7-9-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その2)、
(曲目)ヴァイオリン・ソナタト長調(第25番)K.301(293a)、変ホ長調(第26番)K.302(293b)、ハ長調(第27番)K.303(293c)、ホ短調(第28番)K.304(300c)、イ長調(第29番)K.305(293d)、ニ長調(第30番)K.306(300l)、ヴァイオリン;A.S.ムター、ピアノ;R.オーキス、2005年12月、ザルツブルグ、

−マンハイムソナタの6曲は、それぞれ個性的な魅力があるが、ムターとオーキスはそれぞれを丁寧に弾き分けていた−

7-9-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その2)、
ヴァイオリン・ソナタト長調(第25番)K.301(293a)、変ホ長調(第26番)K.302(293b)、ハ長調(第27番)K.303(293c)、ホ短調(第28番)K.304(300c)、イ長調(第29番)K.305(293d)、ニ長調(第30番)K.306(300l)、ヴァイオリン;A.S.ムター、ピアノ;R.オーキス、2005年12月、ザルツブルグ、

(07年05月03日、NHKウイークエンドシアターのBS102の放送を、DーVHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 今月の第一曲は、前月に引き続きムター・オーキスによるヴァイオリンソナタ集の(その2)として、いわゆる「マンハイム・ソナタ作品1」とされる6曲(K.301〜K.306)をお届けする。この二人のコンビは、8月号の5曲でお分かりの通り、ピアノもヴァイオリンも出しゃばらず、互いに均整の取れた安心して聴けるバランスの良い演奏であったので、この作品1についても、ムター・オーキスがどういう演奏をするか楽しみであった。
 マンハイムソナタは、ト長調(第25番)K.301(293a)、変ホ長調(第26番)K.302(293b)、ハ長調(第27番)K.303(293c)、ホ短調(第28番)K.304(300c)、イ長調(第29番)K.305(293d)、ニ長調(第30番)K.306(300l)、の6曲から成るが、最後の曲を除きいずれも2楽章で構成されており、各曲それぞれに変化に富んで個性があって面白い。これらのソナタはミュンヘンで知ったシュースターという人の6曲のヴァイオリンソナタに触発されてマンハイムで作曲を始めたもので、「もしここに止まるなら、僕もこの趣味で6曲作ってみたい」と姉に手紙している。この地ではこれらのソナタの人気があり、ヴァイオリンとピアノが対等の関係で協奏する二重奏の原理に関心を持ったようである。



  マンハイムソナタの第一曲目のト長調(第25番)K.301(293a)は、両楽章とも良く耳にした主題からなる明るい曲である。第一楽章は優しいヴァイオリンのソロで示される美しい第一主題で始まり、ピアノでも反復されて長い経過句のあとに、踊るような可愛いらしい第二主題がピアノで始まる。この二つの主題により第一楽章はソナタ形式で構成され、展開部ではピアノとヴァイオリンが対話風にやり取りされていた。ムターのヴァイオリンは優しい音色を響かせ、ピアノのオーキスはこれに合わせたり反発したり絶えず調和を取りながら弾いているように見えた。
 続く第二楽章は、三部に別れたアレグロ楽章で、始めにピアノで3拍子の親しみやすい可愛いげな主題が軽快に飛び出しヴァイオリンと一緒になって繰り返され、ひとしきり変形されていく。中間部ではシチリアーノ風のリズムでメランコリックな主題が流れて、再び始めの軽やかなアレグロに戻る。2楽章制を取った親しみやすい可愛げな最初の曲は、ムターのヴァイオリンとオーキスのピアノによりさらりと弾かれており、とても軽快であったので第二曲が待ち遠しい感じがした。




