(S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像;二つの宗教曲コンサートから)
8-11-2、ウーヴェ・ムント指揮、N響、によるミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」−佐藤しのぶと東京混声合唱団− 90年3月NHKホール、およびフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによる「レクイエム」K.626−オランダ室内合唱団−日本公演、98年3月30日、芸術劇場、

−ウーヴェ・ムントのテンポが実に良く、透き通るように響く佐藤しのぶの輝かしい歌声と、厳かな四重唱や壮大な大合唱の歌声がこだまする素晴らしい響きを持った「戴冠ミサ曲」であった。また、ブリュッヘンの「レクイエム」は、彼一流のお膳立てがあり、手慣れた古楽器集団と少人数のオランダ室内合唱団を完璧なまでにコントロールした迫力あるコンサート・ライブを聴かせてくれた。−

(S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像;二つの宗教曲コンサートから)
8-11-2、ウーヴェ・ムント指揮、N響、によるミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」−佐藤しのぶと東京混声合唱団− 90年3月NHKホール、およびフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによる「レクイエム」K.626−オランダ室内合唱団−日本公演、98年3月30日、芸術劇場、
(戴冠ミサ)S;佐藤しのぶ、A;永井和子、T;小林一男、B;多田羅迪夫、
(レクイエム)S;モナ・ユースルツドウ、A;ブランモーストローチ、T;ファンダーステイーナー、B;イエーラ・ドラーヤ、
(2000年3月12日のN響アワーNHK3CHおよび98年3月NHKBS3CHによる放送を、S-VHSレコーダーによりS-VHSテープにアナログ録画)

 11月号の第2曲は、S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像であり、90年3月NHKホールで収録されたウーヴェ・ムント指揮N響によるミサ曲ハ長調K.317「戴 冠式ミサ」である。演奏機会の少ないこの曲の映像は、このHPでは3曲目であり、この映像のアップロードでこの曲の「映像のコレクション」のアップが完結するのでここに取り上げてみた。佐藤しのぶ、永井和子や東京混声合唱団の懐かしい元気な顔ぶれを拝見することが出来る。次いで宗教曲を続けて、フランス・ブリュッヘンの指揮と18世紀オーケストラによる1998年3月の日本公演の「レクイエム」K.626を取り上げた。しかし、この懐かしいコンサートでは、「レクイエム」のほかに「フリーメースンのための葬送音楽」K.477(479a)とアダージョK.411(484a)の2曲が演奏されていたので、大変な忙しさとなった。ブリュッヘンが手慣れた古楽器集団と少人数のオランダ室内合唱団を完璧なまでにコントロールした迫力ある「レクイエム」をコンサート・ライブで楽しむことが出来る。



 最初の「戴冠ミサ」ハ長調K.317の演奏は、2000年3月12日のN響アワーで収録したものであり、この番組は池辺さんと壇フミさんが出演し、当日のゲストは将棋の加藤一二三九段であった。番組の内容は加藤名人が選曲したモーツアルトの曲の特集であり、第一曲が、ピアノ協奏曲第22番変ホ長調の軽快な第三楽章(ライトナー指揮、アニー・フィッシャーのピアノ、83年6月22日)、第二曲が交響曲第35番ニ長調「ハフナー」の第一・第二楽章(岩城宏之指揮、91年5月6日)であり、この第三曲目が「戴冠ミサ」であった。演奏は91年3月9日にN響の第1106回定期公演のNHKホールで行われたもので、指揮者はウーヴェ・ムントで、N響と東混の皆さん、ソリストには佐藤しのぶ、永井和子、小林一男、多田羅迪夫、と言う懐かしい有名な顔ぶれが並んでいた。



 広いNHKホールのステージに四人のソリストが最前列に、コントラバス三台の中規模なオーケストラが中段に、後列に女声と男声合唱団が二列に並んで、演奏会形式のスタイルで、ムントの一振りで「戴冠ミサ」のキリエの合唱が開始された。キリエと叫ぶ合唱とオーケストラが交互にゆっくりと力強く響き渡り、実に荘厳な始まりで、オーケストラの残響が深く響いていた。ムントは笑みを浮かべながら整然とした遅めのテンポを取り、それを確かめるように丁寧に指揮棒を振っていた。次いで、オーボエとヴァイオリンの前奏でソプラノがキリエ・エリイソンを朗々と高らかに歌い出し、テノールがソプラノの後を継いで交互に歌い出すが、佐藤しのぶの高い透き通るような声が一際美しく目立っていた。続いて合唱が再び冒頭のキリエ・エリイソンを歌い出し、ひとしきり整然と歌われた後盛り上がって静かに終息した。一際目立つソプラノも、少人数であるが実に整然と歌うプロ合唱団の東混も素晴らしく、ムントの比較的遅めのテンポも気に入り、最高の「戴冠ミサ」の予感がした。

