(レーザー・デイスク・ストックからのオペラ報告)
8-11-3、マックス・ポマー指揮、東ベルリン放送交響楽団及び合唱団によるオペラ「愛の女庭師」K.196、−テレビ映画作品−1989年DDRテレビ局、

−ドイツ語による明るいハッピーエンドの圧縮されたドタバタ劇という印象であったが、時には異常に美しい音楽が響いており、やはり気になる作品。映画方式なので細部の改作も自由に行われていたので、リブレットに忠実な舞台よりも全体が分かり易い作品となっていた−

(レーザー・デイスク・ストックからのオペラ報告)
8-11-3、マックス・ポマー指揮、東ベルリン放送交響楽団及び合唱団によるオペラ「愛の女庭師」K.196、−テレビ映画作品−1989年DDRテレビ局、
(配役)ヴィオランテ女庭師;アイゼンフェルト、ベルフィオーレ伯爵;ジェームス・オニール、ドン・アンキーゼ市長;ハインツ・ツエドニック、アルミンダ;ウテ・ゼルビック、ラミーロ騎士;エルヴィラ・ドレスン、セルペッタ;シュタインスキ、ナルド;ハルトフィール、
(ドリームライフ、LSZS00185、レーザー・デイスクより)

 11月号の第3曲目は、古いレーザー・デイスク・ストックからのオペラ報告であり、 8-11-3として、マックス・ポマー指揮、東ベルリン放送交響楽団及び合唱団による「愛の女庭師(Die Gartnerin aus Liebe)」K.196を取り上げた。このオペラは、通常はイタリア語のオペラ・ブッファとして演奏されるが、モーツアルトの時代から既にドイツ語による版(ジングシュピール版)で上演されていた。この映像はゲオルグ・ミールケ演出のドイツ語のテレビ映画作品として1989年に東独のDDRテレビ局により制作されたものである。映画のため舞台の制約がない色彩豊かな華麗な映像であり、思い切ったレチタテイーボとアリアの短縮化と省略(セリフ化)を行って、全体を分かり易いものにし短く(58+60分)仕上げていた。この映像は、私の場合にはこのオペラを最初に見て理解したいわば初めての記念すべき映像であったので新鮮な記憶があり、将来のモーツアルトの「フィガロ」や「コシ」の誕生を予感させる天才のひらめきのようなものが、人間性に溢れた軽妙な作風の中に随処に満ち溢れているという印象を強く受けていた。



 レーザー・デイスクでは、序曲の軽やかなアレグロに乗って物語が始まり、場所は市長のドン・アンキーゼ邸か、上流の仮面舞踏会のため着飾った人々が集まって来ていた。良く画面を見ると、既に主役が登場しており、曲に合わせてそれぞれが役割を演じているようであった。女庭師のサンドリーナが仕事の振りをして主役のベルフィオーレ伯爵の様子を探している様子であり、仮面を付けた伯爵は顔を隠している結婚相手の市長の姪のアルミンダを探し当てたようであり、騎士のラミーロはオーケストラの指揮をしながら恋するアルミンダの様子が心配で気に掛けていた。ナルドはお客さんを出迎えて案内し、セルペッタはお客さんにお茶出しをしていた。軽快なイタリア風序曲の第二楽章では美しいアンダンテとなり、優雅な仮面舞踏会が始まって、伯爵とアルミンダが仮面の姿でしっとりと踊っており、時々二人だけになるので、それを見てラミーロは心配で落ち着かない。



   序曲のフィナーレがオペラ第一曲の序章となってオーケストラで軽快に始まり、庭では沢山の花火が打ち上げられ、曲は合唱になって一同庭に出て喜びの花盛りの様子を楽しんでいるうちに、主役の5人が一人ずつ歌いながら状況説明をしていた。ラミーロはままならぬ恋を嘆き、市長は女庭師のサンドリーナに夢中であり、サンドリーナはこれに困惑し、ナルドはセルペッタとの片思いに苦しみ、セルペッタは市長の浮気が気に入らない。続いて第二曲は省略され、第三曲の市長のアリアのオブリガートがとてもアイデアに富み面白かった。サンドリーナを見つけると、フルートやオーボエの伴奏で口説き始めるが相手にされず、ヴィオラの響きで逃げられ、太鼓やトランペットの伴奏で驚かし力ずくで抱きしめるが、テインパニーの音で逃げられ、ベースやファゴットの音で大騒ぎとなった。やっと逃げ出したサンドリーナは、身分を隠して伯爵を見張っている自分を情けなく思い「女は哀れなもの」と美しい第4曲のアリアを歌っていた。サンドリーナの隠れた召使いのナルドは、セルペッタへの片思いに悩み、どうすれば鉄の心を和らげ得るか悩みながら第5番のアリアを歌っていた。



