(最新入手のハイビジョン放送;メスト指揮チューリヒ歌劇場の「ドン・ジョバンニ」)
9-4-3、ヴェルザー・メスト指揮、エリック・ベヒトルク演出、チューリヒ歌劇場管弦楽団&合唱団によるオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527、

−明るいホテル内の出入り自由なロビーなどをイメージして、賑やかな現代風の茶番劇に仕立て上げられていたが、風変わりで戸惑う部分も多い演出で、むしろメストの安心して聴ける音楽の良さとベテランの歌手陣に助けられた舞台であったと思われる−


(最新入手のハイビジョン放送;メスト指揮チューリヒ歌劇場の「ドン・ジョバンニ」)
9-4-3、ヴェルザー・メスト指揮、エリック・ベヒトルク演出、チューリヒ歌劇場管弦楽団&合唱団によるオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527、2006年5月14ー18日、
(配役)ドン・ジョバンニ;サイモン・キーンリサイド、アンナ;エヴァ・メイ、エルヴィーラ;ハルテリウス、ツエルリーナ;マルテイーナ・ヤンコヴァ、レポレロ;アントン・シャリンガー、オッターヴィオ;ピヨートル・ベチャーラ、マゼット;ラインハルト・マイア、騎士長;アルフレート・ムフ、
(09年1月24日、BS103ハイビジョン放送を、ブルーレイデイスクBD-011にHEモードで録画)


 四月号の第三曲目は、NHKハイビジョン・ウイークエンド・シアターの堀内修先生のご推薦のヴェルザー・メスト指揮、チューリヒ歌劇場によるオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527であり、モーツアルトイヤーの06年5月に収録され、演出は気鋭のエリック・ベヒトルクが担当した新しいスタイルのものである。堀内先生の前口上をお借りすると、このコンビが現在絶好調で注目されているのは、メストがシュターツ・オーパーの小沢征爾の後任に選定され、このコンビでいま、ワーグナーの大作「リング」四部作を進行中であり、現在、最も油の乗り切ったコンビであると目されているからだそうである。
 メストはきめが細かい指揮を得意にしたニュアンスを大切にする人であるが、この「ドン・ジョバンニ」が注目されるところは、ベヒトルクのイマジネーションの豊かな演出にもあるようだ。例えばとして、「カタログの歌」の場面を挙げ、エルヴィーラがレポレロの歌の内容に次第にビックリし、最後には犯されて倒れている女性を抱きしめたりする場面で、エルヴィーラの優しい心と同情心の厚さを描いていると仰有っていたが、私はこの場面の意味(何故そこに女性が倒れているか)が理解できず、見ていて何をしているかが良く分からなかった。また、このHPでも何回目かの登場であるが、キーンリサイドが歌にも動きにも精悍さを現した「ドン・ジョバンニ」なので見て欲しいと解説されていた。

 私が一見したところは、洒落たホテルでの出入り自由なロビーの中での進行劇のような現代風の演出であり、華やか過ぎるけばけばしい舞台なので心配であったが、安心して見ていれるキーンリサイドのやはり格好が良く現代一流のドンの他、エヴァ・メイ、マリン・ハルテリウス、ピョートル・ベチャーラ、アントン・シャリンガーなど、このHPでお馴染みの歌手陣が揃っていた。メストは私には好みの無難な指揮者であり、演出に多少の好みが分かれるかも知れないが、歌手陣に期待の持てる映像であるので、じっくりと楽しみながら掘り下げてみてから、アップしたいと考えた。




 メストが入場して序曲が開始されたが、少し早めのテンポで重苦しい和音が轟き、続く主部のアレグロでは弦が軽快なテンポでぐいぐいと進行していた。その途中から幕が開くが、そこは一見して奥行きのある明るいホテルのロビーのような場所で背広姿の人々が大勢いるが、良く見ると動いているのはただ一人だけ。これが正装の姿のレポレロで、序曲が終わるとうろうろしながら「召使いなんか真っ平だ」と第一曲を歌い出していた。そこへ上半身が裸の男が真っ赤なドレスの女性に追われて勢いよく登場するが、大勢の人達が邪魔で女性の手ではなかなか捕まらない。やっとシャツを着たドン・ジョバンニが、追いついたドンナ・アンナと出遭ったところで二人はデイープキス。そこへ娘の一大事とばかりに大男の背広の父親が駆けつけ、剣を抜いて娘を助けようとするので、ドン・ジョバンニはレポレロの渡すナイフを持って応戦。しかし、勝負はあっと言う間にドン・ジョバンニの勝ちとなり、レポレロとの三重唱になって、ターバンを巻いた召使いの前で父親は息を引き取った。二人が逃げ出してから、ドンナ・アンナが恋人のオッターヴィオを連れて駆けつけたが父は既に死んでおり、嘆き悲しみの二重唱となるが、後半では手についた父の血に賭けてオッターヴィオに父の仇討ちを誓わせていた。ここまで舞台は一気に進んだが、ホテル風の広い部屋は鏡で廣く見せており、上下や左右に動く幕を利用して、部屋が仕切られるようになっていた。






