(最新収録のソフト報告;シフの弾き振りによるオペラ的なニ短調ピアノ協奏曲)
10-3-4、アンドラーシュ・シフとカペッラ・アンドレア・バルカによる世界最古の屋内劇場におけるドン・ジョバンニ序曲とピアノ協奏曲ニ短調K.466、2008年、テアトロ・オリンピコ劇場、イタリア・ヴィチェンツア、

−モーツアルトのピアノ協奏曲は歌手のいないオペラであるから、ここでピアノ協奏曲を演奏すれば全ては想像の中でオペラのように展開していくであろう。シフは熟慮の末にこの劇場での彼自身の演奏会を構想し、彼の率いる彼自らのオーケストラとともにこの劇場に登場した。この映像はそのコンサート記録であり、映像はシフ自身のこのオリンピコ劇場への思いから始まっている。 −

(最新収録のソフト報告;シフの弾き振りによるオペラ的なニ短調ピアノ協奏曲)
10-3-4、アンドラーシュ・シフとカペッラ・アンドレア・バルカによる世界最古の屋内劇場におけるドン・ジョバンニ序曲とピアノ協奏曲ニ短調K.466、2008年、テアトロ・オリンピコ劇場、イタリア・ヴィチェンツア、
(2010年2月26日、クラシカジャパンの放送をBD-025にSPモードで録画)

  ヴィチェンツアにある最古の屋内劇場とされるテアトロ・オリンピコ劇場で、ピアニストのアンドラーシュ・シフはこの劇場の舞台に立ったとき、モーツアルトを思い浮かべ、彼のオペラ「ドン・ジョバンニ」が目に浮かんだという。そして、この環境なら演出家は必要ないし、各自が役割を果たせばそれでよい。モーツアルトのピアノ協奏曲は舞台と歌手のいないオペラであるから、ここでピアノ協奏曲を演奏すれば全ては想像の中でオペラのように展開していくであろうと考えた。シフは熟慮の末にこの劇場での彼自身の演奏会を構想し、彼の率いる彼自らのオーケストラとともにこの劇場に登場した。この映像はそのコンサート記録であり、映像はシフ自身のこのオリンピコ劇場への思いから始まっている。



  私はこの劇場を2度訪れているが、残念ながら演奏会を聞く機会がなかった。しかし、映像では、例えば古くはアーノンクールとポネルのオペラ「ポントの王ミトリダーテ」(1986)はこの劇場で収録されており、またチェチーリア・バルトリの「ライブ・イン・イタリー」という歌曲集(1998)のDVDはこの劇場でのライブであった。(いずれも残念ながら未アップのソフトであった。)従って、この劇場の演奏会のイメージは持つことが出来るが、シフが言うようにモーツアルトのピアノ協奏曲が、あたかもオペラのように展開されるかどうかは良く分からない。この劇場は、客席数が450に満たないローマ風の劇場スタイルであるが、奥行きのある舞台と壁にはめ込まれている沢山の威厳のある彫像が無言の聴衆となっており、演奏家は独特の歴史的な雰囲気の中で演奏を強いられるものと思われる。
  私はシフのこの劇場への思いがどのように協奏曲の演奏に反映され、この劇場のライブ映像でピアノとオーケストラが想像の中でどのようにオペラ的に展開されるものかを考えてみたいと思った。そしてこの演奏が面白いので、4月の例会で皆さんにも早く見ていただきたいと思い、急遽、アップロードを行おうと考えたものである。



オーケストラのカペッラ・アンドレア・バルカ(Cappella Andrea Barca)は、1999年から2005年までの「モーツアルト週間」でシフのピアノ協奏曲連続演奏会のために編成された団体であり、楽員は特定のオーケストラに拘束されない優れたソリストまたは室内楽奏者により編成されている。コンサートマスターにはウイーン・コンツエントウス・ムジクスのエーリヒ・ヘーベルトが兼ねており、シフの日本人の奥さんの塩川悠子さんの顔も見えた。2本のトランペットのみが古楽器のようであり、コントラバスが左右に分かれて3本の構成の中規模オーケストラであった。



  「モーツアルトの協奏曲は歌手のいないオペラのようである」とは誰が言い出したかは分からないが、K.200番台のヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲が登場して、その中の独奏楽器部分の華麗さを評して、「これは彼のオペラにおけるアリアの作風と同じだ」と語られて来たことは記憶しており、幾つかのドキュメンタリーで確かめることが出来る。  例えば、ロバート・レヴィンは、モーツアルトの独創性を理解する鍵はオペラにあるという話(5-5-3)から、協奏曲のソロパーツの導入時にはオーケストラを入れないという手法を、ヴァイオリン協奏曲の第5番イ長調K.219の中で取り上げ、この曲の独奏ヴァイオリンの華やかさはオペラのアリアの作り方からきていることを述べており、なかなか説得力ある語りであると感じた。また、ピアニストのランランがハ短調ピアノ協奏曲K.491を弾きながら、「モーツアルトはドラマだ。多くのキャラクターが現れる。」(6-8-1)と、まるでオペラを見ているようだと目を輝かしながら説明していた。さらに、ピアニストのアンスネスが、ニ短調のピアノ協奏曲K.466の不安な表情や「不協和音」四重奏曲K.465の序奏の複雑さなど(6-8-1)のように不安と恐怖に満ちた落ち着かない曲が書かれたのは、歴史上初めてだと語り、シフと同様に指揮をしながらピアノを弾いていた。



