(最新のDVD報告;カンブルランの06年パリ・オペラ座の「フィガロの結婚」)
9-11-2、シルヴァン・カンブルラン指揮パリ・オペラ座OPO&C、クリストフ・マルターラー演出による「フィガロの結婚」K.492、2006年5月28日、オペラ座(ガルニエ宮)におけるライブ収録、

−18世紀にも現代にも共通する男女の結婚をテーマとしたマルターラーとカンブルランの新しもの好きのコンビによる意欲的な新演出によって、矛盾を少なくした読み替えを行わせ、滑稽感を強めた現代のブッファ「馬鹿げた一日」として再現された−

(最新のDVD報告;カンブルランの06年パリ・オペラ座の「フィガロの結婚」)
9-11-2、シルヴァン・カンブルラン指揮パリ・オペラ座OPO&C、クリストフ・マルターラー演出による「フィガロの結婚」K.492、2006年5月28日、オペラ座(ガルニエ宮)におけるライブ収録、
(配役)フィガロ;ロレンツオ・レガッツオ、スザンナ;ハイデイ・グラント・マーフイ、伯爵;ペーター・マッテイ、伯爵夫人;クリステイアーネ・エルツエ、ケルビーノ;クリステイーネ・シェファー、マルチェリーナ;ヘレン・シュナイダーマン、バルトロ;ローラント・ブラハト、ドン・バジリオ;ブルクハルト・ウルリヒ、その他、
(2009年10月21日発売のDENON-DVD、TDBA-5095-6、ドキュメンタリ特典映像つき)

  この最新の映像は、この劇作品を生んだフランスにおけるライブ(06年ガルニエ座)であり、演出家クリストフ・マルターラーが指揮者カンブルランと一体になって、モーツアルトの劇作品が現代においても普遍性を持つという信念を持って、現代社会の場に適用しようと実験に取り組んだものである。そのためスザンナの勤務先がザルツブルグ市の戸籍窓口であり、舞台はドレスショップの前で両隣には婚礼衣装をデイスプレイしている場所で物語が進められていた。原作の「フィガロの結婚」では、当時の貴族社会の腐敗を風刺していたとされるが、この現代の「馬鹿げた一日」では社会の規範たるべき結婚制度を描いており、このテーマであればどんな時代でも生き生きと描けると考えて構築されたとされている。
  この演出のオリジナルは2001年のザルツブルグ音楽祭で当時総監督だったジェラール・モルテイエの最後の年の新演出であったとされ、実験精神を尊重したモルテイエの主義が反映されたものとされる。モルテイエは2004年にパリ・オペラ座の総監督に就任しており、ザルツブルグ音楽祭で再演されなかったマルターラーの演出をパリで上演しようとしたものと考えられている。また、舞台上の歌手とオーケストラ内の鍵盤奏者との連携を強化するため、舞台上に「レチタテイヴィスト」という役を創設しているのも珍しい。  私は現代ものへの読み替えオペラは好きではないが、これだけ念の入った熱意溢れる読み替え劇であれば、充分に目を通す必要があると考えて、敢えて日本語字幕が出るまで入手を待って取り上げたものであるが、果たして結果はどうであろうか。



  指揮者カンブルランはこのHP初登場。指揮者の一振りで序曲が開始され、彼がカメラマンとして写真を撮る場面が多く、彼の撮った写真を使って総勢11人に加えてレチタテイヴィストまで出演者の紹介が順に行われているうちに、威勢が良く気分を盛り上げてくれた序曲が完了した。左右に女性用と男性用の試着室の入口がある洋服屋の事務室の前で、フィガロが図面を広げて熱心に寸法を測っており、花嫁姿のスザンナがこれ見よがしに着心地を試していた。フィガロが熱心に測っていたのがベッドの置き場所と聞いてスザンナは怒り出す。スザンナの話しで伯爵を疑い始めた二重唱となって、フィガロも次第に怒り出す。スザンナが去ると、キーボードを膝の上で弾きながら、時には声も出す器用なレチタテイヴィストが、フィガロのレチタテイーボの伴奏をし、続くピッチカートの伴奏に乗ってフィガロが「ご主人様よ」と怒りのカヴァテイーナを歌い出した。音楽の運びは素晴らしく、現代風の舞台や衣裳も余り違和感がなく、すんなりと新しい舞台がテンポ良く滑り出した。



