8-5-3、マルコ・グイダリーニ指揮サン・マルコ歌劇場O&Ch.、ピエール・ルイージ・ピッツイ演出による歌劇「イドメネオ」K.366、2004年サン・カルロ歌劇場、

−ルイージ・ピッツイ演出の抽象化したモダンな舞台づくりは、格調高くギリシャ神話の世界を描き出そうとしており、若い世代の指揮者マルコ・グイダリーニはオーケストラを良く鳴らし、キビキビした音楽を引き出していた。加えて、風貌がイドメネオ役にピタリのカート・ストレイトの力溢れる歌唱を中心に三人の女性歌手陣がそれぞれの当たり役を見事に歌いこなし、第三幕最後の盛り上がりが説得力あって素晴らしかった−

8-5-3、マルコ・グイダリーニ指揮サン・マルコ歌劇場O&Ch.、ピエール・ルイージ・ピッツイ演出による歌劇「イドメネオ」K.366、2004年サン・カルロ歌劇場、 (配役)イドメネオ;カート・ストレイト、イダマンテ;ソニア・ガナッシ、イリア;アンヘレス・ブランサス・グリン、エレットラ;イアノ・タマール、アルバーチェ;ヨルク・シュナイダー、ほか、
(06年発売のDVD、TDK、TDBA-3016-17より)

 5月号の第三曲目は、このホームページでは初めてのイタリア・ナポリのサン・カルロ劇場からの歌劇「イドメネオ」の公演であり、04年5月のライブ収録である。ルイージ・ピッツイ演出の抽象化したモダンな舞台づくりは、落ち着きのある格調高いギリシャ神話の世界を描き出そうとしており、マルコ・グイダリーニは、まだ若い世代の指揮者らしく、オーケストラを良く鳴らし、キビキビした音楽を引き出していた。また、風貌がイドメネオ役にピタリのカート・ストレイトの力溢れる歌唱を中心に三人の女性歌手陣がそれぞれの当たり役を見事に歌いこなしていたが、中でもイダマンテ役のソニア・ガナッシは聴き応えがあった。
 全体的に感じたことであるが、このサン・カルロ劇場の「イドメネオ」に登場する歌手陣は全てこのホームページに初登場なのであるが、合唱団などを含めて歌唱力の点で水準が高く、さすがオペラの国イタリアの歌手陣の層の厚さには深いものがあると感じさせられた。この演奏も映像の少ないこのオペラ(現在7種類ある)の重要な存在の一つになるものと思われる。



 5月の連休中に購入・調整した42インチ型の薄型プラズマTVで初めてこのDVDを視聴した。実に細部にわたって細かく緻密に写るHVテレビであるが、残念ながらこの映像の入力信号は480pという低レートであり、画質はやや冴えない。音質も5.1CHではあるが全体的にクリアさに乏しく、04年5月収録の新しいDVDにしてはAV的な面ではやや期待はずれであった。しかしこの初めてのサン・カルロ劇場での演奏は、序曲から熱気がこもっており、指揮者のグイダリーニはやや早めのテンポでぐいぐいとオーケストラを引っ張っていた。大袈裟な身振りで生き生きと指揮する姿が若々しく、オペラのオーケストラピットでは珍しいと思った。



 序曲の途中から舞台ではイリアが広い舞台をウロウロして第一幕が既に始まっており、序曲に次いで長いレチタテイーボを歌い出す。ヘップバーンに似た風貌のグリン扮するイリアが、囚われの身でありながら敵への憎しみを忘れ、命を救ってくれたイダマンテへの思いが募る身を嘆いていた。横になりながら、苦しい姿勢で第一曲「父よ、兄よ、さらば」と歌い出し、歌も演技も上々であった。そこへイダマンテがイリアを見つけ、捕虜達を解放すると告げ、イリアへの愛を告白する。セリアのアリアらしく力強くしっかりと歌われた説得のアリアで、終わりにはカデンツアまであり、女流のイダマンテのソニア・ガナッシが拍手を浴びていた。舞台には大勢の黒ずくめの合唱団が登場し、王子と王女の前で二つの民族の友好の喜びを歌う全員の合唱があり、二人のクレタ娘の二重唱と、二人のトロヤ男の二重唱が合唱を挟んで歌われたが、実に迫力ある合唱団であった。



