8-6-1、スダーン指揮、東京交響楽団によるオール・モーツアルト・コンサート、 (曲目)フリーメースンの葬送音楽ハ短調K.477(479a)、クラリネット協奏曲イ長調K.622、および交響曲(第41番)ハ長調「ジュピター」K.551、クラリネット;赤坂達三、サントリーホール、東響定期公演、06年09月09日、

−スダーンの古楽器奏法がすっかり定着した東京交響楽団のオールモーツアルト・コンサート、赤坂達三の技巧の溢れるクラリネットが聞きものであった−

8-6-1、スダーン指揮、東京交響楽団によるオール・モーツアルト・コンサート、 (曲目)フリーメースンの葬送音楽ハ短調K.477(479a)、クラリネット協奏曲イ長調K.622、および交響曲(第41番)ハ長調「ジュピター」K.551、クラリネット;赤坂達三、サントリーホール、東響定期公演、06年09月09日、
(08年03月09日、NHKBS103CH「HVクラシック館」を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。) 

 6月号の第一曲目は、久し振りのユベール・スダーン指揮、東京交響楽団の定期のオールモーツアルト・コンサートであり、06年09月のサントリーホールでの演奏である。赤坂達三のクラリネット協奏曲イ長調K.622を挟んで、このHPでは2回目になる「フリーメーソンのための葬送音楽」K.477およびジュピター交響曲ハ長調K.551が演奏されていた。スダーンの指揮振りはザルツブルグ時代と変わらず、指揮台・指揮棒なしの徹底した古楽器奏法であるが、東京交響楽団はその演奏法にすっかり馴染んでおり、テンポの速い強弱のアクセントの強い活気のある演奏を聴かせてくれている。
 プログラムの中では、赤坂達三のクラリネット協奏曲が聞きものであり、このHPでは彼のクラリネット五重奏曲と並んで二度目の登場であって、期待通り熟達した技巧を示してくれていた。一方、スダーンのジュピター交響曲ハ長調K.551は、彼の2002年のモーツアルテウムとの来日公演以来の演奏となるが、東京交響楽団が彼の要求に対しどのような演奏をするかじっくり味わって見たいと考えている。



 コンサートの第一曲目は、フリーメースンのための葬送音楽ハ短調K.477(479a)であった。この曲は二人のフリーメイスン結社員メックレンブルグとエステルハージのために書かれた葬送音楽であり、1785年11月17日に行われた二人の告別式で演奏されたものとされている。ザルツブルグから離れて教会音楽を書く必要がなくなったモーツアルトにとって、宗教的な意味を持つ音楽はフリーメースンとの関係において書かれてきた。楽器編成は弦五部のほかに、オーボエ2、クラリネット、バセットホルン3、コントラ・ファゴット、ホルン2、のメースンスタイルの構成であった。
 曲はオーボエの悲しげな二和音に応ずるようにバセットホルンなどがくすんだ響きで同じ動機で答える序奏風に始まって、第一ヴァイオリンが三回戸を叩くようなリズムで悲しげに歌い出し、それが管楽器の支えるリズムに乗って次第に悲痛な叫びを思わせるように高揚していく不思議な音楽であった。グレゴリア聖歌の一部を借りているとも言われる。スダーンは指揮台なし、指揮棒なしで両手を大きく振り上げながら、体の動きを使ってうねるような悲しい叫びを導きだそうとしていた。
 コンサートの最初の曲にしては非常に暗い曲であったが、4本のコントラバスに支えられたオーケストラが絞り出すような響きをスダーンが全身で表わそうとしているように見え、なかなか感動的な葬送音楽に聞こえた。



 コンサートの第二曲目は、クラリネット協奏曲イ長調K.622であり、赤坂達三がスダーンと共に登場し、ソナタ形式の第一楽章がオーケストラで開始された。鄙びた感じの美しい第一主題が速いテンポで弦楽器で現れて、スダーンが踊るような仕草で両腕を振りながら指揮をしており、弦の音の動きが古楽器風のスタイルであるのが目立っていた。独奏クラリネットが登場し厳かに第一主題を奏で始め、続いて新しいエピソードを奏でてから、第二主題が初めてクラリネットソロで登場してくるが、クラリネットの暗いくすんだ響きが印象的であり、続いてクラリネットとオーケストラがお互いに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進んでいた。展開部では、常にクラリネットが主導しながらまるで変奏曲のように主題が展開されており、赤坂のクラリネットの上昇音階と下降音階とが見事にミックスして流れ出すクラリネットの技巧は、この楽器の魅力を示していた。カデンツアのない協奏曲であるが、その必要性を感じさせない。この曲の流れ出るような楽想の豊かさは、最晩年の澄みきった響きを感じさせ、モーツアルトが最後にたどり着いた世界を暗示しているように思われた。



