10-4-2、ヤーコプスの「フィガロの結婚」K.492、ジャン・ルイ・マーテイノテイ演出、オーケストラ:コンチェルト・ケルン、抜粋版(5-4-1)を新たに追記改訂、04/06/21、パリ・シャンゼリゼ劇場、


−歌手が自由に伸び伸びと歌い、簡素ながら絵で舞台を飾ったフランス風の明るく楽しい「フィガロの結婚」、若い伯爵夫人、初々しいスザンナ、一花咲きそうなマルチェリーナに可愛いケルビーノが絡みあう新鮮な人間関係が見もの−

10-4-2、ヤーコプスの「フィガロの結婚」K.492、ジャン・ルイ・マーテイノテイ演出、オーケストラ:コンチェルト・ケルン、抜粋版(5-4-1)を新たに追記改訂、04/06/21、パリ・シャンゼリゼ劇場、
(配役)フィガロ;ルーカ・ビサローニ、スザンナ;ローズマリー・ジョシュア、伯爵;ピエトロ・スパニヨーリ、伯爵夫人;アネット・ダッシュ、バルトロ;アントニオ・アベーテ、マルチェリーナ;ゾフィー・ポンジクリス、ケルビーノ;アンゲリカ・キルヒシュラーガー、バルバリーナ;ボーリーン・ユーテイン、
(06年2月16日に、甲府市の森田浩之さまによりNHK放送を収録した私的DVDによる)

  この映像は、04年6月のパリ・シャンゼリゼ劇場からのライブであり、ルネ・ヤーコプス指揮のジャン・ルイ・マーテイノテイ演出による「フィガロの結婚」である。これまでNHKの教育テレビの芸術劇場という番組から録画した抜粋版で(5-4-1)としてアップしていたが、これを見た甲府市の森田浩之さまから全曲盤のDVDを送って下さったので、遅ればせながら感謝の意を込めて、改めて見直してアップロードしたものである。

  ヤーコプスのダ・ポンテ・オペラは、 2-5-1でご紹介したエクサン・プロヴァンス音楽祭の「コシ」以来であり、この時もオーケストラはコンチェルト・ケルンによる古楽器演奏であった。演出は原作に忠実な伝統的なものに目新しさを加えた安心して見ていれるものであった。なお、現在では、 2006年10月にフライブルグ・バロックオーケストラを使った「ドン・ジョバンニ(9-2-3)」の映像が発売されており、ヤーコプスの三部作をこのHPで見ることが出来るようになっている。

  配役は、流石にヤーコプスの目にかなった歌も良く芸達者な人達を揃えており、中でもフィガロや伯爵が実に存在感を示していた。また、ケルビーノに最近各方面からもてもてのアンゲリカ・キルヒシュラーガーが格好の良い演技と歌を披露して目立っていた。さらに、新人の若き伯爵夫人、アネット・ダッシュ、初々しいスザンナのローズマリー・ジョシュア、一花咲きそうなマルチェリーナのゾフィー・ポンジクリスを競わせるように活用して、新鮮な若い人間関係を築き上げていた。私はヤーコプスの以前に出たCDを残念ながら聴いていないが、この映像を見る限り、音楽も古楽器色がそれ程強くなく、演出も古き良き時代を偲ばせながらも何処か目新しいものが溢れ、楽しみながら見て聴ける「フィガロ」であると感じさせるものあった。

 序曲が軽快に始まりヤーコプスの指揮振りと女性が多いコンチェルト・ケルンの演奏振りを映し出す。早めのテンポで弦が少しぎすぎすし、テインパニーが目立ついかにも古楽器風な音づくりであるが、オーケストラの全体の響きは厚く、幕開けが楽しみになる序曲であった。
 第一幕は大きな椅子がある広い部屋。沢山の意味ありげな絵が小道具替わりに雑然と置かれた舞台で、フイガロとスザンナの二重唱で明るく始まったが、何とフィガロが30,40とスザンナのサイズを測っていた。ここはシャンゼリゼ劇場で、さすが演技が上手く洒落ている。次のデイン・デインの二重唱も二人のやり取りが実に楽しく、良く響くフォルテピアノに導かれスザンナの口調も滑らか。話を聞いて怒ったフイガロが、チェロとフォルテピアノの伴奏で激しく、しかしゆっくりとカヴァテイーナを歌い出した。良く見ると整髪用の人形の首を伯爵に見たてて、怒りの一撃を加えようとしていた。



  若くて派手な衣裳のマルチェリーナとバルトロが登場し、バルトロのアリアがオーケストラやフォルテピアノの巧みな伴奏もあって、実に朗々と歌われる。続くマルチェリーナとスザンナの口論の二重唱も、二人の動きと表情が愉快であった。スザンナが一人になると革の長靴が良く似合うケルビーノが登場し、舞台を駆けめぐって熱病のように女性に惹かれる自分の気持ちを熱心に歌う。真に迫っていてこれもとても面白かった。



