(最近の放送デジタル記録;コープマンの交響曲連続演奏会から3曲K.183、K.45、K.22、)
8-12-1、トン・コープマンの交響曲第25番ト短調K.183(173dB)、91年6月6日、交響曲ニ長調第7番K.45、および交響曲第5番変ロ長調K.22、91年5月20日、東京芸術劇場、、

−コープマンは、早めのテンポで、両手と身体全体とそして顔の表情を加えた賑やかな指揮振りで、見るからに溌剌としていたが、同じ古楽器のホグウッドのCDと較べると、全体のオーケストラの響きがやや薄く、訴えるところがやや弱いように感じた−

(最近の放送デジタル記録;コープマンの交響曲連続演奏会から3曲K.183、K.45、K.22、)
8-12-1、トン・コープマンの交響曲第25番ト短調K.183(173dB)、91年6月6日、交響曲ニ長調第7番K.45、および交響曲第5番変ロ長調K.22、91年5月20日、東京芸術劇場、
(06年06月06日のNHKBS102の放送をD-VHSレコーダーのLS-3モードでS-VHSテープにデジタル録画、および08年06月09日のNHKBS102の放送を、BRデイスクに録画。)

 12月号のトップの最新の放送記録については、先月の11月号のように二つの異種のコンサートからモーツアルトソフトを組みあわせることが多くなるかもしれないが、今月は最近の放送デジタル記録から、たまたま同じ指揮者のトン・コープマンによる交響曲を3曲、小ト短調K.183、および初期のK.45とK.22、を取り上げてみた。この演奏は、91年のモーツアルトイヤーの年にコープマンとアムステルダム・バロック管弦楽団が行ったモーツアルトの交響曲連続演奏会からのもので、91年6月6日に演奏された交響曲第25番ト短調K.183(173dB)の放送と、91年5月20日に演奏された交響曲ニ長調第7番K.45、および交響曲第5番変ロ長調K.22の放送とを、組みあわせたものである。何れも東京芸術劇場で収録されたアナログのハイビジョンの記録である。NHKではアナログハイビジョンの時代に良くこの演奏会を放送していたが、HVソフトが増大した今日では、時間の埋め草としてこの交響曲シリーズの一部をまれに再放送しているようである。

 このコープマンの交響曲連続演奏会のシリーズは、S-VHSのアナログではほぼ全曲収録しているのであるが、このHPではデジタルで収録した映像を基本としていたので、ハイビジョンで全曲再放送することを長い間待ち望んでいたが、残念ながらシリーズの放送はなく、今回のように断片的に1〜2曲の放送しか行われていないようである。しかし、今回のアップに際して、デジタルとアナログの両方を比較してみたが、アナログではトラッキング・ノイズがわずかに増え写りの精度が落ちるものの、音楽の鑑賞そのものには大きな影響が出るほどの違いはなかったので安心した。いずれ折を見て、全てアップロードしなければならないと考えているが、この調子だとアナログでのアップになるかもしれない。



 第一曲目の交響曲第25番ト短調K.183(173dB)は、小ト短調交響曲とも呼ばれ、冒頭の第一主題の激しい短調のシンコペーションや旋回音形が特徴的であるが、当時のウイーンの作曲家たちに流行していた「疾風怒濤」のスタイルを、モーツアルトが初めて取り入れたものとして注目されてきた曲であった。コープマンが率いるアムステルダム・バロック・オーケストラは、古楽器による集団で、第一・第二ヴァイオリンが8〜10、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1の弦5部に、ファゴット2、オーボエ2、ホルンがこの曲だけが例外の4という最少人数の構成であった。
 コープマンは冒頭から早いテンポで鋭い弦の響きを強調するように開始して威勢良く進め、途中から現れる悲しげにゆっくりと長い旋律を歌うオーボエも魅力的であった。これと対照的にスタッカートが強調された踊るようなリズムの第二主題は優雅に響いていたが、再び繰り返された冒頭の激しい始まりは、少人数ながらも威勢良く響き、4本のホルンが吠えるように全体の響きを支えていた。展開部では冒頭の主題の音形とリズムが繰り返されオーボエの主題も現れて趣を変えていたが、再現部では再び冒頭主題が早いテンポで繰り返されてこの交響曲の異色的な存在を強く印象ずけていた。同じ古楽器演奏のホグウッドのCDと較べて見たが、コープマンの演奏はテンポ感は差がないものの弦5部がややひ弱に聞こえ、この曲の特徴である激しさや力強さの点でやや見劣りがしていた。


