(最新入手のDVD;ヨーゼフ・クリップスのモーツアルト・コンサート)
10-10-1、ヨーゼフ・クリップスとカナダラジオ管弦楽団によるモーツアルト・コンサート、(曲目)「ドンジョバンニ」序曲、オペラよりアリアと二重唱4曲、ピアノ協奏曲第13番ハ長調K.415、および交響曲ハ長調第41番K.551「ジュピター」、1962年10月14日放送、

−この映像は、初めて見るクリップスが60歳の円熟期の映像であり、LP時代のウイーンの名指揮者という名に恥じぬ地味であるが実直・堅実で伝統的なスタイルで指揮をする実務的なタイプの指揮者であるという印象を持った−

(最新入手のDVD;ヨーゼフ・クリップスのモーツアルト・コンサート)
10-10-1、ヨーゼフ・クリップスとカナダラジオ管弦楽団によるモーツアルト・コンサート、(曲目)「ドンジョバンニ」序曲、オペラよりアリアと二重唱4曲、ピアノ協奏曲第13番ハ長調K.415、および交響曲ハ長調第41番K.551「ジュピター」、1962年10月14日放送、ソプラノ;P.Alarie、テノール;L.Simononeau、ピアノ;Malcom Frager、
(2010年9月17日、石丸電気で購入、Radio-Canada VAIDVDー4256)、

   この最新入手の映像は、ラジオ・カナダの1962年の白黒映像であるが、ヨーゼフ・クリップスのモーツアルト・コンサートのTV放送のDVDであったので珍しいと思い即座に購入した。ドン・ジョバンニ序曲、オペラのアリア集、ピアノ協奏曲第13番K.415(P)M.フレイジャー、およびジュピター交響曲K.551という曲目であった。以前にもこの種のTV放送のT.ビーチャムの映像(10-5-1)をアップした記憶があっが、調べてみると同じシリーズの白黒の映像であった。
   ヨーゼフ・クリップス(1902〜1974)といえば、ウイーン出身のオーストリアの指揮者で、ワインガルトナーに師事し、オペラの指揮やモーツアルトの演奏には昔から定評のある指揮者であった。1945年から50年にウイーン国立歌劇場の音楽監督の立場にあり、63年からコヴェント・ガーデン、66年からメトロポリタン、70年からベルリン・ドイツ・オペラで指揮をとっていた。


   このコンサートの最初の曲は、歌劇「ドン・ジョバンニ」K.527序曲であるが、私が最初に入手した「ドン・ジョバンニ」のオペラは、クリップス指揮ウイーンフイルのロンドン盤(54)のLPであり、非常に懐かしく感じた。冒頭のニ短調で始まる暗く激しい和音と言い、モルト・アレグロで始まる序曲の颯爽とした主部と言い、正統派の実直な手堅い指揮振りで序曲が進められており、コントラバス4台の標準的な規模のカナダ放送管弦楽団は確実にしっかりした演奏をしていた。良く見るとスタジオで演奏しており、序曲はコンサートとしての終わり方で終息していた。続いて、モーツアルトのアリアが4曲、ソプラノとテノールのソロと二重唱が2曲、コンサート型式で演奏されていた。



       第1曲は「ドン・ジョバンニ」K.527より第2幕第21番のドン・オッターヴィオのアリアであり、テノールのL.Simononeauが登場し、美しい弦のピッチカートで始まるこのアリを歌い始めていた。仇討ちに出かけるから留守の間「私の愛する人を慰めてやってくれ」と歌われるこのアリアを、彼はソフトな澄んだ声で高らかに歌っていた。風貌もなかなか良く、恐らくは、舞台でも活躍しそうな歌いっぷりであった。
   第二曲目は「フィガロの結婚」K.492より第4幕の美しい27番のスザンナのアリアで、ソプラノのP.Alarieが歌うものであった。お馴染みの美しいレチタテイーボの後に、素晴らしいピッチカートの伴奏に乗って歌い出したが、彼女は声はまずまずであったが少しテンポが早く歌い方が固く、もう少しゆったりと感情を込めて歌って欲しい気がした。