  派手な衣裳に若作りのマルチェリーナと太ったバルトロが登場し、バルトロが彼女の頼みを聞いて頼り甲斐のある格好を示して堂々とアリアを歌って見せた。舞台の上の小さな二段の階段と高い小机の小道具が、実に良く役に立っていた。そこへマルチェリーナとスザンナが左右のドアから同時に登場して、早速、口喧嘩が始まる。レチタテイヴィストが二人をそそのかすので面白い。ケルビーノが衣裳の陰に隠れており、口喧嘩に激しい動作も伴って凄い二重唱になっていた。ケルビーノが現れてレチタテイヴィストの伴奏が良く、大きな電動椅子が舞台上に運ばれ、スザンナが手にした奥方のストッキングをケルビーノに盗まれた。歌の替わりにCDとヘッドフォンを渡されたスザンナ。ケルビーノが「自分が自分で分からない」と歌い出すと、ヘッドフォンで聴いているスザンナの姿が真に現代風。ケルビーノのシェーファーもメガネのボイーッシュな姿がよく似合い、この役が地に着いたように見えた。



  伯爵が突然現れ、新しい大きな電動椅子を不思議そうに調べ、スザンナが一人と見て、早速、口説き出す。しかし、ケルビーノやバジリオが隠れて様子を見ているので落ち着かない。バジリオが現れて伯爵夫人の噂話をすると、隠れていた伯爵が姿を現して、面白い三重唱が始まる。形勢の悪いスザンナが気を失ったり、隠れていたケルビーノが伯爵に見つけられたりして、バジリオに「コシ・ファン・トッテ」と歌われて仕舞っていた。スザンナが言い訳をしているところへ、フィガロを先頭に町の皆さんが伯爵の権利廃止の感謝を捧げ、フィガロとスザンナの結婚第一号を認めさせようとしたが、伯爵に逃げられてしまった。
  ケルビーノが罰として伯爵に連隊の士官に命じられ直ぐ出発となった。そのためフィガロがケルビーノに少し手荒な激励をしていると、ポケットから女性の下着類が次々と出てくるので大笑い。最後は行進曲となって二人で行進しながら幕となった。



  第二幕が引き続き洋服屋の前で始まり、美しいオーケストラの前奏で普段着の伯爵夫人が現れて、「愛の神よ」とカヴァテイーナを歌い出した。とても伸び伸びと歌われていたのに拍手がなくて残念。夫人がスザンナに伯爵のつれなさを口説いているとフィガロが現れ、早速、伯爵を懲らしめる作戦を相談した。女二人はケルビーノを女装させるのが気に入ってフィガロに賛成すると、直ぐにケルビーノが登場する。そして、早速、二人を前にして「恋とはどんなものかしら」と歌い出し、ウットリ聴いていた二人に誉められていた。スザンナの着せ替えのアリアが可笑しく歌われて、ケルビーノは椅子の上で、白無垢の花嫁姿にさせられて大笑い。しかし、夫人がケルビーノの太ももの傷跡に巻いてあった自分のストッキングを見つけて驚き絆創膏を貼り付けると、ケルビーノがストッキングの方がよいと反撃し、二人は一瞬おかしくなったが、そこへ伯爵の声が聞こえてさあ大変。