 第二楽章は弦5部とファゴットとが対話しながらゆっくりしたテンポで進められるアンダンテ楽章であるが、唐突にオーボエと第一ヴァイオリンが軽やかにブッファ的なおどけた第二主題を弾き出す面白い展開があった。単純なソナタ形式で書かれており、短い展開部のあとに再び冒頭な優雅な対話が再現され、更にこれが入念に引き伸ばされていた。コープマンは、いつもの大袈裟な身振りで心得たように笑顔を見せながら落ち着いて進めており、聴くものに優雅な安らぎの一時を与えてくれた。
 第三楽章はユニゾンの響きで始まる堂々たるメヌエットで、踊るような伸びやかなリズムで力強く響き、4本のホルンが高らかに鳴る堂々とした豊かな響きが特徴である。しかし、残念ながら、ライブのせいか、ホルンが音をはずして聞きずらいところがあった。トリオは管楽器だけで演奏され、オーボエ・ホルン・ファゴットが、馴染み深い旋律を明るく輝くように合奏をし、再びメヌエットにバトンタッチしていた。


 フイナーレはソナタ形式のト短調の急速なアレグロであり、メヌエット主題と類似した第一主題において弦のトレモロやシンコペーション動機などが現れ、第一楽章と似たスタイルで全楽器が参加して疾風怒濤的な勢いでうねるように進行していた。コープマンはここでも大袈裟な身体の動きで指揮をしており、全力疾走して一気に高揚を見せ、静かにこの楽章を終息させていた。
 この曲を聴くたびに、私は映画「アマデウス」の冒頭のドアを開けた瞬間に鳴り響く鋭い叫びのような弦の音を思い出してしまうが、コープマンのこの演奏は勢いはあるもののまだ穏やかな方であるという印象であった。コープマンは、早めのテンポで、両手と身体全体とそして顔の表情を加えて指揮をしており見るからに溌剌としているのであるが、全体のオーケストラの響きがやや薄く、訴えるところが弱い感じがしたが、これは曲の性格にもよるかもしれない。


 第二曲目は、08年6月にブルーレイ・デイスク(BD)に収録した交響曲ニ長調第7番K.45である。この曲は1768年1月16日の日付が明記された曲で、ウイーン旅行中に作曲されている。この曲には、二つのトランペットとテインパニーが初めて加わっているのが特徴であり、4楽章構成の華やかな堂々たる曲となっている。なお、このウイーン旅行中に、モーツアルトは「ラ・フィンタ・センプリーチェ」K.51(46a)というオペラブッファを作曲している。このオペラを作曲した後に、このニ長調の交響曲を改編して序曲に流用しているが、残念ながら、このオペラは上演することが出来なかった。この序曲は、メヌエット楽章を除いて三楽章型式とし、トランペット2とテインパニーを外してフルート2、ファゴット2を加えている。

 第一楽章は、冒頭にわずか3拍ではあるが全奏の短い序奏で始まって、直ちに弦五部からアレグロの第一主題が軽快に開始され、同じようなテンポで幾つかの主題が次々に提示されてドンドンと進行するが、主題が余り印象に残らない。前半の繰り返しを持たないソナタ形式なのであろう。テインパニーやトランペットとホルンが随処で合奏して景気を付ける軽快そのものの序曲風のアレグロ楽章であった。



