8-4-3、マルク・ミンコフスキーとザルツブルグ・モーツアルテウム管弦楽団およびアブ・サレム演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、ウイーン国立合唱団、97年ザルツブルグ音楽祭、

−この映像を初めて見てから10年を経過し、当初好きになれなかった現代風読み替え劇や緩急・強弱の激しい古楽器演奏などに対し抵抗が少なくなり、シェーファーを筆頭にハルテリウス、グローヴス、ハヴラタなどの歌手陣の健闘を讃えたい映像であった−

8-4-3、マルク・ミンコフスキーとザルツブルグ・モーツアルテウム管弦楽団およびアブ・サレム演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、ウイーン国立合唱団、97年ザルツブルグ音楽祭、
(配役)コンスタンツエ;クリステイーネ・シェーファー、ベルモンテ;ポール・グローヴス、太守セリム;アクラム・テイラヴィ、オスミン;フランツ・ハヴラタ、ブロンテ;マリン・ハルテリウス、ペドリロ;アンドレアス・コンラート、ほか、
(06年発売のDVD、ドリームライフDLVC-8022より) 

 4月号の第三曲目は、手持ちDVDによるオペラ紹介であり、今回はミンコフスキー指揮、アブ・サレム演出のオペラ「後宮からの逃走」をお送りする。このDVD は97年のザルツブルグ音楽祭で収録されたものであるが、実は、私は97年8月22日の日付でNHKがザルツブルグから中継で放送したものをS-VHSテープに収録し、後日97年12月8日にNHKが編集して放送したものの両方を持っていた。しかし、両方ともアナログのS-VHSであり、また、ドリームライフ発売のDVDが2940円と超割安であったので飛びついた。

   DVDには日仏合作とあったが、恐らくNHKが中継放送のためカメラを持ち込んで収録したものと言う意味なのであろう。S-VHSの昔の記憶では、現代風の演出であり、ミンコフスキーの演奏が颯爽としているもののテインパニーとシンバルなどの異国風を強調しすぎた古楽器風の演奏であったので、好きになれなかった。しかし、私の好きなクリステイーネ・シェーファーやマリン・ハルテリウスが魅力溢れる声や姿で歌っており、私の方もM22などの超モダンな新しい演出や奏法に慣れてきているので、当初は好きになれなかったこの演奏が新しいDVDではどう見聴きできるか、改めて確かめたいと思っていた。



 会場は、音楽祭ではお馴染みのレジデンツホーフの仮設舞台であり、オーケストラ・ボックスを下にして階段上に客席が並び、舞台は一つで簡素であるがいろいろな場面で使えるように工夫がなされていた。時代は現代風で、セリムはネクタイに背広姿であるがアラビヤ語を話し、アラビヤ世界の民族衣装をまとった民族器楽演奏と民族舞踊がいろいろな場面で登場して異国情緒を高めていた。
 黒ずくめの服装で颯爽と入場したミンコフスキーの指揮する急−緩−急の序曲は、急の部分は記憶通りの速いテンポで始まり、テインパニー・シンバルの他に太鼓やトライアングルなども加わった鋭いトーンの異国風を強調する激しい響きであった。しかし、一方の緩の部分では一転してフルートなど木管と弦とが短調で美しい旋律を歌い始め、緩急・強弱の古楽器風演奏とトルコ風の異国趣味の強調傾向とは、オペラ全体を一貫して支配していた。現段階で改めて考え直しても、この二つの趣向の度合いの大小には、好みが別れるところであろうと思われる。



   片隅に置かれた段ボールの箱の中から、ベルモンテが辺りを覗いながら登場するあたりは現代のどこにでもありそうな風景。ベルモンテが愛人を捜し求めて、「天よ、私の目的をかなえてくれ」と第一曲の憧れの歌を歌いながら、宮殿にどうしたら入れるか探していた。番人のオスミンが庭先に出てきてイチジクの実を剥きながらベルモンテを「怪しい奴」と見定め、ベルモンテの質問に真面目に答えない。ペドリロの名を聞くと急に激しく怒りだし、ベルモンテも高慢なオスミンに怒りをぶつけて二人の激しい喧嘩の二重唱となった。そこへペドリロが顔を出したので、オスミンが大声で「女ばかりを追い回す、風来坊のならずもの」と有名な第三曲のオスミンのアリアを歌い、会場から大変な拍手を受けていた。
 ペドリロに会い事情を知ったベルモンテは、「コンスタンツエよ、やっと再び君に会えるのだ」と期待でドキドキと胸が膨らむ気持ちを第4曲のアリアで高らかに歌うが、オーケストラのスタッカートが胸のときめきを描写しているように聞こえた。  大勢の民衆の第5番の大合唱の中で太守セリムが登場して地図を示しながら何やら説明をした後に、囚われのコンスタンツエの縄を解き、愛を求めるとともに我慢も限界に来ていることを告げる。コンスタンツエは「私は恋をして幸せでした」と昔との変わり様を嘆き、その悲しみをコロラトウーラ・アリアで巧みに歌い、万雷の拍手を浴びていた。一方、ベルモンテとペドリロが宮廷に入ろうとして関門でオスミンに捕まり「入れろ・入れない」の第7番の喧嘩の三重唱となり、互いに譲らず大騒ぎとなって第一幕が終了した。



