7-9-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その14)」、
オペラ・セリア「クレータの王、イドメネオ」K.366、ロジャー・ノリントン指揮、カメラータ・ザルツブルグ、演出;ウルゼル&カール=エルンスト・ヘルマン夫妻、ザルツブルグ・バッハ合唱団、06年8月20〜27日、ザルツブルグ音楽祭、

−ノリントンの躍動感あふれる溌剌とした音楽造り、ヘルマン夫妻の現代的感覚の説得力ある舞台造り、タイトル・ロールを始めとする三人の女性歌手陣の体当たり的な歌と演技が、三位一体となった素晴らしいイドメネオ−


7-9-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その14)」、
オペラ・セリア「クレータの王、イドメネオ」K.366、ロジャー・ノリントン指揮、カメラータ・ザルツブルグ、
演出;ウルゼル&カール=エルンスト・ヘルマン夫妻、ザルツブルグ・バッハ合唱団、06年8月20〜27日、ザルツブルグ音楽祭、
(配役)●イドメネオ;ラモン・ヴァルガス、●イダマンテ;マグダレナ・コジェナー、●イリア;エカテリーナ・シウリーナ、●エレットラ;アニヤ・ハルテロス、●アルバーチェ;ジェフリー・フランセス、●祭司長;ロビン・レッガーテ、
(07年3月21日、ユニバーサルGRAMMOPHON DVD-UCBD-1057/8、市販DVD使用)

 モーツアルトイヤーに向けて06年に完成したばかりのモーツアルト・ハウスで上演されているが、オーケストラボックスをぐるりと取り囲む花道のような舞台を造り、その奥にも舞台があるという立体的な空間で、なおかつ舞台と客席の距離が近いという理想的な劇場を得て、「コシファン・トッテ」を演出したヘルマン夫妻による新しい演出の舞台が見どころであった。一見したところ、衣裳が現代風であり、時代が特定されぬ架空の場所が舞台となっていて、自分なりに納得できる舞台が演出されるかどうかいささか心配でもあった。しかし、ノリントンが手慣れたカメラータ・アカデミカを指揮して小気味よいテンポで流麗な音楽を作り出しており、今回の一連の公演の中でも評価の高いオペラになっていた。




 映像が始まり何もない舞台が写し出されると直ちに序曲が始まる。曲は弦がキビキビと動き溌剌としており、モダン楽器で伸び伸びとピリオド奏法を進めるノリントンの音だと直感させた。その最中に黒い仮面をつけ貝殻を身にまとった海神らしき不気味な男が舞台に姿を見せ、何かしら様子を窺っていた。イリアが花道をウロウロしており、黒い石の上に腰を下ろして長い長いレチタテイーボを歌い出して第一幕が始まった。良く通る声が美しく、そのまま第一曲「お父様、お兄様、さようなら。私はイダマンテを愛してしまった」とハイトーンで歌っていた。そこへイダマンテが登場。イリアへの愛を告白し、第二曲で「君が望むならこの胸を突き刺して欲しい」と歌いながら現代風にピストルを手渡そうとしていた。(この口説き方は、まさに「コシ」の先取りである。)イダマンテが命じて捕虜のトロヤ人の足枷が外され、二人の女性のトロヤ人が喜んでイダマンテに駆け寄り、二人の男性のクレタ人がイリアに駆け寄って、「愛の勝利だ」と平和の慶びが大合唱された。ザルツブルグ・バッハ合唱団もスピード感があり、生き生きとして素晴らしかった。