  伯爵とバジリオが登場し、スザンナとの三重唱が大きな椅子を巡って歌われ、隠れていたケルビーノが見付かって仕舞うなど、実に楽しく奇抜で滑稽な場面が展開された。そしてバジリオに「コシ・ファン・トッテ」と歌われてしまっていた。若い娘たちの合唱も賑やかで伯爵を喜ばせたが、特権廃止のお礼と歌われて、意地悪になった。この幕の最後では、フィガロの堂々たる「もう飛ぶまいぞ!」でケルビーノが即席の辞令を渡され、もう軍人だとばかりに少し虐められて、賑やかに幕となっていたが、あちこちに新しい工夫が見え、何度見ても新しい発見があった。



 第二幕は絵を多少変えた同じく乱雑な舞台で、伯爵のスザンナへの趣を知り苛立ちヒステリー症状の若々しい伯爵夫人が「愛の神よ」と歌う。横になりながら高い声で歌うのは至難の技か。フィガロとの伯爵を懲らしめる作戦に賛成して、続くケルビーノの歌は、伯爵夫人のチェンバロ伴奏で歌はれるのが初めて見る演出。歌はなかなか良く、伴奏も効果的で、後半はかなり自由に歌っていた。スザンナの着せ替えのアリアで女の子になったケルビーノが、リボンの話から伯爵夫人とキスをした時に伯爵の声が聞こえてさあ大変。伯爵と夫人の言い争いの三重唱に続き、ケルビーノとスザンナとの「早く、早く」の二重唱も楽しく、舞台から飛び降りた瞬間にフォルテピアノがジャンと鳴る芸の細かな部分など、新しい見せ場の辻褄が良く合って感心して見ていた。



  伯爵夫人が自白したため、伯爵がケルビーノと思い込んだところにスザンナが「シニョーレ」と顔を出したので、二人が驚くところからフィナーレへと走り出し、伯爵の平謝りの三重唱となり、フィガロが現れてフィガロの知らぬ存ぜぬの四重唱に発展し、伯爵とフィガロはまさに一触即発の状態。植木鉢を手にしたアントニオが客席から梯子で舞台に登場し、五重唱となって、慌ててビッコの振りをするフィガロが面白い。最後には伯爵の「静まれ、静まれ」の元気の良い七重唱となって一気に進行するが、実に人物が生き生きとして良く動き舞台から目を離せなかった。

 第三幕は抜粋版ではかなり省略されていたが、正常な順番で演奏されていた。不機嫌な伯爵の前に夫人の命令でスザンナが現れ、伯爵のご機嫌を取りながら、夜の逢い引きの約束を取り交わす。伯爵はスザンナと最後にはキスをして、遂に仕留めたぞと喜んだその時に「訴訟に勝った」というスザンナの声を聞いて大驚き。続く自問自答のレチタテイーボに巧みな演出があり、さらに伯爵のアリアは怒りに満ちて堂々と歌われて迫力一杯であった。続いてフォルテピアノの賑やかなバルバリーナとケルビーノのレチタテイーボがあり、伯爵夫人が現れた。彼女は計画が大胆すぎないか自答し、召使いの服と取り替える情けなさを嘆くレチタテイーボのあとに、美しい伴奏で「あの美しい時は」と歌っていたが、この人は後半の劇的な歌い方に迫力があり大拍手を浴びていた。



  裁判が終わった場面からフィガロがマルチェリーナの息子のラファエロと分かって喜ぶ珍妙な六重唱が始まり、スザンナがマルチェリーナと抱き合って喜ぶフィガロを平手打ちにして、マードレ・パードレのおかしな四重唱が歌われて、二組の結婚式を挙げようということになった。その報告を伯爵夫人にしてから手紙の二重唱となったが、ここではあっさりと歌われてしまって拍子抜け。しかし、これは好みの問題か。
  そこへ村の娘たちが大勢で登場し、ケルビーノも混じっていたが、レチタテーボになってフォルテピアノが賑やかになり、ケルビーノがアントニオと伯爵に捕まって、全てがばれてしまった。そこへフィガロが結婚式だと現れたが、伯爵に捕まって一触即発の状態だったが、行進曲に救われていた。夫妻が席に着き、新妻二人も席について、バルバリーナとケルビーノの二重唱で新妻が伯爵から髪飾りで祝福され、スザンナが上手に伯爵に手紙を手渡して全員の踊りが始まり、最後に伯爵の挨拶で第三幕は結びとなっていた。

