(懐かしい映像記録;カラヤン指揮による1987年の「ドン・ジョバンニ」K.527)
9-11-3、カラヤン指揮ウイーンフイルによるミヒャエル・ハンペ演出の「ドン・ジョバンニ」K.527、1987年7月、87年ザルツブルグ音楽祭におけるライブ収録、

−この映像には円熟したカラヤンの豊かな音楽性が隅々まで行き届いており、リブレットに忠実な薄暗い舞台をベースに繰り広げられた役者優先・音楽優先の「ドン・ジョバンニ」であると感じさせ、現時点で総合的に評価しても、余り色褪せていない伝統的で本格的なカラヤンの全盛期の映像であると思われる−

(懐かしい映像記録;カラヤン指揮による1987年の「ドン・ジョバンニ」K.527)
9-11-3、カラヤン指揮ウイーンフイルによるミヒャエル・ハンペ演出の「ドン・ジョバンニ」K.527、1987年7月、87年ザルツブルグ音楽祭におけるライブ収録、
(配役)ドン・ジョバンニ;サミュエル・レイミー、ドンナ・アンナ;アンナ・トモワ=シントウ、ドン・オッターヴィオ;エスタ・ヴィンベルイ、騎士長;パータ・ブルチュラーレ、ドンナ・エルヴィラ;ユリア・ヴァラデイ、レポレロ;フェルッチョ・フルラネット、マゼット;アレクサンダー・マルタ、ツエルリーナ:キャスリーン・バトル、)
(1991年10月02日、NHKBS放送をS-VHSアナログテープに3倍速で収録、)

  この映像はカラヤンが残したモーツアルトの唯一のオペラ作品の映像であり、このオペラの沢山ある映像を総合的に見て、今でも最も素晴らしい作品の一つであると考えている。私はLP時代はこのオペラをクリップス・ウイーンフイル盤(1954)で聴いていたが、CD時代になって最初に出たCDがカラヤン・ベルリンフイル盤(1987)であり、最も繰り返し聴きこんだものであった。このCDはカラヤンにとってこのオペラ初めての執念を凝らした録音であり、歌手陣は当時のウイーン国立歌劇場のインターナショナルなスター歌手を集めており、当時からこの配役はカラヤンでなければ出来ないと言われていた。この演奏が素晴らしく聴こえたのはそのせいもあろうが、この映像はCDの歌手陣をそっくり集めて翌年の87年ザルツブルグ音楽祭でウイーンフイルと上演したものであり、オーケストラとエルヴィーラだけがアグネス・バルツアからマリア・ヴァラデイに変わっていた。
    この映像の演出者はルドルフ・ハンペであり、薄暗い舞台を基調としたリブレットに忠実な最も伝統的な演出で、安心して舞台に浸ることの出来るものであった。カラヤンには沢山のドキュメンタリーが残されているが、私はカラヤンと若いハンペとがこの演出の際に喧嘩に近い激論を交わしている場面を見たことがあるが、演出にもうるさいカラヤンとの共同作品だから、恐らく練り上げられたものと言うことが出来よう。
  私が91年10月にNHKBS 放送をS-VHSアナログテープで撮った映像が、3倍速であるが画質も音質もまずまずであったので、今回はこれを使っている。しかし、これを改めて見て、最近安い値段(4200円)で再発売されたこのDVDを購入するかどうかを、判断したいと考えている。

        カラヤンがオーケストラピットにタートルネックで現れ、一呼吸おいて大和音が二つ長く響き序曲が始まった。この深い響きはカラヤンの音だ。ゆっくりと弦が下降し暗い重苦しい和音が続いてから、一転してアレグロで躍動するようなリズムと早いテンポで序曲が動き出した。画面では歌手陣の紹介が行われているうちに序曲が進行し、そのまま第一幕に突入していた。場面は大きなお屋敷の入口で、序奏と共に暗闇の中でレポレロが現れ、見張り番だとブツブツ呟いていると、物音がして目隠しをしたドン・ジョバンニが女性に追われて争いながら階段を駆け下りてきた。くせ者と声を出したドンナ・アンナがなお争っていると背後から白い服装の大柄な騎士長が現れ、剣を抜けと迫っていた。間もなく果たし合いが始まったが、あっと言う間に勝負が付いてそこに倒れてしまう。実に動きの速いスピード感覚のある早い出だしであった。二人が逃げ出すと、ドンナ・アンナとオッターヴィオが駆けつけ、父の死体を見つけると彼女は気を失ってしまう。従者に気付け薬を頼んだオッターヴィオがドンナ・アンナを介抱して僕が夫となり父になろうと励ますと、彼女は気丈にも父の復讐を誓わせる劇的な二重唱となり、二人は声が良く伸び非常に力強いデユエットになっていた。