  白無垢のケルビーノが花嫁衣装ケースへ隠れたところへ伯爵が登場。慌てている夫人を見て伯爵は夫人を疑い、三重唱が始まるが、男の靴やカバンを見つけて伯爵は疑いを増し、ドアを開けさせない夫人に対して自ら道具を取りに外に出た。その一瞬の隙に、スザンナが「早く、早く」と、デユエットで白無垢のケルビーノを助けて事務室の奥へと導き、何とかうまく逃げ延びた。戻ってきた伯爵が電動ドリルでドアをこじ開けようとしたので、観念した夫人が男の子だと白状し、ケルビーノと告げた途端に、伯爵は「またもあの奴か」とカンカン。伯爵が「出てこい、無礼な小僧よ」と大声で歌い出して、フィナーレが奥方との二重唱で始まった。夫人が女装させていたと言い訳しても伯爵はいきり立つばかりで途方に暮れるが、伯爵が殺してやるとドアに向かったときにスザンナが現れたので、二人は仰天する。ここでレチタテイヴィストが、驚いた夫人に気付けの酒を手渡していたのがお愛嬌。場面は三重唱となり、スザンナが機転を利かして夫人にケルビーノが逃げたことを告げると、伯爵夫人は元気を取り戻し、疑って許してくれと平謝りになる伯爵を相手に、女二人はここぞとばかり仕返しをしていた。



  そこへフィガロが「結婚式の準備が出来た」と言って登場し四重唱になるが、伯爵に手紙の件で問い詰められて「知らぬ存ぜぬ」を繰り返し、伯爵を怒らせる。続いてアントニオが「バルコニーから男が降ってきた」と伯爵に訴えたので、てんやわんやの五重唱となった。スザンナから犯人は小姓と聞いたフィガロが、「俺が飛び降りた」と罪を被ったのは良かったが、小姓が落とした辞令の件でフィガロが伯爵に問い詰められ危なかった。しかし、女性二人の機転のリレーで間一髪の窮地に一生を得た四重唱でフィガロは助かり、伯爵は悔しがる。そこへ伯爵が待ち望んでいたマルチェリーナ・バルトロ・バジリオの三人組が登場し、伯爵に公平な裁きを願い出たので、大騒ぎの七重唱となった。形勢は4対3と逆転して殿様方が優勢となり、大騒ぎの中で第二幕のフィナーレが終了していた。

  

  第三幕に入って舞台は再び洋服屋の前で、伯爵が前幕でおきた匿名の手紙に始まって、窓から人が飛び降りたり夫人の不可解な態度など、不思議なことが起こりすぎるとソファーに座って考え事をしていた。一方、事務室では伯爵夫人がスザンナに伯爵に合ってと頼んでいた。スザンナが夫人の気付け薬を口実に不機嫌な伯爵の前に現れて、一言二言、話しをするうちに、スザンナの調子の良い返事を聞いた伯爵は有頂天。二人でオーケストラに合わせていきなりタンゴを踊り出しながらの二重唱となったのでビックリ。スザンナは伯爵の思い通り庭で会う約束をするが、別れ際に出遭ったフィガロに「裁判に勝った」と漏らしてしまう。それを盗み聞いた伯爵の怒りようは甚だしく、この日一番の大アリアを朗々と歌い出し、本日最高の拍手を浴びていた。



  そこへクルチオ・マルチェリーナ・バジリオ・フィガロが伯爵の前に登場し、クルチオが判決は「金を払うか、結婚するかのどちらかだ」と、どもりながら宣言した。しかし、フィガロは結婚しないとゴネており、貴族の息子だから両親の同意が必要だと言って笑われていたが、言われるままに証拠だと言って腕をまくって火傷の跡を見せたところ、マルチェリーナが息子のラファエロだと言い出して一同呆然となった。レチタテイヴィストがこの驚きを奇妙な音を発生して表現する。思わぬフィガロの母親と父親の登場に一同驚いていると、そこへお金を持ってスザンナが顔を出し、伯爵からあの抱き合っている二人を見よと言われてカンカン。それからマードレ・パードレのおかしな六重唱に発展し、大笑いのうちに幸せな親子で二組の結婚式を挙げようとと言うことになっていった。レチタテイヴィストがアコーデオンで音を出したり、ヨーデルの奇声を発したり、2本のビールびんで飲みながら違う音を出して伴奏するなど、劇の進展に合わせて大活躍であった。



