(HDDによる最新のHV収録;広島響と東京響の二つのピアノ協奏曲の記録)
9-8-1秋山和慶指揮広島交響楽団とコルネリア・ヘルマンによるピアノ協奏曲ハ長調K.467 、07年7月広島厚生年金ホール、およびジャン・フールネ指揮東京交響楽団と伊藤 恵によるピアノ協奏曲ハ短調K.491、05年12月東京文化会館、フールネ追悼記念、

−若さが溢れるようなヘルマンのハ長調協奏曲K.467を秋山指揮・広島交響楽団の演奏で楽しみ、伊藤惠のフルネマジックに魅せられたピアノをハ短調協奏曲K.491で聴き、耳を新たにした。後者は、08年11月に95歳で亡くなったジャン・フールネ氏の05年12月のラストコンサートであった−

(HDDによる最新のHV収録;広島響と東京響の二つのピアノ協奏曲の記録)
9-8-1秋山和慶指揮広島交響楽団とコルネリア・ヘルマンによるピアノ協奏曲ハ長調K.467 、07年7月広島ホール、およびジャン・フールネ指揮東京交響楽団と伊藤 恵によるピアノ協奏曲ハ短調K.491、05年12月東京文化会館、フールネ追悼記念、
(08年05月09日および08年11月17日、NHK102CHの放送をBDレコーダーのHDDにHEモードによりデジタル録画)

  8月号の第1曲目のピアノ協奏曲ハ長調K.467は、08年5月の連休に入手したブルーレイ・レコーダの謂わばテスト録音として収録したものであり、秋山和慶指揮広島交響楽団の定期コンサート中の1曲であった。ピアノはコルネリア・ヘルマンという若いオーストリアのピアニストによる演奏であった。この演奏ではとても清楚な感じのする魅力的なピアノが響いており、この広島交響楽団と秋山さんはこのHP初出であったので、早くからアップしたいと考えていたが、やっと順番が回ってきたものである。なおこのコンサートでは、第一曲がヴェルデイのオペラ序曲、第三曲がR.シュトラウスの交響的幻想曲「イタリアから」作品16が演奏されていた。

  一方の伊藤 恵によるピアノ協奏曲ハ短調K.491は、指揮者ジャン・フールネに引っ張られてじっくりと遅いテンポで弾き込んだピアノ演奏で、それが私の好みに合う素晴らしい演奏になっていた。折しもフールネ追悼記念と称されて放送されていたが、05年12月東京文化会館における東京交響楽団の定期であり、奥さんのミリアム・フールネのイングリッシュホルン・ソロのある「ローマの謝肉祭」とブラームスの交響曲第二番が組み合わされていた。このHPでは、久し振りの2曲のピアノ協奏曲の名曲であるので、じっくり味わってアップしたいと思う。
  初めのコルネリア・ヘルマンは、ザルツブルグのモーツアルテウム音楽院に学び、1999年にモーツアルト国際コンクールにおいて特別賞を受賞して以来、リンツのブルックナー管弦楽団、モーツアルテウム管弦楽団、NHK交響楽団などと協演するようになったとされる。最近、モーツアルトのピアノソナタ全曲演奏会を行っている菊池洋子が、2000年におけるモーツアルト国際コンクール優勝者であるので、1年先輩に当たることになる。さて若く可愛く少女のような彼女は、どんな演奏をするのだろうか。



     秋山和慶指揮の広島交響楽団は、このHPでは初登場であるが、三本のコントラバスをベースにした中規模のオーケストラ編成で、明るく行進曲風の第一主題をリズミックに進めていた。トランペットやテインパニーが明確にリズムを刻み、オーボエやフルートが明るい響きを見せながらトウッテイで堂々と提示部を終え、プロ集団としての力量を発揮していた。やがて、ピアノがアインガングとともに登場し、明るく主題を繰り返していくが、ヘルマンのピアノは粒立ちが良く流れるように美しく弾かれ、それがこの曲に良く合っていた。続いて独奏ピアノがト短調交響曲の冒頭を思わせる副主題を繰り返すが、これが明るく印象的。続いて軽快な第二主題が独奏ピアノで歌うように現れて、ピアノがオーケストラと競い合うように素晴らしいパッセージを見せながら進行して行った。展開部ではピアノが独壇場で絢爛たるピアノの技巧が要求されるが、ヘルマンは期待通りに難関を突破し、堂々と再現部へと突入して行った。最後のカデンツアでは、行進曲の冒頭主題と副主題、第二主題を巧みに取り入れたオリジナルなものを流暢に弾き流していたが、聴き応えがあった。見かけは若くてひ弱な感じがしたが、終わってみれば流麗な美しいしっかりしたピアノの響きであり、途中からは安心して音像に浸っていた。