場面が変わって男二人が広場で言い争いをしていると、ドン・ジョバンニが女の臭いを嗅ぎ付ける。やがて従者を連れた貴婦人が登場し、「あの男は何処へ行ったのかしら」と怨みの歌を歌い出した。ドン・ジョバンニが近寄るが、貴婦人は捨てた女エルヴィーラで、探していた相手が自分と分かりさあ大変。エルヴィーラがナイフを持って飛びかかってくるので、レポレロに事情を説明させて逃げてしまう。レポレロがカタログを見せながら、「スペインでは1003人」などと歌いながら説明すると、純情な彼女は驚いて温和しくなり、ここは名レポレロのフルラネットの朗々たる名唱がご披露されていた。



  広場に若者達が賑やかに集まってきて、車の上で若いツエルリーナとマゼットが明るく歌っているうちに、男二人が陰から様子を見て、ドン・ジョバンニがツエルリーナに目を付けた。皆を屋敷にと誘導し、マゼットを力づくで追い払おうとしてマゼットが皮肉タップリに嫌味を歌った。ツエルリーナと二人になって、ドン・ジョバンニは農婦になる娘でないと口説きだし、しなやかな手と誉め出すとウブなツエルリーナはウットリしてしまい、別荘に行こうと誘われて有名な二重唱になっていた。「さあ行こう」と言われ「参ります」となって抱き合ったところへ、エルヴィーラが現れて、「この裏切り者から逃げなさい」と歌い出した。話を聞かされてツエルリーナは驚く。



     「今日はついていない」とドン・ジョバンニがぼやいていると、ドンナ・アンナとオッターヴィオが助けを求めて現れた。そこへ再びエルヴィーラが現れて、彼女の「この人を信じるな」という歌で四重唱が始まったが、脇でツエルリーナが一部始終を見ていた。そしてドン・ジョバンニが「アミーチ・アデイーオ」と立ち去ったことで、ドンナ・アンナが彼が犯人だと気がついた。彼女の告白のレチタテイーボに続き、怨みの激しいアリアを歌ったが、迫真に満ちたアリアが歌われて、オッターヴィオに復讐を迫っていた。続いてウイーン版でのオッターヴィオの追加曲(10a、K.540a)が歌われ、これも名調子であったので万雷の拍手が続いた。愚痴をこぼすレポレロを誉めて、上機嫌になったドン・ジョバンニは「シャンペンのアリア」を有頂天な調子で歌いあげ、連続して歌われるお馴染みのアリアに拍手が続いていた。



  マゼットが言い争いの後に、ツエルリーナの「ぶってよマゼット」の甘い歌でご機嫌になり、大笑いする場面があって、舞台は二人のいさかいから第一幕のフィナーレが、レチタテイーボと二重唱のアリアで、威勢良く早いテンポで始まった。隠れていたツエルリーナが簡単にドン・ジョバンニに見つけ出されてしまうが、マゼットが姿を現して事なきを得た。音楽が変わり三人のマスクの人が登場して、メヌエットの音楽と共に舞踏会へどうぞと入場を許され、「神よお守り下さい」と美しい三重唱が歌われて場面はウットリとなった。ここで一息置いて、場面は大広間となってフィナーレは佳境に入り、コーヒーだ、お菓子だと賑やかになって、ツエルリーナがはしゃぐ姿が目に付いた。やがて仮面の三人が登場し、どうぞご自由にと迎えられて、「自由万歳」の乾杯となっていた。音楽はゆっくりとした上品なメヌエットとなり、ツエルリーナとドン・ジョバンニが踊り出す。踊りが佳境に入り、舞台ではドイツ舞曲やコントラダンスも始まっていたが、やがてツエルリーナの「助けて」の叫び声とともに舞台は一転した。ドン・ジョバンニがレポレロに罪を被せようとごまかしをしていると、マスクの人や全員に見破られ責められて、ピストルを突きつけられた。男二人は小さくなって、訳が分からなくなってしまい、コッソリと逃げ出して退散し、大騒ぎの中で万雷の拍手とともに第一幕が終了していた。