 続くグロリアは、合唱が力強くグロリアと歌い出す整然とした早いアレグロで、合唱の後をオーケストラが受ける形で繰り返され、合唱の響きが深くこだまする。四重唱と合唱が続いてから、独唱のソプラノに次いでテノールが掛け合いながら歌い出し、四人のソリストによる四重唱の後合唱に変わり、四重唱と合唱の繰り返しが数回続く。そして再び冒頭のアレグロのグロリアの合唱に戻り、アーメンを歌う四重唱と合唱とが続き、コーダとなって威勢良く終えた。



 クレドは早くて激しい弦によるシンフォニックな前奏に始まって、クレドと叫ぶ大合唱がアレグロで開始され、オーケストラの激しい伴奏と合唱が続く。ムントは力強く明確にリズムを取って、力を込めて歌いながら指揮をしていた。中間部に入ると4人のソリストによるエト・インカルナタス・エストのアダージョの四重唱となるが、ソプラノの高い声がくっきりと目立ち、またヴァイオリンとオーボエによる小刻みな伴奏が良く合って、素晴らしい雰囲気を醸し出していた。続いて合唱でもこの厚みのあるアダージョが整然と繰り返されて静かに終息してから、再び冒頭のアレグロの大合唱となった。そして、ソプラノ、バス、の順にピッチカートの伴奏で美しい四重唱が始まり、さらには合唱とオーケストラとによる大合唱に発展してから、アーメンの合唱を繰り返して終息した。

 サンクトウスではアンダンテ・マエストーソの壮大なサンクトウスの爆発的な大合唱が鳴り響いた。ムントは力強く口を動かしながら指揮を取り、トランペットやトロンボーンの鋭い響きと、テインパニーの力強い響きが耳にこだまする。やがてアレグロ・アッサイのホザンナが高らかに合唱され、数回繰り返されて終息した。
 続いてヴァイオイン二部とオルガンによる静かで歌うように美しい前奏に続いて、ソット・ヴォーチェでソリスト達による四重唱でベネデイクトウスが始まった。ソロが四部で弦とオーボエに導かれるようにベネデイクトウスの四重唱となり、何回か繰り返されたが、全曲の中でもとりわけ穏やかな部分であった。しかし、突然、再びアレグロ・アッサイのホザンナが合唱で激しく高唱されてから、四重唱の美しいベネデイクトウスとホザンナの合唱が激しく短く繰り返されていた。



 やがてミサの最後のアニュス・デイが始まる。弦二部とオーボエとピッチカートの伴奏でゆっくりとしたオーケストラの前奏で始まり、佐藤しのぶがキリリとした高い声で、アニュス・デイと歌い出す。あの「フィガロの結婚」の伯爵夫人の祈りにも似たソプラノのソロが高らかに歌われ、くっきりとした声が浮き上がるように響き、実に美しく感動的であった。二度・三度と繰り返すたびに神に祈るような気持ちになり、最後にはオーボエとピッチカートだけの伴奏になって終息した後、弦二部とオーボエの伴奏でソプラノが先導してゆっくりとドーナ・ノビス(われらに平安を)が始まった。ソプラノからテノールに渡され再びソプラノに戻ってから、四重唱で歌われ実に美しい感動的な場面であった。次いでアレグロに変わり、堂々たる合唱になってテンポが次第に早くなって盛り上がり、最後には合唱の掛け合いになって輝かしい響きの中で結びとなった。




 ホールに透き通るように響くソプラノの輝かしい歌声と、厳かな四重唱や壮大な大合唱の歌声がホールにこだまして、素晴らしい響きの中でミサ曲は終息していた。教会の中ではないが、素晴らしく感銘深い厳かな演奏であった。佐藤しのぶは当時の日本を代表する現役ソプラノであり、四重奏の面々も申し分のない出来であった。合唱団の東混が混濁のない整然とした合唱を聴かせてくれ、さすがプロ集団であることを思わせた。指揮者のウーヴェ・ムントは、このHP初出であったが、テンポが実に良く実力あるオーケストラや歌手達の力量を上手く弾き出してくれたと思われる。    (以上)(08/11/10)