 そこへアルバーチェがイドメネオ王が海難で亡くなったという情報を伝える。喜びの直後に来た絶望的な悲しみに襲われた二人の様子を、脇でエレットラがじっと見ており、第四曲「心の中に感ずる」と激しく嫉妬しながら狂ったように絶望的な苦しみを歌っていた。場面が変わり、嵐で怯えた人々が右往左往して、第五曲の嵐の場面の合唱が歌われた。「私は助かった」とイドメネオ王が登場し第六曲を歌うが、その間中、王の背後にはあの忌まわしい海神が付きまとっていた。その時、不幸な生け贄が近づいてくると言う言葉とともにイダマンテが登場する。言葉を交わし名乗りあって親子は対面したものの、「無慈悲な神よ、ここで会わなければ良かった。」と立ち去る父を見送って、イダマンテは、何故と第七曲のアリアを悲痛な面持ちで歌い、第一幕が終了する。コジェナーのイダマンテは、歌も演技も良く熱演をしていた。
 ここで、幕間劇(インテルメッツオ)として、第八曲の王の凱旋の行進曲に続き、第九曲のネプチューンを讃えようと全員参加の合唱と踊りが伸び伸びと披露されていた。広い舞台を活用した大勢の人々による生き生きとした迫力ある場面であった。



 舞台では引き続き第二幕が休みなく始まり、イドメネオがアルバーチェに海神に生け贄を約束して助かったことを話し、最初に会った男がイダマンテであることを告げ助けを求めるが、舞台では海神が二人の様子に耳を傾けている。アルバーチェは、王子をエレットラの祖国アルゴスに逃げさせることを助言し、このオペラ唯一のアリアを歌うが、第10曲のアリアは省略され、その替わりに第22番のアリア「これが運命なれば、王と王子だけは守り給え」と祈るように歌っていた。イリアが明るい表情でイドメネオに留守中の挨拶をして、第11番のオーボエとファゴットのオブリガートが美しいアリアを歌い、良く通る美声に大拍手を浴びていた。イドメネオは、捕らわれの身なのに何故喜びを歌うのかと不思議に思いつつも、海神の姿がいつも私を脅かすと第12番のアリアを心配そうに歌っていた。



 王子と祖国に逃げることになったエレットラは喜んで第13番のアリアを明るく歌い存在感を示すが、アリアが終わる前に第14番の行進曲が始まり、エレットラに大拍手。さらに第15番の「海は穏やかだ」という美しい合唱が続くが、この合唱の中間にもエレットラのアリアの続きが明るく歌われていた。王はイダマンテとエレットラを見送り、イダマンテは父とイリアに別れを告げ、エレットラが感謝を捧げるそれぞれの思いを歌う第16番のアデイーオの三重唱が歌われている間に、突如として、海と空が急に荒れ始めて大騒ぎとなり、第17番の合唱となる。この嵐は神の祟りか、この罪は誰の罪かと大騒ぎする民衆に対し、イドメネオは罰せられるのはこの私だと白状し、神は間違っていると叫ぶ。すると舞台上の海神が暴れ始めて大変な騒ぎとなり、第18番の逃げろと言う激しい合唱によって、民衆が逃げ惑い大混乱の中で第二幕が終りとなったが、映像と音響によるもの凄い迫力の中での終幕となった。



 第三幕はイリアのレチタテイーボに始まって、美しい前奏に続いて第19番の「心地よい、優しいそよ風よ」が歌われ、澄んだ美しい声が良く伸びて魅力的だった。イダマンテが登場し、二人だけの長い愛の会話の後、戦いに赴き敵を倒して死のうと決心を固めたイダマンテは、イリアとのソプラノ同志の愛の告白の二重唱第20番を歌う。この場面を見ていたイドメネオは困惑し、エレットラは嫉妬するが、イダマンテが「ただ一人でさすらいの旅に出よう」と歌い始め、イリアがどこまでもついて行きますと答え、イドメネオとエレットラも加わった四人の心情を思い思いに歌った四重唱第21番が歌われた。ドラマテイックなこのアンサンブルは、セリアでは珍しく第16番に次ぐものであり、感動的な場面であった。




 場面が変わり、大祭司が登場して、海の怪物が暴れ回って犠牲が大きくなっていると王に報告し、ネプチューンに捧げるべき生け贄は誰かと迫った。生け贄がイダマンテであることが分かると、何と恐ろしい誓いかと第24番の悲痛な合唱が始まる。舞台では続いて行進曲が始まり、祭壇の準備が行われていた。そしてイドメネオが海神の怒りを静めようとして、ピッチカートとともに「聞き入れたまえ、海の神」と静かに祈るカヴァテイーナと合唱第26番が始まった。そこへ突然、イダマンテが怪物を退治して凱旋してくるが、全ての事情を知って神事の祭壇に自ら進み、父の前でひざまずく。王子の死を恐れぬ態度と、父から受けた命をお返しするという覚悟の言葉と、イリアへの今際の息子の進言を聞いて、イドメネオは遂に「死んでくれ」と決断した。そして、斧を振り上げようとしたその瞬間に、イリアが祭壇に駆けつけて、生け贄は私ですと身代わりを懇願し飛び込んだ途端に、大音響と共に場面は騒然となった。