第三曲目は「後宮」K.384より第3幕の第20番のデルモンテとコンスタンツエの劇的な二重唱である。セリムがデルモンテの父の仇敵であったことを知らされたデルモンテが、最初に絶望的に「何という運命!」と歌いだし、コンスタンツエを巻き沿いにした運命を悲しむアダージョの二重唱に続き、二人が一緒に死んでいく幸せを祈って歌うアンダンテの厳しい二重唱であった。二曲目のせいか二人とも声が良く伸びで、悲劇的な二重唱から諦めの明るい感じの二重唱へと転じて、まずまずの歌い方であった。
第4曲目は、この曲1曲だけピアノ協奏曲の後に歌われていたが、「コシ・ファン・トッテ」K.588より第二幕の第29番のフィオルデリージとフェランドの有名な二重唱であった。フィオルデリージが軍服の姿で健気に歌い始めるが、フェランドが死んでしまうと歌い出し、彼がしつこく彼女に愛を迫るので、ついに神に助けを求めながら抱き合ってしまう劇的な二重唱である。ソプラノから歌い始め、テノールが加わって素晴らしい二重唱になっていくこの曲は、オペラでは最後には悲鳴のようなオーボエの伴奏で抱き合ってしまう劇的な情景を見せる筈であったが、スタジオでは動作を伴わない口だけの二重唱になっていた。残念ながら、演奏会形式のオペラの弱点を見せつけられたようなコンサートであったが、情熱的に歌っていたのでやむを得ないと思われた。

    続いてはピアノ協奏曲第13番ハ長調K.415(387b)では、ピアニストのマルコム・フレイジャー(1935〜1991)が登場するが、彼はこのHP二度目で、前回はピアノ協奏曲第5番ニ長調K.175(6-3-2)を弾いていた。しかし彼はこの演奏の後に56歳の若さで急逝しているので、この演奏は彼にとって貴重なライブであろうと思われる。この演奏では、トランペットやテインパニが増強された大規模なオーケストラによる演奏であった。
    第一楽章は第一ヴァイオリンによる行進曲風のリズムに乗って、カノン風に各楽器が整然と加わって、管楽器の参加と共に強奏に変わり、第一主題が交響曲のように堂々たる姿で進行していた。クリップスは譜面を見ながら丁寧に指揮していたが、やがて短い副主題が加わり再び主題冒頭のカノン風の入りがあってから、非常に特徴あるコーダに入り、ジュピター交響曲の一部を思わせるように進行し、堂々と提示部を終えていた。続いてフレイジャーによる独奏ピアノがレガートでアインガング風に新しい主題を提示してから、第一主題が弦で現れると直ちにピアノがこれを引き継ぎ、そのまま美しいアルペッジョを連ねていく。それから独奏ピアノによる流麗な美しい第二主題が提示され、これをピアノが流れるようにパッセージで弾き進んでから、先のコーダの動機がピアノに現れて素晴らしい技巧を発揮しながら主題提示部が終結していた。展開部ではピアノが力強くリードしながら新主題を提示し、それが展開されながら進んでいったが、独奏ピアノがひとりで活躍していた。再現部では型どおりのように進められていた。カデンツアは第一主題を反映した聞き覚えのあるカデンツアを弾いていた。


    第二楽章ではアンダンテの伸びやかな主題が第一ヴァイオリンでゆったりと現れてから、もう一度オーケストラで繰り返されたあと、独奏ピアノがこの主題を美しく弾き始めた。そしてオーケストラの伴奏付きで変奏しながら繰り返されてから、独奏ピアノの独壇場となりピアノが綿々と美しいパッセージを重ね、弦が繊細な動きを添えていた。再び冒頭の主題が独奏ピアノで現れてオーケストラと綿々と歌ってから、カデンツアの独奏ピアノが花を添え、フレイジャーのピアノの美しさが示されていた。
    終えると直ぐに、気分を変えるように独奏ピアノがフィナーレの軽快なロンド主題を開始した。この楽章はABACABAの典型的なロンド型式の構成を取るが、続くBの部分は全く意表をつくアダージョでハ短調の暗いもの。独奏ピアノでゆっくりと入り、管弦楽がこれに付き添い木管もまとわりついて、カデンツア風のソロピアノのあと再び急速なロンド主題に戻った。そしてCの部分はまるでロンド主題による展開部のように、ピアノが音階とアルペッジョを交替させつつ華麗に走りめくり、弦が主題の動機を何度も力強く歌ってピアノと交錯していた。再びロンド主題の後アダージョとなり、ひとしきり変化を見せたあとロンド主題がアレグロで登場し盛り上がりを見せて終結したが、その終わりがさらりとして消えていた。
    このピアノ協奏曲は、がっしりとしたクリップスのオーケストラとフレイジャーの軽快なピアノとが良く噛み合って素晴らしい出来映えを示しており、終わった後も爽やかな余韻を残していた。


