(S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像)
8-9-2、ショルテイ・ウイーンフイルによる「レクイエム」K.626、−聖シュテファン大聖堂より200年目の追悼ミサ、衛星生中継−1991年12月5日、ミサ;ハンス・ヘルマン・グローエル枢機卿、

−この映像は、「レクイエム」と言う宗教音楽を、追悼ミサという宗教儀式の実用音楽としての姿で実際に見聞き出来る初めての試みであり、ベーム、カラヤン亡き後にウイーン音楽界の重鎮として活躍し始めた今は亡きショルテイがウイーンフイルと合唱団を指揮する姿が目新しく、その変貌ぶりが印象的であった−

(S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像)
8-9-2、ショルテイ・ウイーンフイルによる「レクイエム」K.626、−聖シュテファン大聖堂より200年目の追悼ミサ、衛星生中継−1991年12月5日、ミサ;ハンス・ヘルマン・グローエル枢機卿、 ソリスト;S;アーリン・オジェー、A;チェチーリア・バルトリ、T;ヴィンソン・コール、B;ルネ・パーペ、ウイーン歌劇場合唱団、
(1991年12月5日のNHK衛星放送による中継放送(3:00〜5:00)をS-VHSテレコによりS-VHSテープにアナログ録画)

 S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい画像としては、かねて教会で挙行された教会ミサの式典における実用音楽としてのミサ曲をアップしてみたいと考えていた。記憶ではショルテイの聖シュテファン寺院における91年の没後200年追悼記念の「レクイエム」K.626と、カラヤンのバテイカン宮殿における85年の「戴冠ミサ曲」K.317が有名であった。古いアナログテープで収録したものであるが、思ったより状態が良かったので、自分でDVD化して「レクイエム」K626については9月号、「戴冠ミサ曲」K.317については、10月号においてそれぞれ報告したいと考えた。



 今回のショルテイの「レクイエム」の映像は、オーストリア放送がウイーンのシュテファン大聖堂で1991年12月5日に行われたモーツアルトの200年目の追悼ミサの様子を世界同時に実況放送されたものを収録している。ミサはハンス・ヘルマン・ブローエル枢機卿により執り行われ、演奏はサー・ジョージ・ショルテイ指揮ウイーンフイルハーモニイ管弦楽団とウイーン歌劇場合唱団による「レクイエム」であり、ソリストはオジェー・バルトリ・コール・パーペの蒼々たるメンバーであった。この同時放送は、モーツアルトの没後200年を記念して450の放送局を通じて世界中に中継放送されたものであり、このようなライブ放送はこれまでにない画期的ものであった。ライブ映像のため字幕は殆どなく、ミサの内容は同時通訳により放送されたが、ラテン語を含むミサの祈祷文は教徒以外には極めて難解であり、タイムラグもあって必ずしも成功していない。
 モーツアルトの葬儀が執り行われた寺院で、モーツアルトが作曲した「レクイエム」により、没後200年目の追悼ミサの姿を見聞き出来ることは実に素晴らしいことであり、放送技術が成し遂げた記念碑的な映像であると考えられる。これまで実際のミサとして「レクイエム」が演奏された記録は、ケネデイ大統領の追悼ミサのライブが1964年のステレオ録音で2枚のLPで残されており、 追悼式典のなかでのボストン大聖堂での演奏(3-8-1参照)であった。この演奏は死者の棺を前にした追悼ミサであって、儀式の中には聖体拝礼などの葬儀も含まれたものであり、ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団の演奏は荘厳そして厳粛そのものであった。



 今回の映像の特徴は、「レクイエム」と言う宗教音楽を、追悼ミサという宗教儀式の実用音楽としての姿で実際に見聞き出来る意義がある。祭司団の入場から始まり、祈祷や儀式により音楽は中断されるが、司祭の朗読、参列者と応答されるアレルヤ唱、パンとぶどう酒による儀式などが印象的であり、ミサの実際と音楽とが一体となった姿を見ることが出来た。また、モーツアルトが自分自身のレクイエムとして作曲したとも言われ、惜しくも中断せざるを得なかった因縁の作品が、彼ゆかりのシュテファン寺院で彼の命日に演奏されるという背景があり、このシュテファン寺院での奥行きのある厳粛な演奏は、教会の古式豊かな絵画や彫刻などの映像によって、カソリックの儀式の荘厳さが高められたように思われた。また、ベーム、カラヤン亡き後にウイーン音楽界の重鎮として活躍し始めたショルテイがウイーンフイルと合唱団を指揮する姿も目新しく、ショルテイはいつものキビキビした歯切れの良い指揮振りは変わらないが、実用音楽として緩・急をつけたメリハリのついた演奏を試みていた。ショルテイは、珍しくランドン版を用いているが、聴感上は他の版と区別がつかなかった。またソリスト達もオジェーは十分貫禄のある歌いぶりを見せており、バルトリとパーペが若さ溢れる瑞々しい歌声を聞かせてくれていた。