 その状況に感動した海神は「愛の勝利だ」と告げ、全員が呆然として天を仰いでいる中で、イダマンテがイリアを妃として王の座に着くように神託が下り、イリアの捨て身の身代わりが功を奏した、このオペラの実に感動的な場面が展開された。これを聞いて一番面白くないのはエレットラであり、直ぐに半狂乱のアリアを歌い、手にしたナイフで胸を刺そうとするが、ナイフを振り上げた瞬間にアルバーチェに取り上げられてうずくまってしまった。夜の女王のアリアのように激しいアリアであったが、アルバーチェの機転によってその場を壊さずに、舞台はそのまま最後の喜びの場面に移行した。
 イドメネオが王としての最後の命令だとして、平和になったことを宣言し、新しく王位につく王子と王妃を改めて紹介し、ハッピーエンドの最後の合唱が始まった。祝福の合唱の中で王冠の戴冠が行われるが、合唱に引き続きバレエ音楽の第一曲のシャコンヌが演奏されたが、これは初めて見る舞台であった。皆が手を繋いで笑顔で賑やかに踊る場面となり、二人はここでも皆から祝福を受け、このオペラの幕切れを飾る非常に印象的な音楽と舞台の中で終幕となった。



 オペラ全体を振り返って、これまで見たイドメネオの中では、最高の感動をもたらす映像であったと思われる。その最大の要因は終始一貫してキビキビと流れたノリントンの手慣れたカメラータとの音楽造りにある。序曲に始まって随処に現れる行進曲や合唱の躍動感や活きの良さには素晴らしいものがあり、歌手を伸び伸びと歌わせるテンポの良さが際立っていたし、何回もある嵐の場面、海神の声の場面などは迫力ある圧倒的な響きを聞かせていた。
 また、ヘルマン夫妻の舞台の広がりを生かした簡素な造りも説得力があり、白と黒を基調とした舞台にさり気なく置かれた単純な小道具、コーナーに置かれたポール(槍)、丸い石、椅子、傘や仮面などが重要な役割を果たしていた。また舞台上に不気味な姿だけを演じさせた海神の登場は、初めての試みであろうが、舞台上に絶えず緊迫感を与えるのに役立っていたように見えたが、異論もあると思われる。2000年に一度演出されたものの劇場を変えた改作のようであったが、現代的な感覚の中での物語に忠実な説得力ある美しい舞台造りには「コシ」同様に深い感銘を受けた。

   歌手陣もタイトル・ロールを演ずるヴァルガスの声量もさることながら、クローズアップ時で見せた王であり父である避けることが出来ない苦しみの表情などは、見逃せない好演であった。コジェナーの演ずるイダマンテも女性の演ずる男役としてはこれ以上望めないものを感じさせた。シウリーナの演ずるイリアも透明感のある声を活用した純粋な愛を歌うことに好感が得られていた。人間的な感情をむき出しに演じたハルテロスのエレットラも見事な存在感を見せ、終幕の激しいアリアは、ともすれば場違いになるものを、あの場面に相応しいものにしていた。タイトル・ロールとこの三人の女性役が揃っていたこともこのオペラの成功の要因であったと思われる。また、舞台映像の美しさや優れたクローズアップ画面が目立ち、5.1CHのヘッドフォンで聴くと素晴らしく臨場感ある音楽の響きが得られ、現代のDVDの威力をまざまざと見せつけられた。
 恐らくこの音楽祭のM22の中でベスト5以内に入りそうな素晴らしいDVDであったとご報告しておきたい。

(以上)(07/09/23)(改訂08/02/04)


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