 ブリュッヘンの「レクイエム」の日本公演は、98年3月30日、東京芸術劇場で行われたものであり、NHKの教育テレビで98年11月29日に放送されている。このコンサートの曲目は、1、フリーメースンのための葬送音楽ハ短調K.477(479a)、2、アダージョ変ロ長調K.411(484a)、3、「レクイエム」ニ短調K.626(ジュスマイヤー=ブリュッヘン版)とされていた。映像は4人のソリスト達が入場して席に着き、ブリュッヘンが入場してきて拍手が大きくなったところから始まっていた。



 第一曲目は、フリーメースンのための葬送音楽ハ短調K.477(479a)であり、ブリュッヘンの一振りで2本のオーボエが沈んだ和音を奏で、これに応えるように3本のバセットホルンなどがこの和音を更に低く奏で、三度目は木管楽器全員で重く暗い音を出す。この始まりは胸に迫る深い悲しみを暗示するように、古楽器独特のくすんだ音色が異様に響いていた。続く第一バイオリンのうねるような旋律が始まり、オーボエがリードしながら進行した。ヴァイオリンが、時には悲鳴のようにも聞こえ、管楽器が重みを加えるように伴奏し、重苦しい葬送のゆっくりした行進曲のような音楽となっていた。ブリュッヘンは特に古楽器のバセットホルンの響きを強調して、この曲の異様な物々しい音の世界を構築しており、モーツアルトの心の苦しみを直接伝えるように響き、聴くものを驚かせた。



 曲が終了しても、重苦しい雰囲気がそのまま残り、拍手するものもなく、コンサートはそのまま第二曲目のアダージョ変ロ長調K.411(484a)が始まった。この曲は2本のクラリネットと3本のバセットホルンのための五重奏曲であり、楽器構成と曲の内容からやはりフリーメースンの入場曲などの儀式と関連づけられた曲であると考えられる。曲は二本のクラリネットの重々しい和音に対し、三本のバセットホルンが応えるように進む第一主題で始まり、第二主題もクラリネットが主題を提示する短い曲ながら正規のソナタ形式で書かれていた。このアダージョは珠玉のような和声を持つと同時に、最も厳粛な神々しい響きを持った作品の一つとも考えられ、ここでもブリュッヘンの率いる優れた古楽器奏者達の演奏によるいぶし銀のような暗い響きが効果を発揮していた。ブリュッヘンは彼の「レクイエム」の前奏曲としての効果を期待して、これら二つの木管楽器中心の曲を演奏したに相違ない。その理由はソリスト達にも、合唱団達にも聞かせるように、彼らの前で演奏していたからである。木管楽器の演奏グループは、先にアップした13管楽器のためのセレナードK.361(8-4-2)で紹介されているように、顔なじみの方が多く、ソリストとしても活躍している人々であった。



 拍手の後に楽器の入れ替えの小休止があった後、第三曲目の本番の「レクイエム」ニ短調K.626が開始されたが、その冒頭に8人の男声合唱団によるグレゴリア聖歌の斉唱があった。「永遠なる安息を彼らに与えて下さい」と祈るように歌う聖歌も「レクイエム」の前奏曲としての役割を持っていた。
 静かに始まるファゴットとバセットホルンが厳粛に響き、弦がこれをゆっくりと支える悲しげな序奏でイントロイトスが始まるが、ブリュッヘンはやや遅いペースで厳かに重々しく歌わせていた。そしてバス・テノールという順に合唱団が「永遠の休息を」と歌い始めて、壮大な合唱に展開されていく。男女合わせて二十数人の小編成の合唱団であるが、声量豊かに重々しく深い悲しみに満ちていた。やがて独唱ソプラノが美しく「主に生贄を捧げる」と歌うが、ノンビブラートに徹して、感情を殺して無心に歌っているように見えた。このブリュッヘンのレクイエムの始まりは、死者を送るに相応しい実に厳かな憂いに満ちていた。

