8-3-1、アンネ=ゾフイー・ムッターとカメラータ・アカデミカによるヴァイオリン協奏曲シリーズ(その2)、(曲目)ヴァイオリン協奏曲(第四番)ニ長調K.218およびヴァイオリン協奏曲(第五番)イ長調K219、指揮とヴァイオリン;アンネ=ゾフイー・ムッターとカメラータ・アカデミカ・ザルツブルグ、05年12月、

−古典から現代曲まで全て弾き尽くしてから再び古典に戻ってきたムッターが、指揮が出来るまで楽譜を読みこなし、十分に咀嚼してから改めてこのシリーズに挑戦しており、彼女が若い頃から一皮むけた心境でこのシリーズを丁寧に録音したもの−

8-3-1、アンネ=ゾフイー・ムッターとカメラータ・アカデミカによるヴァイオリン協奏曲シリーズ(その2)、(曲目)ヴァイオリン協奏曲(第四番)ニ長調K.218およびヴァイオリン協奏曲(第五番)イ長調K219、指揮とヴァイオリン;アンネ=ゾフイー・ムッターとカメラータ・アカデミカ・ザルツブルグ、05年12月、
(07年06月09日、NHKBS102CHの放送を、DーVHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 08年3月号の第一曲のムッターのヴァイオリン協奏曲集は、05年12月にザルツブルグで全曲を収録されたものであり、カメラータ・アカデミカをムッターが指揮をしながら弾いたものである。私は05年7月にロンドンフイルを指揮した同曲集の2CDを持っており、素晴らしい演奏であったが、今回の映像とは異なるものであった。一見したところスタイルのよいムッターが、頭と腕を振る仕草で指揮をしながら、流麗なヴァイオリンの音を響かせており、期待通りの溌剌とした演奏であった。今回は2月号の第一番〜第三番に引き続き第4番と第5番を紹介するものであるが、いずれも有名曲でもあり極めて水準が高い演奏であると思われるので期待が大きい。これでムッターは、協奏曲集全5曲、ヴァイオリンソナタ集全16曲、ピアノ三重奏曲集全3曲を全て映像で揃えたことになり、ピアノのバレンボイムと並んで、素晴らしい映像記録を残すソリストの一人になった。



 第四番ニ長調の協奏曲は、連作の第一番〜第三番とは異なったところが多い。独奏ヴァイオリンがいつも主役を演じており、オーケストラが単純化されて、前作のように独奏楽器との対話や掛け合いが殆ど行われず、伴奏の役を務めるか重複して旋律を強める役に徹しているようだ。また、各楽章の構成にも変わった面が多いようである。第一楽章冒頭のアレグロの威勢のよい主題は、独奏ヴァイオリンによって繰り返し演奏された後は、展開部でも再現部でも顔を出さない。第二楽章でも主題が展開される場がなく、第一部も第二部も独奏ヴァイオリンの流れるような歌が始めから終わりまで続いている。フィナーレもロンドーとされているが、主題が多く自由で伸びやかに作られている。譜面を見ながら丁寧に聞いてみると、連作とはいえ絶えず新しい工夫や変化が試みられた作品なのであろう。

 第一楽章は、アレグロの軍隊風のリズムを持った威勢のよい第一主題で始まるが、ムッターはいかにも女性らしく腕と体の仕草で軽くリズムを取りながら指揮をしていた。オーケストラによる主題提示が終わってから、独奏ヴァイオリンが輝くように第一主題を二オクターブ高く繰り返して主役に躍り出ると、目まぐるしい勢いで走り出す。途中で一呼吸置くような美しい第二主題が独奏ヴァイオリンにより提示されてからもムッターの輝かしいヴァイオリンの勢いは止まらない。展開部でも伴奏役のオーケストラを相手に独奏ヴァイオリンが活躍し、その勢いで再現部に突入していた。カデンツアではこの楽章での旋律を巧みに組み合わせた技巧的なものを弾いていた。



   第一ヴァイオリンとオーボエを中心とした前奏のような美しいアンダンテ・カンタービレの甘い主題が流れてから、独奏ヴァイオリンが穏やかな優しい表情でこの主題を繰り返していくが、続けて新しい主題がソロで現れてウットリさせられる。そしてヴァイオリンのスタッカートとオーボエの伴奏で独奏ヴァイオリンによる踊るような軽やかなエピソードが現れ恍惚にさせられる。かの楽章はムッターが豊富なメロデイを歌うように弾きまくるカンタービレの「歌う楽章」そのものであるという感じがした。再び全体がゆっくりと繰り返されていたが、カデンツアは最後のエピソードを主体にした可愛らしい短いものであった。
 フィナーレはフランス風のロンドー楽章であるが、アンダンテ・グラツイオーソで独奏ヴァイオリンによるロンド主題で軽やかにゆっくりと始まった。オーケストラとソロとで呼び合いが行われた後、がらりとテンポと感覚が異なるアレグロ・マ・ノン・トロッポの軽快な主題が、スタッカートと装飾音を持つて独奏ヴァイオリンで始まり繰り返され、さらに新しい主題が繋がっていく。再びゆっくりしたロンド主題に戻り、アレグロに変わったのでA-B-A-B'のロンドかと思っていたら、突然に開放的な新しいアンダンテ・グラツイオーソに変わり、独奏ヴァイオリンが活躍を始めソロの重奏和音のエピソードなどが現れビックリさせた。再びロンド主題に戻り、カデンツアのようなソロの部分を過ぎてから終結するが、さり気ない終わり方もこの曲独自のものであった。