 第二曲目の変ホ長調(第26番)K.302(293b)は、前曲ほど馴染みはないが、明るいアレグロと軽快なロンドから出来ている。第一曲より陰影の融け合った奥行きのある、どちらかと言うと、小難しい分かりずらい曲である。第一楽章のアレグロは、フォルテで活発に始まるが主題が繰り返し提示されたあとに続く長い経過句でクレッシエンドを伴っている。続いて第二主題では対象的に穏やかでその下降的な音の動きが面白い。展開部ではこの両主題を扱っているが後半の第一主題のモテイーブが激しい表情で現れる。
 第二楽章のロンドのテンポは、アンダンテ・グラツイオーソで、優美なロンド主題はまずピアノで現れ、ヴァイオリンで繰り返し提示され、二つのエピソードを挟んで三度登場する。ムターのヴァイオリンは実に軽快ですっきりしており、トリルを伴う第一エピソードといい、16分音符の細かな走句からなる第二エピソードといい、生き生きとしてきめ細かく弾かれていた。ロンド主題でこの楽章が美しく閉じられるが、消え入るように静かに終わるヴァイオリンの音色が印象的であった。




 マンハイムソナタの第三曲目のハ長調(第27番)K.303(293c)は、6曲の連作のピアノソナタでも行われていたが、三曲目になるとこれまでの踏襲的な殻を破ろうとする自由奔放な気分がうかがえ、この曲も二楽章だけの小さなソナタであるが、アリア風のアダージョの序奏で開始される。ヴァイオリンでゆっくりと弾かれて次いでピアノで繰り返されるが、続くアレグロの軽快な主題がピアノで現れ、対象的な妙がある。この主題はヴァイオリンでも弾かれ、一頻りピアノとヴァイオリンで変奏しながら発展するが、やがてアダージョがさらに細やかなヴァイオリンの動きで再現する。しかし、フェルマータを挟んでアレグロの主題が再び現れ、盛り上がりを見せて終息していた。
 第二楽章はテンポ・デイ・メヌエットで第一主題が3拍子で明るく現れるが、形はソナタ形式である。この主題はまずピアノで、次いでヴァイオリンで軽やかに提示されるが、続く第二主題は朗々としたヴァイオリンのエレジーであった。各主題は、毎回、ピアノとヴァイオリンの交替演奏が行われ、両者の均等な対話により、力のバランスが図られているようであった。第三曲は他に例のない大胆な形式で、それだけ印象的に聞こえた。




 第四曲目のホ短調(第28番)K.304(300c)は、1778年1月から2月にかけてマンハイムで作曲された前三曲と異なり、マンハイムで作曲されパリで完成されたと考えられている。この曲はヴァイオリンソナタでは唯一の短調で書かれており、暗い陰りを帯びた曲のため、イ短調ピアノソナタK.310と並んで母の死と関連づけられることが多い。
 この曲は並びの他の曲とは一線を画した孤高のような高みを持った曲であり、ムターのヴァイオリンとオーキスのピアノとが絶妙の美しいバランスを保ちながら細やかに演奏しているように聞こえた。第一楽章のアレグロでは、両楽器のユニゾンでゆっくり始められ第一主題の前半は美しい叙情詩であるが、後半はフォルテのスタッカートで刻まれて対照的であった。そしてピアノで提示される弾むような軽快な第二主題が美しく、この二つの主題による旋律の美しさとソナタ形式の構成的な美しさに満ち溢れている。ヴァイオリンの主題が繰り返される毎に、特に再現部では、ムターは意識的にテンポや音色を少し違えて丁寧に弾いており、繰り返されるピアノとヴァイオリンの調和した響きが絶妙のバランスに聞こえた。
 第二楽章もホ短調で、形式はテンポ・デイ・メヌエットで始まる3拍子であるが、感銘深い美しい主題で始まり、ここでもピアノとヴァイオリンとの対話が憂いを湛えていて感動的である。中間部のピアノで続いてヴァイオリンで現れるさり気ない新しい主題が静かに輝くばかりに美しくハッとさせられるが、再び始めの軽やかな主題が再現される。終わりに中間部の主題が一瞬回想され、力強く盛り上がりを見せて終結するが、この楽章も前楽章と並んでとりわけ内容のある感動的なものであった。




