10-5-2、ピーター・セラーズ演出、クレイグ・スミス指揮の「フィガロの結婚」K.492、ウイーン交響楽団、アーノルド・シェーンベルグ合唱団、1990、ORF、

−P.セラーズはモーツアルトの時代の組織の人間関係も、200年後の現代の組織の人間関係も余り変わっていないと主張したいのであろうが、この映像を見て、残念ながら、目新しい舞台の辻褄が合っているかどうかが気になりすぎて、肝心の豊かなオペラを見たり味わったりという満足感や充足感は得られなかった−

(嬢かしい映像記録;ピーター・セラーズ演出のニューヨークの「フィガロの結婚」)
10-5-2、ピーター・セラーズ演出、クレイグ・スミス指揮の「フィガロの結婚」K.492、ウイーン交響楽団、アーノルド・シェーンベルグ合唱団、1990、ORF、
(配役)フィガロ;S.シルヴァン、スザンナ;J.オマーレ、伯爵;J.マダアレーナ、伯爵夫人;J.ウエスト、バルトロ;D.エヴィッツ、マルチェリーナ;S.E.クズマ、ケルビーノ;S.ラーソン、バルバリーナ;L.トルゴーブ、
(06年2月16日、レーザー・デイスク、ポリドール、LONDON POLL-9017/8)

   第二曲目のP.セラーズのLD(1990)は、今回久し振りで通して見て、ケルビーノのホッケー選手のスタイルは覚えていたが、特に、第三幕以降は殆ど記憶に残っていないので、見ないまま積ん読の状態であったものと思われる。この種のフィガロの現代ものは、この映像が最初で、1995年のデユー演出のライプチヒ劇場のもの(8-8-3)と、最近では2006年のマルターラー演出のもの(9-11-2)などがあるが、先駆的映像のアップが一番最後になってしまったのは、当初の印象が余程悪かったからであろう。現在では、P.セラーズはこうした読み替えものの先駆者と位置づけられ、このLDも古典的な名作と評価されているようなので、嫌いであっても見ざるを得ないと覚悟を決めて見ることにしたものである。




   P.セラーズは、モーツアルトのダ・ポンテ・オペラ三部作を全て映像化しているが、いずれも現代の超高層ビルが林立するニュー・ヨークを背景にしたものである。彼はモーツアルトの作品は、モーツアルトが生きていた現代の物語であり、作品の発表時は当時の人々を驚かす新しい前例のない革命的な作品であった筈であると見なしている。そして、彼の言によれば、「モーツアルトのオペラの演出で重要なのは、民衆の政治活動として描くことです。彼の作品は、知らない間に知らない場所で限られた人だけに起きた話ではないのです。既に過去のことだとして描いてはいません。モーツアルトは当時の出来事を書きました。彼にとっては、同時代の人々への挑戦だったと思います。彼が心から懸念していたことは、当時の憂慮すべき政治的かつ経済的な問題です。自分の作品や歴史を語る物語とは思っていません。近年の批評を見ても解るとおりですが、彼は明らかに社会を侮辱しています。作品は従来の社会構造に対する彼の批判だったのです。だから私も非難されても、不愉快に思いません。影で批判する人達は、古くて死んだも同然のものを守ろうと必死なのです。」と語っていた(9-1-4)。




  序曲が始まると画面はニューヨークの繁華街、クリスマス時期の忙しそうな人混みの風景。超高層ビルが見え、ビルの合間にスケートリンクが見え、サンタの姿も見えていた。序曲が軽快に終わって場所はビルの一室か、寸法を測っているワイシャツ姿のフィガロと花嫁の白い飾りを気にしているスザンナが、いちゃつきながら、ゆっくりしたテンポで二重唱を始めていた。クローズアップで見るとフィガロは頭が禿げスザンナもいい年のカップルのよう。冷蔵庫や洗濯機などが雑然と置かれた大きなソファーのある一室で、二人の話はベッドの議論となり、スザンナが怒り出して立ち上がる。フィガロが彼女を宥めるようにデインデインの二重唱を歌いだすと、途中からスザンナが引き継いでドンドンと大きな声で歌うと、さすがのフィガロも気がついたよう。ピアノ伴奏とチェロも加わった賑やかな伴奏でスザンナの話を聞いたフィガロは怒り満面。ピッチカートの伴奏で「もしもギターで踊りを踊るなら」と、フィガロがギターを弾きながらカヴァテイーナが始まった。ゆっくりしたテンポであったが次第に過激になり、後半には装飾音符も賑やかに堂々たる復讐のアリアになっていた。




