8-1-2、サルヴァトーレ・アッカルドとブルーノ・カニーノによるヴァイオリン・ソナタ全集より第4巻収録分、1991年、

(曲目)ヴァイオリン・ソナタ(第42番)イ長調K.526、ソナタ(第43番)ヘ長調K.547、ソナタ(第33番)ヘ長調K.377(374c)、ソナタ(第27番)ハ長調K.303(293c)、フランス語の歌曲による6つの変奏曲ト短調K.360(374b)、アンダンテとアレグレット(ソナタ第39番未完)K.404(385d)、アレグロ(ソナタ第31番未完) K.372、

−アッカルドとカニーノの演奏は、早すぎないテンポが良く、丁寧に真面目に弾くヴァイオリンのアッカルドに対し、カニーノの明るく弾むピアノが快く、繰り返しでは装飾を付けたり軽やかに弾くスタイルが微妙に新鮮で、私には嬉しい演奏であった−

8-1-2、サルヴァトーレ・アッカルドとブルーノ・カニーノによるヴァイオリン・ソナタ全集より第4巻収録分、1991年、

(曲目)ヴァイオリン・ソナタ(第42番)イ長調K.526、ソナタ(第43番)ヘ長調K.547、ソナタ(第33番)ヘ長調K.377(374c)、ソナタ(第27番)ハ長調K.303(293c)、フランス語の歌曲による6つの変奏曲ト短調K.360(374b)、アンダンテとアレグレット(ソナタ第39番未完)K.404(385d)、アレグロ(ソナタ第31番未完) K.372、
(クラウンレコード社CRLB-500004のレーザー・デイスク第4巻を利用)

 08年1月号の第二曲目は、古いレーザー・デイスクからの映像で、アッカルドとカニーノによるヴァイオリンソナタ集の第四巻である。4枚組の全集で1枚8000円のオペラ並みの値段であったので最初に1枚を入手したのであるが、そのままになってしまった。しかし、後日ブリリアントのCD全集6枚組として発売されたので、彼らの全録音が揃っており、いつしか買い残したレーザー・デイスクのことは忘れ去っていた。この1枚の映像では、K.526、K.547、K.377、K.303の4曲のソナタのほか、K.360の変奏曲、K.404及びK.372の未完のソナタ楽章断片が含まれており、盛り沢山の内容であった。



 私は映像を見るときは余りスコアは見ないが、今回の第一曲ヴァイオリン・ソナタ(第42番)イ長調K.526は、ブリリアントのソナタ全集によるCDで、第一楽章からスコアを見ながらレーザーデイスクと同一録音かどうかを試しながら聞いてみた。一聴して同じものであることが分かったが、譜面を終わりまで見ながら驚いたことには、レーザーデイスクでは恥ずかしながら気が付かなかったのであるが、アッカルドとカニーノはソナタ形式の再現部が終わると、そこの反復記号を忠実に守り、展開部と続けて再現部とを繰り返し丁寧に演奏していた。この曲の第一主題はヴァイオリンとピアノの合奏で実に軽快なアレグロ楽章であるが、私は次いでアッカルドの弱音のヴァイオリンで弾かれる軽やかな第二主題の音形が大好きで、この主題がカニーノのピアノで入れ替わって現れるところが何とも言い難いように美しく聞こえた。この楽章は几帳面に実直に弾くアッカルドのヴァイオリンに対し、カニーノの陽気で明るく軽やかに弾むピアノが対照的であり、スコアを見ながら十分に楽しむことが出来た。
 第二楽章も譜面を見ながら聴いてみる。冒頭のピアノの分散和音に乗ってヴァイオリンによる第一主題が一小節おきに現れ、実に穏やかなアンダンテである。次いでこの主題は役割が交換され、ヴァイオリンの分散和音でピアノが旋律を受け持って反復されており、完全な対等な造りであった。続いて第二主題も同様にピアノ伴奏でヴァイオリンにより主題が提示され、次いでピアノで示されていくが、ピアノの方がやや装飾が多くなっているものの、やはり両楽器がほぼ対等な位置づけで提示部を終えた。繰り返しの後に短い展開部を経て再現部に移行するが、ここでも生真面目なアッカルドに対し明るいカニーノのピアノが鮮明で、実に豊かな響きの第二楽章であった。
 フィナーレは譜面が追えないほど早いピアノの急速なロンド主題が飛び出すが、譜面が進むにつれ複雑な変化の多い形式となっていた。この早いピアノ動きは、曲の最後まで続いており、絶えず従属的にヴァイオリンを従えており、カニーノの一人舞台であった。しかし、楽章を通じてロンド主題や二つのエピソードの旋律は余り変化がなく、やや機械的な動きに終始したような印象で余り面白さを感じなかった。