 第二楽章は弦五部だけのゆっくりとしたアンダンテ楽章であり、第二ヴァイオリンが三連符のリズムで終始続ける伴奏に乗って第一ヴァイオリンがメロデイラインを奏でるセレナード風の単純な二部形式の楽章であった。コープマンはゆっくりしたテンポで明確にリズムをとって指揮をしており、美しいアンダンテとなったが、後半の繰り返しを省略してあっさりと演奏していた。第三楽章は素晴らしいメヌエット楽章で、コープマンは早めのテンポで三連符のリズムを明確にとってダイナミックに指揮をしており、トランペットとテインパニーが活躍していた。トリオは対照的にゆったりとした弦五部による合奏の筈であったが、コープマンはトップ5人による五重奏の形で演奏していた。メヌエットとの対比をより強め、変化を持たせた独自の発想なのであろうが、この試みは成功していた。
 フィナーレでは、馴染み深い旋律による早いテンポの明るいアレグロ楽章であり、コープマンは颯爽と弾むようにリズムをとって指揮していた。丁寧に聴くと冒頭の付点リズムを持った動機と一転して細やかにピアノで現れる三連符の動機とが繰り返し現れる単一主題のソナタ形式のようであるが、コープマンは第二楽章と同様に後半の繰り返しを省略して、一気呵成にこの急速なアレグロ楽章を終息していた。

 このコープマンの演奏とホグウッドの演奏したシンフォニーや「ラ・フィンタ・センプリーチェ」K.51(46a)の序曲とを比較してみると、演奏スタイルや録音の違いによるのであろうが、ホグウッドの方が生き生きとしてメリハリがあり、伸びやかさを強く感じた。また、DVDでM22におけるこのオペラの序曲を聴くと、シンフォニーとは思えない弾むような軽快さに溢れており、一気にフィナーレを通り過ぎて切れ目無く第一曲に突入していたので、この曲にはどうやら三つの版があると思われる。



 続く第三曲目は、やはりBDに続けて収録した交響曲第5番変ロ長調K.22であり、急緩急の三楽章型式のシンフォニーであり、前曲K.45からテインパニーとトランペトが抜けた最小のオーケストラ構成となっていた。この曲は、1765年12月、於ハーグ、と書かれたレオポルドの筆跡の筆写譜が残されており、大旅行中の産物である。  第一楽章は繰り返しのない簡潔なソナタ形式であり、曲はいきなりアレグロのトリルを持った早い主題が現れ、執拗にトリルの部分が繰り返されて進んでから、活きの良い上り調子の元気な第二主題が飛び出してくる。展開部は短くいつの間にか二つの主題が繰り返されていた。コープマンはどの曲に対しても、始めから生真面目に両手と身体全体を使って指揮をしており、頭や目や口の動きでもリズミックに動かして誘導していた。

 第二楽章は静かなアンダンテで、ゆったりした美しい主題とオーボエに伴奏された細かなリズムを持った短い主題とが交互に現れる三部形式の形を取り、A-B-A-B'-A-終結部と言う順序で進んでいた。
 フィナーレは簡潔なロンド形式であり、3拍子の踊るようなロンド主題で軽やかに始まり、A-B-A-C-Aと副主題による変化を見せながら明るいロンド主題が全楽章を一貫して貫いていた。コープマンは躍り上がるように全身でリズムを取り、終わるとにこやかな表情で、演奏しきった喜びを身体全身で表しながら、観客へお辞儀を繰り返していた。



 二つの若い初期の作品を二つ続けて聴いた。この2曲についてもホグウッドの全集と比較して聴いてみたが、ホグウッドの方がメリハリの聴いたダイナミックな演奏をしており、この団体のオーケストラがやや弱いという印象を持った。  短いので繰り返し何度も聴いてみたが、二曲とも、残念ながら、私の耳にはそれ程印象に残らなかった。やはり第一番の変ホ長調K.16ハーデイングが良く取り上げる第6番のヘ長調のシンフォニーK.43などは、奇跡的に優れた作品なのであろう。これらの曲に並ぶ若造りの曲は、天才といえどもなかなかないと言うのが率直な印象であった。

(以上)(08/12/05)


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