(最新収録のソフト報告;プレヴィンとN響による三つの交響曲、K.504、543、550)
10-1-1、アンドレ・プレヴィン指揮、NHK交響楽団による交響曲第38番ニ長調、第39番変ホ長調、および第40番ト短調、サントリーホール、09年10月28日、

−爽やかな余韻が残る後味の良い雰囲気のコンサートであったが、これはプレヴィンの持つ穏やかな演奏スタイルから、手慣れたN響を通じて自然に滲み出て来たものであろう。ゆっくりとしたテンポでじっくりと優雅に歌わせる指揮振りは老ベームにも通ずるものがあり、聴くものの気持ちを穏やかにさせていた−

(最新収録のソフト報告;プレヴィンとN響による三つの交響曲、K.504、543、550)
10-1-1、アンドレ・プレヴィン指揮、NHK交響楽団による交響曲第38番ニ長調、第39番変ホ長調、および第40番ト短調、サントリーホール、09年10月28日、
(09年11月22日、BS103の5.1chHV放送をブルーレイBD-20にHEモードで録画)

   新春のお正月を飾る第一曲目は、アンドレ・プレヴィンとN響による三つの交響曲、38番K.504、39番543、40番550の最新のコンサートをお送りする。これまで39番変ホ長調、40番ト短調、41番ハ長調の三大交響曲のコンサートは、アーノンクールや、ホグウッドなどの古楽器系指揮者が良く取り上げていたが、この組み合わせの三大交響曲のコンサートは初めてであり、今回の演奏会にどういうプレヴィンの意図が込められているか知りたいものであった。後期3大交響曲の作曲目的については、かねてハイドンの3曲セットの交響曲集(1787)に触発されて、モーツアルトが三曲セットの出版目的のために作曲したのではないかと言う説が有力であることを、09年12月のフェライン例会で西川尚生先生から聞いたばかりであった。
   プレヴィンはN響の首席客演指揮者であり80歳の高齢であるが、お陰で毎年N響の定期を数回振っており、2月号にもピアノ協奏曲第23番イ長調K.488を予定している。この人のモーツアルトはお人柄通り温厚な指揮振りで、安心して聴けるので楽しみであった。今回のN響は2本のコントラバスを右奥に配した中規模のオーケストラで、N響の標準的な配置で演奏していたが、ノリントンなどのピリオド奏法とは全く対局にある伝統的な演奏スタイルで、実にゆっくりしたテンポで堂々とマイペースで指揮をしていた。




  最初のプラーハ交響曲の第一楽章は、プレヴィンのゆっくりとしたテンポの序奏で悠然と始まり一つの頂点に達してから、テインパニーの輝かしいリズムに乗って堂々と行進曲風にリズミックに進行し高まりを見せていた。プレヴィンは座って軽く両手を動かす温和しい指揮振りであったが、暖かみのある伝統的な奏法で力強さを感じさせる序奏部であった。プレヴィンの一振りで、一転して第一ヴァイオリンのシンコペーションでアレグロの第一主題が颯爽と走り出し、管のフォルテで主題後半が引き継がれ、それから全ての楽器により歌われて、形を変え楽器を変えながら対位法的に展開され力強く進行していった。やがて弦楽器で何回も孤を描くように弾かれる軽やかな第二主題が提示され、それに木管群やピッチカートも加わって素晴らしい提示部の後半を示していたが、プレヴィンはここで再び丁寧に、冒頭のアレグロから繰り返しを行っていた。長い展開部では第一主題の前半と後半の主題断片が次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返され、プレヴィンは力強い充実した展開部に発展させて再現部に突入していた。ここではやや型どおりに再現され終息していたが、プレヴィンはプロムシュテットやホグウッドなどと異なって、終わりの繰り返し記号による展開部からの繰り返しは省略していた。