 一方、アルミンダと二人になった伯爵は、彼女を賛美する第6番のアリアを歌いベッドインに成功しそうであったが、アルミンダが伯爵の変わりやすそうな男心を見抜いて第7番の警戒のアリアを歌い、私は執念深いので書類で証明されなければ信じないと歌っていた。姪を気に入ったかと市長は伯爵に尋ねていると、アルミンダがそこに現れたので、伯爵は第8番のアリアで自分の由緒ある家系を自慢げに歌い、アルミンダを信用させ連れて行く。第9番が省略され、セルペッタがナルドを前に「どの男も私を見れば寄ってくる」とコケットな調子で第10番のアリアを歌っていたが、内心は内気なのよとナルドに囁く。
 やがてピッチカートの伴奏でヴァイオリンの美しい前奏が始まり、サンドリーナが庭先で「ああ、小鳩は嘆く」と遠くから恋人を思う第11番のアリアを歌いだしたが、これがとても魅力的。アルミンダとベッドインしようとしていた伯爵がこの歌を聞きつけ、惹き付けられるように、アルミンダを部屋に残して庭先に駆け付けると、サンドリーナが歌っており、続いて第12番のフィナーレに入った。伯爵が良く見るとサンドリーナは死んだ筈のヴィオランテであり、懐かしい歌を聞きながら夢ではないかと驚いてしまった。二人が確かめ合っているうちに、それを見つけて怒り出すアルミンダと彼女を慰めるラミーロ、市長に伯爵と女庭師がいちゃついていると得意げに告げ口するセルペッタ、などとフィナーレが変化しながら進んだ。そして伯爵が昔の出来事をヴィオランテに必死で詫びているところに全員が駆けつけ、全員の合唱で事情を説明せよと伯爵に迫るものの、伯爵は詐欺師まがいに思われて問題が残されたまま第一幕が終了していた。映像では昔の二人の殺人らしき争いの姿を回想風に紹介するなど、映画ならではの技術が巧みに使われていた。



 第二幕に入り伯爵が部屋に戻ると、アルミンダが詫びる伯爵を攻め、第13番のアリア「懲らしめてやるわ」を激しく歌う。一方、ナルドは居合わせたセルペッタの機嫌を取ろうと第14番の「イタリア風に口説くには」と歌い、関心がないのでフランス語で、次いで英語で口説くが、空回りで失敗する。第15番から第18番までのアリアが思い切りよく省略され、その替わり語りでラミーロが伯爵が殺人犯であるというミラノからの逮捕状を市長に届けた。さあ大変。ラミーロから本当の話だと聞いて市長は伯爵に尋問しようとアルミンダとベッドインしていた伯爵を叩き起こし、怒って突然に尋問を始める。伯爵はヴィオランテは生きているかと質問されしどろもどろとなるが、そこへサンドリーナが駆けつけ、自分は侯爵家のヴィオランテ・オネステイであり、負傷しただけで生きていると証言するので、急場は凌がれた。しかし、サンドリーナは急場の伯爵を助けただけで、アルミンダと結婚しようとしていた伯爵を許した訳ではない。伯爵は何が何だか分からずに半狂乱となって第19番のアリアを歌っていた。