 映像は夕暮れのシュテファン大聖堂の外観の姿から始まり、鐘の音とともに100人位の僧侶達・神父達が入場し祭壇へと向かう姿を背景にして映像の演奏者などが字幕で紹介されていた。大勢の僧侶達の中で白くて高い帽子を被り金色の豪華な杖を持った枢機卿らしき高僧が司祭に囲まれて進み、ショルテイやソリスト達や楽団員の前を通過し、その集団が着席するまで5~6分ぐらい費やしたであろうか。やがて赤い丸帽子になった枢機卿が立ち上がり、大きな机の周りを回って煙で清めてから、中央の大きな椅子の前で最初の祈祷が始められた。そして十字を切りながら、追悼ミサの挨拶を始めた。その概要は、われわれはモーツアルトの追悼のため彼のレクイエムを聴き、追悼のミサを行うためにここに集まった。キリストの名において、モーツアルトの心に永遠の愛を賜りますよう皆で祈りましょう。音楽に国境はなく、天分に恵まれた子を授けたくれたことを神に感謝しながら、ローマ法王始め多くの方々とレクイエムを聴きたい。大統領や各国を代表している人、ミサに参列している人々ばかりでなく、技術の進歩のお陰で世界で同時に一緒にレクイエムを聴けることに感謝したい。指揮者ショルテイ、ソリスト達、楽団員・合唱団の方々が、この歴史と由緒のあるシュテファン寺院で演奏されることに感謝したい。皆さんとともに感謝を込めて、深く神に祈りを捧げましょうと語って着席した。



 ショルテイが指揮台に上がり、イントロイトウス(入祭文)の永遠の安息が、静かに重々しくバセットホルンとファゴットによる序奏で、驚くほどゆっくりとしたアダージョで始まった。そして合唱により、主よ永遠の安息をと重々しく歌われ、シュテファン寺院の隅々まで響き渡った。やがてソプラノのオジェーが「神よ、主の賛美を歌うのは」と歌い出し、ひとしきり続いた後、再び合唱が二重フーガ風にくり返され極めて厳かな深い合唱の響きであった。続いてキリエのフーガが壮大な合唱で始まり、激しいフーガが重なり合うようにアレグロで展開され、繰り返されて盛り上がってから終息していた。



 ここで「全能の神よ、われわれを許したまへ」と枢機卿による祈祷が行われ、われわれを許し給え、憐れみをそして平和と永遠の安らぎを与え給えと祈り、アーメンで終わる。続いて若い僧が聖書の朗読をゆっくりと始め、アーメンの斉唱で終了した。



   続いて音楽はセクエンツイア(続唱)に入り、「怒りの日」が激しく合唱で始まる。トランペットとトロンボーンが激しく響き、弦が鋭くうねりるように進んで、女声と男声が交互に激しくぶつかり合うようにリズミックに進行する激しい合唱であった。ショルテイは口ずさみながら、激しく体を動かして指揮をしていた。続いて「不思議なラッパ」では、トロンボーンのソロの序奏が厳かに響き、バスがアンダンテでじっくりと朗々と歌い出してから、テノール、アルトの順に続き、最後にソプラノのオジェーが朗々と逞しく歌い上げ、引き続き四重唱になってようやく、かすかに明るい雰囲気をもたらしていた。
 激しいオーケストラの前奏の後に、「レックス」の大合唱が始まり、重々しいリズムの激しい合唱が続く。ショルテイが歌いながら激しく指揮をしており、中間部からソプラノ合唱のすすり泣くような悲痛な声が祈るように聞こえ印象的であった。続く「リコーダーレ」では、バセットホルンの微妙な音色の前奏に続いて、アルトとバス、ソプラノとテノールとが順に厳かにゆっくりと歌い出す。中間部から非常に平穏な響きの深みのある四重唱となり、厳かな平穏な雰囲気もたらしていた。



 続いて全オーケストラの荒々しい伴奏で、もの凄く早くて激しい男声合唱が始まり、それに続いて救いを求める悲鳴のような女声合唱が、対照的に繰り返されて「コンフターテイス」が始まった。そして4声の合唱が一緒になって「私の最後を看取ってくれ」とばかりに悲痛な叫びを上げ、やがてオーケストラとともに静かな祈りの音楽に変わった。続いて「ラクリモサ」がヴァイオリンの切々たる音で静かに始まる。ショルテイは落ち着いた指揮振りで淡々と進めており、合唱が少しずつクレッシェンドで次第に高まりを見せ、終盤にバセットホルンとトロンボーンが厳かに響いて最後の燃焼に達していた。終わりのアーメンの合唱が厳かに響き、急・緩の激しかったセクエンツイア全体が締めくくられていた。



