8-10-2、カラヤン指揮ウイーンフイルによるミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」−教皇ヨハネ・パウル二世により挙行されたヴァチカンの荘厳ミサ− ウイーン楽友協会合唱団、1985年、サン・ピエトロ大聖堂、

−モーツアルトの宗教曲が現代の宗教的儀式に実用音楽として生きている様子を確認させられた映像であり、カラヤンの指揮振りは、通常の演奏以上に身振りも大きく、荘厳かつ劇的な様子が覗われた。−

(S-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像)
8-10-2、カラヤン指揮ウイーンフイルによるミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」−教皇ヨハネ・パウル二世により挙行されたヴァチカンの荘厳ミサ− ウイーン楽友協会合唱団、1985年、サン・ピエトロ大聖堂、
(ソリスト)S;キャサリーン・バトル、A;トルデリーゼ・シュミット、T;ゲスタ・ウインベルイ、B;フェルッチョ・フルラネット、
(2001年1月25日のCS736クラシカジャパンによる放送を、S-VHSレコーダーによりS-VHSテープにアナログ録画)

 10月分の第二曲目は、古いS-VHSアナログテープ・ストックによる懐かしい映像から、8-10-2として、カラヤン指揮ウイーンフイルによるミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」を取り上げた。2001年1月25日のCS736クラシカジャパンによる特別放送を収録したものである。この映像は1985年に「教皇ヨハネ・パウル二世により挙行されたヴァチカンの荘厳ミサ」と題されたサン・ピエトロ大聖堂でのミサ典礼中の音楽として演奏されており、大指揮者カラヤンが指揮をし、ウイーンフイルとウイーン楽友協会合唱団がドームで歌うという特別な演奏であった。ソリストには、ソプラノのキャサリーン・バトルをはじめバスのフェルッチョ・フルラネットなどの著名なオペラ歌手が参加していた。  ミサの式典の中で戴冠ミサ曲が、式典の段階に応じて章ごとに分割して演奏されるため、音楽だけを聴く場合と異なって違和感があるが、ミサの式次第の様子や雰囲気が映像で味わうことが出来、式典中の言葉の意味が分からない(字幕なし)のが残念であるが、これがミサ本来の姿であると興味深く接することが出来た。



 この映像はソニー・クラシカルのテレモンデイアルのカラヤン・シリーズのレーザー・デイスクが使用されていた。初めにバテイカン宮殿の外観が正面の広場から映像の紹介字幕とともに写し出され、続いて広々とした高いドームを持つ宮殿内部が写され、グレゴリア風の賛美歌の合唱の中で、大司教一行が祭壇へと入場してくる様子が写されていた。
 祭壇の前でミサの式典が厳かに始まり、白いベレー帽の大司教が整然と挨拶を行ない祈りを捧げていたが、字幕がないので意味は分からない。やがて大勢の司教達を従えて敬虔な祈りの言葉を重ねてアーメンで結び、列席者の全員でアーメンが繰り返されていた。



   映像はカラヤンの姿を捉え、腕を振り下ろしたところで「戴冠ミサ」のキリエの合唱が始まり、合唱とオーケストラが交互に力強く響き渡った。カラヤンは実にゆっくりしたテンポで一音一音確かめるように指揮をとり、オーケストラは深い響きの音で始まった。そしてオーボエとヴァイオリンの前奏でソプラノがキリエを朗々と明るく歌い出し、次いでテノールがソプラノと交互に歌い出すが、バトルの艶やかな声が一際目立つ。実に荘厳な始まりで、オーケストラの残響が深く響いていた。次いで冒頭に戻り合唱がキリエ・エリイソンを歌い出し、ひとしきり繰り返し盛り上がって静かに終息した。



 続くグロリアは、対照的に早い整然としたアレグロで、合唱が力強くグロリアと歌い、ヴァイオリンがこれを受ける形で繰り返され、合唱の響きが深くこだまする。続いて独唱のソプラノとテノールが掛け合いながら歌い出し、四人のソリストによる四重唱の後、合唱に変わり暫く続く。再び冒頭のアレグロの合唱に戻り、アーメンを歌う合唱と四重唱が続き、コーダとなって威勢良く終えた。



 演奏の間は大司教と二人の司教が手を合わせてお祈りをしていたが、この三人により再び儀式が再開された。大司教の詠唱とアーメンのお祈りの後に、高音が美しい司祭により歌うような祈祷が始まりこの司祭によるソプラノの詠唱が長く続き、その間大司教は杖を持って首を垂れ、祈祷を続けていた。



 続いて神に対する信仰を歌うクレドが始まった。オーケストラによる激しいシンフォニックな前奏に始まって、大合唱がクレドとアレグロで歌い始め、管弦楽の激しい伴奏が続く。カラヤンは指揮棒なしの両手で目を閉じて力を込めて指揮をしていた。中間部に入りアダージョで4人のソリストによるエト・インカルナタス・エストの四重唱となるが、ヴァイオリンの小刻みな伴奏が良く合って短調の素晴らしい場面を作り出していた。合唱でもこの厚みのあるアダージョが力強く繰り返されてから、再び冒頭のアレグロの大合唱となったが、四人のソリストは起立していた。そして、ソプラノ、バス、テノールの順にピッチカートの伴奏で美しい四重唱が始まり、さらには合唱とオーケストラとによる大合唱に発展しから、アーメンの合唱を繰り返して終息した。



 大合唱の途中から列席者の一部の人がパウロの前に進み出てひざまずき祈祷を受けていた。クレドの演奏が終わると、大司教は正面の席に場所を移し、注がれたワインを掲げて祈祷をして儀式は再開された。続いて大司教のドミネの発声により全員の斉唱が数回繰り返され、大司教が両手を挙げ白い帽子を取って詠唱を始められた。良く透った声による長い詠唱であったが、残念ながら、その意味は不明であった。