  今回のシフのニ短調協奏曲の演奏においては、まずオペラチックなイメージが得られやすい劇場と舞台の選定に加えて、次のような特徴が際立っていた。
1)ピアノ協奏曲の演奏に入る前に、オペラ「ドン・ジョバンニ」序曲が選定され、思い入れ豊かに序曲の演奏が行われた。
2)シフが自らの意図を徹底させるために弾き振りをし、オーケストラはコンサートマスターを含めて、指揮者兼ピアニストの意図を十分に心得ていた。
3)オーケストラもピアノも、合奏でもソロでも、意欲的にそれぞれが持ち味を発揮して、各主題はアリアのように美しく良く歌われ、それぞれの存在感を示していた。
4)この演奏独自のオペラチックな印象を残すためか、協奏曲のフィナーレ楽章の最後のカデンツアでは、「ドン・ジョバンニ」序曲を回想して、締めくくっていた。
  シフの以上のようなオペラチックな発想による試みが成功するか良く聴いて見たい。



  「ドン・ジョバンニ」序曲は、冒頭が騎士長の石像が登場した時の総奏による二つの大和音で始まり、ドン・ジョバンニと石像が叫ぶ声と足音が聞こえ、それから第一ヴァイオリンによるドン・ジョバンニが応答しレポレロがおののく不安げな声が聞こえ、続いて第一ヴァイオリンとフルートがクレッシェンドで上昇しピアノで下降する石像の来訪の声がオーケストラで聞こえてきた。しかし、シフによるこの長い序奏部は、経験からやや弱い感じに聞こえ、これはシフの指揮振りにも、編成の小さなオーケストラにも原因がありそうであった。序奏が終わると一転してソナタ形式となり、モルトアレグロの軽やかな第一主題が第一ヴァイオリンで現れて、華麗で激しい経過部を経て、力強く弾むような第二主題も現れて一気に進行する。シフはこの軽快な主題を楽しんでいるように進行させていた。短い展開部では第二主題の冒頭が激しく繰り返されており、再現部へと進行し型通りに進んでいたが、最後の部分は演奏会用の結びを使っていた。



     序曲が終わったあとそのまま一呼吸置いてから、シフはそのまま指揮を続けてピアノ協奏曲の第一楽章の暗い表情の弦による第一主題(1)が始まっていた。フルオーケストラで繰り返されるこの低減の三連符とシンコペーションのリズムは実に重々しく、やがて現れるオーボエとフルートによる明るい副主題(2)が表れてホッとするが、そのまま経過部となり、オーケストラが高まりを見せながら主題提示を終えていた。そこで独奏ピアノが新しい導入主題(3)を提示しながら明るく歌い出す。ピアノの音がクッキリと澄んでいて実に美しく、まさに主役の登場であった。シフはアクセントを付けながら弾き出していた。そして第一主題(1)の不気味なリズムに支えられながらピアノが細やかなフレーズで走り出してから第一主題(1)を再提示した。そして明るい副主題(2)を木管とピアノで提示してから、おもむろに初めて独奏ピアノが第二主題(4)を晴れやかに美しく提示した。これは別の主役の登場のように聞こえ、ピアノがクッキリと響き、オーボエとフルートに主題が引き継がれ、独奏ピアノが早い走句で縦横に走り廻り、ピアノの技巧を示しながら突進し、やがてシフが立ち上がって指揮をしながら主題提示部をしっかりと締めくくっていた。
  展開部では独奏ピアノによる導入主題(3)で始まり、オーケストラと独奏ピアノが交互に高まり合いながら進行し、後半では第一主題冒頭のリズム(1)が現れて、独奏ピアノの目まぐるしい技巧的なパッセージが激しくオーケストラと重なって進み、力強く終結していた。再現部では、オーケストラの第一主題(1)が途中からピアノが活躍してオーケストラを従えながら進行し、第二主題(2)では独奏ピアノの後は木管とピアノが交互に主題を提示したり、木管が主題を提示したりして進みながら、独奏ピアノの走句となり、盛り上がりながらカデンツアへと突入して行った。シフはベートーヴェンのものを丁寧に弾いていたが、このカデンツアは、これまで出て来た異なる主題が上手に組み合わされ回想するように弾かれていた。