  伯爵夫人が登場し、スザンナの返事がどうであったか気にしながら、あの嫉妬深い夫には、暗闇を利用してスザンナの振りをして、騙して懲らしめようと考えて、「あの幸福なときは何処に」と歌い出した。この美しいアンダンテのアリアはゆっくりと繰り返され、アレグロになってから私の真心で、あの人の心が変わると信じたいと歌い、最後には信じようと強い気持ちを堂々と歌っており、大きな拍手を浴びていた。   伯爵夫人はスザンナが伯爵と庭で会うという返事を聞いて、場所を決めようと言い出し、手紙することにした。スザンナが「松の木の下で」という夫人の言葉を繰り返しながらタイプライターで手紙するこの現代版の「手紙の二重唱」は美しいが少し風変わりであった。タイプライターも近代的で珍しいが、夫人もワインを飲みながら早めのテンポで歌うのも珍しく、ピンも仮縫い衣裳の長いピンを使っていたのも初めての映像であった。



  近所の娘達が集まってお花を捧げようと伯爵夫人の前に勢揃いして、合唱が始まった。良く見るとバルバリーナのとなりに派手なピンク色の洋服の女の子がいてそれがケルビーノだった。アントニオと伯爵がケルビーノを見つけて大騒ぎ。しかし、バルバリーナが伯爵との約束を暴露してケルビーノをかばったため、一件落着し、やがて結婚式を告げる行進曲に救われて、場面は第三幕のフィナーレに突入した。しかし、大勢の人が集まって踊り出すだけで、何とも様子がおかしい指揮者がいない混乱状態の結婚式。二人の娘達による祝福の二重唱も空回りしているように見え、続く踊りの場面ではスザンナが伯爵に手紙を渡す場面がわずかにクローズアップされた。手紙を見て伯爵はご機嫌になり、「今夜は二人のために盛大にやろう」と挨拶して話は繋がったが、このフィナーレは何とも意味の分からぬ混乱状態の珍妙なフィナーレであった。



  第四幕は暗がりの洋服屋の前でレチタテイヴィストが、膝の上で水を入れた沢山のグラスに触れながら、器用にグラスハーモニカの演奏を始めていた。微かな音であるが、どうやらリート「別れの歌」K.519のようであった。やがてバルバリーナが登場し、美しい静かな前奏と共に、ピンを無くしたと泣きながら歌いだし第四幕が始まった。そこへフィガロとマルチェリーナが現れ、フィガロがバルバリーナから殿様がスザンナに返すピンを探していると聞いて、フィガロはスザンナを疑ってカンカン。母親のマルチェリーナが何かがある筈だと頻りに宥めるがフィガロは聞かない。マルチェリーナはミニスカートの若作りであったが、ここでは彼女の出番があり、フィガロを慰めるために、喜々として舞台に立ち「牡ヤギと牝ヤギは仲がいい」と歌い出した。この曲はメヌエットの優雅な曲で、自由と平和が大事と現代に通づることまで歌い上げ、途中で拍手を要求したりして、観衆から思わぬ拍手を浴びていた。








  暗がりでは怒っているフィガロをバルトロとバジリオが宥めていたが、フィガロは聞かない。そのためバジリオが耐えなければ駄目だと「私が若い頃は」と歌い出した。この曲もアンダンテで始まり、メヌエットのテンポになりアレグロで終結する長大な凝ったアリアで、舞台では学芸会のカラオケのようなふざけた感じでマイクの前で歌われていた。ここで、再びレチタテイヴィストによるグラスハーモニカの器用な伴奏で「昔は良かったものさ」と歌われていた。曲はリート「老婆」K.517であったが、思わぬ学芸会の出し物で晩年にモーツアルトが好きだった楽器を取り上げていたのが珍しかった。
 学芸会も真打ちたちの登場となり、フィガロは裏切ったスザンナを怨んで「目を開けるんだ、男達よ」と軽快に伴奏に乗って歌っていた。最後にスザンナが伯爵夫人の黒のドレスの衣裳で登場し、スザンナの白い衣裳の伯爵夫人とひそひそ話。フィガロが覗き見しているのを知りながら、スザンナは「ついにこの時が来た」と歌い出した。そしてピッチカートに乗って木管の美しい伴奏で「喜びよ、遅れずにやって来て」と高らかに歌い上げ、本日の彼女の最高のアリアになって大拍手を浴びて学芸会は終わり、フィナーレに突入していった。



