(懐かしいビデオ;ライプチヒ・オペラの「ドン・ジョバンニ」K.527、1994年)
10-10-2、イルジー・コウト指揮ジョン・デユー演出、ライプチヒ・ゲヴァントハウスによるオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527、ライプチヒ・オペラ、1994年制作、

−このオペラは、現代物としは舞台構成や演出上のいろいろな工夫やアイデアに満ちており、音楽面でもゲバントハウスの音が艶やかに聞こえていた。簡潔なプラハ版により全体がキビキビとしたテンポで進行し、現代風の動きが早い舞台に合った音楽の進め方であり、読み替えオペラとしてはかなり成功したものと考えられるが、オペラを見たという豊かな感動は伝わってこなかった−

(懐かしいビデオ;ライプチヒ・オペラの「ドン・ジョバンニ」K.527、1994年)
10-10-2、イルジー・コウト指揮ジョン・デユー演出、ライプチヒ・ゲヴァントハウスによるオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527、ライプチヒ・オペラ、1994年制作、
(配役)ドン・ジョバンニ;T.メーヴェス、レポレロ;R.ハイマン、ドンナ・アンナ;A.ニテクス、エルヴィラ;E.パトーリ、オッターヴィオ;E.パウワーズほか、
(2000年3月28日、クラシカジャパンの放送をS-VHSの3倍速で収録)

   その当時は新進気鋭であったジョン・デユー演出のライプチヒ・オペラのモーツアルトのダ・ポンテ三部作は、かなり前から収録済みであったが、当時としては非常に前衛的な現代的演出であるという前評判であったため、敬遠気味であった。しかし、前回の9月号ではP.セラーズのニューヨークにおけるハーレムの過激な「ドン・ジョバンニ」を見たばかりであるので、比較の意味で続けて現代的演出の映像を見ようと考えた。S-VHSで2000年にクラシカジャパンの放送を収録したものであるが、幸い音も画像もしっかりしていたので、安心して見ることが出来た。



   映像では暗い舞台とオーケストラボックスを正面に写していると、指揮者のイルジー・コウトが入場し挨拶を済ませると直ちに序曲が開始された。重苦しく暗い二つの和音が鳴り響いて序曲が開始され、映像はオーケストラの演奏風景を写しだしていた。やがて早いテンポの弦が第一主題を奏で始め、軽快に序曲が流れ始めると、フルートやオーボエも加わって賑やかに威勢が良くなり小気味よく進行していた。映像はオーケストラの序曲の演奏を最後まで写し続け、序曲が終わると引き続き第一曲目の序奏が始まっていた。



    薄暗い舞台は直線的な箱形の台を囲んで低い通路がある形をしており、ジャンバー姿の頭の薄いレポレロが辺りを警戒しながらブツブツと歌い始めていたが、人の動きがして素速く隠れると、ナイフを手にした若い女性と、マスクを付けた背広の男が登場し大きな声でもみ合い始めた。レポレロが娘の後から危ないナイフを取り上げると、男と女は組み合いとなり、女が組み敷かれて大声を出してもがいていると、「娘を離せ」と白髪のガウン姿の老人が駆けつけてきた。そして「決闘だ」といって、素手のボクシングスタイルで激しく、二度・三度とドン・ジョバンニと打ち合いを始めたが、老人は呆気なく急に倒れてしまった。心臓マヒか何かの発作のよう。レポレロとマスクを外したドン・ジョバンニが老人の様子を見ていたが、老人は倒れたまま息を引き取り、二人はこそこそと逃げ出してしまっていた。

    そこへガウンを覆ったドンア・アンナとバーバリー姿のオッターヴィオや部下たちが駆けつけるが、ドンナ・アンナは父の死を見て気を失ってしまった。オッターヴィオが抱き起こしているうちに気がつくと、「向こうに行って」と大きな声でアリアを歌い出し、父の血を見ると「父の血に賭けて復讐を」と迫って早いテンポの二重唱となり、二人は激しく歌い合って気丈なドンナ・アンナはオッターヴィオに父の復讐を誓わせていた。





