7-9-2、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第16回、
(曲目)エマーソン四重奏団とカシュカシアンによる弦楽五重奏曲ハ長調K.515及びト短調K.516(1989)、そしてベルリナー・ゾリステンとカール・ライスターによるクラリネット五重奏曲イ長調K.581(1990)、

−モーツアルトの室内楽の名品、3曲の五重奏曲を集めたレーザーデイスクは、どの曲をとっても実に聴き応えがあり、いずれも大人の演奏とも言うべき風格を持っていた−

7-9-2、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第16回、
(曲目)エマーソン四重奏団とカシュカシアンによる弦楽五重奏曲ハ長調K.515及びト短調K.516(1989)、そしてベルリナー・ゾリステンとカール・ライスターによるクラリネット五重奏曲イ長調K.581(1990)、

(06年09月19日、クラシカジャパンCS736の放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。試聴にはTeldecのLDを利用)

 エマーソン四重奏団とヴィオラのカシュカシアンによる弦楽五重奏曲ハ長調K.515及びト短調K.516は、デジタルで収録済みであったが、これと同じレーザー・デイスクを持っていたのでこれを音源とし、さらにこのLDにライスターとベルリン・ゾリステンによるクラリネット5重奏曲イ長調K.581が入っていたので、後期の大物ばかりであるが3曲を一度にお届けしたいと思う。LDの演奏は、3曲ともベルリン・ゾリステンによる演奏と記憶違いをした私のミスで、ダブって収録してしまったものである。クラシカジャパンの「モーツアルトのある毎日」は、次の小品集(7-9-3)で最終回となったので、これを機会に来月からはレーザー・デイスクのストックを利用して、ソフト紹介を続けたいと思う。



 郊外の山荘風の室内で、観客なしで映像のために収録された演奏であり、リラックスした雰囲気で何かを語り合っている様子が写し出されていた。左右の両端に第一ヴァイオリンのオイゲン・ドラッカーと第二ヴィオラのキム・カシュカシアンがおり、中央にチェロのダヴィド・フィンクルが位置していた。第二ヴァイオリンはフイリップ・ゼッツアー、第一ヴィオラは紅一点のローレンス・ダットンが担当していた。第一曲目のハ長調K.515は、ト短調K.516とペアで作曲されたが、これは最後の交響曲第40番ト短調と第41番ハ長調と同じペアの調性であり、いずれもモーツアルトの最高の傑作であることからよく比較されることが多い。このハ長調の五重奏曲は全体で1149小節であり、ジュピター交響曲の924小節を抜いて、彼の器楽曲中の最大規模を示しているが、規模ばかりでなくその内容も重厚な構えと堅牢な美の構築が見られる素晴らしい作品である。




 第一楽章は、秒針を刻むような威勢のよい機械的なリズムの上にチェロの分散和音の上昇と第一ヴァイオリンのため息音形による応答からなる第一主題で始まるが、この主題は雄大であり、機械的なリズムのもとに楽器を変えてこの応答が繰り返されたり、調性を変えて提示されたりする。チェロと第一ヴァイオリンの応答は対立的に聞こえていたが、繰り返される毎に次第に融和されたものになり、アンサンブルの良さが見えていた。第一ヴァイオリンによるくねくねした第二主題もこの勢いのあるリズムを強調するように聞こえていた。長い展開部でも問いかけモテイーブと応答する旋律とが繰り返され、再現部においても繰り返し現れて、隙のない重厚な造りの面白い楽章であった。  第二楽章はアンダンテ楽章であり、新全集版を使っていた。厳かで重みと渋味のある第一主題が流れるが、第二主題では第一ヴァイオリンの旋律に第二ヴィオラが答える美しい対話が主体となるコンチェルタントなスタイルとなり、再び全体が繰り返されていく展開部を持たないソナタ形式のようであった。第二ヴィオラのカシュカシアンが存在感を示して、見事な五重奏曲の分厚い響きを示していた。
 第三楽章はメヌエットで重々しいメヌエット主題が流れ、楽器を変え調性を変えて、何度も繰り返される。トリオも対照的ではなく重い雰囲気が流れるが、結尾で第一ヴァイオリンと第二ヴィオラによる明るく美しい民謡調の旋律が四度現れ、ホット息抜きをさせてくれた。フィナーレは明るいロンド主題がアレグロで飛び出すが、ここではロンド形式とソナタ形式とが融合したような複雑さがあらわれ、新しい第二の主題が現れて優美さを示しながら、対位法的な展開が行われて難解さが付きまとう。モーツアルトの後期の気むずかしいが優麗な世界が広がるフィナーレであった。エマーソン四重奏団は、このホームページでは初めての登場であったが、キム・カシュカシオンの参加を得て、五重奏の充実した響きを聴かせてくれた。