  フィナーレに入って伯爵夫人のスザンナがうろうろしていると、ケルビーノが見つけて騒ぎ始めた。スザンナちゃんとからかい始めるが、伯爵が様子を見ており、邪魔なケルビーノと鉢合わせ。平手打ちを喰らわすと素速く逃げ、それが隠れていたフィガロに当たるというオマケが付いた暗闇劇。テンポが変わって、やっとスザンナを捉まえた伯爵が喜々として口説きだし、手探りでご満悦。夫人が手を出すとダイヤの指輪までサービスしてしまった。一方、隠れていたフィガロは伯爵夫人を見つけてスザンナを責めようとするが、夫人がスザンナであることが分かって、「この女狐め」と仕返しに大袈裟に夫人を口説きだした。スザンナは次第に怒りだし、遂に声を挙げて平手打ち。謝るフィガロが「君の声で分かった」と言って何とか仲直りしていると、伯爵がスザンナを捜してそこに現れた。



フィガロとスザンナは伯爵を懲らしめようと、大袈裟に夫人と従僕のいちゃつきのシーンを演ずると、伯爵は大声を挙げて電気をつけて皆を呼び集めた。二人は平謝りとなり、まわりも許しを求めるが、伯爵は集まった人達の前で「許さない」と大声で見栄を切ってしまった。しかし、伯爵の陰からスザンナに扮した伯爵夫人がそっと現れ、ダイヤの指輪をかざすので、伯爵は始めて自分の間違いに気づき、奥方に許しを求め、深々と心から赦しを乞うた。全員が心配して見守る中で、夫人の「私はもっと素直ですわ」の一言で、一同はホッとして満足し、その喜びの中で全員で合唱に入っていたが、伯爵夫人は一人だけ小机の前で、堂々とした様子で歌っていた。この全員の喜々とした姿を指揮者カンブルランが写真に納めて、長いオペラ「馬鹿げた一日」が終わりとなった。








  カンブルランの全員勢揃いの記念撮影でカーテンコールなしで舞台の映像は終了したが、その賑やかな余韻が残る中で、新しさを求め続けたこの舞台を整理してみると、第一に、マルターラーとカンブルランの新しもの好きのコンビによる意欲的な新演出一色の舞台であったと言えよう。18世紀にも現代にも共通する男女の結婚をテーマとしたことが、矛盾の少ない読み替えを行わせ、現代の「馬鹿げた一日」と滑稽感を強めたことも、共感を生むことに成功させたと思われる。第二に、芸達者な笑いを呼ぶ人物をレチタテイヴィストとして登場させて、通常のレチタテイーボにより滑稽感を与えたり、グラスハーモニカ演奏を加えたりしていたが、「馬鹿げた一日」とするには有効であったが、反面、リブレットからはみ出る部分もあって、評価が分かれ一長一短があると思われた。第三に読み替えオペラにありがちな「良いとこ取り」はなく、アリアに省略が無いのは立派で、リブレットにも配慮していることを窺わせた。音楽面でもカンブルランの心得た演奏振りが耳につき、新演出につきものの古楽器色がオーケストラにも歌唱面でも少なく、むしろ伝統的な響きが見るものを安心させていた。