    弦楽合奏が奏でるこの静かなアンダンテ楽章の美しい歌うような調べには、どんな人でも心を動かされるであろう。ピッチカートによる三連符の豊かな伴奏に乗って、弦楽合奏がゆっくりと歌い出し、オーボエやフルートにより装飾されて主題が提示されてから、独奏ピアノが登場して、一音一音克明になぞるように打鍵されていく。そして三連符の伴奏に乗って新しい旋律がピアノによって示されるが、この中間部のピアノがなんと美しいことか。ヘルマンはゆっくりと確かめるように丁寧に弾いており、彼女のセンスの良さが目に見える。やがて冒頭の主題に戻るが、ここでは独奏ピアノにより幾分変奏されて出てくるが、ヘルマンは余り余分な装飾音を付けずに、丁寧に弾き込んでいた。ふとヘブラーのピアノに似ているかなとも思いを巡らした。爽やかな美しい楽章であった。
 第三楽章は、ロンド主題ともとれそうな明るく軽やかな第一主題がトウッテイで繰り返されてから、フェルマータを置いて短いアインガングで始まる独奏ピアノが改めてこのロンド主題を軽快に弾きだした。そして一端オーケストラにお返ししてから、ピアノの走句による16分音符の副主題が走り出し、ヘルマンは満を持したように軽やかにそのまま流れるように弾き進めていた。オーボエに続いてフルートも加わった木管合奏で示される第二主題も、直ぐにピアノに引き継がれ、再び16分音符のピアノの走句が続いて、快調なピアノのペースとなり、オーケストラと対話したり従えながら進行していた。再びフェルマータを置いて独奏ピアノがロンド風な冒頭主題を弾き出すが、これは再現部への突入であり、独奏ピアノが走り出し、ヘルマンの両手は鍵盤上を走り回るように駆けめぐって、一気呵成にカデンツアまで到達し、最後は輝くようなピアノの音階の上昇で終結していた。



    ヘルマンの見事なピアノに館内は割れるような拍手となり、団員も楽器を打ち鳴らして讃えており、一回目の呼び出しでは花束をもらって満面の笑みを浮かべていた。2回目は指揮者と一緒に挨拶をし、3回目の呼び出しでピアノの前に座り、いきなりメンデルスゾーンの無言歌から「紡ぎ歌」作品67の4をアンコールで弾き出した。くるくる回るようなピアノの響きが第三楽章の主題にも似て、いかにも彼女らしい選曲に観衆は大喜びであった。
 この曲は最近では、小管優、菊池洋子と若い新進の女性ピアニストが好んで取り上げているようで、ヘルマンも早いパッセージを得意とすることから、共通するものがあるように思われる。この曲は、ニ短調のK.466 の直後に作曲されており、行進曲風に始まる威勢の良さで始まり、美しいカンタービレを効かせる緩徐楽章があったり、ブッフォの気分に溢れる軽快なフィナーレがあったりして、前作と異なった特徴を有しているので、若い女性ピアニストに好かれるのであろうか。ヘルマンはN響ともお馴染みのようであり、今回のように地方都市巡りを通じて、日本の人々にも好かれる親しみを持った魅力溢れるピアニストに成長しつつあると思った。

  第二曲目のコンサートは、日本に47年間にわたり足跡を残し、95歳で08年11月03日に亡くなった指揮者ジャン・フールネ氏を偲んだNHKの特別番組であり、晩年の視力の衰えからラスト・コンサートとして05年12月21日に行われた第619回東京交響楽団定期の模様を、在りし日の氏の語りと共に放送されたものである。この日のピアニスト伊藤惠は、後日のインタビューで、先生は音楽が要求している響きをいつもフルネマジックで引き出しており、この録音が残されたことはその場にいた自分の幸せであり、一生の宝であると思っている。音楽の素晴らしさは、それが永遠に残ることだとも語っていた。



