(懐かしいLDより;ベルイマン監督により映画化された「魔笛」K.620、)
10-12-3、エリック・エリクソン指揮、スエーデン放送交響楽団、イングマル・ベルイマン監督による「魔笛」K.620、スタジオ録音1974年、ストックホルム、

−ベルイマン監督の狙いは、オペラ「魔笛」を素材にして、これに登場する人間の表情の豊かさを捉えようとした映画作品であり、単なるオペラの映像を超える感動的な芸術作品なのであろうと思われた。この映像をオペラ映像として見た場合、かなり大胆なリブレットの順序変更があったり、省略されたレチタテイーボやアリアがあったり、繰り返しの省略などが大幅に行われていた。従って、この映像はオペラの映像の枠組みを超えた映画作品であるとここでは考えたい−

(懐かしいLDより;ベルイマン監督により映画化された「魔笛」K.620、)
10-12-3、エリック・エリクソン指揮、スエーデン放送交響楽団、イングマル・ベルイマン監督による「魔笛」K.620、スタジオ録音1974年、ストックホルム、
(配役)ザラストロ;ウルリック・コールド、タミーノ;ヨーゼフ・コストリンガー、夜の女王;ビルギッド・ノーデイン、パミーナ;イルマ・ウルリラ、パパゲーノ;ホーケン・ハーゲゴード、パパゲーナ;エリザベート・エリクソン、その他、
(1989年05月20日購入、東芝EMI株式会社、LD、WV045-3508/9。本稿は、2005年12月24日、クラシカジャパンの放送をデジタルテープ130.1に収録したものを使った。) 

    12月号の今年最後の第三曲の「魔笛」については、スエーデンの名映画監督ベルイマンによる有名な映画「魔笛」をアップしたい。これはクリスマス時期にアップすることになるので、最も子供たちが喜びそうなメルヘン調の強い映像を取り上げようとしたものである。この映像も有名なオペラ歌手は地元のハーゲゴート(パパゲーノ)だけであるが、これほど天真爛漫で美しく詩的に描かれた「魔笛」はないとされ、エリクソン指揮スエーデン放送交響楽団の演奏した音楽に映像を貼り付けた異色の名作とされている。しかし、子供向きの映画とされスエーデン語で歌われるほか、雪の中でもストーリーが展開されるので、その辺がどう影響するか、久し振りで取り出して、じっくり味わってみたいと考えている。



    ドロットニングホルムスの宮廷劇場で序曲の三和音のファンファーレがゆっくりと始まると、突然に、緊張した少女の顔が次第にクローズアップされていた。やがてアレグロの主部に入ると客席の人々の顔が次々に映し出され、軽快に進行する序曲の間中、顔・顔・顔が続いていた。上演以来、このオペラを楽しんできた庶民のさまざまな顔であり、中にはモーツアルトの顔も2葉ほど、混じっていた。続いてこの劇場のお馴染みの木槌の音が聞こえてきて幕が開くと、舞台はメルヘン調の山奥の中、大柄な面白い怪獣に追われてタミーノが助けを呼び、助からないと倒れ込んで気絶してしまったが、三人の従女たちが駆けつけて怪獣を上から槍で倒してしまっていた。



    彼女たちはタミーノを介抱しながら賑やかな三重唱で誰が女王様に報告するかで口争いをしていたが、結局は三人で仲良く報告に出かけた。タミーノが気が付くと、舞台にはパンを吹きながら一風変わったパパゲーノが登場し、陽気な鳥刺しのアリアを歌っていた。二人が顔を合わせ、話し込んでパパゲーノが素手で怪獣を倒したと嘘をついたところへ、三人の従女が再び顔を出してパパゲーノを罰し、タミーノには手鏡を手渡した。この手鏡はi-Podのようにパミーナの動く姿を映し出しており、タミーノは一目見るなり「何と美しい姿」と歌い出し、パミーノの可愛い姿に一目で惚れ込んでしまっていた。