  第二幕の舞台は大きな広場で始まり、ドン・ジョバンニとレポレロが二重唱で言い争いをしていたが、二人の二重唱のあとレチタテイーボが始まり、レポレロが金貨を受け取ってしまったので、女性に心の広い男を再び認め、衣装を取り替えることになってしまった。エルヴィーラが窓から身を乗り出して歌い出すと変装姿の男二人との三重唱が始まり、甘い言葉に弱いエルヴィーラが信じて外に出てしまった。そしてマントを着たレポレロの言葉をエルヴィーラは信じてしまうが、頃を見てドン・ジョバンニが大声を出したので、二人は驚いて逃げ去ってしまう。残ったドン・ジョバンニは、舞台の上でマンドリンを弾きながら、暗闇の中で調子よくカンツオネッタを歌いだした。これが最高の出来のセレナードとなって、終わりには娘の姿が見え隠れしていたが、歌が終わると、生憎、マゼット一行が駆けつけて騒ぎ出したので、逃げてしまった。ついていないドン・ジョバンニは、レポレロになり切って、「半分はこちら」とうたいながら一行を誘導し、マゼットを一人にすると、ドン・ジョバンニを見つけ次第殺してしまうと言う。レポレロ姿のドン・ジョバンニは、マゼットの持つ鉄砲やピストルを手にしてから、腹いせにマゼットをいきなり叩きのめしてしまい、逃げ去ってしまった。悲鳴を聞いて駆け付けたツエルリーナがマゼットを慰め、「薬屋のアリア」を歌ってマゼットの機嫌を直そうとしていたが、これがツエルリーナのバトルの本日最高の演技と歌となり、大拍手を浴びていた。



 一方、暗闇の中を手をつないでウロウロしていたエルヴィーラとレポレロが二人で二重唱を歌いながら道を探していると、ドンナ・アンナのお屋敷に入ってしまう。そこでは、喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが従者達を従えて二重唱を始めていた。レポレロが逃げだそうとして、そこに現れたツエルリーナとマゼットに捕まってしまい、怪しいドン・ジョバンニの格好のレポレロが責められ、一同が許せないと六重唱になった。エルヴィーラが許してと頼んでもどうしても「許せない」となって、困った彼女は「私の夫だ」と告白してしまう。帽子とマントを取ってみれば平謝りに謝るばかりのレポレロだったので、レポレロが皆に責められ、あきれたおかしな六重唱が続いていた。しかし、マゼットが殺してしまおうと責めるので、レポレロは服を脱いで「どうか、お慈悲を」と歌い出し、旦那の所為なのですと一人一人にすっかり白状する早口のアリアを歌い、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ出していた。
  ここで「最早疑う余地がない」とオッターヴィオがドンジョバンニが全ての犯人だと決めつけ、探しに出かけるので「その間に私の恋人を」慰めてくれと歌い出した。正義感が溢れる堂々たるアリアとなったので、大きな拍手で迎えられた。続いてエルヴィーラのアリアが鋭いオーケストラの前奏で始まり、「あの人は何と恐ろしい罪を犯したのだろう」と複雑な気持ちを歌っていたが、終わりには神への慈悲を願う素晴らしい発展的なアリアとなって拍手喝采であった。







  場面が変わって騎士長の銅像のある不気味な墓場の前で、ドン・ジョバンニとレポレロがここまで来た顛末を話し合っていた。明るい月明かりの中で、ドン・ジョバンニがレポレロをからかって高笑いをしていると、突然、「その笑いも今夜限りだ」と言う朗々たる厳粛な声が聞こえ二人は幽霊かと驚く。二人は初めて騎士長の銅像があるのに気付き、二人のこわごわの二重唱で、レポレロが恐る恐る招きの言葉を掛けると、幽霊は頷き、ドン・ジョバンニが声を掛けると「行こう」と声を出した。仰天した二人は怖々と準備のため逃げ出すように退場したが、そこへ喪服のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、ドンナ・アンナは傍らのお墓にお祈りを始めた。オッターヴィオが彼女につれないと責めるに対し、彼女は「それどころではないのです」と真剣な表情で必死にアリアを歌っていた。この素晴らしいアリアが後半はアレグロになってコロラチューラのアリアが表情豊かに歌われたので、さすがトモワ・シントウとばかりに拍手が湧き起こっていた。

  フィナーレになって幕が開くと場面は邸内の一室。着替えをしてきたドン・ジョバンニが机の上に用意された食事を前にして豪勢にやろうと歌い出す。二階には楽団が勢揃いし、「コーザ・コーラ」の音楽で食事が始まった。続いてサルテイの音楽でマルツイミーノのワインが注がれてドン・ジョバンニはご機嫌で、一方のレポレロは盗み食いをはじめた。「フィガロ」の音楽が鳴り出して、ドン・ジョバンニはレポレロに口笛を吹けと困らせていると、エルヴィーラが大声で駆け付けて来てドン・ジョバンニの前に座り込む。そして懸命に「生き方を変えて」と懇請するが、彼は笑って取り合わず、食事をさせてくれと馬鹿にしていた。やがてオーケストラが早いテンポで劇的になり、エルヴィーラが逃げ出して、正面を見て大きな叫び声を上げて逃げ去った。レポレロも様子を見に行き、正面を見ながら大声で悲鳴をあげ、ダン・ダンと床を叩きながら悲鳴を上げた。正面を良く見渡すと、雷鳴と大音響がこだまして、何と騎士長の白い姿が舞台に現れ「ドン・ジョバンニ」と呼び掛け、舞台の上でドン・ジョバンニと対峙していた。