 第二幕の冒頭では、アラビアの笛の音とともに後宮の女性達が騒ぎ出したので、太守セリムがアラビア語で何かしら教えを説く場面から始まっていた。説教がひとしきりした後、笛と太鼓と鼓のアラビアの民謡風の音楽が始まり、女達はダンスを始める。良く見るとコンスタンツエが赤いドレスを着てダンスを教わっており、ブロンテは仲間たちと陽気に踊りながら騒いでいた。このような風景はリブレットにない初めて見る新しい演出であった。
 オスミンがブロンテを探しに来て、舞台では第8番のブロンテのオスミンをからかうアリアが始まった。リートの「すみれ」に似たロンド風のアリアであるが、ここでは早めのテンポでコケットリーな仕草でまとわりつくうるさいオスミンを懲らしめながらテキパキと歌っていた。続いて第9番のオスミンとブロンテの二重唱に入り、最初のアレグロでは命令調のオスミンによるけんか腰の二重唱でオスミンの堂々たる低音が見事であったが、中間のアンダンテでは仲直りしたように二人でダンスをしていた。しかし、最後にはアレグロに戻って再びけんか別れ。ブロンテの小さな水鉄砲による目の攻撃が効果的であった。
 続いてハレムの中でコンスタンツエがベルモンテに会えず悲しいと第10番のレチタテイーボを歌ってから、アダージョの「悲しむのが私の運命」とアリアをゆっくりと感情を込めて歌い、アンダンテでベルモンテに呼び掛ける悲しみのアリアを歌っていた。木管楽器が相づちを打つように入り、実に美しい歌い方で大きな拍手があった。



 そこへセリムが登場し、時間が悲しみを癒すはずだと誘いかけるがコンスタンツエは愛と征服欲とは違うと対立する。舞台にオーボエとヴァイオリンが登場して一節づつ演奏し、次いでフルートとチェロが繰り返してから四重奏の長い前奏が激しい思いを込めて始まり、「いかなる責め苦があろうとも」とコンスタンツエの激しい決意の第11番のアリアが歌われる。シェーファーのコントロールされたコロラトウーラの高音が明快に決まり、要求される低い音程も安定しており、広い舞台を使って歌いまくる姿も魅力的であって、聴かせ所の素晴らしい死を覚悟したアリアを成功させてこの日一番の大拍手となっていた。このソリスト達を舞台に上げてコロラトウーラのオブリガート風に伴奏させる試みは、楽器と声とが一体になるばかりでなく視覚的にも優れており、素晴らしい素敵な試みであった。しかし、セリムは、か弱い女性にどこからあんな決意が生まれるのだろうと理解できない。何か良い手だてはないか、彼女を繋ぎ止める橋はないかと独り言を言いながら悩んでいた。



   ペドリロがブロンテと会い、ベルモンテが来たことを話し、今夜脱出することを告げる。ブロンテは「何という喜び」と第12番のアリアを速いテンポで早口で歌い、喜びを体一杯に示していた。ブロンテにオスミンは?と問われ、ペドリロは「勇気を出して戦うんだ」と第13番のアリアを歌い、自分を鼓舞していた。ワインに眠り薬を仕掛けたところでオスミンが登場し、「バッカス万歳」の第14番の二重唱が始まり、アラーの神を気にしながら飲み始め、二人ともすっかり酔いつぶれてしまう。続く第15番のベルモンテのアリアは省略されて、コンスタンツエとベルモンテの再会のアリアが速いテンポで始まり、これにペドリロとブロンテが加わって喜びの四重唱となった。しかし、中間部では短調のアンダンテに変わって「噂では」と疑いのアリアとなり、ブロンテの平手打ちから許しを請う四重唱になり、最後には仲直りのそして喜びと愛の四重唱となって第二幕が終了した。