  第二楽章アンダンテの歌い出しは、ゆっくりしたテンポで弦楽器が第一主題を穏やかに歌い出し、弦に応えるように木管が同じ旋律を奏でて行き、美しい動機が重なってやや激しい経過部を経て進む。プレヴィンは実に良く歌わせており、やがて第二主題が弦により提示されるが、より穏やかで軽やかな歌で、オーボエやフルートでも繰り返されて穏やかに美しく進行していた。プロムシュテットはこの楽章でも主題提示部を丁寧に繰り返していたが、プレヴィンはそのまま展開部に入っていた。この展開部では、第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に激しさを増して展開されるが、これが実に印象的で素晴らしい効果をあげていた。
  フィナーレでは、冒頭の主題Aが「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行する。続く第二主題Bは、弦の提示に対し管が応える対話が続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。大雑把に言うと全体がABA:||CABA:||の形をしており、Cを展開部とするとソナタ形式であり、中央と最後の繰り返しを省略するとロンド形式になってしまう。プロムシュテットや古楽器指揮者は前者であり、ワルターなど古い指揮者はロンド形式として演奏していた。プレヴィンは前半の繰り返しを行い最後の繰り返しを省略するオーソドックスな演奏をしており、ベーム・クーベリックなども同様であった。いずれにせよこのフィナーレは、終始軽快なテンポで進行し、後半の最後に力強い終わり方をして曲は結ばれていた。大変な拍手が湧き起こっていたが、プレヴィンは楽団員の手を借りて指揮台からやっと降り、コンサートマスターが合図をして全員が立ち上がり、プレヴィンを中心に挨拶をするという変わった光景が見られた。ステージから退場する足どりもやっとの感じで、拍手の求めで一度は顔を出して挨拶したが、その様子で拍手もまばらになって休憩に入り、楽団員が次の曲のため数人が入れ替わっていた。



  プレヴィンは1929年ベルリン生まれであり、戦禍を避けてアメリカに移住した。ピアノも弾き作曲もする異才で、映画音楽やジャズの世界で活躍してから指揮者として活動を始めた。最も好きな作曲家はモーツアルトとされ、必ずオールモーツアルトのコンサートを行うので人気があった。演奏時は80歳。お年のせいか、以前より一段とテンポを落としてゆっくりと歌わせる演奏スタイルのように思われ、また、太りすぎのせいか、昨年よりも少し足腰が弱ったように見えたので、心配であった。

  続いて交響曲第39番変ホ長調K.543となるが、この曲のN響の演奏には、最近、ノリントンが現代楽器によるピリオド奏法を指導した際のリハーサル付きの演奏(7-5-1)が記憶に新しかった。ノリントンの演奏はコントラバスが6台のフルスケールの演奏であったが、プレヴィンのこの演奏とは中規模のオーケストラで、恐らく対照的な演奏になるものと思われた。



   第一楽章はアダージョの序奏で始まるが、プレヴィンはテインパニーを響かせて壮大な和音と付点リズムを持った和音でゆっくりと序奏を開始した。付点リズムの間を埋める32分音符の下降する弦は、急がずに静かに進行させる伝統的な序奏部の進め方で一安心。しっかりとリズムを刻みつつ穏やかに盛り上がりを見せながら進行させていた。続くアレグロでは3拍子の第一主題が、弦楽器で軽快に提示され勢いよく進んでから、「英雄」を思わせる力強いファンファーレが堂々と開始され、序奏部との対比は実に明解であった。結尾主題に続いて現れる第二主題も第一ヴァイオリンにより歌うように提示され、木管との優美な対話が一きわ冴えて、ピッチカートを伴った厚い響きも優雅に進んでいた。プレヴィンはここで主題提示部を繰り返して丁寧に進んでから展開部へと突入していた。展開部では結尾主題が執拗に繰り返され力強く展開されて再現部へと移行していた。プレヴィンは座りながら両手だけの指揮であり、この曲のダイナミックな迫力よりも優雅さを優先させたような穏やかな演奏であった。