        場面が変わって赤い背広の伊達男風のドン・ジョバンニとサングラスのレポレロが登場して言い争いしていると、ボーイがワインをサービスするのでビックリ。レポレロの小言にうんざりしたドン・ジョバンニは、「しつ、女の匂いがする」と立ち上がった。すると陰からカバンを手にした小柄な女が登場し、「あのひどい男はどこかしら」と早口のアリアを歌い出し、心臓をえぐってやるなどと物騒なことを歌っていた。新聞を見ながら様子を窺っていたドン・ジョバンニは、捨てられた女だから慰めてやろうとめかし込みサングラスをかけて「お嬢さん」と優しく声を掛けると、さあ大変。相手は捨てた女のエルヴィーラで、猛烈な勢いで怨み辛みを一方的にまくし立てるので、「この女はやばい」とレポレロにまかせて逃げ出してしまった。レポレロは「あんな男はほっておきなさい」「これがあの男が手掛けた女のカタログですよ」とエルヴィーラを慰めながら「カタログの歌」を朗々と歌い出した。何も知らぬ彼女はビックリして温和しくなり、スペインでは1003人と言われて驚いて、メガネをかけてカタログをチェックしはじめた。途中からテンポが変わりレポレロが調子よくスカートをはいてさえいればと歌うと、彼女はあきれ果ててレポレロを追い払い、ドン・ジョバンニの裏切りに復讐を決意していた。



    そこへ大勢の賑やかな若者たちが登場し、「恋をしよう」と純白の結婚スタイルの二人がはしゃいでいた。そこへドン・ジョバンニとレポレロが登場し、ツエルリーナに目を付けたドン・ジョバンニが面倒を見ようと持ちかけ二人切りになろうとした。マゼットが怒り出すとツエルリーナは騎士さまが守ってくれると大人ぶり、ドン・ジョバンニがナイフをちらつかせてマゼットを威嚇したので、マゼットは「分かりましたよ」と歌いながらツエルリーナに当たり散らしていた。やっと二人きりになれたとドン・ジョバンニが田舎娘で終わるのは勿体ないなどとツエルリーナを口説きだし、「手に手を取って」と甘い声で歌い出した。ツエルリーナも「こわいわ」と言いながら二重唱を歌いながら、指輪を指にはめられると彼女は次第に駄目になり、アンデイアーノの歌声とともに「行きましょう」と抱き合ってしまった。そこへ「お待ちなさい」とエルヴィーラが、突然、二人の間に割り込んだ。そして「遊びだ」と答えたドン・ジョバンニに怒りだし、「この裏切り者から逃げなさい」と激しく歌い出した。ツエルリーナもエルヴィーラの剣幕に驚いて、二人は手を繋いで逃げ出してしまった。



    「今日はついていない」とぼやいていると、そこへ喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが登場し、ドンナ・アンナがドン・ジョバンニに助けてくれと頼んでいた。話を聞こうとドン・ジョバンニが身を乗り出した途端に、またもエルヴィーラが現れて「この人を信じてはなりません」と歌い出した。二人はエルヴィーラの気品ある態度に驚いたが、ドン・ジョバンニが彼女は気がおかしいと言い出して、四重唱に発展していた。エルヴィーラが治まらないので、ドン・ジョバンニが彼女をなだめてきますと言って、アミーチ・アデイーオと立ち去ったとき、ドンナ・アンナは不意に「死にそうよ」と声を挙げた。彼女は「彼が父を殺した犯人だ」と言って真剣な面持ちでアッコンパニアートで激しく事情をオッターヴィオに説明し、「これで分かったでしょう」とアリアを歌い出し、やがてオッターヴィオに父の仇をと激しく復讐を依頼していた。素晴らしいアリアで拍手が沸いていたが、オッターヴィオはあの騎士がと信じられない様子。しかし、彼女が安らぐのならと、考え込んでいた。ここで続いて歌われるウイーン追加曲のオッターヴィオのアリア(第10a曲)は省略されていた。



   場面が変わってレポレロが「何としても旦那から暇をもらおう」と言いながら登場し、ドン・ジョバンニを裸にしてマッサージをしながらマゼット一行との件を報告すると、全てがお気に入りのブラボーとなり、エルヴィーラを追放したと話をすると大喜びをし「酔いが覚めないうちにパーテイだ」とご機嫌で「シャンペンのアリア」を歌い出した。パンツ一丁の姿で歌うこのアリアには呆れるが、その元気の良さには驚かされ、客席から拍手があった。一方、ツエルリーナは怒らしたマゼットのご機嫌直しに精一杯。不機嫌なマゼットに寄りすがってズボンのバンドを外し、お尻を突き出して「ぶってよマゼット」とアリアを歌い出し、お色気責めでマゼットの機嫌を直してしまっていた。