 第四幕は古楽器風のテンポで歌われたバルバリーナのアリアで始まり、マルチェリーナとフィガロがバルバリーナを助け、「松の木」のことまで聞き出してカンカンになっていた。マルチェリーナが母親らしくフィガロをなだめるが聞かない。そこで彼女は娘たちの前で、「牡ヤギと牝ヤギ」は仲がよいと教訓めいたアリアを歌い出したが、やがてメヌエットのリズムになり高い声が要求される難しいアリアになって大拍手。フィガロが大騒ぎするので、バジリオやバルトロも駆けつけ、バジリオが「未熟だった若いころは」と教訓めいた歌を歌い出し、さらに「ロバの皮」のアリアではメヌエットになって賢くなれと歌っていた。いつも省略される二人のアリアもなかなか味があって面白かった。続いてフィガロが顔を出し、「準備は出来た」とレチタテーボを歌って、スザンナへの怨みのアリアを早口で歌っていた。
  学芸会の真打ちには矢張りスザンナのアリアが登場するが、何とこの演出ではフィガロが見ているのを知って、スザンナに化けた伯爵夫人が「もう時がきた」とフィガロをからかって歌っており、アリアでは伯爵夫人に化けたスザンナが衝立の陰で歌って、フィガロを完全に欺いていた。




  やがてフィナーレに入り、舞台ではバラなどの庭の花の大きな絵が沢山置かれ、絵の影からいろいろな人物が出入りする演出になっていた。スザンナに化けた伯爵夫人が伯爵に足を触らせて、上手く指輪を手に入れるのも珍しい演出だった。最後の赦しの場面ではヤーコプスは音楽のテンポを落とし、続く全員集合の中では伯爵と伯爵夫人が仲良く歌い、これを讃える全員合唱の場面が盛り上がって実に印象的であり、素晴らしい「フィガロの結婚」の大団円を見せてくれた。






 終わってみれば、舞台には凄い拍手と歓声が飛び、非常に人気のある舞台であるとしみじみ感じさせた。ヤーコプスのオペラは、前回の「コシ」でも感じたことであるが、歌手が伸び伸び歌い、繰り返しには自由に変化や装飾をつけさせていた。レチタテイーボにおけるフォルテピアノもかなり自由に弾いており、それが時にはハッとする意外な効果を発揮していた。この舞台は、いろいろな絵が舞台に置かれ、それが背景や小道具として活用され、巧みに演出に使われていて非常に面白かった。人物たちが格好良く、舞台の上で生き生きと活躍するのが、この劇を生んだパリ風の舞台かと感じたりもした。

   この映像は最初は抜粋で見ていたが、筋が分かるように丁寧に編集され工夫されていた。しかし、マルチェリーナとスザンナの掛け合い、手紙の二重唱、伯爵夫人の第三幕のアリア、第四幕のスザンナのアリアなどが省略され、大好きな美しい音楽が時間の関係で犠牲になっていた。しかし、さすが全編のDVDはこの物足りなさを吹き飛ばしてくれた。何回見てもこの演出ならではのちょっとした新しい工夫が目につき、重要なものしか指摘しなかったが、フィガロを知り尽くした工夫であり、新鮮さを感じた。このように解釈を深めれば、現代風な読み替え劇などは工夫の無さを示すようなものであり、不要であるとさえ思った。

  終わりに、最後のカーテンコールでは、ケルビーノ、伯爵、伯爵夫人、スザンナ、フィガロの5人が素晴らしい拍手を浴びていたが、これら主役を助けるバジリオ、バルトロ、マルチェリーナ、バルバリーナもそれぞれ1曲ずつ歌って存在感を見せており、センスの良いフォルテピアノに合わせたレチタテイーボが抜群の出来であったことを付け加えて置きたい。ヤーコプスの映像のダ・ポンテ・オペラ3本はいずれも素晴らしい出来で、読み替え劇に安易に新しさを求める現在の風潮に、一矢報いる新鮮な映像であったと思われる。

また、最後に思い出したのであるが、モーツアルトがこのオペラを初演した当時の伯爵夫人は、少なくとも20代後半ぐらいのまだ若きロジーナであって、理想とされてきたシュワルツコップのLPの伯爵夫人より遙かに若かったのではないかというヤーコプスの問題提起を実践した映像であると、確か加藤浩子先生に教わった。この映像の伯爵夫人であるアネット・ダッシュが、このオペラ以降に、06年ザルツブルグ音楽祭ではヘンゲルブロックの「牧人の王」のアミンタ役(7-3-4)で素晴らしかったり、ケント・ナガノの「イドメネオ」でエレットラ役(9-8-3)で大成功したり、ド・ビリーの「ドン・ジョバンニ」でドンナ・アンナ(10-4-3)で健闘している。この映像を改めて見て、今後の彼女の活躍を大いに期待したいものである。

(以上)(10/04/01)


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