 キリエは男声合唱によりやや早めのテンポで開始され、女声合唱も加わって壮大な二重フーガの大合唱となる。ブリュッヘンは身を乗り出すように指揮を取っており、合唱団がこれに応えるように歌っていたが、少人数なので声が重なっても混濁せず、透明で美しく聞こえていた。ブリュッヘンの指揮振りは、やはり年齢を感じざるを得ないが、堂々としており、大指揮者の全盛期の姿が写し出されていた。キリエの終わりの部分で、フェルマータの後にキリエ・エリースンを刻むように終わっていたのが印象的であった。




  セクエンツイアに入って、デイエス・イレでは、速いテンポのアレグロで、テインパニーやトロンボーンが鳴り響く激しいオーケストラと壮大な混成合唱が全体を支配し、まさに「怒りの日」を厳しく歌い上げているように聞こえた。続くテユーバ・ミルムでは、対照的に朗々としたトロンボーンのオブリガートの落ち着いた響きに誘われて、バス・テノール・アルトソプラノの順に朗々と歌い出し、最後に4人の見事な重唱となった。この場面は、レクイエムの心が安まる最も美しい場面の一つであるが、ビブラートの少ない早めのテンポの四重唱が清々しく聞こえ、気持ちが慰められるような気がした。

 レックス・トレメンデでは、弦楽器と管楽器とがぶつかり合う激しい前奏の後に、レックスという大合唱が三度叫ばれてから、爆発するように早いテンポで力強く歌われていくが、終わりには悲痛な祈るような歌声になり、消えるように終わる。ブリュッヘンの強弱の変化の激しい指揮振りには驚かされる。レコルダーレでは、バセットホルンとチェロに続く弦楽器の早いテンポの美しい前奏の後に、アルトとバス、ソプラノとテノールのペアが順番に歌い出し、その後4人の独唱者達が四重唱を歌ったり、ソロを交えながら重唱の姿で歌ったり変化を重ねながら束の間の明るさを取り戻しながら静かに美しく終息していた。





  コンフターテイスでは、弦楽器の唸るような伴奏で荒々しい男声合唱が始まり、それに応えるように弱々しく悲しみを引きずるような女声合唱が歌われ、そしてこれが交互に現れて繰り返され、終わりに混声合唱で一段ずつ盛り上がって終結する素晴らしい合唱であった。ブリュッヘンはここでも、強弱のコントラストが激しく、映画「アマデウス」のサリエリが作曲を手伝う場面を一瞬思い出した。最後のラクリモサでは、すすり泣くような弦楽器の伴奏と、合唱の階段をゆっくりと上り詰めるような高まりで8小節を超え、聴くたびにモーツアルトの最後の燃焼を見るような思いがした。「イエスよ、お許し下さい」と厳かに願う心の底からの祈りの歌が切々と響き、アーメンで静かに結ばれていた。ブリュッヘンのゆっくりしたテンポの音作りは心に響き、さすがと頭が下がる思いがした。

 ここで一息つくように、再び男声8人の合唱団によりグレゴリオ聖歌からトラクトウス(詠唱)が歌われた。「主よ、死せる信徒の魂をお救い下さい」というお祈りの一節が歌われていた。そして場面はオッフェルトリウムからドミネの合唱が始まっていたが、この「レクイエム」という曲は、私の気持ちのなかでは、このラクリモサで終わりであった。ここの部分でどうしても緊張感が途絶えてしまうからである。



 このブリュッヘンの「レクイエム」は、ベームやバーンスタインのものと同様に、とても緊張を強いる厳しいが充実した演奏であった。18世紀オーケストラという彼自身が編成した手足のような古楽器集団の見事なアンサンブルにより、古楽器特有の響きが再現されていたし、また4人のソリストを含むオランダ室内合唱団という少人数ではあるが何れも子飼いの熟達した合唱団のお陰で、アンサンブルの優れた透明な合唱を聴くことが出来た。この響きは、日本芸術劇場のホールでの演奏会形式による演奏であったことが幸いしていたかもしれない。

  ブリュッヘンのように、フリ−メースンの葬送音楽や、グレゴリオ聖歌の詠唱を加えた「レクイエム」の演奏は、指揮者ホーネックがモーツアルトイヤーの年に来日して、読売日本交響楽団を指揮して映像化したホーネックの企画・構成による「レクイエム−死と再生−(7-1-5)」がある。われわれ日本人は、キリスト教徒ではないので、「レクイエム」を単独で演奏するよりも、葬送音楽やグレゴリオ聖歌などを加えて聞いた方が感動が深まるのではないかと考えられ、このブリュッヘンの試みは成功していたと言えよう。

(以上)(08/11/15)


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