(二つの交響曲シリーズ;ケント・ナガノのジュピターとプロムシュテットのプラーハ) 9-9-1ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団による交響曲ハ長調K.551「ジュピター」、2005年、およびヘルベルト・プロムシュテット指揮NHK交響楽団による交響曲ニ長調K.504「プラハ」、

−ケント・ナガノの「ジュピター交響曲」K.551は、5本のコントラバスが並ぶ重量級のオーケストラによる分厚い音の響きが頼もしく聞こえる壮大な演奏であったが、細部の 細やかさにも配慮された堂々たる演奏であった。一方のプロムシュテッドの演奏は、久し振りで聴いたどっしりした重厚なプラハ交響曲であったが、ベームの映像と較べると、やはりテンポが速く、細部のきめ細かさや木管の動きに繊細感があり、全ての主題提示部の繰り返しを行うなど、最近のピリオド奏法の工夫が取り入れられていた−

(二つの交響曲シリーズ;ケント・ナガノのジュピターとプロムシュテットのプラーハ)
9-9-1ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団による交響曲ハ長調K.551「ジュピター」、2005年、およびヘルベルト・プロムシュテット指揮NHK交響楽団による交響曲ニ長調K.504「プラハ」、08年1月12日第1610回定期、NHKホール、
(07年08月12日クラシカジャパンCS736による放送をS-VHSテープにデジタル収録、および08年05月16日、NHKBS102CHの放送をBDー01にHEモードによりデジタル録画)

  9月号の第一曲目は、最近になって聴いた二つの交響曲を久し振りでお届けするものである。初めの「ジュピター交響曲」K.551は、ケント・ナガノが常任指揮者であったベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)を指揮したものであり、この交響曲を演奏するに当たって彼の取り組み方をドキュメンタリー風に報告した映像と演奏とが対になったクラシカジャパンの一時間番組であった。7月号の「イドメネオ」のケント・ナガノの演奏が素晴らしくこのHPが初出であったので、今回この映像を思い出し急遽アップするものであり、彼の映像としては、この楽団と来日して第九交響曲を振ったハイビジョン放送が残されていた。ジュピター交響曲のリハーサルでは、ケント・ナガノはきめ細かく指示を出し、楽団員は彼は分析的な態度で録画に非常に慎重であったと云っていた。このジュピター交響曲については、楽団員とともにスコアの検討を重ねて、実に7年目になってから演奏し録音をしたとされている。
  一方のプロムシュテット(1927〜)とN響の「プラハ」交響曲K.504 は、N響の定期第1610回の08年1月12日の収録であり、この日のメインはブルックナーの交響曲第4番「ロマンテイック」であった。プロムシュテットは今年6月の「バッハへの旅」でゲヴァントハウスでメンデルスゾーンのオラトリオ「パウロ」を聴いたばかりであったが、80歳を越えているのに大変なお元気で大曲を振っていたが、このN響定期でも衰えを見せない立派な演奏で、相変わらず、指揮台なし、指揮棒なしで、両手を挙げて動き回るようにして指揮をしていた。



  9月号の第一曲目はケント・ナガノの「ジュピター交響曲」K.551であった。第一楽章は、フルオーケストラによる堂々たる和音で開始されるが、ケント・ナガノのテンポが実によい。オーケストラは低い音から高い音まで厚いピラミッド型の響きで、オーソドックスな始まりであり、5本のコントラバスが正面の一番高い壇上に並んで力強く弾かれていた。フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重唱で主題を変形して軽快に繰り返され、躍動するように進行し、これが「ジュピター」であると感じさせる堂々たる響きであった。続いて第一ヴァイオリンが第二主題を提示して行き経過部を経て小休止の後、大音響とともに激しく爆発するがケント・ナガノは抑制的に進める。そしてピッチカートに導かれて軽快に楽しく流れる副主題が嵐を収めるように続いて、再び冒頭の主題が再現されていた。 展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管が交互に主題を変形しながら展開され実に素晴らしい。ケント・ナガノは細やかに取り組んでいるが堂々としており、分厚い音の響きが非常に頼もしく聞こえていた。  ケント・ナガノや楽団員は、インタビューでスコアと向き合って、心を開いて作曲者の意図を理解することが重要だと語っており、第一楽章では劇的なコントラストを図る部分と、マーチのように躍動して進行する部分と、ゲーム感覚に溢れる部分に分けて考えると自然に流れていくのではないかと話していた。



 第二楽章は厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むが、オーケストラの流れが厚くて重厚な響きがし、木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続く第二主題も重々しく弦がうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。ケント・ナガノはこのソナタ形式の提示部を丁寧に繰り返していたが、彼はここで「名曲が名曲たるゆえんは、スコアに戻るたびに新しい視野や視点が開けることだ。私はこのスコアを見て驚いた。このスコアは一見平明で明快に見えるが、天才のなせる技か古典音楽の神髄のような部分がある」と云う。恐らくこの楽章の再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分を指すのであろうが、スコアを追いながら私もそのように感ずることが出来たのは、このケント・ナガノの語りのお陰であった。



 一方の第三楽章のメヌエットでは、ケント・ナガノは早いテンポでメヌエット主題をリズミックに颯爽と進め、木管が一頻り歌い出しトランペットが鳴り響く場面もあって、ここでも壮麗な世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような早いテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏するユーモラスな場面が繰り返された。そのあとに第一ヴァイオリンと木管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。ケント・ナガノはこの楽章についてこう語っていた。「この楽章はダイナッミックな広がりがあり、トリオに特徴がある。ここに二つの和音によるトリオがあり、この二つの和音は別世界へと導きます。時間が止まる。その瞬間が素晴らしい。この二つの和音の響きは、室内にいながらにして互いに共鳴し合う。よく言われるのですが、このトリオの動機は、皮肉にも逆さの音です。モーツアルトはここで沈黙を表現しました。このトリオでは、見事な劇的効果が得られます。」