  個人的な見解であるが、読み替えオペラは、その手の内が分かってしまえば飽きが来て、一般に、繰り返して見ようとしなくなる。珍しさ、面白さはあっても、原作にあるオペラを見て感動を受けるということが、少ないようだ。また、読み替えオペラの矛盾を指摘し始めるときりが無くなるが、やはり決定的な場面での矛盾は問題であろう。今回気がついたことを例示すると、ケルビーノの窓からの脱出が見えないこと、スザンナが衣裳部屋から現れないこと、お城の仲間たちや娘達などの合唱団の動きが寂しいこと、第三幕のフィナーレが不満足なことなどがあり、不満を言うときりがなくなるが、これらは矢張りこの映像の問題点になるであろうと思われる。



   この映像には約1時間の特典映像が、ドキュメンタリー「馬鹿げた一日」として、カンブルランはじめ演出者のマルターラーほか主な出演者の語りが収録されており、大変参考になった。このお二人は特別に雄弁であり、この演出を楽しんでいる様子が窺えたし、出演者全員がこの舞台の成功のために、熱心に頑張っており協力している姿が写されていた。中でもレチタテイヴィストのイエルク・キーンベルガーの紹介があり、キーボードをはじめグラスハーモニカをこなし、歌は勿論ヨーデルまで歌い、ビールビンで太い音を出して音楽にしてしまう器用さを超えた奇才のようであった。サントリー劇場のホールオペラでダ・ポンテ・オペラが進行中であるが、フォルテピアノを自由に弾きこなす指揮者ルイゾッテイ(9-4-2)が、センスあるレチタテイーボ伴奏をして好評であった。これらは喜劇性を高める手段としてブッファだから許されるアド・リブ的な演奏であり、場面に合ったセンスの良いものならばそれなりに楽しく、余り例がないので面白いと思った。



  このDVDでは、多くの優れた出演者に恵まれていたが、私にはフィガロとスザンナの新しいコンビよりも、伯爵のマッテイと伯爵夫人のエルツエが目立った映像に思えた。それは多分に、マッテイがハーデイング指揮02年エクサン・プロバンス音楽祭の「ドン・ジョバンニ」(3-5-1)で主役をしていたり、ブリリアントのモーツアルトCD全集でエルツエがコンサートアリア集に参加していたりして、個人的に馴染み深かったせいもある。
  中でも伯爵夫人は劇が進むに連れて作戦の司令塔的な役割を果たしており、二つのアリアも素晴らしく、最後の赦しの場面では全体を支配するような堂々たる存在感を見せていた。フィガロのレガッツオとスザンナのマーフイーは、このHP初参加であるが、歌も動きも良く、喜劇性を高めていた。この映像で一段と存在感を高めていたのはケルビーノのシェーファーであろう。この人は06年の夏にはザルツブルグ音楽祭でのアーノンクール・グート演出の「フィガロ」(7-10-5)でもセイラー服のケルビーノを演ずることになるのであるが、歌・演技とも抜群のケルビーノ役を演じていた。   このオペラには欠かせない三役として、バルトロ・マルチェリーナ・バジリオが重要であり、ここでも三人は1曲ずつアリアが与えられていたが、中でもマルチェリーナが活躍しており、スザンナに張り合う若さ振りと、アリアでヴェテランの味を充分に発揮していた。さすがに伝統あるオペラ座だけあって、主役ばかりでなくこうした役に相応しい歌手陣の層の厚さを感じさせた。

  久し振りで「フィガロ」の徹底した現代演出版を見た。個人的には風変わりな演出は好きではないが、この演出には不思議と初めから嫌味は感ぜず、雰囲気になれてしまって楽しんでいる自分を発見していた。花嫁衣装の陳列には驚かされたが、電動椅子を初めとして、CDやヘッドフォン、電動ドリル、タイプライターなどの現代の日常品の連続には可笑しさを十分感じさせたし、中でもオーケストラに合わせてタンゴを踊るシーンなどにはビックリさせられた。話題の多いDVDであろうと思うが、身近な仲間たちがどのように評価しているか楽しみにしたいと思っている。

(以上)(09-11-20)

 
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