(懐かしいLDより;サヴァリッシュとバイエルンSTOPの「魔笛」K.620、)
10-10-3、サヴァリッシュ指揮、バイエルン国立歌劇場、エヴァーデイング演出の「魔笛」、1983年ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場、

−サヴァリッシュのLDを見て、これは実に基本に忠実でオーソドックスな「魔笛」であり、安心して見ていれる、子供が喜びそうな伝統的なメルヘン風の楽しい舞台であると感じた。指揮者の悠然とした分かり易い指揮振りもあり、タミーノやパミーナ、パパゲーノ、夜の女王、ザラストロやモノスタトスに至るまで、見慣れ聴き慣れた大好きな人達が適確に歌って演じていることが、何よりも安心感や親近感に繋がり、これらが「オペラを見た」という豊かな満足感に繋がっているものと思われた−


(懐かしいLDより;サヴァリッシュとバイエルンSTOPの「魔笛」K.620、)
10-10-3、サヴァリッシュ指揮、バイエルン国立歌劇場、エヴァーデイング演出の「魔笛」K.620、1983年ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場、
(配役)ザラストロ;クルト・モル、タミーノ;フランシスコ・アライサ、夜の女王;エデイタ・グルベローヴァ、パミーナ;ルチア・ポップ、パパゲーノ;ヴォルフガング・ブレンデル、パパゲーナ;グドルン・ジーベルその他、
(1989年05月20日購入、日本フォノグラム、レーザーデイスク、60VCー913〜4、)


      11月の第三曲目は、サヴァリッシュとバイエルンSTOPの「魔笛」のLDであり、この映像は89年に入手した最初の「魔笛」の映像であった。この映像にのめり込んでいた時期に、「魔笛」については、LDでは北欧のエリクソンの映画、エア・チェックではレバイン・ポネルの82年ザルツ音楽祭のもの(9-5-3)およびショルテイの92年ザルツ音楽祭の当時の最新HV映像(2-1-2)などを見てきて、このオペラの深さを知ることになっていったが、私はかねてこのポップとグルベローヴァが出てくるこの映像が最も自然で自分の好みの映像であると思ってきた。最初に見た頃の印象と、その後最新の多くのDVDを見慣れている現時点において、改めて見ると印象がどう変化しているかを楽しみに見たいと思っている。この印象の変化が、私自身の進歩であるのかどうかも含めて、丁寧に見てみたいと考えていた。



    歌劇場の大シャンデリアが写され、サヴァリッシュが元気よく入場し、ゆっくりと冒頭の三和音がアダージョで始まって序奏が続いてから、アレグロの第一主題が軽快に弦の合奏で始まり、フルートとオーボエが対話を交わす第二主題が提示され繰り返されていた。提示部が終わると再び三つの和音が鳴り響き展開部から再現部へと序曲が勢いよく進展し、幕が開くと直ちに第一曲が開始されていた。



    「助けて」とタミーノが大きな蛇に追われて逃げてきて、岩山で様子を見ていた三人の従女が電子銃で簡単に蛇を倒してしまい、彼女たちの三重唱が始まった。倒れているタミーノを囲んで女三人の言い争いの三重唱になっていたが、良く見ると何とクライバーの「こうもり」のロザリンデ役のパメラ・コバーンが第一ソプラノを歌っていた。




    タミーノが気が付き辺りをキョロキョロ見渡していると、石山の上から笛の音とともにパパゲーノが登場し「おいらは鳥刺し」と元気よく歌い出した。ブレンデルのパパゲーノは実に懐かしく思わず惹き付けられる。タミーノと一悶着あり、嘘がばれて三人の従女にお灸を据えられたあと、タミーノは三人より手鏡を手渡され、それに見入って「何と美しい姿」と歌い出した。アライサの清らかな歌声が印象的で、次第に会いたいと願って情熱的になり、ザラストロに攫われたと聞いた所に、大音響とともに岩山が開き王冠を被った夜の女王が登場した。


    夜の女王は、驚く皆に「恐れなくても良い」と言い、あの娘を助けて欲しいと歌い出した。グルベローヴァは声が透き通るようで情感がこもり、後半にはアレグロのコロラチューラの技巧を尽くして歌い大変な歓声を受けていた。三人の従女から「魔法の笛」と「銀の鈴」を手渡されたタミーノとパパゲーノは、三人の少年の空からの道案内でザラストロの宮殿へと勇んで出発した。