 一方、セルペッタはナルドを相手に「女は貞淑でなければ」とおどけて第20番のアリアを歌っていたが、腹を立てたアルミンダが仕返しにサンドリーナを暗闇の倉庫のような物置に突き落としてしまった。暗闇で驚いたサンドリーナは、恐怖の余り「ああ、哀れな私を助けて」と叫ぶ第21番の半狂乱のアリアを歌い、続けて第22番の「神よ、助けて」とカヴァテイーナを歌って暗闇の洞窟に隠れてしまった。フィナーレとなって、いなくなったサンドリーナを探しに、伯爵、ナルド、アルミンダ、セルペッタ、市長が次々にアリアを歌いながら順番に倉庫に入ってきた。そして暗闇の中でお互いの連れの相手を手探りで探し合い、やっと念願の三組のペアが出来上がった。そこへラミーロがカンテラを持って駆け付けたので、明かりで確かめてみると何と、互いの相手が思いの人と違うので大騒ぎの大合唱となるが、最後に伯爵とサンドリーナとが何かに憑かれたようになり、二人仲良く正気でない状態になったので、全員の気違い騒ぎの合唱の中で第二幕の終幕となった。





 第三幕では第24番と第25番のアリアが省略され、ラミーロの第26番のアリアで始まるが、アルミンダに捨てられたと思ってピストルで自殺しようとしていたところへ、こっそりとアルミンダが自分を心配して駆け付けてくれたので、二人はハッピーエンドになった。場面が変わり、美しい弦楽器の響きとともに第27番の前奏が始まり、伯爵とヴィオランテが目覚めてみると、二人は何と同じ布団の中でウットリと音楽に聞き惚れていた。気が付いて夢かと驚くが、正気になるにつれ二人は諍いを始め、やがて二重唱で言い合っていた。しかし、もともとは好き合った二人なので、随分遠回りして時間がかかったが、テンポがアレグロに変わって二人はやっと許し合い、終わりにはついに抱き合ってしまった。この早い二重唱の最中に、ハッピーエンドを告げる終幕の字幕が出ていた。フィナーレの音楽は軽快な大合唱で始まり、ラミーロとアルミンダが市長にまず祝福され、次いでヴィオランテと伯爵が舞踏会の行列の中を仲良く行進し「愛と誠の大勝利」の合唱とともに全員に祝福され、ナルドとセルペッタもお祝いの行列の片隅で手をしっかり握りあって、かくて全員めでたしめでたしの終幕となっていた。

 



 テレビ用の映画で2時間以内という時間制約のためか、終わってみると、ドイツ語による明るいハッピーエンドの圧縮されたドタバタ劇という印象であったが、時には異常に美しい音楽が響いており、気になる作品であった。第一幕が58分、第二・三幕が60分という時間になっており、3時間を超える内容がおよそ2/3に圧縮されていた。全28曲中9曲のアリアが省略され、かなりのセリフ化が行なわれ、アリアのリフレインも各所で行われていた。しかし、印象に残るアリアはだいたい収録されており、舞台と異なって映画方式なので、細部の改作も自由に行われていたようなので、物足りなさはあるものの、リブレットに忠実な舞台よりも全体が分かり易い作品となっていた。
   出演者についてはヴィオランテのアイゼンフェルトが声もマスクも良く適役であったし、ふざけ役の伯爵のオニールと市長のツエドニックは、ともに強かに演じていた。他の4人も手慣れたヴェテランの味を見せていた。ポマー指揮のベルリン放送交響楽団は、録音による参加なので、舞台のライブと異なり、印象が薄く感じられた。

 このオペラは、リブレットが拙劣なため、男女関係に経験の薄い若い作曲者には大変な代物であったと思われる。そのため、リブレットに忠実に演じても、余分な部分があったり、訳が分からなくなって誤魔化してしまう部分も数カ所ある。しかし、音楽の方は真面目に作られているので、その部分の舞台造りをどう処理するかが大変なようであるが、これがこのオペラの演出の難しさになっているようである。幸い、この映像ではこれらの殆どが削除の対象になっていたが、映画方式であったので、いかようにでも創作出来るメリットを持っていた。
 これまで5種類の映像を見てきたが、ライブの舞台ではない映画方式はこれ1組であった。内容が分かり易いと言う意味では最も優れていたが、その反面、他の映像では感じられる音楽面や演出面におけるライブの迫力と言ったものに欠けた映像となっていたのは、やむを得ないと思われる。

(以上)(08-11-19)


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