 第二曲目はヴァイオリン・ソナタ(第43番)ヘ長調K.547であるが、レーザー・デイスクにはこの曲の冒頭のリハーサル風景があって、カニーノが面白い冗談を言っていた。  『この曲には、面白い標題がついている。「ピアノの初心者のためのヴァイオリン伴奏付きソナタ」と書いてあるが、この曲は後半などは結構複雑だ。僕が初心者じゃないから難しいんだな。或いは、当時の初心者は、僕らより遙かに上手かったのだろうか。』この曲は、有名なグルミオー・クリーン盤、バリリー・スコダ盤、クラウス・ホルショフスキー盤など新全集が普及する以前の大家の録音では、無視されてきた。しかし、モーツアルトが自筆作品目録に書き込んだ通りの目的を持って、当時の円熟した筆でヴァイオリンソナタの最後の作品として書かれたとすれば、この曲はやはりピアノソナタハ長調K.545と並ぶ名作であろうし、過去に良い演奏がなかったせいもあって、余りこの曲が評価されてこなかった側面もある。こういう認識を持ってこの演奏を改めて聴くと、このアッカルドとカニーノの演奏は実に息がピタリとあった暖かみのある演奏で、易しい曲と捉えない緻密さに溢れており、この曲の良さを浮き彫りにしていると言えよう。私はこの曲がピアノソナタとして演奏された頃から大好きであったので、ズスケ・オルベルツ盤で初めて聴いたときから良い録音がないかと考えてきたが、この盤でやっと到着したと言えそうである。
 第一楽章は単純なロンド主題で始まるロンド形式で、アッカルドとカニーノはゆっくりしたテンポでこの優しい主題を丁寧に弾いていく。繰り返しではカニーノは少し崩して弾いていたがごく自然で厭味ではなかった。剽軽な軽い感じの第一クープレに続いて、やはり軽快な楽しい第二クープレが続き、その後に何とピアノに短いカデンツアまで用意されていた。そして再びロンド主題に戻る単純で易しく見える曲であるが、やはりキチンと弾くのは難しい曲であろうと思われた。
 第二楽章は、その昔、妹たちが良く弾いていた軽快で元気の良いソナチネであるが、小曲ながらソナタ形式で書かれている。スコアで細かくあたると冒頭が微妙に異なっており、ヴァイオリンの効果もあって印象が異なってくる。お二人の演奏は決して早くないが生き生きとしたテンポで、全体的に心地よい響きが伝わってくる魅力的な楽章となっていた。この楽章でも、提示部の繰り返しは省略せずにキチンと弾かれていた。フィナーレは可愛げな二部形式の主題と六つの変奏曲。私はこの曲を、その昔、K.54のピアノのための変奏曲として初めて聴き、単純そうではあるがその細やかな美しさに驚いて、この曲の成り立ちを知った。この曲を聴くと何かしら心を打つものがありメロメロにさせられる。ピアノが主体になった変奏曲であるが、それぞれがとても美しく私の心を和ませてくれる曲であった。
 アッカルドとカニーノの演奏は、早すぎないテンポが私向きであり、丁寧に真面目に弾くヴァイオリンのアッカルドに対し、カニーノの明るい弾むピアノに、繰り返しでは装飾を付けたり軽やかに弾くスタイルが微妙に新鮮で、私には嬉しい演奏であった。

 