   第一幕のフィナーレは、ドン・ジョバンニの「パーテイの用意だ」の声で始まり、その声を聞いてツエルリーナがマゼットと二重唱で喧嘩しながら隠れようとしていた。そこへ大勢の人々が集まってきてパーテイが始まっていた。しかし、ツエルリーナはドン・ジョバンニに直ぐ見つかってしまい、早速、口説かれて危なくなっていたが、マゼットが見張っており、顔を合わせてしまったので、ドン・ジョバンニは手出しが出来なかった。そこへピエロ姿に変装したエルヴィーラ、ドンナ・アンナ、オッターヴィオの三人が、ドン・ジョバンニの素行を曝こうと決意を固めて登場した。レポレロの報告を聞いてパーテイへの参加が認められ、三人は勇気を振り絞って「正義の神よ、許し給え」と祈っていたが、このフィナーレの華となる見事な美しい三重唱であった。



   軽快な音楽に変わり大勢が集まってパーテイが開始されていたが、そこへ三人のピエロが現れたので、皆さんどうぞと歓迎され、ドン・ジョバンニが大声で全員に「自由万歳」と歌っていた。そして「音楽を始めよ」の一声で優雅なメヌエットが始まって、ドン・ジョバンニとツエルリーナが踊りだし、レポレロは命令でマゼットを踊らせようと苦労していた。周りでも大勢が踊り出し、ツエルリーナも踊りに夢中になって、ピエロたちが心配しながら踊っていたが、音楽は次第に佳境に入り出していた。その最中に遠くからツエルリーナの悲鳴が聞こえてきて、会場は騒然となっていたが、彼女が逃げてきたので一安心した所へ、ドン・ジョバンニがレポレロを突き倒して「こいつが悪い」と演じていた。それを見ていた三人のピエロたちが騙されないぞと、ドン・ジョバンニを裏切り者と大声で順番に責めだしたので、さすがのドン・ジョバンニも逃げられず、降参していた。そのうちに音楽のテンポが変わり、ドン・ジョバンニは頭が混乱してきて訳が分からなくなり、強がりを言いながらもその場を逃げ出して、長いフィナーレが終了していた。



    第二幕はレポレロがもう嫌だとドン・ジョバンニに食って掛かる激しい二重唱で始まって、これで二人は別れたかと思いきや、金貨4枚で簡単に仲直り。しかもエルヴィーラの召使いを狙うドン・ジョバンニと帽子や服装まで取り替えてしまった。そこへエルヴィーラが登場し「今宵は胸が高鳴る」などと歌っていたが、ドン・ジョバンニが「理想の女よ、許してくれ」と三重唱が始まり、信じないなら自殺すると歌うので、信じやすいエルヴィーラは高いところから降りてきて、変装したレポレロをドン・ジョバンニと信じ込んで抱き合ってしまっていた。こうなると二人の作戦は成功し、ドン・ジョバンニの大声でエルヴィーラとレポレロのアベックは何処かへ逃げ去ってしまっていた。



    一人になったドン・ジョバンニは、エルヴィーラの召使いを目当てに「窓辺に来ておくれ、愛しい人よ」とカンツオネッタを歌い出した。美しいマンドリンの伴奏で声も良く通り、真剣に歌っていたが彼女の姿は見えず残念。そこへ鉄砲を持ったマゼット一行が怪しい人影を見つけて駆けつけてきた。ドン・ジョバンニはレポレロに成り済まして隙だらけの一行に接近し、「半分はこちら」とアリアを歌いながらマゼットひとりを残して追い払い、マゼットの鉄砲でマゼットを半殺しの目に遭わせて逃げてしまった。マゼットの悲鳴を聞きつけてツエルリーナが登場し、倒れているマゼットを抱き起こし、私が直してあげるわと語りながら「薬屋の歌」を歌を歌っていた。途中でテンポが変わってドキドキと弾む音楽に合わせて色気タップリのサービスをしてマゼットを元気にさせてしまっていた。