  第二楽章では、アンダンテのゆっくりした楽章であるが、譜面を見ると提示部の前段に繰り返しが二つあり、どういう形式なのかこれまで良く理解ができていなかった。しかし、今回はプレヴィンが二つ目の繰り返しを省略して演奏していたので、ここまでをロンド主題のAと考えると、主要な主題は三つあるのでABACABACAのやや変則的なロンド形式と考えれば良いことが分かった。これ以降のロンド主題Aは弦楽器群と管楽器群がフレーズを分け合い短縮化されていた。Bは短調圏で動機を反復したり転調したりする部分であり、Cはファゴットとクラリネットとフルートがカノン風に主題を重ね合わせて美しく展開する部分であった。プレヴィンはお馴染みの美しいロンド主題の間に息抜きのようにBやCを美しく歌わせて、このアンダンテを入念に進行させていた。
  続くメヌエット楽章では、プレヴィンは実に良いテンポで厚みのあるメヌエットを堂々と進行させていたが、これと対照的にトリオでは二つのクラリネットの美しいデユオにフルートが絶妙の応答を聴かせて、実にウットリするような響きを聴かせていた。
  フィナーレの第一主題の軽快な早い出だしは、これまでの楽章と一転しフルオーケストラで明るく躍動するように進行しており、プレヴィンはこの速い動きも手を軽く動かすだけで全体を動かしていた。第二主題は始めの主題から派生したもので、同じテンポで軽快に進むうちにフルートとファゴットの美しい対話があり印象的であった。ここでプレヴィンは提示部の繰り返しは丁寧に行っていた。展開部では冒頭主題の旋律を繰り返し展開していたが、高弦と低弦とが追いかけ合い鋭く対立しながら波を打つように進行し印象的であった。再現部は疾走するテンポであるが型どおりであり、プレヴィンは繰り返しを省略して駆け抜けるように一気にこの楽章を仕上げていた。



  素晴らしいオーケストラの仕上がりに観客は盛大な拍手を送っており、プレヴィンはやはり団員に手を借りながら指揮台を降り、これに応えながらステージを引きあげた。しかし、拍手が続いており、団員がにこやかに微笑んでいる中を、プレヴィンは一度だけ顔を出して、余韻の残る中で休憩となっていた。

  休憩後の最後の曲は、第40番ト短調K.550であり、この曲のデータベースではN響は1995年10月に一度プレヴィンとこの曲を演奏(まだアップしていない)しており、ごく最近ではオーボエ奏者で指揮者でもあるシェレンベルガーの行ったオールモーツアルト・コンサートでこの曲を演奏(8-5-1)していた。




  プレヴィンが少し待たせて登場し、指揮台に上がりゆっくり腰をかけて一息ついてから、軽快な弦の合奏の第一主題で始まった。モルト・アレグロの波を打つような弦楽合奏を、プレヴィンは実にゆっくりしたテンポで軽やかに進める。管楽器との応答があり厚みのある弦楽合奏を聴かせるようになっても、第一主題はよどみなくゆっくりと進行していた。 やがて第二主題に入ってフルート、オーボエやファゴットが活躍を始め、プレヴィンは初版で演奏していることに気がついた。提示部を繰り返し演奏していたが、プレヴィンの穏やかなゆとりあるアレグロ感覚は変わらずに、まるでプレヴィン独自の領域に浸っている感じすら受けた。展開部に入っても冒頭の導入主題の繰り返しやうねるような対位法的な展開も同じテンポで次第に力を増しながら進み、この主題だけで長い展開部が形成されていた。再現部に入り再び二つの美しい主題が繰り返されていくが、プレヴィンは軽やかな手慣れた指揮振りで、テンポを崩さず最後まで進めており、疾走する悲しみとは無縁のむしろ大らかで安らぎを得たような温かみの溢れた豊かな感じが残されていた。




  第二楽章もゆっくりしたテンポで始められ、ここでも軽やかな美しい弦楽合奏の第一主題がホルンの伴奏で始まっていたが、中間部に現れる32分音符の休止を挟んだ3度動機のフレーズが実に美しく、弦から管へ、管から弦へ、上昇したり下降したり、うねるように繰り返されて進んいた。やがて、第二主題に入って美しい弦楽合奏が開始されても、この特徴あるフレーズが余韻のように響いていた。プレヴィンはゆっくりと歌わせていたせいか、繰り返しは省略して直ちに展開部に移行していたが、ここでもこのフレーズが力強く弦から管へ、管から弦へと移行して、上昇したり下降したりしながら展開されていた。これらの弦と管の合奏のアンサンブルの美しさは実に快く印象的に響いており、弦楽合奏の中でフルート、オーボエ、ファゴットが絶えず登場し歌い出す様子が画面でクローズアップされ、この曲の非常に繊細できめの細かな美しさを十分に味わうことが出来た。
  第三楽章のメヌエットでは軽やかな弦楽合奏で、プレヴィンはここでもゆったりとしたリズムで堂々と進む。出だしの三小節のフレーズがカノン風に何回も繰り返されて進行するメヌエットであったが、力強く三拍子を刻んで重々しく進んでいた。対照的にトリオでは、ほぼ同じテンポで弦楽合奏で始まり、木管三重奏が現れて美しさを強めていたが、繰り返しの後は木管の三重唱の後にホルンが響きだし、終わりには見事な管楽四重奏で打ち上げるなど弦と管のアンサンブルの対照の妙が光っていた。)
  フイナーレ楽章では、アレグロ・アッサイであるが、プレヴィンはむしろ穏やかなテンポで第一主題をはじめてスピード感を持たせながら軽快に進めており、流れるような見事な弦楽合奏を繰り返していた。やがて穏やかな第二主題が弦楽合奏で始まって淀みなく進行するが、中間でオーボエが明るく歌い出して初版の特徴を浮き彫りにさせていた。プレヴィンは提示部の繰り返しを丁寧に行っていたが、展開部では冒頭の主題が、弦でも管でも執拗に繰り返されており、ホルンのファンファーレが鮮やかであった。再現部に入っても全体としては軽やかさが確保されており、爽やかな疾走感でこの楽章を穏やかに終結していた。