    場面が変わってモノスタトスがパミーナを捕らえて監禁していた。そこへパパゲーノが現れて、突然の黒い男と鳥の人間の鉢合わせての珍妙な三重唱。パパゲーノは捕われた若い娘をパミーナと品定めし、心を許し合ってから二人の美しい二重唱となった。二人の歌は素晴らしく、これが「魔笛」の世界だとしみじみ思わせた。


    フィナーレに入って、三人の童子に案内されたタミーノが男らしくと励まされ、三つの入口を持つ宮殿の前に現れた。そしてパミーナを助けようと言う決意を固め、出て来た僧侶と押し問答となった。「ザラストロはそんな悪人でなく、お前は女に騙されている」と説得され、タミーノは頭を抱えたが、「パミーナは生きている」という合唱の声が聞こえてきて、勇気を出して笛を吹いてみた。すると動物たちが出て来て踊り出していた。続けて笛を吹いているうちに、パパゲーノのパンの音が答えだし、勇気百倍になっていた。入れ違いにパパゲーノとパミーナも現れ、互いに笛を吹き合っていた所にモノスタトス一行が登場し、二人は捕まってしまった。しかし、パパゲーノが銀の鈴を鳴らすと、その音色に驚いて皆が踊り出してしまい、二人は助かった。





そこへ遠くからトランペットが鳴り響き、「ザラストロ万歳」の合唱とともにザラストロが駕籠に乗って登場してきた。パミーナは、ザラストロに逃げ出したのは悪いが、モノスタトスに追われていたと恐れずに告白したが、ザラストロは理解しており、丁度、タミーノを捉えて手柄顔で現れたモノスタトスに対し、鞭打ちの刑を言い渡していた。ここでタミーノとパミーナが初めて顔を合わせたが、ザラストロは二人が結ばれるには試練が必要であると言い渡し、タミーノとパパゲーノにヴェールで目隠しをして神殿に連れ去り、大合唱の中で第一幕は終了していた。




   第二幕が始まり、いきなり神官たちの行進曲が厳かにオーケストラで開始され、黒ずくめの装束で神官たちが一人ひとり集まり、やがてザラストロが登場し挨拶をしていた。そしてタミーノが試練を受けようとし、パミーナを夜の女王から引き離していることをザラストロが説明していた。そこへタミーノとパミーナが連れてこられ、ザラストロはタミーノには試練があり、しばしの別れが必要であると第19番の三重唱で説明し、二人は「愛しい人よ」と互いに歌いながら別れを悲しんでいた。この箇所にこの三重唱が歌われるのはエヴァーデイングの演出に共通していると思われる。続いてザラストロが「イシスとオシリスの神よ」と彼等の試練への勝利を祈り出し、神官たちの祈りの合唱が厳かに続けられていた。



              



   場面が変わって真っ暗な地下の一室。雷鳴が鳴り骸骨がごろごろしているところにタミーノとパパゲーノが連れてこられ、二人の神官から試練への覚悟を問われ、女の企みに気をつけ、沈黙を守れと諭されていた。神官が去ると三人の従女が盛んに話しかけてきて五重唱になっていたが、二人は何とか沈黙を守り三人を撃退していた。場面が変わり、モノスタトスが月夜の庭で休んでいるパミーナを見つけだし、パミーナに惚れてしまったと早口のアリアを歌っていた。そこへ夜の女王がパミーナに会いに来てナイフを手渡しながら、「ザラストロに復讐しないと私の娘ではない」と復讐のアリアを歌い出した。そして後半には前のアリアよりも難しいコロラチューラの連続に大変な拍手を受けていた。このグルベローヴァの先輩であるパミーナのポップも、この夜の女王でクレンペラーのLPでデビユーしていたことを思い出しながら聞いていた。そこへモノスタトスがパミーナからナイフを取り上げるが、突然にザラストロが現れて追い払い、ザラストロはパミーナが「母を助けて」と願うのに対し、優しく「この宮殿の人々は、復讐と言うことを知らぬ」と歌いながら彼女に言い聞かせていた。