  入れ替わるように一見紳士風のバルトロと貴婦人風のマルチェリーナが登場し、バルトロが渡された書面を見て暫く考えこんでいた。しかし、次第に激してきて、フィガロに怨みを持つバルトロが歌い出し、ここでも堂々たる復讐のアリアとなって、争いが始まったかのよう。そこへスザンナが顔を見せたので、女同士の口争いが開始され賑やかな二重唱となって、スザンナが皮肉タップリのうるさいマルチェリーナをやっとのことで追い払っていた。そこへアイスホッケーの選手の格好のケルビーノが登場。スザンナから伯爵夫人のリボンを取り上げ、自分の歌と交換してから狂ったように男っぽく歌い出した。ケルビーノは熱っぽくお屋敷の女性の名を全て口に出し、早いテンポで愛を語っていた。




  突然に伯爵の声がしてケルビーノがあわてて隠れると、伯爵はスザンナが一人とみて、早速、口説き出す。スザンナが危なくなったところへ、にやけ男のバジリオが顔を出し、ケルビーノの話から奥様を見る目が怪しいと言い出したので、隠れていた伯爵が憤然と立ち上がって三重唱が始まった。スザンナが気を失いかけたり、ケルビーノが見付かったりと滑稽な三重唱が続き、スザンナは終わりに「コシ・ファン・トッテ」とバジリオに歌われていた。スザンナは弁解に努めていたが、そこへフィガロに続いて登場してきた大勢のいろいろな格好をしたアパートの住人たちの合唱で救われていた。
  初夜権を解放した伯爵を讃えた合唱は二度繰り返され、ご主人様と歌われていたが、大勢の合唱は狭い部屋での異様な風景に見えた。ケルビーノの再三の仕打ちに腹を立てた伯爵は連隊の士官に任命すると、居合わせたフィガロがケルビーノを相手に「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」と歌い出し、ケルビーノを厳しくしごいていた。そして曲は堂々たる行進曲となったが、フィガロはケルビーノばかりでなく、伯爵にもバジリオにも装飾音をいっぱい付けながら当たり散らし、朗々と歌って暴れ回り、最後にはスザンナとデイープキスを交わして第一幕は終わりとなっていた。ニューヨークのアパートの真っ昼間のおかしな復讐劇の始まりであった。




  第二幕は伯爵夫人がベッドの上で歌う「愛の神よ」のカヴァテイーナで始まるが、伯爵が金でスザンナを買おうとしたとスザンナから聞かされて、酷いと嘆いていた。そこへフィガロが登場し悪い伯爵を懲らしめようと作戦会議。ケルビーノを女装させようとするフィガロの案に女二人は賛成し、フィガロは「もしも踊りを踊るなら」と歌いながら意気揚々引きあげた。そこへホッケー選手でジーパン姿のケルビーノが登場し、スザンナのギター伴奏で「恋とはどんなものかしら」と歌っていたが、全く色気がなくガッカリ。しかし伯爵夫人には誉められ、スザンナの着せ替えのアリアで裸姿にさせられた。二人の女性の視線が厳しく、女装させられてよく似合うと煽てられていたが、腕に巻いたリボンを取り上げられてケルビーノが欲しいと夫人に迫ったため、二人は怪しくなりかけていた。そこへドアを叩く音が聞こえてさあ大変。