    三人の従女が、パミーナがザラストロに攫われたと説明していると、突然、雷鳴とともに舞台の奥から夜の女王が登場し、タミーノに娘を救ってくれとレチタテイーボで頼みながら「怖がらないで」とアリアを歌い出した。このアリアは良く見ると口パクであり、大歌手のものとは異なっていたが、しかし映画の迫力は十分。タミーノが渡された手鏡を覗くと、パミーナの後には何とあの怖いモノスタトスの顔が写っていた。女王様の贈り物としてタミーノには「魔法の笛」を、パパゲーノには「鐘の箱」を手渡され、これが身を守ってくれると言われて勇気百倍。空から現れた三人の童子に案内されて、二人は早速、元気よくザラストロの宮殿へと出発した。

   場面は変わって宮殿の奴隷部屋か、パミーナはモノスタトスに虐められていたが、そこへパパゲーノがポッカリ顔を出しモノスタトスと鉢合わせ。牢屋にぶち込まれてそこで出合ったパミーナに、パパゲーノはタミーノの絵姿の鏡を手渡して安心させ、すっかりうち解けた二人は、男と女の愛の喜びを明るく二重唱で歌っていた。

    フィナーレに入って、三人の童子に案内され「男らしく」と励まされたタミーノは、ザラストロの宮殿の前に到着し、そこでパミーナを救おうと決意を固めた。三つの入口で「下がれ」と脅されながら中央の入口から入ると、そこで老僧に出合った。タミーノは、パミーナを掠ったザラストロの宮殿かと尋ねると、彼はザラストロは善人だ、お前は女に騙されていると諭され、途方に暮れてしまった。しかし、姿の見えない声に「パミーナは生きている」と励まされ、感謝を込めて笛を吹くと、動物たちが喜んで出て来て一緒になって踊り出し、そのうちにパパゲーノのパンの音が答えるように聞こえてきた。


   元気を出して二人を探しに出かけると、舞台には入れ違いに、パパゲーノとパミーナが現れたが、二人はモノスタトス一行に囲まれてしまった。しかし、パパゲーノが気が付いて「鐘の箱」を取り出して鳴らすと、素敵なグロッケンシュピールが鳴り出し、一行は笑いながら踊り出してしまい一難は去ったが、遠くからザラストロ万歳の合唱の声が聞こえてきた。



    ライオンに牽かれた馬車に乗ったザラストロが「ザラストロ、万歳」の大合唱に乗って登場すると、パミーナは勇気を出してザラストロに報告。ザラストロはパミーナがタミーナを好きなことも含めて全て知っており、折からモノスタトスがタミーナを連れてきたので、二人は初めて再会した。ザラストロは、モノスタトスにご褒美として鞭打ちの刑罰を与え、パミーナには自由は与えられず、タミーノたちには試練のために目隠しをして神殿にと命じ、ザラストロ万歳の合唱とともに第一幕は終了した。



    映像では第二幕が始まる前に楽屋裏の出演者たちの休息の様子が紹介されていたが、ザラストロが登場すると「神官たちの行進曲」が静かに響いていた。幕が開くと神官たちが集まって会議が始まっており、中央のザラストロがタミーノとパミーナを導きたいと皆に説明し、賛同を得ると「イシスの神よ」とザラストロが祈るように歌い出し、それに続いて荘厳な合唱が続いていた。ここでザラストロはパミーナは自分の娘であると告げ、彼女のために闇の国の母親から引き離したと説明し、タミーノに資格があれば、一緒にさせて後を若者たちに任せたいと、非常に重要なことを全員に話して彼等の内諾を得ていた。
   タミーノとパパゲーナが呼ばれて、三つの試練を受けるため神殿に案内されていた。早速、夜の女王の三人の従女が現れて二人を誘い出し賑やかな五重唱となっていたが、パパゲーノはタミーノに叱られながらも相手にせず、何とか撃退して第一の試練はパスした。



    一方、月明かりの中で、モノスタトスが寝込んでいるパミーナを見つけて近づいて、「惚れれば楽しいさ」と早いテンポで歌っていたが、そこへ夜の女王が登場し、パミーナを見つけて近づいた。パミーナが目を覚ますと「お前はもはや私の娘ではない」と脅し、ナイフを手渡して「ザラストロを殺せ」と怖いアリアを激しく歌っていた。それを見ていたモノスタトスは、パミーナからナイフを取り上げて脅そうとしていると、ザラストロが現れた。パミーナは優しいザラストロに「母を許して」と心配そうに頼んでいたが、彼は「この聖なる神殿には、復讐はない」と歌って聞かせ、パミーナを安心させ、父親のように優しく励ましていた。



