏が現れて美しさを強めていたが、繰り返しの後は木管の三重唱の後にホルンが響きだし、終わりには見事な管楽四重奏で打ち上げるなど弦と管のアンサンブルの対照の妙が光っていた。
フイナーレ楽章では、ソナタ形式でアレグロ・アッサイで第一主題がスピード感を持って軽快に進められており、流れるような見事な弦楽合奏を繰り返していた。やがて穏やかな第二主題が弦楽合奏で始まって淀みなく進行するが、中間でクラリネットが明るく歌い出して第二版の特徴を浮き彫りにさせていた。スイートナーは直ちに展開部に突入し、ここでは冒頭の主題が弦でも管でも執拗に繰り返されており、ホルンのファンファーレが鮮やかであった。再現部に入っても全体としては軽やかさが確保されており、爽やかな疾走感でこの楽章を穏やかに終結していた。



    全楽章を通して聴いてスイートナーの演奏は、オーケストラのせいもあろうが、爽やかさはあるものの何かしら全体が重く、もっと弾むような軽やかさがあっても良いと思われた。試みに10年前のCDを聴いてみたが、CDでは録音のせいかここでも弦楽器の軽やかさが目立ち、抜けるような爽やかな印象を受けたが、N響の方では全体が重々しく感じられ、もっと抜けるような爽やかさや弾むような明るい疾走感が得られたら良いという印象を持った。同じN響の演奏ではプレヴィンの演奏が、テンポが遅く締まりはないものの軽やかな感覚のすっきりした端正な演奏であり、同じN響ならこちらの方が小生の好みに合っていた。

    第三曲目は交響曲第41番ハ長調「ジュピター」であり、この曲のN響との演奏では、05年8月にスタインバークが来日し客演した演奏(5-12-1)が残されており、力で押すタイプの堂々たるジュピターで、N響も指揮者が変われば変わるものだと思わせるほど壮大に流れるように音を繰り広げた「ジュピター」であった。今回のスイートナーの演奏は、これよりも20年も古い演奏でメンバーはすっかり変わりホールも異なっているが、コントラバスは6本で同じ構成であり同様に伝統的な「ジュピター」の演奏であることが共通していた。



    第一楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェでフルオーケストラによる堂々たる三つの和音で開始されるが、スイートナーの出だしの感覚が非常に良い。オーケストラの響きは、低い音から高い音まで厚いピラミッド型の響きを持ったオーソドックスな始まりであり、右側に位置する6本のコントラバスが威力を発揮して力強く弾かれていた。フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重唱で主題を変形しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行し、これが「ジュピター」であると感じさせる堂々たる経過部であった。続いて第一ヴァイオリンが第二主題を提示して行き経過部を経て小休止の後、大音響とともに激しく爆発するが、スイートナーは控えめに進めていた。そしてピッチカートに導かれて軽快に楽しく流れる副主題が流れ出し、全体を収めるように終息すると、繰り返しを止めて直ちに展開部へと突入していた。
    展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管が交互に主題を変形しながら展開され、分厚い音の響きが非常に頼もしく聞こえていた。再現部ではほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも堂々と激しく再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを現しているように思われた。







   第二楽章はアンダンテ・カンタービレで、厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むが、オーケストラの流れが厚くて重厚な響きがし、木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続く第二主題も重々しく弦がうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。展開部では第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示された後、突然に低弦が32部音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる変奏を見せていたが、楽想の豊かさが見事に反映された例として印象深かった。スイートナーは、この再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分を頷くように指揮をしていたが、スコアを追いながらこの曲の凄さを感ずることが出来た。



   一方の第三楽章のメヌエットでは、スイートナーは比較的早いテンポでメヌエット主題をリズミックに颯爽と進め、木管が一頻り歌い出しホルンやトランペットが鳴り響く場面もあって、ここでも壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような早いテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏するユーモラスな場面が繰り返された。そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。   フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、続く威勢の良い主題が繰り返されていくごとに、次第に元気良く高められていき、壮大なドラマを造り上げていった。スイートナーはこのフィナーレではテンポを早め、全身を使ってこのオーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしており、オーケストラもこれに応えるように堂々たる響きを聴かせていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開で、繰り返し繰り返し丁寧に行われ壮大さを増していた。再現部では、この壮大なフィナーレが主題がオーケストラ全体の圧倒的な力で盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結すると、もの凄い拍手が湧き起こり、NHKホールが拍手で湧き上がるような様子であり、当初は指揮者は呆然と立ちすくんでいルように見えた。スイートナーは、三度、舞台に戻って客席に向かって挨拶を繰り返していたが、熱演の余韻が残るようなコンサートであった。




    全楽章を通して聴いてスイートナーの演奏は、早めのテンポ感で引き締まった壮麗で豊かな感じがする「ジュピター」であり、素晴らしい演奏であると思った。試みに10年前のCDを聴いてみたが、CDでは録音のせいか弦楽器の軽やかさが目立ち全体の響きも良くN響の演奏を上回るように思われた。しかし、繰り返して聴くと確かにCDと放送の音源的な違いもあってN響は損をしているように思えたが、N響の演奏もなかなか充実した響きを持ったしっかりした良い演奏であると思われた。

   後期の三大交響曲を一つのコンサートでまとめて演奏する試みが、こんなに古くからあったとは気がつかなかった。スイートナーは1989年の来日が最後になったようであるが、これはまだ東ドイツの時代である。その後体調を悪くして現役を退いていたようであるが、2010年1月8日にベルリンで87歳で亡くなったようである。先月号の「魔笛」といい、今回の三大交響曲と言い、スイートナーは心あるモーツアルト好きを喜ばした優れたモーツアルト指揮者だったようである。心からご冥福をお祈りしたい。

(以上)(2010/06/23)


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