 第三曲目はヴァイオリンソナタ(第33番)ヘ長調K.377(374c)であり、昔から大好きな曲が連続している。4LDのセットのうちこの1枚を選んだのは、これらの好きな曲と珍しい断片曲が含まれているからであった。この曲はアウエルハンマー・ソナタの第三曲で、第一楽章はソナタ形式であるが、第二楽章が変奏曲であり、フィナーレにメヌエットが来る変則的ソナタであり、連作の中で変化を求めた曲である。
 第一楽章の第一主題が威勢良くピアノで飛び出すが、追いかけるようにヴァイオリンがこの主題を弾き出してからはヴァイオリンのペースとなり、第二主題も一気にヴァイオリンが軽やかに提示していく。アッカルドのヴァイオリンが華やかな彩りをみせ、カニーノの勢いのある明るい分散和音もとても魅力があった。この楽章でも再現部の繰り返し記号の通り丁寧にしかし一気に反復されていた。
 第二楽章の変奏曲主題はまずピアノのソロで提示されるが、それ以降はヴァイオリンが主題を弾きピアノは伴奏に廻ったり合奏したりして提示された。第一変奏はカニーノのピアノが、また第二変奏ではアッカルドのヴァイオリンが主体的であったが、第三変奏ではヴァイオリンがメロデイラインを弾きピアノは32分音符の速い軽やかなテンポで鍵盤上を駆けめぐっていた。第四変奏のヴァイオリンとピアノが同じ音階を交互に掛け合うように力強く弾き合う変奏も面白かったが、第五変奏のヴァイオリンが主題の変奏をしピアノが伴奏する穏やかな美しい変奏は、まるで第六変奏へのお膳立てのよう。シチリアーナのリズムで合奏しながら盛り上がる最後の第六変奏は堂々とした造りであり、楽章の終わりを告げる優雅でヴァイオリンの技巧を示す華麗な変奏になっていた。  
第三楽章は明るいメヌエット楽章であり、メヌエットの前半はピアノで始まる踊りの音楽であるが、後半はピアノの下降する早い分散和音に乗ってヴァイオリンがトリルの付いた上昇音形を弾くものでとても風変わりで美しい。ピアノ主体の穏やかなトリオのあとにメヌエットが再び繰り返されるが、メヌエットは前半の部分だけであった。
 この曲はヴァイオリンとピアノが絡みあった対等に近づいたソナタであったが、この演奏ではヴァイオリンのやや手堅い真面目な演奏に対し、カニーノのピアノが自在に軽やかに良く動くので、譜面上は対等であっても聴感上はピアノの方が両手で弾く分だけ賑やかで、ヴァイオリンを凌駕していた。



 第四曲目はヴァイオリン・ソナタ(第27番)ハ長調K.303(293c)であるが、この曲はマンハイムソナタ作品1の第三曲である。6曲中5曲までは当時はやりの2楽章制を取っており、連作中のこの曲はアレグロ・ロンド風の前二作に対し、第一楽章がアダージョ/モルト・アレグロの二部構成、第二楽章がテンポ・デイ・メヌエットのソナタ形式と思い切った変化を取り入れた作品となっている。
 第一楽章はヴァイオリンがピアノ伴奏で優雅なアリア風な旋律をアダージョで奏でると、ピアノも負けじとこの旋律をヴァイオリンの伴奏で明るく歌い上げる。フェルマータの後に今度は一転してモルト・アレグロでピアノが新しい歯切れの良い主題を弾き始め、その後はヴァイオリンと交互にメロデイを弾き合って軽快に進行するが、時には互いに火花を散らし会うような場面もあり、アッカルドもカニーノも真剣な表情を見せていた。続いて再びアダージョが今度はヴァイオリンもピアノも変奏されて登場し、再びモルト・アレグロになって軽快に盛上がって終結した。
 第二楽章はテンポ・デイ・メヌエットのソナタ形式であり、第一主題がメヌエットで弾むようにピアノで提示された。そして、ヴァイオリンで丁寧に繰り返され、同じく三拍子の第二主題がヴァイオリンで美しく提示されピアノで繰り返される。二つの楽器は対等に扱われており、この主題提示部の全体がもう一度繰り返されてから今度は、冒頭のメヌエット主題に基づいた短い展開部があり、再現部へと繋がっていた。
 両楽章とも短いながら、前2曲とは明確な違いを見せながら見事に纏められており、ヴァイオリンとピアノが互いに協調し合って素晴らしい効果を上げていた。



 さて第五曲目に演奏された曲は、ヴァイオリンとピアノのための6つの変奏曲ト短調K.360(374b)であり、フランス語の歌曲「ああ、私は恋人を亡くした」(「泉のほとりで」)という二つのタイトルが付けられていたが、新全集では「泉のほとりで」にタイトルを変更している。曲の主題は、アンダンテイーノで8分の6拍子の二部形式でシチリアーノ風のリズムを持つト短調の感傷的なアリエットであり、ヴァイオリンとピアノが、合奏したり対話しながら主題を提示していた。
 第一変奏はシチリアーノのリズムでピアノが主体で変奏され、第二変奏はヴァイオリンが主体でピアノが分散和音を弾く変奏であり、二部形式でそれぞれが繰り返されていた。第三変奏はピアノの右手が力強い和音で変奏し、ヴァイオリンとピアノの左手はもっぱら伴奏役の重々しい変奏であった。第四変奏は細やかな三連音符のよる変奏で始めにピアノで弾かれ次いでヴァイオリンに移り、交互に対話するように繰り返されていく変奏であった。第五変奏はピアノの右手が和音で静かに主題を変奏し、ヴァイオリンと左手のピアノが軽やかに伴奏する味わい深い変奏であった。最後の第六変奏はヴァイオリンが丁寧に主題を確認するかのように弾かれピアノは専ら分散和音で華やかに彩りを備えて結ばれた。
 ヴァイオリンのアッカルドは相変わらず無表情に几帳面に弾いていたが、カニーノのピアノはいつも明るく弾むように弾かれ、繰り返しではごく自然に装飾が入っており、二人の呼吸が見事に合った変奏曲であった。変奏の六つのパターンは、第三曲目のソナタK.377(374e)の第二楽章の変奏曲と非常に類似した感じがした。