 場面は変わってドン・ジョバンニは、ホテルのロビーの一室で女性の臭いを嗅ぎ付けた。そこではかって捨てた女性のドンナ・エルヴィーラが「あの人は今何処にいるか」と通る人に顔写真を見せて歌いながら探していた。エルヴィーラと気づかずに近寄って顔を合わせたドン・ジョバンニは、気丈な彼女にピストルを向けられ、さあ大変。レポレロに「カタログの歌」を歌わせて、ご本人はさっさと逃げ出してしまった。レポレロがあなただけではないと説明し、「スペインでは1003人」と歌い出すと素直なエルヴィーラは驚いてしまい、ふらふらと奥に倒れていた女性を抱き起こし介抱していた。彼女は優しい心を持った女性のようであったが、彼女が何をしようとしているか、一瞬戸惑う演出でもあった。




 同じホテルの別室では、結婚式を向かえるツエルリーナとマゼットが友人達と賑やかに歌ったり踊ったりしていた。そこへドン・ジョバンニとレポレロが通りかかり、ドン・ジョバンニはツエルリーナに目を付ける。そこでレポレロに命じてマゼットを仲間たちと別室に招待しようとしてマゼットが反発してアリアを歌うが、ドン・ジョバンニはナイフをちらつかせて服従させた。やっと二人きりになって、ドン・ジョバンニはツエルリーナを甘い言葉でその気にさせ、結婚しようとデイープキスをしている最中にエルヴィーラが現れた。そして、アリアを歌ってツエルリーナを救おうとした。ツエルリーナは初めは半信半疑であったが、彼女の剣幕と真剣さに驚いて、やがて逃げ出してしまった。
 「今日はついていない」とドン・ジョバンニがぼやいていると、ドンナ・アンナがオッターヴィオを連れて登場し、父への復讐を友人として援助して欲しいと依頼された。しかし、そこへ再びエルヴィーラが登場し、二人にこの男を信用するなと告げて激しい四重唱となった。ドンナ・アンナが、ドン・ジョバンニの別れ際に発した「アデイユー」の雰囲気から、犯人は彼だと初めて気がつく。オッターヴィオに事情を説明し、怨みのアリアを歌ったが、その激しさに会場から拍手が沸いていた。オッターヴィオも「彼女の願いはわが願い」とウイーン版での追加アリアを歌い、ホテルの女性から祝福されていた。
 場面が変わってレポレロがドン・ジョバンニに若者達を別室に上手く連れ込んだ話を得意げに報告すると、ドン・ジョバンニはすこぶるご機嫌で有頂天になって歌う「シャンペンのアリア」を早口で歌い満場の拍手があった。一方、マゼットは身勝手なツエルリーナを許さない。しかし、ツエルリーナが「ぶってよマゼット」と歌いながら泣いて謝ると、マゼットも機嫌を直して、第一幕のフィナーレに突入した。




 ドン・ジョバンニに怯えるツエルリーナにマゼットが怒り出した所に、ドン・ジョバンニが登場して、賑やかにみんなで踊ろうと挨拶をし音楽が始まった。初めにマゼットが隠れながら掴まえているツエルリーナを、ドン・ジョバンニが口説き始めるおかしな光景があって大笑い。三人が踊りに出掛けると、入れ替わりに三人の黒メガネの人たちがこわごわ登場し、音楽がメヌエットとなってレポレロが出迎え挨拶をする。そして三人が並んで「神様へのご加護を」と歌う美しい三重唱となった。厳粛な場面から、皆で踊れ騒げの場面に変わったところで黒メガネの三人が歓迎されて、「自由万歳」のファンファーレが鳴り響く。楽団員が入場してメヌエットから弾き始め、順番に三つ目の早い踊りになったところで雰囲気がおかしくなり、ツエルリーナの悲鳴が聞こえてきて、気がついてみるとドン・ジョバンニがレポレロにナイフを突きつけていた。しかし、ここに駆けつけた皆には、ドン・ジョバンニの茶番劇であることが見え見えであって、オッターヴィオがドン・ジョバンニにピストルを突きつけて改心を迫っていた。ドン・ジョバンニとレポレロは下を向き小さくなってしまったところで全員合唱の中で第一幕が閉幕となっていた。