  夫人が恐る恐るドアを開けると、そこには鉄砲を持った狩猟帰りの伯爵がいて、夫人の様子がおかしいと、早速、手紙の話を持ち出した。すると衣装部屋から大きな音がして、「スザンナ出て来い」と三重唱が始まった。伯爵は男を連れ込んだと嫉妬の余り大騒ぎするので、夫人も必死でドアを開けさせまいと体を張って防戦。伯爵が工具を取りに夫人を連れて外へ出た隙に、スザンナが「早く、早く」とケルビーノに知らせ、ケルビーノは見つかったら殺されると、超高層のビルから下の庭へと逃げ降りた。工具を持って戻ったところで、観念した夫人が男の子だと白状すると、伯爵はケルビーノがまだ居たかと怒りだし「小僧、出て来い」とフィナーレの三重唱が始まった。伯爵は嫉妬に狂ったのか夫人にピストルを突きつけ「死ね」とまで迫る物々しさ。そこへ「シニョーレ」とスザンナが顔を出したので夫妻は驚いて口もきけない。スザンナが隙を見てケルビーノが逃げたことを伝えると、夫人はやっと安心し、謝る伯爵に対し女二人は攻撃して許さない。平謝りの伯爵に「死ね」と言われたと夫人も負けていなかったが、そこにフィガロが飛び込んできたので、伯爵はフィガロに手紙のことで矛先をフィガロに向け、四重唱が始まった。


  フィガロは始めから知らぬ存ぜぬを繰り返したので、怒った殿様とあわやと思われたときに、スマートなビル管理人のアントニオが登場してきて鉢を壊したと苦情の五重唱となっていた。様子を悟ったフィガロが、俺が飛び降りたとビッコをひいて見せたが、逆に落とした紙片が何かと問われ、再度あわやと思われたときに、女二人から助け船。印鑑のない辞令とまで答えられては伯爵は二の句がつげず。そこへマルチェリーナとバルトロとバジリオが駆けつけて、フィガロとマルチェリーナの契約の履行を口を揃えて殿様に要求した。大声で反対するフィガロやスザンナに、殿様は「静まれ、静まれ」と大声で制する七重唱となって場面は大荒れとなり、混乱の中で第二幕が終了していた。映像は舞台ではなくスタジオでの収録のように見え、そのせいかクローズアップが多く、怒り狂う登場人物たちの表情の捉え方が迫真に満ち、拍手はないものの映像の迫力は見事なものがあった。



   隣の超高層ビルや市内を遠望できる広い部屋で、伯爵は望遠鏡を覗きながら第二幕での妻や使用人たちの不可解な出来事を考え込んでいた。そこへ夫人から何やら依頼されたスザンナが上の階から降りてきて伯爵と話をしているうちに二重唱となり、持参金の話から急に素直になったスザンナが、今夜合おうという誘いに色好い返事をして伯爵は遂にスザンナを抱きしめてご機嫌になった。しかし、そこへ誰かが来たので別れ際にスザンナが漏らした「訴訟に勝ったわ」という言葉をもれ聞いた伯爵は、騙されたかなと自問自答をし始め、音楽がア・コンパニアートになり次第に激して来ると、「使用人たちに騙されてたまるか」との勢いになって、主人の不幸をあざ笑う彼らへの復讐のアリアを激しく歌っていた。

   そこへ結論が出たと司法官のドン・クルチオを先頭に、マルチェリーナやバルトロとフィガロが現れ、フィガロが控訴するともめていた。フィガロは金を払うか、マルチェリーナと結婚するかどちらかだとなり、伯爵から判決は正当だと言われたが、フィガロは高貴な生まれで両親の承諾が必要だと言い出した。その証拠はと言われるままに、子供の頃攫われたと言い出し、右腕に入れ墨があると漏らした途端にマルチェリーナの顔色が変わり、ラファエロだと言いだした。一同唖然として何ともおかしな驚きの六重唱が始まっていたが、そこへお金を持って駆けつけたスザンナが、マルチェリーナと抱き合っているフィガロを見てマルチェリーナを追い払い、いきなりフィガロに平手打ちを食わせて大騒ぎ。しかし、テンポが変わってマードレ・パードレの紹介の六重唱となり、伯爵とクルチオは退散し、残った4人が抱き合って二組のカップルとなり、4人で結婚式を挙げようと大笑いしていた。




