(懐かしい映像記録;ショルテイ指揮パリ・オペラ座の1980年「フィガロの結婚」)
9-9-2、ゲオルグ・ショルテイ指揮パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団、ジョルジュ・ストレーレル演出による「フィガロの結婚」K.492、1980年7月14日、パリ・オペラ座における放送用ライブ収録、

−このショルテイの「フィガロ」は、1980年のパリ・オペラ座の熱気あるライブ記録であり、ショルテイの指揮とストレーレル演出の伝統的な統制の取れた「フィガロ」として優れたものであり、女性主役3人の顔合わせにも素晴らしいものがあった。しかし、音声と画像が今一つ魅力に乏しく残念であった。−

(懐かしい映像記録;ショルテイ指揮パリ・オペラ座の1980年「フィガロの結婚」)
9-9-2、ゲオルグ・ショルテイ指揮パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団、ジョルジュ・ストレーレル演出による「フィガロの結婚」K.492、1980年7月14日、パリ・オペラ座における放送用ライブ収録、
(配役)フィガロ;ジョゼ・ファン・ダム、スザンナ;ルチア・ポップ、伯爵;ガブリエル・パキエ、伯爵夫人;グンドラ・ヤノヴィッツ、ケルビーノ;フレデリカ・フォン・シュターデ、マルチェリーナ;ジャーヌ・ベルビエ、バルトロ;クルト・モール、その他、
(ドリームライフ、レーザーデイスク(LD制作1992/9/23)、DMLB-29、)

   このレーザーデイスクは、92年に発売と同時に飛びついて購入した記憶があるが、ベームやカラヤンのCDで活躍する一流スターを集めて、パリ・オペラ座で80年7月14日に収録されたライブ公演であった。しかし、舞台は素晴らしいのであるが、音声がまるでモノラルのように貧しく聞こえ、映像も画面がもやついており、カメラワークも単調で動きが少なく、当時はドイツ・オーストリアの録画水準に較べてフランスは技術的に劣るものであると考えていた。それにしても、指揮者ショルテイがなぜ?という当時のモーツアルト指揮には首をかしげるものの、超一流のヤノヴィッツとルチア・ポップとフォン・シュターデの三人が同一舞台で演ずるのはこの映像が唯一であり、彼女らの生き生きした歌や姿を見ることが出来て、オペラを見始めたものにとってはそれだけで満足であった。
  この当時得られたこの映像の印象は、改めて現在見直してみてもやはり変わらない。ヤノヴィッツの風格のある伯爵夫人は堂々として存在感があり、ルチア・ポップの可愛げのあるスザンナはピッタリであり、フォン・シュターデのボーイッシュな姿は魅力的で実に良く歌っていた。これでもっと音が良く、画面が美しければと思うことも同じであった。



  パリ・オペラ座特有の豪華な紅い幕に標題が映されて、ショルテイが序曲を開始するが、指揮をする画面に配役・制作者が字幕で紹介されていた。その中に放送用のライブと書かれていたが、これが1980年当時の放送中継の映像の姿と解釈して間違いはなかろう。
序曲は軽やかに快く進み期待を高めるが、ステレオにしては音が冴えずに不満。ショルテイは精悍な顔つきでしっかりと指揮をしていた。第一曲の前奏が開始されても幕が開かず、幕が開くと舞台は薄暗い物置部屋、大きな椅子にスザンナが腰をかけ、フィガロが壁を測っており、小二重唱が明るく歌われていた。ポップの表情が明るく声が良く伸び期待が大きいが画面の鮮明度が悪く不満。ベッドの話から第二曲が始まるが、伯爵の企みを知ってフィガロはやっと頭が動き出した。スザンナが呼ばれて一人になって考え出し、チェンバロのかすかな伴奏に乗って威勢良くカヴァテイーナを歌い出したが、腹いせにぶら下がった伯爵の洋服を棒で殴って歌うという元気の良さが受けて凄い拍手であった。