  騎士長は堂々とした態度で「今度は私の所に来るか」と叫ぶ。「決心せよ」、「恐れていない。行こう」とやり取りがあって、「その証しに手を出せ」と迫っていた。騎士長の姿はクローズアップで写され、手を彼方に差し伸べて握手をし「改心せよ」と迫ると、ドン・ジョバンニが「何と冷たい手だ」と倒れて苦しみだすが、最後まで強情にいやだと言い張る。騎士長は時間がないと手を繋いだまま立ち去るが、ドン・ジョバンニは苦しそうに藻掻き続け、引き摺られながらやがて大音響と共に大声を上げて、石像と一緒に天上に消え去ってしまった。
  オーケストラの響きと合唱団の歌が一緒になって、大音響の中で地獄落ちする場面はさすがに迫力があり、この演出の凄さを感じさせていた。


  一呼吸があって幕が開くと「悪者は何処だ」と六重唱が始まって、レポレロが石の男が旦那をどこかに連れて行ってしまったと説明をしていた。一息ついてオッターヴィオが「いとしい人」と詰め寄ると、ドンナ・アンナは「もう1年待って」と歌い、エルヴィーラは「私は修道院へ」と明るく歌って、それぞれがそれぞれの道を語り、終わりに早いテンポの六重唱で愉快に過ごそうと続いて終幕となっていた。
 凄い拍手が続いて、舞台では大変なカーテンコールが続いていた。主役の一人一人が順番に顔を出して拍手を浴びていたが、ツエルリーナのバトルが大人気であり、フルラネットもトモワ・シントウも拍手責めに合い、終わりにドン・ジョバンニ役のレイミーが大変な歓迎の声と拍手を浴びていた。最後にカラヤンと演出のハンペも姿を見せていたが、カラヤンのオペラ指揮の姿はモーツアルトのオペラでは、残念ながら、この映像でしか見ることが出来ないので、重要であると思われる。


  カラヤンが晩年になって初めて録音した「ドン・ジョバンニ」のCDに続いて、翌年にほぼ同じメンバーで、この87年のザルツブルグ音楽祭でこの映像が収録された。CDの方はベルリンフイルであったが、CDでは映像と異なって息抜きする部分が無く、硬質な良くも悪くもカラヤン一色の思い詰めたような録音であったと感じてきた。しかし、この映像はハンペのオーソドックスな演出も良いが、カラヤンも一曲一曲、観衆からの拍手を聴きこれに応えるように進行させており、ライブ性の豊かなゆとりのある録音であると感じた。このオペラの一曲一曲が名曲であり、演ずる役者も良いのでそれを味わうかのように進行させ、最後のクライマックスの場面では、大きな白い石像とドン・ジョバンニとが堂々と対峙している姿が非常に印象的であった。演出上、この地獄落ちの部分は、それぞれの映像で工夫がなされる重要な場面であるが、この映像では音楽的にも視覚的にも非常に迫力があり、緊張感溢れたドラマ性を感じさせた映像であった。

  この映像には円熟したカラヤンの豊かな音楽性が隅々まで行き届いており、リブレットに忠実な薄暗い舞台をベースに繰り広げられた役者優先・音楽優先の「ドン・ジョバンニ」であると感じさせ、現時点で総合的に評価しても、フルトヴェングラーの映像などと並んで、余り色褪せていない伝統的で本格的なカラヤンの全盛期の映像であると思われる。
  このハンペの演出は、コンロンとケルン市立劇場における「ドン・ジョバンニ(1991)」(1-11-3)でも採用されており、かねてオーソドックスな演出として知られたものであった。またこの映像の歌手陣は、ベームの時代のドイツ語圏中心の配役と異なり、音楽祭に集まってくるインターナショナルな歌手陣であり、歌唱力ばかりでなく演技面でも優れた謂わば、カラヤンのお気に入りの面々であり、これがそれぞれの場面でスケールの大きな舞台を印象づける原動力となっていた。


  このレーザー・デイスクによる映像をレコード芸術1991年4月号に紹介した小林宗生氏は、カラヤンが長い間録音を躊躇してきたこの「ドン・ジョバンニ」を、最晩年になって優れた映像の形で残したことは、「カラヤンのモーツアルトの総決算とも言うべき遺産と呼ぶにふさわしい」と述べていたが、この映像を現時点で改めて見直しても、同じ思いがするのは私だけではないと思われる。

(以上)(09/11/25)


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