 音楽が中断すると、一息入れるように、若い僧によるパウロの「ローマの信徒への手紙」からの朗読が始まった。そして女僧のハレルヤのソロに続き全員がこれを斉唱し、「ヨハネによる福音書」の朗読が行われた。次いで、杖を持ち白い高い帽子を被った枢機卿が、ご自分の言葉でこの追悼ミサの説教を開始した。このレクイエムで重要なことは、200年前に命を閉じたものが生き続けており、この音楽には普通ではない言葉が刻まれ、その中には尊い神の言葉も含まれている。カソリックのミサにおいては、他の宗教のミサと異なり、レクイエムは信仰の告白であり、神に対する忠誠であり、キリストへの愛や信心の告白でもある。ミサの美しいメロデイの中に融け合うように信仰を告白している。福音書での弟子へのキリストの言葉を思い出す。神を信じなさいと言う言葉です。神を見たものはいない。しかし心の安らぎを求め続けていけば神は与えてくれるでしょう。モーツアルトのレクイエムが告げるものは、死を目前にして、生涯の最後の生贄として神に捧げたものであり、この音楽を通じて彼の最後の贈り物を、皆さまの心に留めて欲しいと祈りたい。


 説教を終えて着席し、再び赤帽を着けて祈りを捧げ、次いで女僧が「クリストウス・ヘーレトウス」と歌い、憐れみ給え、彼に栄光と永遠の休息を与え賜えと、何回も繰り返してから、最後に枢機卿がまとめるようにアーメンを斉唱した。続いて机上に用意された高い杯にはワインが注がれて、枢機卿より、神よ、私たちの命の糧になるようにパンを捧げます。私たちの幸せとなるようにワインを捧げますとして、長い儀式を終了した。



 続いて音楽はオッフェルトリウム(奉納文)が開始され、始めに「ドミネ・イエス(主イエス)」の美しい合唱の後に、中間部ではソプラノ、アルト、テナー、バスの順に和やかな四重唱となり、再び最初の穏やかな合唱に戻り、厳かに終了した。次いで「ホステイアス(いけにえ)」が静かな合唱で「いけにえに祈りを」とアンダンテで歌い出し、ひとしきり歌った後、ドミネ・イエスの早い合唱に戻っていた。

 オッフェルトリウムが終わると、再び赤帽の枢機卿が、われわれのいけにえが全能の神のお気に入りになりますように祈りを捧げ、次いでモーツアルトに永遠の祝福をと祈った。そして全員が起立して、言葉を合わせて祈っていた。

 続いて音楽はサンクトウス(聖なるかな)となって、全員でアダージョの大合唱が始まった。堂々たる大合唱であり感動的であった。続いてホザンナのアレグロとなり早い合唱がひとしきり続いた。音楽はベネデイクトウス(ほむべきかな)となり、美しいオーケストラの前奏の後、バルトリが歌い出し、オジェーが続いて四重唱となり、一瞬平和が訪れたかのように響いた。やがて、オーケストラが堂々と荘厳に鳴り響くと、今度はバスからソプラノへと四重唱が歌われて、フルオーケストラが鳴り響いてから、先のホザンナの部分が回帰してベネデイクトウスが終了した。



 再び枢機卿のお祈りが机を前にして始まった。パンを取り上げ、「これを食べなさい。私の体です。」と祈った。食卓の杯を取り、「これを飲みなさい。これは永遠の契約となる私の血です。」と繰り返しお祈りを捧げた。続いて「信仰の神秘」という儀式が始まり、司祭三人が立ち上がって、一人づつ神への感謝の気持ちを告げ、お祈りをしていた。三人が祈りを終えて、杯を上げようとしたところで、真に残念ながら映像は、アニュス・デイを残して中断してしまった。二時間用意したテープが、ここで終了したためである。しかし、ミサも音楽も重要な部分は全て終了していたため、これで良しとせざるを得なかった。



 なお、後日発売されたレーザーデイスク(L-D-POLL-1032)では、収録時間が93分になっていたので、私は見ていないが、このライブ映像の儀式の冗長な部分を圧縮・編集した上、不正確で煩く感ずる同時翻訳を避け、新たに字幕を付けて再編集したものであろうと思われる。追悼ミサの儀式の入った「レクイエム」の録音は、前述のケネデイ大統領の葬儀のものと二つ目になったが、いずれも音楽は区切れの良いところで終わっており、典文通りに、イントロイトウス・セクエンツイア・オッフェルトリウム・サンクトウス/ベネデイクトウス・アニュス・デイに区分され、その間にミサの儀式が織り込まれていた。
 私はキリスト教信者でないので、カトリックとプロテスタントの区別も余り意識せずにこれまで音楽を聞いていたが、カトリック・ローマ法王・ハプスブルグ家・ザルツブルグ大司教などの影響下にあったモーツアルトの音楽が、現代においても、シュテファン寺院・カラヤン・ショルテイなどと依然としてカトリックの影響下の中に生きており、バッハの宗教曲などとは区別されていることがミサを通じて良く分かり、面白いと思った。

(以上)(08/09/11)


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