  大柄なバルトロが小柄なマルチェリーナに伴われて登場したが、良く見るとこれが何とクルト・モル。マルチェリーナにおだてられて「復讐だ!」と元気に歌っていた。続く女二人の口争いの小二重唱は、ドアの前でどうぞお先にと表情豊かに争われていたが、スザンナからお歳の話が出て、マルチェリーナが怒りだし、大袈裟に退散した。そこへ息せき切ってケルビーノが登場。伯爵夫人のリボンをスザンナから取り上げ、その代わりに自作の恋歌を渡し、「自分が自分で分からない」と歌い出した。シュターデの歌は、ショルテイの伴奏にしてはゆっくりであったがハッキリと歌われ、声も表情も良くこれが人気の秘訣か、凄い拍手を浴びていた。そこへ伯爵の声が聞こえて、二人は大慌て。スザンナが一人と見た伯爵が、早速、スザンナを口説き出すが、良いところでバジリオの声が聞こえて、伯爵は隠れて盗み聞きする。バジリオがケルビーノの話から伯爵夫人の噂話に及んで、伯爵が「何だと!」と立ち上がってしまい、愉快な三重唱が始まるが仰天したスザンナが気絶してしまう。



    スザンナが介抱されているうちに椅子に隠れていたケルビーノが見つかってしまい、「コシ・ファン・トッテ」とバジリオに冷やかされ、スザンナは弁解に一苦労しているところへ、運良くフィガロが村人達を連れて伯爵を讃える大合唱となっていた。しかし、伯爵はフィガロの作戦には乗らず、村人達を解散させてしまう。残されたケルビーノは、伯爵から連隊の士官に命ぜられ、直ぐに出発となって、フィガロから「さらば、少年ケルビーノ」とばかりの少々手荒な激励の歌で励まされ、最後には行進曲となって、鉄砲を肩に軍隊帽を被って堂々と行進をしながら退場して幕となっていた。



  第二幕は長い伯爵夫人のカヴァテイーナの前奏で始まるが、これがもの凄く遅いテンポでビックリ。初登場の正装の伯爵夫人がゆっくりと悲しげに歌い出すが、やはりこれ以上遅く歌えないほど遅いテンポながらヤノヴィッツはさすがしっかり歌っていた。フィガロが現れて伯爵を懲らしめようと作戦を練り、ケルビーノを女装させることには女二人は大賛成。軍服姿のケルビーノが、早速、スザンナのギター伴奏で歌い出すが、これが直立不動の姿勢で正調で歌われ、後半も崩さずに丁寧に歌い上げて、万雷の拍手を浴びていた。ピッチカートと木管の四重奏とホルン2の豪華な伴奏が快いこのアリエッタは、兎に角、人気満点であった。
 続いてスザンナの着せ替えのアリアが始まったが、スザンナが喜々として軍服姿のケルビーノをからかいながら、ズボン姿からスカート姿に見事に変身させて大笑いで拍手を浴びていた。ケルビーノが自分の腕に巻いた夫人のリボンが欲しいと伯爵夫人に詰め寄ってあわやと思わせたときに、ドアが叩かれ伯爵の声が聞こえてきたのでさあ大変。



 衣裳部屋に隠れたケルビーノをスザンナだと言い張る伯爵夫人を怪しいと睨んだ伯爵が、「スザンナ、出て来なさい」と大声を上げて三重唱が始まり、夫人がドアを開けさせまいと抵抗するので、伯爵は自分で工具を取りに行こうとした。その僅かな一瞬の隙に、「早く、早く」の小二重唱でケルビーノが窓から飛び降りて逃げ出し、スザンナが衣裳部屋へと入れ替わってしまった。工具を手にした伯爵が部屋の戻ると、観念した伯爵夫人がケルビーノだと白状したが、伯爵はまたもあいつかとカンカンになり、「出てこい、無礼な小僧!」と歌い始めて、第二幕の長い長いフィナーレが始まった。
 フィナーレは怒る伯爵に対し、あの子には罪はないとする伯爵夫人との口論の二重唱から始まって、部屋の鍵を渡して開けようとした所に、ドアが開いて「シニョーレ、どうぞお手討ちを」とスザンナが現れた。そこで大驚きの三重唱となり、謝る伯爵と強い女二人による謝罪の三重唱に発展した。そこへフィガロが現れたので、伯爵は手紙の問題を問いただそうと四重唱が始まった。知らぬ存ぜぬを決め込んだフィガロに呆れていたところに、アントニオが二階から人が飛び降りたと伯爵に抗議して何と五重唱になった。うるさいアントニオを追い出して、四重唱で伯爵の追求を何とか逃れたフィガロだったが、そこへマルチェリーナ一行三人が登場して、伯爵に借金の契約の執行を訴えたため七重唱となった。フィガロ側は劣勢となって大声で抵抗するので場面は盛り上がり、争いはどうなるか緊張の中で第二幕が終了していた。ショルテイはこの入り組んだアンサンブルを、手順通り巧みに処理をしていた。