   場面が変わって、タミーノとパパゲーノは第二の試練を受けるため暗闇の場所に案内されていた。パパゲーノは、タミーノから口を聞くなと言われるが、退屈の余り手にしていた「鐘の箱」を取り出して、「おいらにも娘か女房が欲しいな」と明るく歌い出した。どうやら第21番のフィナーレの直前のアリアが第15番の次ぎに順序を変えて歌われていた。この歌を聞きつけて婆さんが出て来たので、パパゲーノは退屈しのぎに相手をしていると、相手の歳は18歳と2分で、恋人の名はパパゲーノで、何とすぐ目の前にいるという。俺のことかと驚いているうちに、婆さんは見事に若いパパゲーナに変身し、あっと言う間に逃げ出してしまっていた。彼女に一目惚れのパパゲーナは、彼女の名前を大声で呼びながら、必死になって探し回っていたが、果たして見つかるだろうか。



   一方のタミーノも手にした笛を何気なく吹き出すと、暗闇の中で笛の音を遠くから聞きつけて、パミーナが姿を表し声を掛けてきた。驚いたタミーノは、パミーナが相手でも口をきくことは許されない。黙り込んでいる情けない顔のタミーノを見て、パミーノは死ぬほど辛いと言いながら 「消え去ったのかしら。わが愛の幸せは、永遠に」と悲しそうにアリアを歌って、泣きながら暗闇に立ち去っていった。
   続いて三人の童子たちが空から現れ、パミーナの様子が変だと様子を窺っていた。パミーナはナイフを手にして悲しそうにしており、悲しみの余り気が狂いそうになっていた。それを見て童子たちが近寄り、短剣を取り上げて話しかけ、タミーノに会いに行こうと上手に誘って、飛行船に乗せてタミーノを探しに出発していた。



   一方のパパゲーノは、若くて美人のパパゲーノがどうしても見つからない。探し疲れて諦めて、雪の中の寂しい森の中で、一人で首でも吊ろうかと準備をして、大声で三つ数えると誰かが見つけてくれるだろうと数え始めた。しかし、誰も答えてくれない。いよいよ駄目かと諦めて、首を吊ろうとしたその瞬間、雪玉が沢山飛んで来て、三人の童子たちの生意気な声が聞こえてきた。「鐘の箱」を鳴らしてご覧と呼び掛けられて、大切な武器をすっかり忘れていたパパゲーノ。急いで箱の蓋を開けるとグロッケンシュピールが鳴り始め、驚いてパパパと思わず声を出すと、パパパとパパゲーナの明るい声が聞こえ始め、キョロキョロとお互いに探し求めていた。やっと会えた、もう逃がさない、俺の女房になってくれ、と二人は感動的な出会いをして抱き合ってしまっていた。



   宮殿では三つのファンファーレが鳴り響き、神官たちの厳かな合唱が聞こえており、やがて太陽が闇の世界を追い払い、タミーノが仲間に相応しいものになるだろうと歌われていた。そしてタミーノが第三の試練を受けるために、二人の衛兵が守る洞窟の入口に案内されてきた。衛兵たちの歌う朗々たるコラールの歌声に勇気づけられたタミーノが、試練に立ち向かおうと決意を固めた時に、遠くから「待って!」というパミーナの声が聞こえてきた。二人は話すことが許され一緒に試練を受けることが許されて、ピッチカートの伴奏に乗って「私のタミーノ、私のパミーナ」」と呼び合って劇的な再会をし、力を合わせて二人で一緒に火と水の試練を受けることにした。