   第一楽章はハ短調でユニゾンで重々しく開始される不気味な厳粛さを持った長い第一主題で始まるが、フールネのテンポは驚くほど遅く、6本のコントラバスをベースにした大規模な編成で堂々と進み、トランペットやテインパニーも良く響き、オーボエもフルートも良く鳴っていた。この主題がオーケストラで繰り返されてから、独奏ピアノが明るいアインガングで登場するが、伊藤惠のピアノはフルネマジックに魅せられたように、ゆっくりと一音一音丁寧に確かめるよう弾かれていた。冒頭の重い第一主題がオーケストラで現れ、ピアノが引き継いで華麗なパッセージを響かせていくが、ここでも遅いテンポでクリアに明確に弾かれていた。このように遅いテンポの彼女は初めてであったが、彼女は心得たようにじっくり取り組んでいるのが目に見えた。やがて独奏ピアノは呟くように美しい第二主題を提示するが、オーボエがそしてフルートが歌うように反復し、ピアノが速いパッセージで引き継いで、素晴らしい競演が行われて、それ以降は独奏ピアノが中心で経過部にに入っていた。展開部もピアノのアインガングの音形で始まり、独奏ピアノが大活躍して技巧的な16部音符の走句が続いていたが、これを遅いテンポでクリアに弾くのは至難の技であったろうと思われた。カデンツアは彼女のオリジナルであろうが、じっくり弾かれてから長い重々しい第一楽章が終結した。ピアノとオーケストラが一体となった実に構成のしっかりしたハ短調協奏曲であり、フールネのラストコンサートに相応しい堂々とした響きを持った演奏であった。



   緩徐楽章はラルゲットで独奏ピアノが穏やかに美しい主題を提示し、続いてオーケストラが弦と木管が掛け合い風にゆっくりと再現するが、この楽章はロンド形式ABACABAで書かれており、何とこの最初の冒頭の主題はロンド主題であった。続いてフェルマータの後に独奏ピアノによるアドリブの短いパッセージに続きピアノで短いロンド主題が静かに現れた。伊藤惠のピアノは、実に丁寧に軽やかに弾かれていた。そして第一のエピソードがオーボエとファゴットで対話をするように明るく始まり、フルートも加わって木管合奏となり、ピアノと弦がこれを引き継いでから、再び木管グループ゜が素晴らしい合奏をしていた。再び独奏ピアノによりロンド主題が戻ったのち、第二のエピソードがクラリネットとファゴットで始まり、ピアノと弦がこれを引き継いで、全体が繰り返されていた。この楽章の伊藤惠のピアノは、実に細やかに弾かれており、弦楽器や木管楽器とのアンサンブルを意識した実に暖かみのある美しい演奏であった。



   フィナーレは、珍しく変奏曲形式を取り、始めにオーケストラで主題が提示され、8小節*2の二部リート形式の軽快な主題であったが、ここでもフールネマジックの遅いテンポが取られていた。第一変奏はピアノのソロが中心の速いテンポの変奏が行われ、第二変奏は木管群が主題を示しピアノが速いパッセージでフォローしていた。第三変奏はピアノが力強く付点のリズムで変奏し、オーケストラも力強くこれを繋いでいた。第四変奏はクラリネットが新しい主題を提示しピアノがこれを模倣して変奏していた。第五変奏はがらりと変わって独奏ピアノだけのポリフォニックな演奏になっていた。第六変奏は新しい主題がオーボエで導かれ、フルートが反復してピアノに渡されていた。第七変奏は弦楽器が冒頭の主題を流しピアノがこれを彩り、短いカデンツアが奏され、フィナーレのピアノによる速いテンポの変奏で終結していた。この楽章でも伊藤惠のピアノが常に中心にあって、木管群と弦楽器群とが互いに補い合って持ち味を発揮しており、アンサンブル音楽の妙味を見せていた。



   伊藤惠といえば、最近の映像ではNHKの「ぴあのピア」という10分間の20番組でモーツアルトの代表的ピアノ曲を紹介していたが、彼女はソナタの中心的奏者として活躍していた。しかしその演奏は、私の耳にはテンポが速すぎて今一つ満足できなかった。私は今回のフルネマジックのこの協奏曲演奏を聴いて、彼女は指揮者に教わることが多かったのではないかと思っている。
 このラストコンサートはフールネが92歳の時の演奏であり、視力が弱っていたせいか特別大きなスコアを見ながら指揮をしていた。カラヤンもベームもバーンスタインも、彼らの老成した頃の古い映像を見ると、テンポが若い頃より遅くなり、じっくり歌わせるタイプの演奏を好むようになっていたようである。このフールネの演奏もそうした類い希な記念すべき名録音として印象に留めるべきものと感じさせられた。

(以上)(09/08/14)


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