 第三幕は伯爵の部屋であるが、チェンバロが置いてあり、伯爵はチェンバロを自分で弾きながら第二幕の不思議な出来事を自問自答していたが、これは始めてみる珍しい演出。部屋の隅では伯爵夫人がスザンナに対し何やら伯爵を欺く作戦を秘かに指示している様子であった。スザンナは夫人用の気付け薬を口実に伯爵に接近し、いつの間にか伯爵から今夜の庭でのデートを約束する二重唱となっていた。終わりにはキスまで許して伯爵を喜ばせてしまうが、別れ際にすれ違ったフィガロに「訴訟には勝った」と漏らしたのを伯爵に聞かれてしまう。伯爵はそれを聞き謀られたかと自問自答しながら歌い、終わりに復讐への喜びに発展する伯爵の唯一のアリアを朗々と歌って会場を沸かせていた。
 続いて判決が出たとドン・クルチオを先頭に伯爵の部屋にマルチェリーナとバジリオが登場し、フィガロが一人で不平を言っていた。2000を払うか結婚するかの判決であったが、結婚するには盗まれた貴族の子だから親の承諾が必要だとしてフィガロが頑張っており、その証拠は盗まれたときの洋服と右腕の絵文字の痣だと息巻いていた。しかし、それを聞いてマルチェリーナが、その子は盗まれたラファエロだと言うことになり、パードレ・マードレの珍妙な六重唱が始まった。親子の抱擁からスザンナの平手打ちを誘い出し互いに和解して、伯爵とクルチオがのけ者にされる六重唱は実に面白く、最後には親子の二組の結婚式を挙げようと言うことになった。



 続いて伯爵夫人が登場し、スザンナと伯爵との約束がどうなったか、自分が女中の服を着て主人を待つという情けなさを自問自答して、「昔は良かった」というアリアをアンダンテで歌い出し、第二部ではアレグロになって「伯爵の心を取り戻すなら」希望があると決意を高らかに歌っていた。馴染み深いこのアリアは会場ではたいそうな拍手で迎えられ、ヤノヴィッツは2度も舞台に呼び出されていた。伯爵夫人はスザンナから伯爵との約束を聞いて、手紙を書いて場所をハッキリさせようと夫人が歌い出し、スザンナに書き取らせて、「手紙の二重唱」が始まった。二人が言葉を繰り返しながら歌うこの二重唱は実に美しく、このアリアも会場から盛んに受けていた。
 村の若い娘達の合唱が威勢よく始まり、伯爵夫人に花を献花していたが、娘達の中に一人見慣れぬ娘を夫人が見つけたが、それが何とケルビーノ。アントニオと伯爵が捕まえて懲らしめようとする一騒動があった。フィナーレに入って行進曲とともに、村人達や二組の婚約者が入場し、二人の乙女達の祝福の二重唱が続き、スザンナが伯爵からヴェールを受けていた。その隙にスザンナから手紙が伯爵にソッと手渡され、すっかりご機嫌になった伯爵の高らかな挨拶で第三幕が盛大に終了していた。舞台は大勢の出演者で賑やかであったが、流石に余り矛盾がなく、順調に進んでいた。



 第四幕はバルバリーナのピンが見つからないという悲しげなアリアで始まるが、フィガロが登場しピンを見つけた振りをして、彼女からスザンナと伯爵の企みを始めて知った。新婚の夜だというのにと、フィガロは怒り出したが、マルチェリーナに宥められても治まらない。マルチェリーナとバジリオのフィガロを諭す二つのアリアが省略されて、フィガロがスザンナの裏切りを怨むアリアを歌い出した。一方、スザンナはフィガロの姿を暗闇で見て、自分を疑うフィガロをからかうために、「さあ、時がきた」と歌い出した。ピッチカートに支えられた木管三重奏のオブリガートに乗った絶妙なアリアは、ポップが直立不動の姿勢でしっかりと歌って、大拍手の中で場面はフィナーレに突入していた。