  続いて伯爵夫人が一人で赤いドレスで登場し、レチタテイーボで今宵の作戦はと考えているうちに、召し使いと洋服を取り替えるなんてと惨めな気持ちを歌いながら「あの楽しかった日々は」と心の痛みを抑えながら美しいアリアを歌い出した。しかし、途中からアレグロに変わり、「私の希望がかなえられますように」と期待を込めて積極的に激しくアリアを歌っていた。そこへスザンナが白いドレスに着替えて登場し、夫人に伯爵との件の報告をしていると、待ち合わせ場所を手紙しようと言うことになった。夫人が「松の木の下で」と歌い出すと、スザンナが書き留めながら歌う美しい「手紙の二重唱」は、ゆったりと明るく歌われ、終わりには美しい重唱となって、スザンナのヘアピンで丁寧に止められていた。そこへ使用人の娘たちが色とりどりの綺麗な姿で登場し、華やかに夫人にお花を捧げるために集まっていたが、その中にケルビーノが女装しており、夫人に見つけられたところにアントニオと伯爵が現れ、二人に捕まってしまった。そこでバルバリーナが正直にケルビーノの許しを乞いながらお殿さまとの約束を皆の前でばらしてしまったので、一同はあきれ顔。そこへフィガロが現れたので、ケルビーノの白状で、再び伯爵との間が険悪となっていたが、フィガロが行進曲のCDをかけて音楽が始まったので事なきを得た。




   行進曲がゆっくりと進行し二組のカップルが腕を組んでにこやかに入場すると、二人の娘たちにより祝福の二重唱が歌われ、伯爵夫妻から花嫁に白いヴェールを被せられていたが、スザンナはその合間に上手く伯爵に手紙を手渡していた。続いて三人の男女によるお祝いのダンスがあり、激しく腰をくねらせるプロによる余興となっていたが、その合間に手紙を見た伯爵はご機嫌になって、皆の前で今宵はお祝いだから楽しくやろうと挨拶をして、長い第三幕は終了となっていた。このフィナーレは、非常に現代的なセレモニーとして工夫されて描かれており、目を見張らせるものがあった。





  フィナーレはクリスマスツリーを置いた前庭風の暗い場所で、バルバリーナのピンを無くしたというゆっくりしたカヴァテイーナで始まった。そこへフィガロとマルチェリーナが現れて、バルバリーナから殿様とスザンナが逢い引きをすると確証を掴んだフィガロは怒り出す。マルチェリーナが何かがあると諫めてもフィガロは耳を貸さない。そこでマルチェリーナは「雄ヤギと雌ヤギは仲がいい」というアリアを歌って聞かせていたが、このアリアはいつも省略されるのには惜しい面白いアリアで、高音の技巧が必要な教訓的な内容のアリアであった。続いて、居合わせたバジリオが、怒るフィガロを心配して「わしも若い頃には」勇み足が多かったと歌い出し、やがてメヌエット調の「ロバの皮のうた」となり、愚かに見せかけて実を取れと言う教訓的なアリアを歌っていた。
  続いて、フィガロのアリアの順番となり、赤い派手なドレスのスザンナを遠目で見ながら「女とは男を苦しめる魔女だ」とスザンナの裏切りを怨んで歌っていた。最後にはスザンナが登場し、「とうとうその時が来た」とレチタテイーボを歌い始め、オーボエとピッチカートの伴奏で「早くおいで、喜びの時よ」と明るく歌い出した。良く見るとトンガリ帽子のスザンナに化けた伯爵夫人の前で、マルチェリーナに優しく見守られながら、伯爵夫人に化けた赤いドレスを来たスザンナが声を張り上げてこの美しいアリアを歌っていた。