 続いて映像は両腕を振り上げたカラヤンが写されてサンクトウスの爆発的な大合唱が鳴り響いた。カラヤンの毅然とした姿が目に映り、トランペット、テインパニーやトロンボーンの力強い響きが耳を打ち、大聖堂にこだまする。三回ほど繰り返された後、ホザンナが高らかに合唱され繰り返され、美しいベネデイクトウスが始まった。ヴァイオイン二部による歌うように美しい前奏に続いて、ソロが四部で素晴らしいベネデイクトウスの四重唱となった。オーボエに導かれるように何回か繰り返されたが、カラヤンの穏やかな表情が写されていた。そして再びホザンナが高らかにアレグロで歌われてから、四重唱のベネデイクトウスとホザンナの合唱が短く繰り返された。



 音楽が終わると儀式が続く。法王は再びドミネを発声して祈った後に、鈴の音を合図にパンを手にかざし、杯を高く掲げて祈りを捧げた。そしてかすかなオルガンの伴奏で賛美歌を歌い、司祭達も合唱し、ミサの合唱団達も斉唱していた。この歌声は大聖堂のドームにもこだましていた。




 やがてミサの最後のアニュス・デイが始まる。ゆっくりしたオーケストラの前奏がオーボエとピッチカートの伴奏で進み、甘い声のバトルがクローズアップされて、「フィガロ」の伯爵夫人の祈りにも似たソプラノのソロが高らかに歌われた。くっきりと声が浮き上がったように響き、実に美しく感動的であった。繰り返すたびにテンポが遅くなり、最後にはオーボエとピッチカートだけの伴奏になって終えた後、ソプラノが先導してゆっくりとアレグロに入って四重唱でミゼレーレ・ノビスが歌われた。実に美しい場面であった。次第に速いテンポになって堂々たる合唱になって盛り上がり、最後には冒頭のキリエの旋律が歌われて結びとなった。大聖堂に鳴り響くソプラノの輝かしい歌声と、四重唱や大合唱の歌声がドームにこだまして、素晴らしい響きの中でミサ曲は終息した。



 音楽が終わって壇上では儀式の終わりの挨拶が行われ、やがてオルガンの伴奏で教会の合唱団達が「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を歌い出し、全員がゆっくりと合唱を始めた。その最中に、法王が広場に降り、カラヤンと夫人、二人のお嬢さん達に祝福を与える場面が写された。再び法王は壇上に戻り、曲が終わると、法王の発声で終わりの祈りとアーメンの斉唱をした後に、高い白い帽子を被り、杖を持った法王が発声をし全員が復唱して、長い儀式が終了した。そしてグレゴリア聖歌風の合唱の始まりとともに退場が始まった。壇から降りた法王が途中で再びカラヤンと深く抱き合い、オーケストラや合唱団の前で会釈をしながら、退場して行った。法王の足どりはかくしゃくとしており、その後のカラヤンは付き人に手を繋がれていたような様子であったので、一瞬ではあるが、指揮姿では分からなかったが、この頃から歩行が困難な状態になりつつあったと思われた。



 この映像は、カソリックのミサの式典の実際を全く知らない私には、大変珍しい貴重な映像であり、モーツアルトの宗教曲が現代の宗教的儀式に実用音楽として生きている様子を確認させられた映像であった。法王が自ら執行するミサの全貌は、威厳に満ちており、荘厳そのものであって、カラヤンはじめ演奏者は、広いドームの中でミサの式典の進行を見守りながら待機していた。そしてミサの進行に合わせて「戴冠ミサ曲」が演奏され、キリエ・グロリア/クレド/サンクトウス・ベネデイクトウス/アニュス・デイ/に4区分されて演奏されていた。しかし、ミサの進行に合わせると、それぞれの待機中の緊張感とか内心の感動などから、テンポ感や音の強弱などが独立した曲のようになり、連続した一体感が薄れてしまうような気がした。例えば、冒頭のキリエの異常なまでに遅いテンポや、クレドの激しいシンフォニックな高まり、サンクトウスの金管楽器の爆発などは、式典の進行を意識した演奏だからであろうと思われた。この演奏の中断した部分を貼り合わせたCDがグラモフォンから出ているようであるが、通常の連続演奏と異なって、ミサ曲としての連続性や一体感が損なわれたのではないかという気がする。

 実際にカラヤンの指揮振りは、モーツアルトの通常の演奏以上に、身振りも大きく、荘厳かつ劇的な様子が覗われた。一方、オーケストラや合唱団は、いつもとは勝手が違う広いドームの一部に仮設されたステージで、いつもと違う残響の中で演奏するので、非常にやりずらかったと思われる。一方、録音の方では、合唱とオーケストラのバランスなどが気になっていたが、やはり残響の多い大雑把なモヤついた録音であった。しかし映像の方では、多くのカメラが用意されて、広大なドーム空間が捉えられており、式典や演奏などの動きが克明に写されていた。独奏者では、超望遠カメラのせいか、四重唱が手前のソプラノのバトルにだけカメラのピントが合って、表情を良く捉えていた。アニュス・デイのソロは、この効果が幸いしてか、映像も録音も感銘深く見事に写されていたと思われる。
 このレポートをまとめるため、数回この映像を繰り返して見たが、さすが長い式典の部分は苦痛になり、式典の感銘深さが音楽の鑑賞を妨げるという矛盾した結果を招くことになった。しかし、このような映像の見方をするのは、私のような報告者だけであろうから、一般には支障がないと思われる。

(以上)(08/10/10)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ




名称未設定