 


 さて第二幕は再び大勢の人がいるホテルのロビー風の場所、ドン・ジョバンニとレポレロが二重唱を歌いながら何かしら言い争っていた。しかし、ドン・ジョバンニが金貨を取り出したことから仲直りし、エルヴィーラの小間使いを口説くために、二人は洋服まで交換してしまう。部屋の中央の机の上で休んでいたエルヴィーラに対し、改心したかのように衆人監視のもとで許しを求めると、人の良い優しいエルヴィーラはその気になってしまい、変装した赤い背広のレポレロとカップルになるが、これはこの演出では無理筋のよう。
 一人になったドン・ジョバンニは、青い背広でマンドリンとチェロのピッチカートの伴奏で気持ちよくセレナードを優しく歌って拍手を浴びていた。しかし、そこへマゼット一行が駆けつけるが、ドン・ジョバンニであるとは気がつかない。彼等はこのレポレロにいいように操られ、マゼットと二人になってから、持っていた武器を出させて、マゼットを半殺しに殴りつけてしまった。マゼットが悲鳴を上げていると、それを聞きつけたツエルリーナが登場して様子を訊き、別室でアリアを歌いながら介抱してしまう。このツエルリーナの薬の歌は下着姿になるかなり濃厚な甘い演技で、特別に拍手が多かった。




 一方、エルーヴィーラとレポレロが暗闇の中で迷い込んでいると、喪服姿のアンナとオッターヴィオが登場して六重唱が始まった。出口を探しているレポレロをマゼットとツエルリーナがつかまえ、四人がドン・ジョバンニの上着のレポレロを懲らしめていると、エルヴィーラが私の夫ですと飛び出してきた。四人が拒否すると遂にレポレロがお許し下さいと赤い背広を脱ぎ白状するので、エルヴィーラも含めて一同はビックリ。そして合唱の六重唱が続いた。皆に虐められてレポレロは早口のアリアで、旦那が無理にさせたと一人一人に謝り隙を見て逃げ出してしまった。ここでオッターヴィオが、ドン・ジョバンニが犯人なので仇討ちに出掛けるから、留守中に私の大事な人を慰めてやってくれと朗々と歌い出し、その姿が非常に格好が良かったのか、ロビーの女性客達に大もてで皆に担がれて退場していたのが印象的であった。続いてターバン姿の召使いがアラビア風の小型の仏像を持って登場し、正面に飾ったところで、優しいエルヴィーラがこの仏像に対してドン・ジョバンニにお慈悲を与えてくれと祈るように歌っていたのが風変わりであった。






 暗い墓場を模した場面となってドン・ジョバンニがレポレロに手柄話をして大声で高笑いをしていると、「その声も朝までだ」という恐ろしい声が聞こえてきた。仰天する二人に更に怖い声が響く。舞台ではターバンの召使いに抱き起こされた騎士長が歌っているのであるが、二人にはそれが見えずに、代わりに小さなアラビア風の石仏が置いてあるのを発見した。これがこの物語の石像の代わりの読み替えであり恐怖感は与えていたが、この像に頷きをさせるところなどは、かなり強引な無理筋であった。そこへドンナ・アンアがオッターヴィオと登場し、お墓を見つけて、ドンナ・アンナが激しい感情を歌うアリアを歌って握手を浴びていた。