  爽やかな余韻が残る中で拍手が続き、実に後味の良い雰囲気のコンサートであったと感じていたが、プレヴィンは拍手に応えて2度顔を出し、自らも拍手しながら団員たちを讃えていた。そしてもう一度ステージに顔を出してから、あっさりと終了となった。   この演奏後の後味の良さは、プレヴィンの持つ穏やかな演奏スタイルから、手慣れたN響を通じて自然に滲み出て来たものであり、ゆっくりとしたテンポでじっくりと優雅に歌わせる指揮振りがモーツアルト好きには実に快く響くのであろう。ピリオド奏法のように押しつけがましい所がなく、自然に浸ることが出来るところが聴くものの気持ちを穏やかにさせ、聴いた後の後味の良さに繋がっているものと思われる。プレヴィンのこの優雅な演奏スタイルには、もう一つ、弦楽合奏と木管楽器群との絶妙なアンサンブルの良さが漲っており、オーケストラの編成を小さくして、木管楽器の存在を強めている点にもあった。この後期の交響曲の聴かせ所には、必ず弦と管の素晴らしいアンサンブルがあり、プレヴィンはごく自然な姿で、バランス良く優雅に歌わせていた。このプレヴィンの一連の交響曲には、こうしたプレヴィン・スタイルに満ちており、一見、平凡に聞こえるかも知れないが、じっくりと味わうにつれ最近失われつつある居心地の良いモーツアルトの響きが滲み出るように聞こえていた。




  今回はお正月気分もあって、珍しく楽譜を取り出して丹念に楽譜を見ながらこの三大交響曲を聴いてみたが、今まで余り注目していなかったソナタ形式の繰り返しの扱いについてチェックしてみた。プレヴィンは提示部の繰り返しは、38番と40番の緩徐楽章を除き、必ず行っており、反対に最終部の繰り返しは省略する伝統的な方法を取っていたが、全ての繰り返しを省略しない最近のピリオド演奏とも、全ての繰り返しを省略するワルターのようなSP時代からの古い指揮者とも異なった解釈をしているようだった。また、譜面を見ると弦楽合奏と管楽器群との対比が実に理解しやすく、後期の交響曲には管楽器がメロデイラインを奏する部分が意外に多いことなどが分かって面白かった。

  プレヴィンの過去のモーツアルト・プログラムをデータベースを使って調べてみると、今回の三大交響曲は過去にも全てS-VHSアナログテープで収録済みであった。40番ト短調は95年10月のN響定期第1272回、39番変ホ長調は98年5月の第1352回、そして38番ニ長調は99年5月の第1381回であり、それぞれがオールモーツアルト・コンサートであった。また36番リンツは、07年10月の第1595回に収録(8-4-1)されていたが、41番ハ長調のジュピターは収録記録がなかった。従って、今回の三大交響曲はプレヴィンのお得意のシンフォニーのレパートリを集めたものであることが分かった。また過去のN響との演奏はいずれも、最後にシンフォニーを配置したオールモーツアルト・コンサートであることが分かっているので、いずれ機会を見て取り上げてみたいと考えている。

    (以上)(10/01/06)


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