  松の木のある庭園でスザンナの衣装を付けた伯爵夫人が登場すると、ケルビーノがスザネッタと呼び掛けて、ちょっかいをかけてうるさい。それを伯爵が見守る中で、フィガロとスザンナも茂みの陰に隠れて様子を見ており、五人の五重唱の形でフィナーレが始まった。伯爵が邪魔なケルビーノを追い払おうと平手打ちすると、それが隠れていたフィガロに当たって一騒動。音楽が変わってやっとスザンナの伯爵夫人と伯爵が二人きりになり、伯爵が手を取って口説きだし、素直なスザンナに対し盲目となってダイヤの指輪までサービスしてしまう。見かねたフィガロが通行人で現れると、証拠を得たスザンナの伯爵夫人は、フィガロを追っていなくなり、伯爵はスザンナを探していた。
 一方、スザンナの逢い引きを見たフィガロが怒って伯爵夫人に訴えると、それがスザンナであることが分かり、ここで二人の一騒動があって、フィガロとスザンナは仲直り。スザンナを捜す伯爵を見て、二人は奥方と従僕のラブシーンを芝居して、伯爵を驚かせ「皆のもの、密通だ」と大声を上げさせてしまう。そして平謝りの二人に対し、伯爵は皆の前で「絶対に許さない」と大声で叫んでしまった。そこに伯爵夫人が「私がお許しをお願いしたら」と陰から現れたので、伯爵は仰天する。自分の非を悟った伯爵が皆の前で奥方に深々と頭を下げて許しを乞い、伯爵夫人は「私が怒れましょうか、許しましょう」と寛大な姿勢をみせたので、見ている一同は一安心。素晴らしい赦しの音楽とこれを讃える満足の音楽とが重なって、場面は登場人物全員による華やかな喜びの重唱で終幕となっていた。
 音も画像も冴えないレーザーデイスクではあったが、内容は三人の女性主役や端役の皆さんの活躍でライブの舞台は充実したやはり楽しい舞台であった。



  ベーム・カラヤン亡き後のヨーロッパの指揮者の重鎮としてショルテイ(1912〜1997)が存在感を示していたのは、1990年代に入ってからで、1991年モーツアルトイヤー時に追悼記念の「レクイエム」でウイーンフイルを振ったこと(8-9-2)が非常に印象的であった。それ以前に彼をモーツアルト指揮者と考える人はいなかったであろうし、ましてこのオペラの1980年では、ヴェテラン指揮者としては万人が認めても、おやと思う人が多かったのではなかろうか。しかし、このオペラでは彼のテンポの早いせっかちな指揮振りの印象はなく、例えば、第二幕の伯爵夫人のアリアやそれに続くケルビーノのアリエッタなどは、ベームよりも遅いのではと感ずるぐらいであり、全体として活力に富んだ指揮振りをしていた。

  ストレーレルの演出は、06年のモーツアルトイヤー時のコルステン指揮のミラノスカラ座でも後日に見ることになったが、物置部屋・伯爵夫人の部屋・伯爵の部屋・庭園の四つの舞台を基調とした伝統ある落ち着いた演出で安心して見ていれた。この映像で特に目立っていたことは、アリアを歌うときは歌手がほぼ静止の状態で歌っていたことで、音楽優先の舞台演出が強調されていたことであろうか。そのせいか、最近の演出を見慣れたものにとっては、舞台の動きが少なくカメラワークも単調に見え、古さを感じさせた。解説に当たった今は亡き黒田恭一さんが、「この映像のキャストは、このビデオ収録当時のベストに近いものであるが、このビデオを見た人の味わう感動の多くは、指揮のショルテイと演出のストレーレルによっている」と語っており、オペラの音楽面と演出面での管理の重要性を指摘していた。
 これまでの映像の多くは、ロンドン・ウイーン・ベルリン発のものが多かったが、80年代のパリ発の映像は非常に珍しいと言えよう。このパリ・オペラ座からの中継で目立ったのは、観衆の熱烈な拍手や声が多かったことである。これはライブ特有の録音によるものであろうが、パリには熱心なオペラフアンが多いことの現れであろうと感じさせられた。

 終わりに、この映像の音声や画像の水準が低いのは、1980年7月14日のフランスのテレビ放送ライブの当時の技術的水準であることにあった。これで思い出されるのは、1980年9月30日の2ヶ月後のベームの日本公演記録の映像(7-12-3)であり、ショルテイの映像と同じヤノヴィッツとルチア・ポップのコンビのものであった。ベームの映像はNHKの技術で音声も画像もFMステレオ放送などと同期を取り、最近になって見事に新しく復元されているが、このベームの公演は、1980年11月2日に教育TVで放送され、奇しくも私はこの放送をVHSテープで録画していた。しかし、この録画テープは状態が悪く、残念ながら処分してしまったが、音がモノラルで貧しく、画像も当時の17インチ程度のカラーTVでやっと見られる程度の状態であった。これと今回のショルテイの映像は、まさしく同じ時期の映像であったが、やはり私の録画したものよりも状態は良く、当時の放送局用のステレオ原テープからレーザーデイスクに収録したものと思われ、当時のTV用のライブ記録としては最上のものであったと考えられる。

(以上)(09/09/20)


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