 場面がホテルのバーのようなところに変わって、ドン・ジョバンニが盛んに食事を始めようと言っており、愉しい音楽が次々に聞こえ、マルツイミーノ酒が入り、「もう跳ぶまいぞ」の一節まで聞こえてきた。そこへエルヴィーラが登場しドン・ジョバンニが心配だから来たという。生き方を変えよと言う彼女をせせ笑って、逃げ出した彼女の大きな悲鳴が聞こた。見に行ったレポレロも悲鳴を上げて、先の仏像を抱えて飛び出してきて椅子の上に置く。そこで序曲の大音響が響きわたり、騎士長の招待されたからやって来たという大声が響く。ここでは仏像が騎士長の身代わりをし、声だけが朗々と聞こえてくる仕掛けになっていた。やがて私の招待を受けるかと聞かれたドン・ジョバンニは、行こうと返事をし約束に手を出すと、目には見えないが何か衝撃がドン・ジョバンニに伝わり、悔い改めよに対し最後まで拒絶を重ねたので、石像の声は去った。しかし、ドン・ジョバンニは亡霊が襲ってくると苦しげにもがき始め、地獄へ来いという合唱の声に抵抗していたが、次第に体が引き裂かれると苦痛を露わにし、倒れ込んで大声で悲鳴を上げて動かなくなってしまった。
 場面が変わって倒れ込んだいたレポレロを駆けつけた5人が助け出して、ドン・ジョバンニがどうしたか尋ねるがさっぱり要領を得ない。やがてオッターヴィオが「神様が復讐してくれました」と歌いだすが、ドンナ・アンナに「1年待ってくれ」といわれてしまう。それぞれが自分の道を語り出し、ワインを手にしながら平和が到来したことを喜び合って幕となった。





  このオペラは、明るいホテル内の出入り自由なロビーなどをイメージして、無理やりに賑やかな現代風の茶番劇に仕立て上げられた風変わりな「ドン・ジョバンニ」劇のように見えていた。このオペラの演出の難しさは、石像をどう描くかと、地獄落ちの場面をどう描くかにあるが、いずれもやはり筋を知っている観客に類推してもらう抽象化の道を採択していた。これをどう受け取るかは、個々人の評価によらざるを得ないが、観客に厭味を押しつける演出ではなく、むしろ共感を呼ばせようとする演出であった。  しかし、方々に一度見ただけでは理解が得られない戸惑う部分があり、それが重なると無理筋になって興ざめする場合が多かった。明るい中での変装劇は見るに堪えず、ホテル内での大勢の人影は異様であり、墓場をイメージさせる部分も無理強いに感じた。




 舞台は以上のように気になる点が多い演出であったが、出演者はそれぞれが歌にも演技にも、それぞれの力を発揮していて、このオペラを少しでも魅力あるものにしていた。  ハルテリウスは、素直なお嬢さんタイプの若いエルヴィーラの魅力を発揮していたし、エヴァ・メイは気が強そうきつい感じのドンナ・アンナを演じていたし、初めてのヤンコヴァは色気たっぷりのおきゃんなツエルリーナでピッタリであった。キーンリサイドは何回目かの主題役であったが、相変わらず動きが良く元気な姿を見せてくれたし、シャリンガーのレポレロは、この風変わりな舞台を楽しませるとぼけ役を上手にこなしていた。ベチャーラのオッターヴィオも熱演であったし、マゼットも存在感があった。
 このオペラで一番無難な役を演じたのは、指揮者のヴェルザー・メストであろう。彼は序曲の始めから無難な音響造りに専念しているように見え、安心して劇が進行するように務めていた。特に感じたのは、第一幕と第二幕のフィナーレであり、舞台上では矛盾を感じながらも音楽的には常に堂々としており、安心して舞台を見ておれたのはこの安定した音楽の良さであったと思われる。

 最近の「ドン・ジョバンニ」の演出で、読み替えや現代化を進める余り、女性の裸姿が多かったり、セクシャルな面を強調したり、残虐な面を見せたりする眉をひそめるタイプのものが出てきており、特にリブレットばかりでなく音楽にまで変更を加える過度な演出も出てきて問題視されている。
 このベヒトルク演出は、これらのものとは違う現代化の試みであり、あくまでもブッファとしての滑稽さと美しく上品な現代劇を目指したものと思われ、冒頭の堀内先生のご推薦はこの辺にあるものと思われる。しかし、このオペラにおいても、この演出はメストの音楽の素晴らしさによって助けられたような演出であり、音楽と演出が一体となって感動を高めるオペラには残念ながらなっていない。「演出と音楽が一体となって感動を高めるオペラ」が、読み替えや現代化を進める演出にあり得るのか、もう少し多くの事例を見て深く考えたいと思う。

(以上)(09/04/24) 


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