 第五曲目のイ長調(第29番)K.305(293d)は、始めの3曲と同様にマンハイムで作曲されているが、二楽章構成ではあるが終曲に変奏曲を配した新しい趣向が見られる。第一楽章は、ユニゾンで力強く開始される軽快な第一主題が、後半はスタッカート・モテイーブとなり軽やかに進行する。第二主題もヴァイオリンで軽快そのもので現れ、ギャラント風な作風。しかし、短調への転調を繰り返す短いが巧妙な展開部があって面白い。昔、バリリーとスコダのウエストミンスター盤のモノラルのLPで、良く聴いた馴染みのメロデイーが繰り返し再現され、実に懐かしく楽しかった。
第二楽章はアンダンテ・グラツイオーソの長い主題がピアノとヴァイオリンにより提示される変奏曲で、六つの変奏から構成されている。第一変奏は早いピアノによるピアノだけの変奏であり、第二変奏はヴァイオリンによる主題変奏でピアノは伴奏だけであった。第三変奏はピアノとヴァイオリンが主題の部分を交互に弾く面白い変奏。次いでヴァイオリンによる歌うような変奏があり、第五変奏は短調のヴァイオリンとピアノによる風変わりな変奏で、フィナーレの第六変奏は軽快な早いピアノに乗ったヴァイオリンの軽やかな変奏で盛り上がりを見せて終了する。モーツアルトによる新しい変化や創作意欲が見られた明るい作品であった。




 第六曲目のニ長調(第30番)K.306(300l)は、この曲集のうち唯一の三楽章制を取り、構想も大きく構えた、ピアノをオーケストラ伴奏に見立てるとまるでヴァイオリン協奏曲のような感じがする大きな曲であり、第三楽章の終わりにはカデンツアまで用意された意欲的な作品であった。
 第一楽章では、始めに華麗なピアノで第一主題が軽快に開始され、第二主題でヴァイオリンがピアノを従えて美しい旋律を提示して、これら二つの主題によりソナタ形式で進められる。しかし、展開部ではファンタジーのようにヴァイオリンとピアノが交互に競い合い素晴らしい効果を発揮しており、再現部でも第二主題が中心となって入れ替わる工夫がなされていた。第二楽章はアンダンテイーノ・カンタービレで短いソナタ形式であるが、ムターの輝かしいヴァイオリンのソロが目立つ厳かなカンタービレで、まるでコンチェルトの中間楽章のような雰囲気を見せていた。
 フィナーレはフランス風に響く2/4拍子のアレグレットとイタリア風の6/8拍子のアレグロが絶え間なく交替していく気まぐれな楽章で、最初のアレグロ主題の終わりにアド・リブのカデンツアが、次のアレグロの終わりに非常に長いヴァイオリンとピアノによるアンサンブル・カデンツアが用意され、意欲的なスタイルを見せていた。

 六曲の連作を続けて聴き、余韻の残っているうちに曲の姿を文章化するのは大変であったが、一度はこの苦労をクリアしなければ、このソフト紹介記録の意味をなさない。一度キチンと聞いておくと、今後は印象に残った部分だけを記載すればよいので楽になる。六曲のうち完全に熟知していた曲は、K.301、K.304、K.305の三曲であり、六曲のうち、曲の掌握に時間がかかったのはK.302であった。ムターは全曲を完全に暗譜で弾いており、実に隅々まできめ細かく弾いていたのには驚かされた。また、ピアノのオーキスは、ヴァイオリンの出番が来ると、ムターのヴァイオリンを誘い出すような表情を見せており、女房役として出過ぎず、しかし存在感を見せながらヴェテランらしい弾きぶりを見せていた。ムターは演奏面においても、自分の姿を引き立てる映像面においても、実に優れた女房役を見つけたものと感心をした。

(以上)(07/09/13)


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