   ここで再び神殿の地下室、タミーナとパパゲーノは二人の神官に連れてこられ、沈黙を守れと諭された。パパゲーノは怖くて落ち着かず骸骨に驚き、退屈で婆さんにちょっかいを出して雷鳴で脅されていた。そこへ三人の童子が食べ物と笛と銀の鈴を届け、沈黙を守れと言っていた。タミーノが吹きだした笛の音を聞きつけてパミーナが登場するが、二人とも返事が出来ず、パミーナは「私の愛も終わり」とアリアを歌って悲しげに立ち去ってしまっていた。しかし、三つの和音が遠くから響き、神官たちの合唱が始まり、「彼は勇敢で心は純粋でわれわれに相応しいものになるだろう」と歌っていたが、タミーノは次の試練に向かっていた。一方、パパゲーノは一人になって散々暗闇で脅され、ワインを飲んでご機嫌になり、ほろ酔いの気分で銀の鈴を廻しながら「嫁さんが欲しい」と歌っていたが、このグロッケンシュピールの鳴るアリアは高校の音楽のテキストで教わった有名な懐かしい曲。すると先に会った婆さんが現れて誠実を誓うなら女房になってあげると言われ、しぶしぶ契りの握手をすると婆さんは一瞬のうちに若いパパゲーナに早変わり。しかし、神官に邪魔されて、パパゲーノはまた地下に落とされてしまっていた。



    フィナーレに入って三人の童子が「間もなく朝が来て太陽が輝くだろう」と歌い出していたが、様子がおかしいパミーナを見つけ近づいていた。パミーナはナイフを手にし悲しみの余り自殺しようと歌っていたので、三人はタミーノに合わせてあげると言ってナイフを取り上げて、一緒に行こうと4人で船に乗り、一安心の四重唱になっていた。

    場面が変わって大きな岩山の前か、オーケストラの厳かな序奏が始まり二人の衛兵がコラールを歌い、到着したタミーノが山を見上げて進もうとすると、パミーナの声が聞こえてきた。パミーナとの会話が許され、二人は「私のタミーノ」「私のパミーナ」と感激の再会をし、二人は夢中で抱き合ってしまった。ピッチカートの音楽が響きだし、タミーノが一緒に試練を受けようとしていると、パミーナが私が案内するから笛を吹いてくれと言い、「魔法の笛」の由来を説明していた。



二人の衛兵からも勇気づけられ、二人は手を繋いでタミーノが笛を吹きながら火の燃える洞窟の中で試練を受け、テインパニーの伴奏で勇敢に突き進んで無事戻ってきた。続いて二人は水が荒れ狂う水流の試練を受け、再び元気に戻ってきた。二人の衛兵が祝福し、遠くの宮殿からはお祝いの大合唱が聞こえてきて二人は宮殿へと向かっていた。



    一方のパパゲーナはパンを吹きながら若いパパゲーナを探していたがどうしても見つからない。ついに諦めて首を吊ろうと決心して、一、二、三の掛け声で首を吊ろうとしたときに、三人童子が現れて銀の鈴を振ってみろとアドヴァイス。忘れていたと鈴を鳴らしてみると、若いパパゲーナが現れて、互いに顔を見合わせながら「パ、パ、パ、」の劇的な二重唱が歌われていた。そして二人と同じ衣裳の子どもたちが歌に合わせて沢山出てくる演出となっており、笑いと拍手に包まれた「魔笛」を象徴する場面となっていた。



        場面が変わって宮殿の地下にはモノスタトスに率いられた夜の女王と三人の従女が侵入してきた。しかし、雷鳴が轟いて一行は呆気なく地下に沈められてしまっていた。一瞬のうちに明るくなり、宮殿ではザラストロが「太陽の輝きが夜の闇を追い払った」と高らかに宣言し、湧き上がる大合唱の中でタミーノとパミーナが祝福されていた。音楽のテンポが変わり全員集合の合唱となり、タミーノとパミーナはザラストロから「楯」を贈られて「勇気あるものは勝利する」との大合唱の中で終幕となっていた。カーテンコールでは出演者全員が観客に馴染んだ方々ばかりのせいか、凄い歓声と拍手がいつまでも続き、指揮者サヴァリッシュには、特別の拍手が湧き起こっていた。