    場面が変わってレポレロとエルヴィーラが登場し、彼女が「暗いところにいると死にそう」と歌い出してレポレロとの二重唱が始まった。そこへ喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れて二人は父の死を嘆いていたが、レポレロが二人にぶつかりそうになり逃げ出すと、マゼットとツエルリーナに出合ってレポレロは4人に捕まってしまった。オッターヴィオがドン・ジョバンニと勘違いしピストルを向け、エルヴィーラが私の夫ですと必死に庇っていたが、4人はいきり立って許さない。そこでレポレロは正体を現して帽子を取り洋服を脱いで見せると、エルヴィーラはメガネをかけて確かめ驚いていた。そこでレポレロが驚いている皆に平謝りする六重唱に発展して、長大な六重唱を終えていた。そこで「マゼットを酷い目に遭わせたのはあんたね」とツエルリーナがいきり立ち、エルヴィーラが「よくも私を騙したわね」と怒りだしたので、レポレロは一人ひとりに「どうかお慈悲を」と早口のアリアで歌い出し、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ出してしまっていた。残されたオッターヴィオは、レチタテイーボで犯人はこれでドン・ジョバンニだと分かったと言い、これから当局に行ってくるので、「その間に私の恋人を慰めてくれ」とマゼット二人とエルヴィーラに歌い出した。このアリアはオッターヴィオの優しい心情を歌った唯一のアリアでよい出来で歌われて会場から拍手をもらっていた。一方、慣例として歌われていたエルヴィーラのアリア(第21曲b)は、ここでは省略されていた。


   月明かりの墓場の場面では、ドン・ジョバンニが「殺されるところだった」と駆けつけたレポレロを大きな声でからかって大笑いしていると、「その声も今宵限りだ」と大きな声が聞こえてきた。誰だと驚く二人の後の幕には巨大な石像の陰が写っていた。これは見ている者も納得させる素晴らしい独自のアイデアで、非常に驚かされた。それを見て墓碑を読ませると、騎士長が復讐のためここに待つとあった。ドン・ジョバンニは馬鹿にして、レポレロに食事に招待すると言わせたところ、レポレロはこうして頷いたという。レポレロに任せておけずドン・ジョバンニが大きな声で「来るか」と尋ねると、「行こう」という返事が戻ってきた。二人はおかしなことが起こるものだと驚いて、食事の準備をしようと逃げ出してしまった。
   そこへドンナ・アンナとオッターヴィオが登場し、父の死ばかりで自分のことを思ってくれないドンナ・アンアに「つれない人だ」とぼやいたところ、彼女は私だって辛いのよとアッコンパニアートで激しく答えて、私の信念を揺るがせないでと語りながら「だから言わないでね」とアリアを歌い出していた。この場面にはマゼットやツエルリーナも居合わせており、ドンナ・アンナの素晴らしいコロラチューラのアリアには会場からも拍手を沢山もらっていた。


   フィナーレに入って軽快な音楽とともにドン・ジョバンニがテーブルの上に乗って「食事の用意は出来たか」と歌いながら登場し、レポレロがワインやグラスを運んでいた。音楽が「コサ・ラーラ」に変わると食事が運ばれてきてドン・ジョバンニは上機嫌。食事が始まって、レポレロがワインのボトルを開け、旦那の食欲に驚いているうちに「喧嘩する人」に音楽が変わった。ドン・ジョバンニはワインのボトルを手にしてマルツイミーノ酒は素晴らしいと上機嫌で、つまみ食いをするレポレロを見て見ぬふり。しかし、「フィガロ」に音楽が変わると、音楽に合わせてレポレロと呼びつけ、喋ろ・口笛を吹けと無理難題。レポレロが四苦八苦していると、そこへエルヴィーラが突然現れて座り込んでしまった。そして「生活を変えろ」とドン・ジョバンニにきつく言うが相手にされず、反対に「女万歳」「ワインに乾杯」とからかわれ、エルヴィーラは呆れ果てて立ち去ってしまったが、入口で大きな悲鳴を上げていた。何事かとレポレロも見に行ったがこれも大声を上げて「石像が」と震えて声が出なかった。