 レーザー・デイスクの第六曲目のソナタはアンダンテとアレグレット(ソナタ第39番未完)ハ長調K.404(385d) であり、18小節のアンダンテと24小節のアレグレットから出来ている。この曲はケッヒエル第1版の段階では、コンスタンツエのために作曲され未完に終わったソナタハ長調K.403などと同様に結婚時代の作品と考えられてきたが、研究の進展につれてタイソンの用紙研究などから、恐らく1787年の夏、第2曲目のソナタK.547などとともに作曲されたとする説が有力になっている。
 始めのアンダンテでは、ピアノがゆっくりと単純で優しい旋律を奏で繰り返されていくが、その後ヴァイオリンがピアノ伴奏でメロデイラインを支配し、繰り返されていた。アレグレットでは踊るような明るい旋律がまずピアノで現れ、続いてヴァイオリンが明るく旋律を支配し、最後にはピアノが主体となって結ばれていた。K.547と同様に、初心者向きと思われる易しい曲調であり、新全集には自筆譜のファクシミリのコピーが示されていたが、補作された部分は判別できなかった。ここでも、ヴァイオリンのアッカルドは生真面目に細やかに弾いていたが、カニーノは飄々として明るく楽しむようにピアノを弾いていた。



 レーザー・デイスクの最後の第7曲目は、ソナタ断片のアレグロ(ソナタ第31番未完)変ロ長調K.372 であるが、初めて聴くような曲である。約8分の演奏時間があるが、調べてみると第一楽章の提示部65小節がモーツアルトによって書かれ、残り133小節がシュタートラー師によって補作完成したとされる。ベーレンライターの新全集を見ると、提示部は66小節でダ・カーポされるようになっており、展開部と再現部が補作されていた。自筆譜には、1781年3月24日の日付と「ソナタ第1番」の書き込みがあることから、モーツアルトがミュンヘンからウイーンに到着した直後の最初に書かれた室内楽曲であり、ブルネッテイのヴァイオリンでウイーンで作曲し初演したソナタK.379(373a)の前に着手されたの曲であると考えられる。
 スコアに従って聴いていくとアレグロの第一主題はピアノで始まるが、ヴァイオリンがメロデイラインを引き出すと軽快な曲調になってピアノと共に終止し、第二主題がピアノで、そして少し遅れてヴァイオリンで示され、両者が互いに交替しながら対話する軽やかなアレグロで一気に進行する。67小節からは展開部が始まるが、第一主題が変奏された形で構成されており、再現部では提示部までに示されたものが随処に顔を出す形で補作されていた。しかし、曲として意味のあるのは提示部までに止まるものと思われる。



 以上の通り、アッカルドのヴァイオリンとカニーノのピアノで、ヴァイオリンソナタの一部を聴いてきた。ヴァイオリンソナタはピアノのウエイトが高いが、ムターの伴奏を務めたオーキスよりもカニーノの方が技量が上なので、アッカルドは良い伴奏者を得たと思う。また、このレーザーデイスクには、随処にレハーサル風景があり、二人が冗談を言い合って仲良く演奏している様子が窺えた。その一端を紹介すると、アッカルドの持っているヴァイリンは、ストラデイヴァリウスの中でも名器とされているフランチェスカッテイ(1727製作)、サンテグジュペリ(1718)などで、今回のソナタ演奏ではフランチェスカッテイとファイアーバード(火の鳥)を曲により使い分けていた。アッカルドが時々ヴァイオリンを変えるので、カニーノが羨ましがって、「僕も違うピアノで弾きたいな」と言うのがカニーノの口癖のように見えた。
 このLDはイタリア放送協会(RAI))によって企画されたテレビ番組用に作成されたものであるが、アッカルドはこの「ソナタ全集」の他に、アッカルドを中心とした弦楽器を主体にした室内楽曲の作品集やヴァイオリンとオーケストラのための作品集が続いて制作中であることが記されていた。残念ながら私はまだ他のソフトは見ていないので、是非、一度みたいものだと思う。

  (以上)(08/01/17)

 
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