 第三幕も深夜の暗がりの中でアラブの侘びしげな笛の音で始まる。ベルモンテが脱出しようと注意深く出てきてアリアを歌い出すが、何とこれは第15番のアダージョの甘い歌声の再会のアリアであった(第三幕冒頭の第17番のアリアが省略)。ベルモンテが時間を気にしているところへペドリロが現れ、女達が遅いと心配しながらピッチカートの伴奏で第18番のロマンツエを歌い出す。異国調のモールの国に捕らわれた美しい娘の歌の甘いセレナードであった。そこへやっと女二人が大きな荷物を持って現れたが、残念ながら召使いも衛兵達も一緒であった。オスミンが登場し、勝ち誇ったような怒鳴り声と仕草で、怒りに燃えて第19番の勝ちどきの歌を歌った。歌い終わってタバコに火をつけ一服したところで大拍手となった。そこへセリムが登場し、コンスタンツエに時間をくれと言っていたのはこのことだったのかと尋ねる。ベルモンテが身代金を決めてくれと要求する。しかし、セリムは、「コンスタンツエが誰かを知って誘拐させたが、私を祖国から追い出した男の息子が網にかかるとは思わなかった。お前の父ならどうすると思うか。」と答え、リブレットとは明らかに違う解釈のようであった。これは、後の赦しを自然体に感じさせるための現代版ならではの布石なのであろうか。



 「何という運命か。何という苦しみ。」二人の絶望的な二重唱がアダージョで歌われ、自分のためにコンスタンツエまで死なせてしまうことを嘆き、最後には「二人でともに死んでいこう。」という決意のアリアとなった。覚悟が決まったところへ、全員が登場してセリムがデルモンテに尋ねる。「死を覚悟している。父の分まで復讐してくれ」と答えると、「勘違いするな。私が憎んでいるのはお前の父だ。二人で祖国に帰り、お前の父に伝えよ」という全く意外な太守の言葉であった。その言葉に一同は驚くとともに周りから拍手が出るほどであった。
 このどんでん返しの後のフィナーレは、型どおりベルモンテ、コンスタンツエ、ペドリロ、ブロンテの順に太守への感謝の気持ちが歌われたが、ブロンテがオスミンにお別れの仕草をすると、オスミンが悔しがって一暴れしたのが面白かった。  続いて最後にアラブの笛のソロの音が始まり、祈りと踊りの儀式があって、ひとしきり済んだ後に、太守セリムの人徳と栄光を讃える全員の合唱が速いテンポと激しいリズムで歌われて終幕となった。



 初めにこの映像を録画した97年からは10年経っており、当初は厭味に感じた現代風の演出や、モダン楽器でも古楽器風の指揮をするミンコフスキーの指揮にもそれ程驚かなくなり、今回は冷静に客観的な目でこの映像を見ることが出来たと思う。
 この映像の特徴は、一言で言えば、現代風のスタイルによる「身代金による脱出劇」への読み替えであり、そのための微修正がセリフの面や演出・小道具面などの細かなところに現れていたように思う。第一に太守の計画的な誘拐劇については、現代には海賊船や奴隷船などがないので、やむを得ない面がある。そのため第二には、太守には西欧社会に敵対する権力あるアラビア世界の代表者のように地位を高め、アラビア語で訓示したり、大きな宮殿に沢山の召し使いを抱えさせていた。第三の召使いが多い宮殿も、現代にはハーレムはないので、アラビアのお金持ちの宮殿を描いた自然な姿なのであろう。また第四には、リブレットにはないが幕間の随処に見せたアラビア風の笛吹きや祈りや踊りも、アラビアの宮殿を自然に示すための息抜きのような効果を持っていた。

 この映像で他に見られない素晴らしいと感じたところは、第二幕中間の第11番のコンスタンツエのアリアであり、4人のオブリガート奏者を舞台に上げて歌手と一緒にコロラトウーラを歌わせたことは素晴らしいアイデアであり、シェーファーの声を高めることにも多大な効果があった。ベルモンテのグローヴスも、オスミンのハヴラタも、ブロンテのハルテリウスもそれぞれ持ち味を発揮しており、歌手陣にも満足できた。ミンコフスキーもこのホームページではM22の「ミトリダーテ」K.87に次ぐ2度目の登場であったが、これも同じように颯爽とした小気味よい演奏であった。この「ミトリダーテ」も同じレジデンツホーフの仮設舞台のオペラ(7-4-5)で演奏されたが、私は05年にこれを現地で見ており、同じような強弱の変化の激しい響きであった印象が強く残っている。

(以上)(08/04/20)


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