(アップを急ぎたかった収録ソフト報告;珍しいリートを二曲、松田奈緒美が歌う)
9-11-5、松田奈緒美(ソプラノ)が歌うリートを二曲、「すみれ」K.476および「夕べの想い」K.523、ピアノ伴奏;大藪祐歌、07年5月19日、フィリアホール、横浜、

−松田奈緒美の2曲を映像で見て、字幕の意味合いを忠実に表現する彼女の歌い方によって、ドイツ語が分からなくとも、映像の字幕の美しい日本語を見ながら、改めて、映像で見るリートの良さ・分かり易さに気がついた−

(アップを急ぎたかった収録ソフト報告;珍しいリートを二曲、松田奈緒美が歌う)
9-11-5、松田奈緒美(ソプラノ)が歌うリートを二曲、「すみれ」K.476および「夕べの想い」K.523、ピアノ伴奏;大藪祐歌、07年5月19日、フィリアホール、横浜、
(09年6月8日NHKクラシック倶楽部の放送をBD-015にHEモードで録画)

  松田奈緒美が歌ったNHKクラシック倶楽部の放送を2度も録画してしまい、リートの映像が少ないので早くアップしなければと思いつつ半年くらい経ってしまった。リートはLP時代にはアメリングのリート集を、CD時代に入ってバーバラ・ボニーの全集を入手しており、決して嫌いな分野ではないが、これで満足してしまってこれ以上集めようとはしていなかった。しかし、映像の時代になって、リートは映像で見ることが出来るのは、シューベルトの歌曲集ぐらいで、殆ど映像の対象にはされてこなかったような気がする。そのため、このHPでは、リートは殆ど収録しておらず、これまで数曲アップしただけであった。
  しかし、松田奈緒美の2曲を映像で見て、映像で見るリートの良さに改めて気がついた。それは彼女はドイツ語で歌っているが、彼女の歌うドイツ語と、訳詞されて出てくる美しい日本語字幕の内容とがピタリと合っており、字幕の意味合い通りの表情で彼女が生真面目に歌っており、リートにおいては詩情に溢れた歌い方や、心を込めて歌うことの重要さに改めて気がついたからである。と同時に、これまでリートの詩の言葉の意味を殆ど無視して聴いて来たリートの聴き方に深く反省をしている。NHKでは詩の訳者名は出されなかったけれども、訳詞の良さとそれが歌と共にタイミング良く映し出されることが、極めて重要であると思われ、この映像では2曲とも、それが素晴らしいと感じさせた。



 彼女の歌に合わせて、「すみれ」K.476の歌詞を書き取ってみた。それは、すみれが咲いていて、そこへ少女がやってきて、すみれが摘んで欲しいと願うが、少女は気づかずに、踏んづけて去ってしまう。あの娘のためだからと喜んで死んでいった哀れなすみれの物語であった。しかし、言葉を書き取っていると、まるで短いオペラを見ているように、その一言一言が心に伝わってきた。この映像を見て、この曲の深さを、改めて思い知らされた。



  「すみれ」K.476は、ピアノの短い伴奏の後に、短い三行詩で始まり、
「すみれが、野にひとつ咲いていた。 身をかがめ、人にも知られずに。それは愛らしいすみれだった。」とさり気なく、すみれの様子が歌われていた。
  そこで急にトーンが変わり、明るい声で、次の少女の三行詩が始まった。
「そこへ羊飼いの少女がやって来た。足どりも軽く、ほがらかに。こちらへ、こちらへ、野を越えて、歌いながら」と可愛い少女が駆けてきたように弾んで歌っていた。   ピアノの美しい伴奏が続いた後に、すみれが呟いていた。
「ああ!すみれは思う。もし私が、この世で一番美しい花だったら。ああ!わずかな間でも、あの娘は私を摘み。胸にそっと押し当ててくれるでしょう。ああ、ほんの…、ああ、ほんの…、少しだけでも。」とすみれの明るい気持ちを歌い上げていた。
  ピアノが先行しながら、ああ!それなのに、現実は厳しかった。

「ああ、それなのに、少女はやって来て、何も気づかずに、哀れなすみれを踏みつけた。」ここで、テンポを落とし、哀れなすみれの気持ちを、精一杯、声を挙げて歌われた。
「倒れ、命を落としても、それでもすみれは喜んだ。私の死は、あの娘のため、あの娘の足下で、死ぬのだから!」とすみれは呟きながら、諦めながら死んでいった。
  ピアノが一息入れて、モーツアルトは語った。
「哀れなすみれよ、それは愛らしいすみれだった。」



  有名なゲーテの詩に、モーツアルトが一言添えたことについて、いろいろな議論があるが、私はこの一言を追加することにより、音楽は見事に完結したものになったと思う。この一言は、このドラマを見つめていた第三者の発言であると思われ、そのため上記のように、モーツアルトの言葉として解釈するならば、許されるのでないかと思われる。ゲーテは、この自分の詩にモーツアルトが曲をつけたことは知らなかった(知っていたらこの美しい曲について、何か書き残してくれた筈であるから。)ようなので、曲と切り離せないモーツアルトの一言なら、許してくれたものと思われる。



  続く第二曲目は「夕べの想い」K.523であったが、この曲も深い響きのピアノの分散和音に乗って、語られる詩が美しいが、余りにも暗い内容であり、この詩に曲をつけたモーツアルトの心情を思うと、彼自身が生活にも疲れ、父の死にも見送ることが出来なかった、当時の苦しい状況が偲ばれてくる。この曲についても、長いから省略するが、「すみれ」と同様に歌詞を書き取ってみた。松田奈緒美の歌は、一行一行の歌詞に沈み込み、改めてこの曲の深い意味合いが分かるような気がした。

  前段の「日が暮れて、月が輝く頃、死を予感して、過ぎた日の想いにふける」やるせない気持ちの歌もさることながら、中段の「だから、あなたがお墓の前で泣き、灰になった私を見て悲しむとき、私はあなたの前に現れ、天の風を送りましょう」と歌う箇所の悲しみから励ましへと歌う旋律の素晴らしさは、喩えようがない美しさを秘めていた。



今回はモーツアルトはこの2曲だけであったが、彼女は続いて、リストの「3つのペトラルカのソネット」を歌っていたが、この曲も素晴らしい歌詞の付いたリートであった。その後、ヴェルデイの「オテロ」から「柳の歌」、続いてロッシーニのオペラ「コリントの包囲」から「正しい神に」という二つのオペラのアリアを歌っていたが、まるでリートのように歌詞の意味合いをよく考えてしっかりと歌っていた。

  NHKによると、松田奈緒美は1980年沖縄生まれであり、沖縄県立芸術大学を卒業後、ドイツのマンハイム芸術大学で学んだ。2004年にNHKニューイヤーオペラコンサートに出演して、注目を浴びた。その後、チョン・ミョンフン、小沢征爾など一流指揮者からの評価も高く、今後のさらなる活躍が期待されている。生真面目すぎる歌い方から、オペラの演技などは苦手で、ブッファなどスピード感のある舞台は苦手のように思われるが、これからどういう活躍をするか、楽しみな存在であると思った。

(以上)(09/11/10)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ

名称未設定