    ドン・ジョバンニが自分の目で確かめようとすると、突然、大音響とともに騎士長がテーブルを突き破って現れ、「来たぞ」と大声を上げ序曲の冒頭部分が始まっていた。そして「良く聞け」と震え声のレポレロとの三重唱となって「今度はお前の番だ。私のところに食事に来るか」と叫んでいた。ドン・ジョバンニはレポレロの言葉に反して、「決意したぞ、行こう」と答えると、約束の証に握手をしようと言われ、握手をした途端に大声を上げて苦しみ出した。騎士長は苦しむドン・ジョバンニに「悔い改めよ」と何回も繰り返したが、ドン・ジョバンニはその都度「いやだ」とはねのけていたが、時間がなくなって騎士長は頑固なドン・ジョバンニを突き放した。ドン・ジョバンニは机の上で苦しみだし、合唱の高まりと煙の中で騒然となってもがきだし、七転八倒の苦しみの末に大悲鳴とともに煙の中で消え去ってしまっていた。



    舞台は一瞬のうちに元に戻り、6人はそれぞれの場所で六重唱を歌い出していた。レポレロがみんなに、石像がいなくなりその下で大爆発が起こってドン・ジョバンニが消え去ってしまったと説明していたが、驚いて誰も信じない様子。オッターヴィオがしつこくドンナ・アンナに迫るともう1年待ってというつれない返事の二重唱の後、一人ひとりがこれからの行き先を決めていた。音楽が変わって「悪人は必ずこの通り滅びてしまう」という早いテンポの六重唱に変わり、舞台ではバラバラの6人が一列に肩を組んで盛り上がりを見せて歌いながら終幕となっていた。



    P.セラーズに続く現代物の演出と聞いて心配しながら見始めていたが、騎士長ならぬガウン姿の父親のボクシング姿の決闘に戸惑ったものの、背広姿には直ぐ馴れて、キビキビと進む現代風の舞台に引き込まれていた。それは直線形で抽象化された舞台と壁や左右対称な通路と階段で全場面が構成されており、共通の舞台で工夫を凝らした各場面が演出されていたからであろう。しかしこの劇を初めて見る人には、この抽象化の意味がどれだけ理解できたか心配でもあった。背広を変えて出てくるドン・ジョバンニとレポレロなどの衣裳が現代風なだけで、剣がピストルやナイフに微妙に変わっても、ごく自然な変わりようであった。退屈な場面で新聞や雑誌を読んでいる風景はまさに現代風であり、また一息ついたときにコーヒーやワインを運ぶボーイの姿も、この映像ならではのアイデアであったろう。しかし、第二幕のお墓の場面で巨大な石像の姿をスライドで上手く幕に写しだしたことは素晴らしいアイデアであり、矛盾がなく非常に好感が持てた。また、フィナーレの騎士長の石像は、机の下から登場して机の上に立ち、そのまま沈んで姿を消し、そこから煙や火炎を噴き出させる巧みな演出であり、アイデアで勝負する演出者の心意気がひしひしと伝わってくるように思われた。

    音楽はゲバントハウスの音が艶やかに聞こえ、キビキビとしたテンポで進行していたが、この現代風の舞台に合った音楽の進め方であった。初演時のプラハ版で、通常演奏されるウイーン追加曲(10aおよび21b)を省いて冗長さをカットしたのは、この演出に合っており、この演出者の意図であったろうと思われる。
歌手陣では、このオペラでは全員がこのHPで初めての人々であったが、ドン・ジョバンニを演ずるメーヴェスとレポレロのハイマンの二人が傑出しており、圧倒的な存在感があった。特に、メーヴェスはパンツ一丁で歌う「シャンペンの歌」や美しいマンドリン伴奏で歌うカンツオネッタが素晴らしく、最後の地獄落ちの場面でも騎士長に位負けせずに堂々と渡り合い、非常に印象的であった。他の三人の女性役も三人の男性役もまずまずの出来であったと言えよう。

    私はやはり伝統的な貴族的な舞台を望むものであるが、このような現代ものへの読み替えオペラは、常に現代のストーリーに矛盾なく刷り合うかどうかが気になりすぎて、余り楽しめず、不思議にオペラを見たと言う豊かな感動が伝わって来ないのが残念であった。このオペラも現代物としてはいろいろな工夫やアイデアに満ちており、かなり成功したものと考えられるが、矢張り、残念ながら素晴らしいドン・ジョバンニ劇だと言う感じにはなれなかった。この映像はクラシカジャパンの放送から得られており、DVDでは発売されていないので見られる機会は少ないと思われるが、読み替えオペラとしてはまともなものなので、多くの方に見てもらうべき映像であると思われる。

(以上)(2010/11/09)


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