 

 フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるアレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、続く威勢の良い主題が繰り返されていくごとに、次第に威勢良く高められていき、壮大なドラマを造り上げていった。ケント・ナガノはこのフィナーレでは、全身を使ってこのオーケストラを盛り上げるように指揮をしており、オーケストラもこれに応えるように堂々たる響きを聴かせていた。この壮大なフィナーレがオーケストラ全体の圧倒的な力で盛り上がりを見せて高らかに終結すると、凄い拍手が湧き起こり、指揮者は呆然と立ちすくんでいた。ケント・ナガノはこの楽章について次のように語っていた。「この楽章は出だしこそはシンプルなメロデイで始まるが、次第に複雑化し、展開部を過ぎる頃には、弦と木・金管とテインパニーとの壮大なコンフリクトがあり、対立と解決を巡ってのドラマに満ちている。この楽章から交響曲の流れは変わってきて、人はフィナーレを最重要視するようになった。ベートーヴェンもブラームスもそうであり、後世の全ての作曲家は、最終楽章に最も重要な主義主張がある。」


  一時間構成のケント・ナガノが指揮するリハーサルと本番の様子とスコアを前にした語りのドキュメンタリーを見ながら、ケント・ナガノがジュピター交響曲を振った各楽章の様子と彼の語録とも云うべき語り口についてまとめてみた。ケント・ナガノはスコアをじっくりと読む分析的なタイプであると楽団員が語っており、レハーサルでのきめ細かな指示と楽譜の行間を読む鋭い洞察力を兼ね備えた指揮者であると考えられる。彼の映像は「第九」の日本公演と、オペラ「イドメネオ」、およびこの「ジュピター交響曲」の三曲に過ぎないが、今後に期待したい指揮者であると感じた。











 第二曲目はプロムシュテットの指揮するプラハ交響曲K.504であるが、NHKホールのN響の配置を見ていつもと全く異なるのに驚いた。まずコンサートマスターは、ゲストであるペーター・ミリングであり、弦楽器を見ると左右に第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンとに別れ、中央左にチェロが右にヴィオラがおり、3台のコントラバスは左奥に、中央の高い壇上に木管が前列、テインパニーやトランペットが後段に並んでいた。このスタイルが、恐らくプロムシュテット流で、このプラハ交響曲よりも後半に演奏するブルックナーの交響曲「ロマンテイック」を意識したものであろうことは想像がつく。

プラーハ交響曲の第一楽章は、プロムシュテットのゆっくりとしたリズムで弦による伸びやかな序奏で華やかに始まり、テインパニーが堂々と存在感を示してから、改めてユニゾンで力強く行進曲風にリズミックに進行し、次第に緊張と高まりを増しながら頂点に到達する。力感溢れる伝統的奏法の頼もしさを感じさせる序奏部であった。一転してアレグロの第一主題がシンコペーションで第一ヴァイオリンにより颯爽と走り出し、次第に形を変え楽器を加え形を変えながら進行するが、プロムシュテットは全体が躍動するように軽快に進めていた。やがてブッフォ的な軽やかな第二主題が提示されて、木管群が加わって素晴らしい主題提示部を示していたが、プロムシュテットはここで古楽器演奏が行うように譜面通りに再び丁寧に冒頭のアレグロから繰り返しを行っていた。展開部では長い第一主題の断片が次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返され、プロムシュテットはきめ細かく丁寧に主題を追いながらこの長大で充実した展開部をこなしていた。再現部はやや型どおりの形で進行していたが、プロムシュテットは再現部の終わりでも繰り返し記号の通り繰り返しを行っており、結果的に第一楽章は約20分を要する長大なものとなっていた。



 第二楽章では、ゆっくりしたテンポで弦楽器により第一主題がアンダンテで静かに歌い出され、美しいロマンテイックな動機によるやや激しい経過部を経て進む。やがて第二主題が弦により提示されが、続いてオーボエやフルートでも繰り返されて穏やかに美しく進行していたが、プロムシュテットはこの楽章でも主題提示部を丁寧に繰り返していた。展開部では第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に展開されるが、これが実に印象的で素晴らしい効果をあげていた



 フィナーレでは、冒頭の主題が「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行する。弦の主題提示に対して木管三重奏がこれに対抗して応える形で軽快に進行し、プロムシュテットは踊り上がるような仕草で軽快に指揮をしていた。続く第二主題は、弦の提示に対し管が応える対話が続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。ここでもプロムシュテットは主題提示部の繰り返しを行っており、その丁寧さには驚かされるが、再現部最後の繰り返しもやはり行っていた。フィナーレの軽快な進行の最後に力強い終わり方で曲は結ばれたが、大変な拍手が湧き起こり、お客さんは非常に満足したものと思われた。



 プロムシュテッドは80歳を越えた高齢にも拘わらず、指揮振りも足どりもしっかりしており、さらにブルックナーと取り組もうとする熱意には敬意を表さざるを得ない。  久し振りで聴いたどっしりした重厚なプラハ交響曲であったが、ベームの映像と較べると、やはりテンポが速く、細部のきめ細かさや木管の動きに繊細感があり、全ての主題提示部の繰り返しを行うなど、ピリオド奏法の工夫を取り入れているように思った。この曲は「フィガロの結婚」の作曲直後に書かれているので、フィガロを思わせるフレーズが方々に現れており、作風の軽快さもオペラに似ているところが多いことが、この演奏を聴きながら改めて再確認させられた。

(以上)(09/09/11)


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