 そこへアルバーチェがイドメネオ王の死の悲報を伝えたため、状況は一転する。イダマンテは仰天し、エレットラは味方の国王を失うことになり、周囲は敵ばかりと激しい怨みのアリアを歌う。紫色のドレスを身にまとい、堂々たる王女の役がピッタリで、夜の女王のように早く激しい歌を歌っていた。舞台が変わり、荒れ狂う海の嵐の中を逃げ惑う人々の助けを呼ぶ合唱が始まり、舞台ではそれを模した海神風の裸の男が不思議な存在感を示し、船が沈没する様子などを映し出していた。そして砂浜では、「ついに助かった!」と九死に一生を得たイドメネオ王がやつれた姿で登場し、海神との約束に怯えながら苦悩するアリアを歌った。そこへ運悪く姿を現したのが、難民を助けようと駆けつけてきた王子イダマンテであった。イダマンテは見知らぬ兵士と思って声をかけ、父と知った喜びも束の間、「お前は今ここで私と会うべきでなかった」と突き放されて、呆然として悲痛な気持ちを表すアリアが速いテンポで歌われた。ここで、大勢の兵士達が登場し、幕間劇(インテルメッツオ)として、第八曲の王の凱旋の行進曲に続き、第九曲のネプチューンを讃えようと全員参加の合唱と踊りが伸び伸びと披露されていた。



 第二幕に入ってイドメネオ王がアルバーチェに助けを求めると、彼は王子を遠くに逃げさせることを進言するが、ここでのアルバーチェのアリアは省略されていた。イリアがイドメネオ王に、長い間苦しみと悲しみが続いたけれど、王子が自由の身にしてくれたと礼を述べ、オーボエとファゴットの美しいオブリガートが付いた美しいアリアを親しげに歌った。イドメネオはイリアの変化に気が付くが、ここでは、「海から脱出したのに、再び海神が私を脅かす」と自分の心中の不安のアリアを歌う。これは「おのれ憎い海神め」と激しい気持ちを歌う本格的なコロラトウーラ・アリアであり、終結部にはカデンツアまで着いた堂々たるアリアであった。



   王子と二人で本国のアルゴスに帰ることになったエレットラは、笑顔を浮かべながら無上の喜びのアリアを歌う。そしてアリアが歌い終わらぬ前に、遠くから快い行進曲が聞こえてきて、この響きは出発の合図だと歌いながら船が出る港で待っていた。群衆の「海は穏やかだ。出発だ」という合唱が始まる。合唱の中間部で、船に乗り込んだエレットラが美しい穏やかな歌をソロで歌い、再び合唱が繰り返されていたが、そこへ王と王子が駆けつけ、別れの三重唱となる。三人のそれぞれの思いを込めた三重唱が続くうちに、どうやら急に嵐が迫ってきたようであった。画面は突然暗くなり、音楽は嵐が急に迫る音楽に変わって人々は騒ぎだし、海神らしき男が姿を見せていた。イドメネオ王は海神に向かって「罰せられるのは私だ」と白状するが、海は荒れ狂い、「走れ、逃げろ」の大合唱となり混乱の中で第二幕が終結した。



   第三幕は、王宮の前で横になって歌う純情なイリアの愛の歌「そよ風よ、彼に伝えて、愛していると」で始まる。テンポも良く、声も良く、伴奏も美しく、背景の満開の花も美しかった。そこへイダマンテが死を覚悟で怪物を退治に行くとイリアに別れに来て、二人は互いに苦しみを打ち明けているうちに、愛を誓い合うことになり、素晴らしい愛の二重唱になった。しかし、イドメネオ王とエレットラにその場を見られてしまって、四人のそれぞれの思いを歌う四重唱が始まった。イダマンテは「一人で当てもないさすらいの旅に出よう」と歌い、イリアは「死んでもついて行きたい」と歌い、イドメネオは海神を憎み自ら犠牲になりたいと願い、エレットラは嫉妬の余り復讐を誓っていた。これを見ていたアルバーチェは、長いレチタテイーボで「王宮は苦悩の館だ」と語り、シドンの街の滅亡を心配するアリアを歌っていた。この曲も自由な三部のアリアでカデンツアがある本格的なもので大拍手があった。