 続いて同じ山荘風の会場で、第二曲目のト短調K.516が開始されたが、第一ヴァイオリンには、第二ヴァイオリンのフイリップ・ゼッツアーが入れ替わり、第二ヴァイオリンにリーダーと思われたオイゲン・ドラッカーが廻ると言う構成になっていた。中央のチェロのダヴィド・フィンクルと第二ヴィオラのキム・カシュカシアンは、そのままであった。
 第一楽章は、八分音符が脈打つような二声の伴奏音形の上で、第一ヴァイオリンによりため息音形を含んだ第一主題が暗い響きで始まり、第二ヴィオラが反復していくが、これがこの曲を代表するような哀しいイメージを作り出す。同じリズムの中で第一ヴァイオリンによって第二主題が明るく提示されるが、やがていつの間にか始めの暗さに戻っていた。展開部でも秒針のようなリズムの中で第二主題を中心に展開されていくが、不安定な雰囲気のまま再現部へと移行していた。




 第二楽章も第一ヴァイオリンが先導するメヌエット楽章で、前の楽章を引き継ぐような不安な陰りを持つ主題が合奏で繰り返されていき厳粛な感じがするメヌエットであった。トリオでも暗さはその延長線上にあったが、後半に第一ヴァイオリンを中心とするカノン風に仕上げられた優美な世界があり、ホッと息抜きができた。第三楽章はゆっくりしたアダージョ楽章で、その始まりは、むかし懐かしい「今日の良き日は大君の」のメロデイが合奏され、先行する二つの楽章による深淵からの救済のように響くが、続いて現れる第二主題の刻むようなリズムにより、再び暗さが元に戻ってしまう。しかし後半現れる第一ヴァイオリンと第二ヴィオラとの繊細な対話が、救いの道を開くようであった。
 フィナーレは意表をつくアダージョの序奏で始まるが、八分音符の和音の内声部の上にチェロのピッチカートで始まり、第一ヴァイオリンが悲痛なエレジーを歌い出す素晴らしい楽想で覆われ再び憂愁な陰りをもたらすが、一転してアレグロで始まる明るいロンド主題が登場して、全体がやっと明るさを取り戻す。第一ヴァイオリンが先導する第一エピソードも、ロンド主題の後に登場する第二エピソードもそれぞれ晴れやかな主題であり、対位法的な楽句が優美な姿で現れ、この大きな五重奏曲を明るく締めくくるロンド構造のスタイルに組み込まれていた。

   二つの晩年の五重奏曲を続けて聴いてきたが、このト短調K.516は、前作のハ長調K.515の約1ヶ月後に完成されている。両作品とも4つの楽章の持つ緊張から解決への内面的なドラマが全体の統一感を作り出していた。このト短調の作品では、それが楽章構成上でも明らかであり、悲劇的なアレグロとメヌエット楽章に続き、瞑想的なアダージョが続き、悲痛感の漂うアダージョの序奏に続いて突然に始まる明るいロンド・フィナーレが登場して、一連のドラマが構築されていた。モーツアルトはこの輝かしいフィナーレのために、二つの草稿を残すなど苦労を重ねていたという。エマーソン四重奏団は、ヴィオラの名手であるキム・カシュカシオンの参加をえたせいか、第一ヴァイオリンが二人で担当するという珍しい構成を取りこの大曲に当たっていたが、両曲ともしっかりと弾かれておりアンサンブル上の問題には気が付かなかった。