    コンサートの最後は、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」であるが、クリップスは譜面台を取り除いてスコアなしで指揮を始めていた。彼の指揮ぶりは独特なスタイルで体を揺すりながらリズムを取り、腕は最小限に振っていた。第一楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェでフルオーケストラによる堂々たる三つの和音で開始されるが、クリップスは堂々と正面から進むような出だしの感覚であった。オーケストラの響きは厚いピラミッド型の響きを持ったオーソドックスな始まりであり、右側に位置する4本のコントラバスが威力を発揮していた。フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重唱で主題を変形しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行し、これが「ジュピター」であると感じさせる堂々たる経過部を示していた。続いて第一ヴァイオリンが第二主題を提示して行き経過部を経て小休止の後、大音響とともに激しく爆発するが、クリップスは穏やかに進めていた。そしてピッチカートに導かれて軽快に楽しく流れる副主題が流れ出し、全体を収めるように終息すると、繰り返しなしに直ちに展開部へと突入していた。
    展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管が交互に主題を変形しながら展開されていた。クリップスの指揮振りは堂々としており、分厚い音の響きが非常に頼もしく聞こえていた。再現部ではほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも堂々と激しく再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを現しているように思われた。終始オーソドックスな指揮振りにはとても好感が持てた。


   第二楽章は厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むアンダンテ・カンタービレで始まるが、オーケストラの流れが厚くて重厚な響きがし、副主題では木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続く第二主題も重々しく弦がうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。展開部では第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示された後、突然に低弦が32部音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる変奏を見せていたが、クリップスはこの再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分を力強く指揮をしてこの楽章の豊かさを特徴づけていた。
    第三楽章ではクリップスは通常のテンポでメヌエット主題をリズミックに進め、木管が一頻り歌い出しホルンやトランペットが鳴り響いて、壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような通常テンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏する面白い場面が繰り返され、そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。
  

    フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が提示され繰り返されていくごとに、次第に元気良く高められていき、壮大なドラマを造り上げていった。クリップスはこのフィナーレでも、じっくりしたテンポで体全体を使いながら、このオーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしていた。オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる響きを見せていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開で、繰り返し繰り返し丁寧に行われ壮大さを増していた。再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように多声対位法による展開がなされ、オーケストラ全体が力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。素晴らしい熱演であっても、スタジオなので拍手がなく、さっと画面が変わってしまうので、余韻らしきものが残らず、何とも見ていて味気ないコンサートの終わり方であった。何らかの工夫がなければ、良い演奏を聴いても残されるものがないような気がした。


    これまで殆ど名前しか知らなかったウイーンの指揮者ヨーゼフ・クリップスの残された古い映像を初めて見て、LP時代の著名な指揮者であり、その名に恥じぬしっかりした統率力を持った職人的な指揮者であるという印象を受けた。限られたモーツアルトの数曲を聴いただけであるが、当時の指揮者が皆そうしていたようにソナタ型式で提示部の繰り返しを行わず、規模の大きなオーケストラを用いた伝統的な演奏を行っていたし、地味であるが実直で堅実な指揮をする実務的なタイプの指揮者であるという印象を持った。DVDの収録時はクリップスが丁度60歳の円熟期にあり、74歳で亡くなるまで各国の著名なオーケストラを振っていたようである。

     彼のモーツアルトの後期6大交響曲は1972年にアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を振ったフイリップス盤であることを記憶している。また、私の持っている1954年のウイーン国立歌劇場での「ドン・ジョバンニ」のLP盤は、この歌劇場の音楽監督時代の作品であろうと思われる。しかし、このLPは同じ頃に録音されたあのフルトヴェングラーのザルツブルグ音楽祭の音源や映像(5-9-1)があり、ウイーンフイルを使い、シェピやデルモータなどの主要歌手が重複していた所為もあって、日陰のような存在になったものと思われる。「ドン・ジョバンニ」の全ての映像のアップの見通しが立ってきたので、このクリップスのLP盤を改めてじっくり聴いてみようと考えている。

    今回の映像はラジオ・カナダ放送局の生放送記録をDVD化したもののようであり、前回のトーマス・ビーチャームのコンサート同様にVideo-Arts-Internationalの制作であった。同じようなことがオーストリア放送局ORFでも、白黒の古いザルツブルグ音楽祭記録のDVD化を始めており、また、クラシカジャパンの放送でもシリーズ「20世紀の巨匠たち」と題してSP時代ないしLP初期時代に残されたフィルム記録を編集したものが映像化されている。幸いDVDという最も扱いやすいメデイアに収録されつつあるので、引き続きこの種の古い演奏家の映像についても注目してゆきたいと考えている。

(以上)(2010/10/24)


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