  スザンナに化けたトンガリ帽子の伯爵夫人がウロウロしてケルビーノに見つかったところでフイナーレが開始された。ケルビーノは夫人をスザンナと思い込み、悪戯したり抱きついてキスをしようとしていたが、伯爵がケルビーノを見つけてしまう。伯爵はトンガリ帽子に近づくがケルビーノが邪魔で遂に腹を立て、ケルビーノを殴り飛ばすがそれが隠れていたフィガロに当たって一騒動。しかし、音楽のテンポが変わり、首尾良くトンガリ帽子を掴まえて、伯爵は「かわいい手だ」と撫で始め、持参金とは別にダイヤも上げようと上機嫌だった。しかし通行人がうるさくてスザンナに逃げられてしまっていた。
  フィガロは伯爵夫人を見つけて、スザンナの仕打ちをこぼしていたが、夫人がスザンナであることに気づき、からかってスザンナを怒らすが、やがて二人は仲直り。二人がまだスザンナを探してウロウロしている伯爵を見つけたので、憎い伯爵を懲らしめようと、伯爵夫人とフィガロの逢い引きを演じてみせた。すると伯爵は見事に引っかかり、「悪人ども」と大声を上げて皆を呼び寄せ、お許しをと叫ぶ皆を前に「絶対に、許さない」と叫んでしまっていた。そこへ陰からトンガリ帽子の伯爵夫人が現れたので、伯爵はビックリ仰天。「許しておくれ」と深々と頭を下げる伯爵を、「私は貴方よりも話が分かりますから」と素直に許す伯爵夫人を見て、どうなるかと心配して見つめていた従業員一同は胸をなで下ろし、一安心していた。音楽が変わり最後の全員の合唱では、従業員一同が勢揃いし、重唱で和解を祝う喜びの歌となって、和やかに歌われ大団円となっていた。



  浮気で手が早い旦那と気位の高い夫人、夫妻の世話をする結婚直前の恋人同士、女性と見ればじっとしていられない若い少年、これらをとりまく大勢の男女の従業員など、遠い昔も現在も変わらない一つの組織の人間関係を、ニューヨークのビルの一室で現代風に描いて見せた「フィガロの結婚」であった。ケルビーノがアイスホッケーの選手の姿で出て来たり、バジリオがホモスタイルの怪しげな格好で出て来たり、スマートなビル管理人のアントニオが出て来たりしてさすが現代だとビックリさせられたが、見慣れて来て吐くセリフが同じであれば、いつの間にか格好はどうでも「これはフィガロ」と納得して見ている自分に気がついた。さすが読み替えオペラの元祖であるとか、古典であると言われるだけの考え抜かれた主人公たちが画面の中で活躍をしていた。これだけ確認すれば、ここにアップロードする価値はあるのであろうが、しかし何度も見たくなるような映像ではないと思われた。




  クレイグ・スミスの指揮はこのシリーズでしか知らないが、いつも比較的ゆっくりしたテンポで歌手が歌いやすいように指揮をしており、音楽面ではまずまずの結果を残していた。画面は幕も舞台もなくスタジオ収録のように見えたが、解説によるとアン・デア・ウイーン劇場でオーケストラ演奏のもとで収録されたようであり、クローズアップが多い歌手たちの動きや汗をかく姿を見ていると、非常に訓練されたアンサンブルが良い演技上手の歌手たちであったと思われる。部分的にセリフの一部が都合良く変えられたりしていたが、アリアの省略はなく、当時としては習慣に囚われない原点に立ち返った演出であったと思われる。ただし、第三幕の進め方は従来通りの版で演出されていた。歌手の歌い方は、自由に歌われていたが、殆どの歌手は繰り返し以降は装飾音を加えて自由に歌っていたのも当時としては珍しかった。
  歌手陣ではフィガロ役のシルヴァンが安心して見ておれる活躍をしており、また伯爵夫人のウエストの第三幕のアリアは作戦の司令塔たるしっかりした強い伯爵夫人を演じており存在感を見せていた。これら以外は伯爵の尋常ならざる異常なほどの嫉妬心には首を傾げざるを得なかったし、スザンナもパットせず、ケルビーノのホッケースタイルも歌も頂けなかった。マルチェリーナの活躍と第4幕のアリアは素晴らしかった。

  P.セラーズはモーツアルトの時代の組織の人間関係も、200年後の現代の組織の人間関係も余り変わっていないと主張したいのであろうが、この映像を見て、残念ながら、目新しい舞台の辻褄が合っているかどうかが気になりすぎて、肝心の豊かなオペラを見たり味わったりという満足感や充足感は得られなかった。この気持ちは、私の場合には、どのような読み替えオペラであっても、多かれ少なかれ、共通する味気なさとなって付きまとう。P.セラーズの言う「古くて死んだも同然のオペラ」であっても、私はまだまだ時代は古くても新たな満足感が得られる演出上の創意や工夫が残されていると信じて、新しい映像と取り組みたいものだと考えている。

(以上)(2010/05/13) 

 

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