   続く三曲目の曲は、演奏団体も演奏会場もがらりと変わって、カール・ライスターのクラリネットと、ベルリンフイルのソリストたちのベルリン・ゾリステンによるクラリネット5重奏曲イ長調K.581である。この3曲が1枚のテルデックのレーザーデイスク(WPLP-9715)に収録されていたが、私は全てがベルリン・ゾリステンの演奏と誤って記憶していたものであった。この映像はシャンデリアのある天井の高い宮殿風のホールで、この録音のために観客なしで収録されたものであるが、優れた演奏の反面、カメラワークが単調でクローズアップがなく、変化の少ない画面が続いていた。
 クラリネット五重奏曲の第一楽章は、弦楽四重奏によるコラール風の厳粛な出だしの中にクラリネットが美しい分散和音で参加する絶妙なバランスで始まり、聴くものを一気に虜にしてしまう。このクラリネットのソロに聞き惚れているうちに、ピッチカートの伴奏でヴァイオリンに続いてクラリネットが美しい第二主題を提示して、さらに発展的に進行してヴァイオリンに続きクラリネットがドルチェで吹かれる結尾句にいたり、再び再現されていく。展開部では弦の冒頭主題にクラリネットが分散和音で応答しており、再現部での第二主題はクラリネットにより見事に変奏されて哀調に富む独自の雰囲気を醸し出していた。ライスターのクラリネットは堂々とした音調であり、美しい音色に華やかさも加わっていた。




 第二楽章は、クラリネットの美しいラルゲットの高尚な主題で始まり、弦の伴奏でひとしきり歌われた後に、第一ヴァイオリンの下降する音形に対し上昇するクラリネットの音形で答える美しい応答が繰り返され、聴くものを陶然とさせてしまう。続く第三楽章は、全5声が一体となって合奏する堂々たるメヌエット楽章であり、二つのトリオを持つ壮大なもの。第一トリオは、弦楽器でだけで綿々と歌われるが、メヌエット主題の後に始まる第二トリオはクラリネットに導かれ民族舞踊的な音調でクラリネットが美しいメロデイを奏で、朗々とメヌエットが進行していた。
 フィナーレはアレグレットの主題と四つの変奏及びアダージョの構成であり、主題はクラリネットと弦の合奏で明るく提示される。第一の変奏は弦による主題をクラリネットが明るい旋律で彩るもの、第二変奏は弦楽器だけの付点リズムによる変奏であった。第三変奏も弦楽器による変奏であったが、第四変奏はクラリネットの速いテンポによる変奏で十分な技巧が発揮される。次いでアダージョの変奏となりクラリネットが低音を響かせながら情感のこもった素晴らしい変奏を見せて、アレグロのコーダでこの魅力的な五重奏曲を終結させていた。

 ライスターのクラリネットによる演奏は、CDを含めるとこれで3組ほどになると思うが、さすがベルリンフイルを代表する奏者だけあって、素晴らしい技巧を見せてくれたし、常に堂々として、映像ではまるで王者の演奏と言った貫禄すら見せてくれた。ベルリン・ゾリステンの演奏も、ライスターとはお馴染みで、息のあった見事なアンサンブルを見せており、実に素晴らしい演奏であった。この三曲の5重奏曲を集めたレーザーデイスクは、どの曲をとっても実に聴き応えがあり、いずれも大人の演奏とも言うべき風格を持っており、十分に推薦に値する演奏であると思う。

(以上)(07/09/17)


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