 第二楽章は、クラリネットのソロでゆっくりと開始されるが、クラリネットのくすんだ寂しげな音色としみじみとした低音の響きが心に響く。中間部では新しい主題が独奏クラリネットで現れ、ここでは技巧的なパッセージが続き、赤坂の終始安定した音色が魅力的であった。終わりにカデンツア風のソロがあってフェルマータのあとに始めの寂しげな主題が再現されていたが、心に浸みる歌であった。
 フィナーレでは早いテンポのロンド主題がクラリネットのソロで飛び出し軽快に開始され、クラリネットの変化に富んだ音色とオーケストラとの掛け合いが美しい。第一のエピソードも、第二のエピソードもクラリネットにより華やかに提示され、この楽章はクラリネットを操る名人たちのために作曲されたように思われた。赤坂は終始譜面を前にしながら演奏していたが、彼の技巧は安心して見ておれる確かなものがあった。終わると凄い歓声と拍手が続き、東京交響楽団の定期コンサートらしい暖かな声援を感ずることが出来た。



 コンサートの第三曲目は、交響曲(第41番)ハ長調「ジュピター」K.551 であった。スダーンは早めのテンポで始まりの和音を重ね、弦楽器は古楽器風の軽さで入り、颯爽と弾けるようなリズムで第一主題が進行していた。コントラバスが4本の標準規模の構成で、フルートやオーボエが重なるように主題を膨らませていた。続く落ち着いた優雅な第二主題が弦で入り、フェルマータの後のフルオーケストラによる大爆発の後に、ピッチカートに導かれる軽快な副主題が一気に続いて、再び冒頭の主題が再現されていた。スダーンの指揮振りはモーツアルテウムほどではなかったが、古楽器風の音色を引き出しながら強弱の変化をこまめに付けた指揮振りであった。展開部では先の副主題が様々な形で繰り返し展開され、さらに冒頭の主題が複雑に展開されていたが、スダーンが両手でこねるような仕草で示すとおりにオーケストラが演奏しており、指揮者との一体感が窺えた。



 第二楽章では静かに弦で第一主題が始まるが、フォルテとピアノの強調が強くて滑らかなアンダンテ・カンタービレにはならない。しかし第二主題になって堂々と進む厚いオーケストラの流れが出てきて、心に響く弦の力強いうねりもあって、この交響曲の凄さが感じられた。メヌエット楽章は、フルオーケストラによる壮大な楽章。スダーンは早めのテンポでオーケストラを壮大に響かせようとしていたがこれは無理。一風変わったトリオが弦の厚い響きで、さらにメヌエット主題を大きくしているように思われた。  フィナーレは多くの人たちによって語り尽くされているが、礒山先生のいう「ソナタ形式の原理とフーガの原理、新しいものと古いもの、ギャラントなものと学問的なもの」との渾然とした統一体といった喩えは良く分かるような気がする。スダーンはこの楽章も早めのテンポで進行するが、終始きめ細かく強弱などの変化やメリハリをつけており、この壮大な楽章を彼独自の味付けで盛り上げようと試みていた。東京交響楽団はスダーンと一体的な動きをしており、素晴らしい雰囲気の中でこの壮大なジュピター交響曲を終えた。
 この演奏後大変な拍手でスダーンは何回か呼び出され、彼のお得意の行進曲ニ長調K.62のアンコール演奏が行われたが、それでもお客さんは満足せず、カッサシオンK.63から第三楽章のアンダンテを演奏するなど、スダーンも愛想よく喜ぶ観衆に応えていた。
 スダーンは1997年からこの楽団の指揮をしており、04年に音楽監督になってから、この楽団に本格的に古楽奏法を教え込んだと聞いている。このコンサートは、その成果が充分に現れた活気溢れるオールモーツアルト・コンサートであったと言えよう。

(以上)(08/06/12)


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