    事情に詳しいパミーナが「私が先導するから、あなたが魔法の笛を吹いて」と言う。彼女は二人の愛の力と魔法の笛の音楽の力で、試練を乗り越えようという考えであった。二人は最初に火の燃え盛る洞窟に入り、タミーナの笛に導かれて、幽霊たちの暗躍する中をくぐり抜け、最初の試練を乗り越えた。続いて一息入れてから第二の試練の流水が流れ落ちる洞窟に入り、魔法の笛の音のお陰で二人は無事通り抜け、試練に耐えて合格した。二人は満足そうな明るい表情で神に感謝を捧げ、折から始まった「おめでとう、お二人よ」の大合唱に支えられて、元気よく宮殿に向かって歩き出していた。    宮殿の真下ではモノスタトスに率いられて夜の女王一行が忍び込んできた。そして全員が集まったところで気勢を上げようとしたところに、突然、轟音とともに崖が崩壊し一行は地中深く沈められてしまっていた。背後ではザラストロ一行の作戦が成功したようで、全員集合の大団円になっていた。



   太陽の国の王者ザラストロが、太陽の光が闇の夜を追い払ったと高らかに勝利の宣言をし、続いて試練を受けたタミーノとパミーナが中央で全員から「清められた二人に幸いあれ」と祝福されていた。そして全員の合唱で「イシスの神、オシリスの神」に祈りを捧げ、二人は合唱に合わせて中央でゆっくりと手を繋いで踊ってから、全員の大歓迎の中で祝福されながらめでたしめでたしの閉幕となっていた。しかし、この賑わいの中で、若い二人に道を譲って退席したザラストロの姿があり、もう沢山の子供を抱えたパパゲーノとパパゲーナの嬉しそうな姿も目についた。終わりに、この舞台を最初から、一喜一憂しながら、見守っていた女の子の姿も映し出されて、極めて印象的であった。



       この映像は映画であるが、実際にドロットニングホルムスの宮廷劇場で上演されたオペラ舞台を基に撮影されたものである。そのため、舞台で歌った皆さんがそのまま登場しているが、矢張り良く見ると口パクで撮影されていることに気が付いた。映画では自由自在にカメラを動かすことが出来、仕草ばかりでなく顔の表情まで克明に表されており、この映像も表情のクローズアップが多く、微妙な心の変化を捉えていたように思った。この人間の表情を捉えることが、このベルイマン監督の手法であり、序曲の顔・顔・顔もそうであるし、場面の変化に応じて顔の表情が一喜一憂する少女の表情の変化を良く追っていたように思った。
    この「魔笛」には、実際に、驚くほど多面性を持った場面が現れる。例えば陽気でユーモラスな側面があり、反面に一転して悲痛な悲しい場面があり、崇高で荘厳な一面があったり、軽妙で愛らしい側面もある。これらの絶えず変化する側面がある一方で、愛を讃えている暖かい側面が全編を一貫して貫いている。ベルイマンの狙いは、オペラ「魔笛」を素材にして、これらの人間の表情の豊かさを捉えようとした映画作品であり、単なるオペラの映像を超える感動的な芸術作品なのだろうと思われた。


   この映像をオペラ映像と見た場合、かなり大胆なリブレットの順序変更(第20番のパパゲーノのアリアを前に)があったり、省略されたレチタテイーボやアリア(第11番の神官たちの二重唱の省略)があったり、繰り返しの省略などが大幅に見られたが、オペラでなく映画としてコンパクトにまとめるためであったと考えれば、許されるのであろうか。

   以上のようなことから、この映像はオペラの映像の枠組みを超えた映画作品であるとここでは考えたい。ベルイマン監督も当初は、オペラの映像化という狭い考え方を持っていたようであるが、たまたま、スエーデン放送局の放送開始50周年記念事業として、テレビ番組の大作として依頼されており、また予算的にも恵まれた条件があって、舞台の映像化を超えた映画化になったという幸運が、この映画作品を生み出したようである。

   この映像は、当初はレーザー・デイスクでアップすることを考えていたが、2005年12月24日のクリスマスにクラシカジャパンで放送されたものをデジタルテープで録画していた。両者を較べると、デジタル録画の方が画質・音質ともに遙かに良くなり、それはアップしている写真の写り方を見れば一目瞭然のように思われる。これはたびたび放送を録画して感じており、LDが如何に不完全な寿命の短い商品であったかが良く理解出来そうである。

(以上)(2010/12/18)


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