 場面は王宮前の広場、激しいオーケストラの伴奏が始まり、高僧がレチタテイーボで「今や町中は流血と死人で溢れている。王よ、もう猶予は出来ない。生贄は誰か」と迫った。イドメネオ王は「皆聞くが良い。生贄はイダマンテだ」と答えると、「恐ろしい悲劇!」と大合唱が始まる。「王子に罪はない。」と高僧がソロで歌って合唱が復唱され、行進曲が始まってイドメネオはゆっくりと高僧とともに祭壇に進む。「海神よ、生贄をお受け下さい」と祈りが始まり、ピッチカートの伴奏による男性合唱が続いて、神事が始まろうとしていた。そこへイダマンテが怪獣を退治して勝利を告げる明るい合唱が聞こえてきた。何事かと驚くところへ、全てを悟ったイダマンテが静かに登場し、父に刀を手渡してひざまずく。そしてイダマンテは、レチタテイーボで「命を授けてくれた人へ命をお返しします」、「私の代わりにイリアを娘として」と願い、父は息子に励まされて「息子よ、許せ、死んでくれ」となって二人は最後の抱擁をしていた。そこへイリアが「イダマンテに罪はない。私を生贄にして下さい」と飛び込んできた。高僧の抑えも聞かずにイリアは勇敢で雄弁であった。これほど雄弁なイリアの姿は映像では初めての試みのように見えた。そこで厳かなトロンボーンの響きが三度こだまし、地下から信託の声が響き渡る。「愛が勝利した。イドメネオは退位し、イダマンテが王になり、イリアは妻になれ。海神も納得し、天も満足しよう」。この意外性にイドメネオは「慈悲深い天よ」と祈るだけで言葉がなく、イダマンテとイリアは抱き合い、それを聞いた民衆は呆然と立ちすくんでいた。



 実に感動的なシーンであったが、エレットラが恋人を取られて嫉妬に駆られて半狂乱になって歌うアリアで現実に戻った。場違いのような感じのアリアを歌って、彼女は逃げ去ったが、アリアは半狂乱の実に激しいアリアで素晴らしかった。やがてイドメネオが堂々と政権交代の布告をレチタテイーボで始め、新しい王と王妃を紹介し、再びクレタに平和が訪れたことを全員にしみじみと告げた。そして祝典の大合唱がフルオーケストラで始まり、舞台は大勢の人々が賑やかに二人を祝福し、ハッピーエンドの大団円となった。素晴らしい感動的な終わり方であった。



 この映像の素晴らしさは、第一に、第三幕の幕切れの盛り上がりと結末にあると思われる。最後の生贄の入れ替わりの場面がどの映像よりも説得力があったが、これはリブレット通りにイリアのセリフを省略なく語らせたことによるものであり、天の声を引き出す重要な伏線になっていた(調べてみるとエストマン盤もハイテインクの映像も同様であった)。第二に、舞台が立体的に一階、二階、階段などに使え、背景も変えることが出来て、変化の多い多様な演出効果を発揮できるように工夫されていたことである。海神らしき男の登場、大勢の合唱団の変化ある配置、祭壇の設定などが巧みな演出により効果を上げていた。第三に、イドメネオ役のストレイトを中心にした主役4人の歌唱力ばかりでなく容姿などを含めて、当たり役と言っていいほど良く揃っていたことが挙げられる。また、この映像で改めて気が付いたことであるが、第三幕には極めて重要な三つのオーケストラ伴奏付きのレチタテイーボ・アッコンパニアート、すなわち、高僧(第23番)、イダマンテ(第27曲)、イドメネオ(第30曲)がある。それらには極めて見事に場面にフイットした見事な伴奏音楽が付けられているが、その音楽によってセリフの言葉が良く生かされており、モーツアルトの巧みなオペラ造りの背面をしたたかに支えていることに気付かされたことである。

 前回のノリントン盤も素晴らしい映像であったが、今回のサン・カルロ劇場のものもその総合性において引けを取らぬ映像であった。このオペラ「イドメネオ」においては、映像が少ないせいか、過去の映像をレビューしてから新作に取りかかるようで、新しい映像を見るたびに新しい発見があるように思われ、もっとこのオペラを取り上げて欲しいとお願いしておきたい。(私の希望は、モーツアルトがカストラートが得られないことを理解してウイーンで改作したウイーン版(イダマンテが男性役)を使い、第三幕が今回のように充実した映像を期待したいのであるが、無理であろうか。)

(以上)(08/05/14) 


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