 この曲をじっくり聴いていると、ソリストのムッターが休む間もなく弾き続け、急−緩−急の細やかな変化を楽しめる実に豊かな曲であると改めて感じた。
 第四番の終了後、ムッターへのインタビュー画面が出た。そこでムッターは、モーツアルトの曲は「俳句」のようだと語る。日本語が出てくるので驚いていると、彼女は「俳句」には多くの意味が込められているが、文体は非常に簡潔であるという。モーツアルトの音楽も同様で、行間を読む優れた腕前が求められるという。モーツアルトの音楽は「静寂」に始まり「静寂」に消えていく。「美」と「静寂」を合わせ持つ音楽がモーツアルトなのです、と語りかけていた。



 第二曲目はヴァイオリン協奏曲(第五番)イ長調「トルコ風」K.219 であり、ムッターのこのシリーズの最後の曲である。曲はムッターの指揮で第一ヴァイオリンがスタッカートのキビキビとした軽快なテンポで奏する第一主題がアベルトで(堂々と威勢よく)開始され、続いて第二主題が弱奏の第一ヴァイオリンにより軽やかに進められ、素晴らしい調子でコーダを経て提示部を終える。ここで、フェルマータで一呼吸置いて、まるでオペラのアリアが始まるように、独奏ヴァイオリンがアダージョで美しいアインガングを弾きながら堂々と登場する。ムッターの穏やかな豊かなヴァイオリンの音色が美しいと思っている間に、アレグロの生き生きとした第一主題が独奏ヴァイオリンで軽快に始まり、素晴らしい勢いでどんどんと快く進行する。やがてソロによる実に快調な第二主題が弾むように提示され、甘く軽やかに進行し、続くオーボエとの重奏も美しく、独奏ヴァイオリンを中心にどんどんと軽快に進んで行く。展開部に入ると独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示し、華やかなソロの技巧的な走句が目立ち、再現部に突入していた。カデンツアは冒頭主題の変形を技巧的に処理した難しいものを弾いていた。



 ムッターの手と顔の動きで第二楽章の甘い第一主題が第一ヴァイオリンによってゆっくりと始まり、直ぐに続けて細やかな第二主題も提示されひとしきり演奏されてから、独奏ヴァイオリンがおもむろに第一主題を弾き始める。しかし、早くも変奏を加えながらソロのペースで弾いており、歌うような第二主題も独奏ヴァイオリンの向くようにどんどん進行する。そして終結部で独奏ヴァイオリンが軽やかな美しいエピソードを弾きだし、思わずウットリさせられてしまった。まさにムッターの豊麗な音色が美しさを際立たせていた。始めの主題の変奏で展開部が終始するが、ここでも独奏ヴァイオリンの一人舞台であった。終わりの短いカデンツアもヴァイオリンの甘い音色を際立た見事なものであった。
 この曲のフィナーレは、テンポ・デイ・メヌエットのリズムで、独奏ヴァイオリンにより明るく始まるメヌエットであり、続けてオーケストラが繰り返していた。しかし、これはロンド主題であり、新しい明るい主題が次々にソリストにより軽快に提示され、A-B-A-C-Aとロンド形式で進んでいた。ところがこの曲においても途中から突如としてアレグロに変わりトウッテイに続いて独奏ヴァイオリンが急速なメロデイを弾き始め、繰り返されて曲調が一転する。そして「トルコ風」のリズムを持った活発なスタッカートの主題が現れ、繰り返されて改めて「トルコ風」の意味を悟る。再びアレグロに戻ってから再度トルコ風の主題が現れて一層印象を強めていた。このフィナーレも終始ムッターのペースで進み、最後のメヌエット主題をソリストが弾いて穏やかに曲は終了した。大変な拍手で迎えられ、笑顔で応えるムッターの表情を映像はよく捉えていたが、この協奏曲集は第一番から第五番までどの曲をとっても完成されたムッターのモーツアルトが示されていたように感じた。



 今回の報告は、ムッターの一連のモーツアルトのソナタ・協奏曲・シリーズの最後を飾るものであったが、彼女のインタビュー画面で語られた話を要約すると、古典から現代曲まで全て弾き尽くしてから再び古典に戻ったようであり、子供の頃から弾いていたモーツアルトを再検討し、指揮が出来るまで楽譜を読みこなし、十分に咀嚼してから改めてこのシリーズに挑戦したようである。インタビューの言葉から、彼女が若い頃から一皮むけた心境で、このシリーズを丁寧に録音したものと改めて感じさせた。

(以上)(08/03/07)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ




名称未設定