     続く第二楽章はロマンスと題されており、独奏ピアノによる夢を奏でるような楽章であろうか。初めに独奏ピアノが実に美しくて優雅な主題(5)をゆっくりと弾きだした。そして主題全体を呈示した後、静かに木管と弦楽器に渡されて行き、その後は独奏ピアノを交えながら歌うように進行していた。続いて独奏ピアノがさらにトーンを変えて別の新しい主題(6)を提起するが、これはこの上もなく美しく弦の伴奏で進行し、シフはウットリとした表情を見せながら弾き進み、再び最初のロマンス(5)にゆっくりと戻っていた。そこへ、突然、まどろみをぶち壊すような激しい独奏ピアノが、意表をついて疾風怒濤のように激しい上昇音形で鍵盤上を駆けめぐり(7)、木管が後押しをしながら繰り返され、素晴らしいスピードのまま盛り上がった後に静かに収まりを見せていた。穏やかなロマンス主題に対し中間部での意表をついた激しい変化はまさに対照的であり、これこそオペラチックな激変の現れであろうか。しかし、激しい嵐が去ると再びあの美しいロマンス(5)に戻ってゆっくりと進行し、まどろむように終息していた。







  フィナーレはまだ前の楽章の激しい独奏ピアノの余韻が残されているかのように、アレグロ・アッサイの早い上昇する第一主題(8)が独奏ピアノで始まり、これがオーケストラに渡されてトウッテイで反復され拡大され、続いて独奏ピアノが従属主題(9)を提示して経過部に発展していた。そこへ矢張り独奏ピアノが軽快な第二主題(10)を提示して行き、オーケストラにより反復されてからフルートによりこれに従属する主題(11)が提示され、これが提示部のエピローグに発展していた。シフのピアノは終始軽快そのもので、ここではいつもオーケストラを従えながら進行していた。続いて展開部なしに再現部に移行していくが、この変化点で独奏ピアノが即興的なアインガングを入れながら再現部に突入していた。再現部ではほぼ型通りに提示部を再現していたが、エピローグの最後にカデンツアが組み込まれていた。このカデンツアはドンジョバンニの序曲の冒頭を独奏ピアノが奏するもので、二つの大きな和音をフォルテで弾いた後、序曲を回想するかのようにピアノで弾き始めてからフィナーレ主題に立ち戻り、全体を引き締めるように独奏ピアノが存在感を示しながら最後のコーダに突入し、フィナーレを終結していた。



  シフのピアノは見ていて会心の出来映えであり指揮振りも順調で、演奏が終わると歓声と拍手が湧き起こり会場は騒然となっていた。シフは丁寧に挨拶を繰り返し、コンサートマスターや奥さんとは肩を抱き合いながらお互いの健闘を讃えていた。しかし、途中で予め用意していたかのように、アンコールとしてバッハの半音階的幻想曲とフーガニ短調BWV903を淡々と弾き始めた。この曲はピアノ協奏曲での高揚した気分を現実に引き戻してしまうような単調さで弾かれていたが、フーガに入ってからは力強さを増して緊張感を高め、この面白いコンサートを終えるに相応しい雰囲気で独奏ピアノは終息していた。



  このシフの面白い発想による歌手のいないピアノ協奏曲のオペラ的演奏をイメージしやすくするため、いつもよりきめ細かく丁寧に聴いてこの曲の主題構成を整理し、主題として現れた旋律の譜面を付け、文面にその番号を参考のため添付してみた。 全体を総括してみると、このニ短調協奏曲は、通常のシフの演奏よりも各所で感情的な高まりが見られ、独奏ピアノも煌びやかに弾かれていたが、矢張りこのピアニストはその限度を心得ており、基本的には淡々とした冷静な演奏に見えた。私の個人的な見解であるが、「ピアノ協奏曲はドラマだ。沢山のキャラクターがいる」と語っていたランランのようなピアニストに同じような試みをしてもらいたかった。彼なら環境が整うと、その雰囲気に合わせて主観を込めて演奏し、ドラマのような協奏曲を弾いてくれるかもしれない。

ピアノ協奏曲第20番ニ短調の概略主題構成とその主要主題譜面

第一楽章、アレグロ、
ニ短調、4/4拍子、協奏曲的ソナタ形式、
 第一提示部;オーケストラによる第一主題(1)−副主題(2)−コーダ、
 第二提示部;独奏ピアノ・アインガング(3)−第一主題(1)−第二主題(4)−コーダ、
 展開部;アインガング主題(3)−第一主題(1)、
 再現部;第一主題(1)−副主題(2)−第二主題(4)−カデンツア−コーダ、

第二楽章、ロマンス、変ロ長調、2/2拍子、三部形式、
 第一部;主要主題(5)−従主題(6)−主要主題(5)、中間部;繰り返し主題(7)、
  第三部;主要主題(5)、

第三楽章、アレグロ・アッサイ、ニ短調、2/2拍子、展開部なしのソナタ形式、
 提示部;第一主題(8)独奏ピアノとオーケストラ、副主題(9)独奏ピアノとオーケストラ、
  第二主題(10)独奏ピアノとオーケストラ−副主題(11)−コーダ、
 再現部;第一主題(8)独奏ピアノとオーケストラ、副主題(9)独奏ピアノとオーケストラ、
  第二主題(10)独奏ピアノとオーケストラ−副主題(11)−コーダ−カデンツア−コーダ、


(以上)(10/03/05)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


名称未設定