    この映像を見終わって、何と穏やかな心温まるオペラだろうかと感じ、久し振りで身心ともに満足度の高いオペラを見たような気がした。ここ数回は、P.セラーズのニューヨークシリーズであるとか、J.デユーのライプチヒオペラの現代物の「ドン・ジョバンニ」などを見続けてきたせいもあろうが、実に基本に忠実でオーソドックスな「魔笛」であり、安心して見ていれる、子供が喜びそうな伝統的なメルヘン風の楽しい舞台であった。それと指揮者サヴァリッシュの悠然とした分かり易い指揮振りもあり、タミーノやパミーナ、パパゲーノやパパゲーナ、夜の女王やザラストロやモノスタトスに至るまで、見慣れた聴き慣れた大好きな人達が適確に歌って演じていることが、何よりも安心感や親近感に繋がり、これらが「大好きなオペラを見た」という満足感に繋がっているものと思われた。

   冒頭に述べたように、このLDは私の映像の「魔笛」の第一号であり、恐らく何度も何度も見て、頭の中に刷り込まれていることも期待を裏切らないオペラとなった理由の一つであろう。オペラによる満足度の全体的な印象は昔と変わらないのであるが、それでは何も進歩がないと思われそうなので、改めて見直して気の付いたことを幾つか述べておこう。
    始めに冒頭の岩山が裂けて大蛇が出てくるシーンであるが、私はこの劇場の舞台の広さを現地で確認しているので、改めて凄いと思ったが、反面、舞台で倒れている大蛇は良く見ると余り大きくなく、そこには優れた撮影技術の影響がかなりあるなと感じた。岩山が開閉する夜の女王の登場シーンでも迫力十分であったが、撮影技術の上手さが光っていた。タミーノの「絵姿のアリア」ではアライサの声も容姿も貴公子然とした清潔な印象を受け、数少ないタミーノ役の特徴を持った人であるという思いを強くした。グルベローヴァの夜の女王も透き通るような細い声が印象的であったが、第二幕で二度目に登場したときには、ポップのタミーナと一緒だったので、ポップの夜の女王が私のLPの魔笛の第一号だったので、新旧交代の姿が現れていたと改めて感じていた。フィナーレでザラストロが登場した時に、それまでお嬢さんだったポップのパミーナがピンとして、急にパパゲーノに言い聞かせるように、「真実を語るのよ」と教養ある女性に一変していたのも、強く印象に残っていた。

             第二幕では冒頭の行進曲に続く儀式の後で、直ぐ第19番のザラストロとタミーノとパミーナの三重唱が歌われていた時にはおやと思った。しかし、特別にストーリーが変わるわけではなく、このような演出は他の演出でも見られたように記憶しているが、この演出が初めてであると思った。宮殿の地下室の一角で、石像のマリア像や石像のライオンが置かれていたが、これらが場合によっては動きだし、特にマリア像が喋りだしてパパゲーナに変身する演出は改めて凄いアイデアであると感じた。また、他の映像にも増して自然で素晴らしい演出と思ったのは、火と水の試練の分かり易さと、パパパの二重唱の面白さであり、これらは明らかに後日の他の演出に多大な影響を与えており、火と水の場のプロジェクターの活用や沢山の子供が飛び出してくる演出は、かなり一般的になっていると思われた。

    以上が現時点で改めてこの映像を見て新たに感じたことであるが、この映像は20年経った現時点でも少しも色褪せることなく通用していると思われる。09年に新国立でハンペ演出の「魔笛」を見たが、この演出と同時代のものであり、出演者が変わっても少しも色褪せない立派な演出であると思った。エヴァーデイングの演出は、魔笛のデータベースでは、97年の東京文化会館のバレンボイム指揮の「魔笛」のライブがS-VHSで残されており、いずれアップロードする予定であるので、再度、ご報告する機会があると思われる。この映像は、最近、久し振りで見た懐かしく楽しいものであり、満足できるオペラを見たという実感を伴った映像であった。

    なお、この映像は、クラシカジャパンで2009年12月23日のクリスマス特集で放送され、BDに収録(BD-022-6)してあったが、今回はLDで見てアップ用の写真を撮ってからこれに気が付いた。このBDの映像を見ると、LD再生よりも音質も画質もグレードアップしており、今にして思えばLDは中途半端なメデイアであったと思う。S-VHSから、直接、D-VHSに移行し、DVDになっていれば、無駄はなかったものと思われるが、BDが普及してきた現在、いずれDVDもBDに駆逐されるものと思われる。技術革新とは凄いものであるが、立場や見方を変えれば、無駄の連続を行っていたことになり、ユーザーは、随分、無駄な投資を強いられてきたものだと思う。

(以上)(2010/11/24) 


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