7-8-6、テレビ映画「わがまま天才モーツアルト」のこと、

                宮崎宇史(K.243)

−Mフェライン「季刊モーツアルテイアン」第61号(07/07/01)より掲載−

7-8-6、テレビ映画「わがまま天才モーツアルト」のこと、


宮崎宇史(K.243)



 1991年の没後200周年のときNHK教育で放映されたこの作品をご存知だろうか。オーストリアのTV局とNHKとの合作で、全部で5夜にわたって放送されたものである。

 そのときちょうど社会人になってモーツアルトのCDを買って聴き出した頃で、モーツアルトの入門としての役割を果たした思い出深い作品である。
三歳のモーツアルトが夜中にチェンバロをいじっているところから始まり、その死までを描いた伝記映画であるが、合間合間に曲名の宇幕付でモーツアルトの音楽が流れる。これが私にモーツアルトの曲の魅力を改めて紹介することになった。テーマ曲は交響曲第29番第4楽章。この生気あふれる音楽は私にとって若きモーツアルトのテーマ曲である。そのほかにもこのドラマの挿入曲で新しく教えられた曲といえば戴冠ミサ、自動オルガンのためのアンダンテ、グラスハーモニカのためのアダージョ、そして魔笛。「わがまま天才」出身の曲はたくさんある。

主演はユライ・ヘルツという人で、輝く瞳と人懐こい笑顔をもち、まるで本物みたいと思わせた。小柄でひょこひょこと歩く姿はいかにもモーツアルトらしかった。日本語の声を当てている声優の関俊彦さんの若々しく快活な声も適役だ。ビデオにとって何回も繰り返し見たものである。特に最終回の第5回は、伴奏音楽はほとんど「魔笛」と「レクイエム」しかやらないのだが、繰り返し見てせりふも覚えていた。

 印象に残るセリフやシーンを二三あげよう。

1.少年モーツアルトがミゼレーレを覚えて楽譜にしてしまったとき、
レオポルト「なんと!いったいどうやって!?」、モーツアルト「4っのパートは右の耳で、残りの5つは左の耳で聞いたのさ」



2.コロレドヘの嫌がらせで、神聖な儀式の最中に急に戴冠式ミサを演奏しはじめて、制止されたとき、
コロレドの手下「モーツアルト、やめろ!やめるんだ!」、 モーツアルト(指揮棒を投げ捨てて)「やめてやる!!」
(当時社会人2年目くらいで、この「やめてやる!!」のシーンは繰り返し見ていた!?)



3.モーツアルトが悲しみの表情をたたえながら、とある教会のオルガンで「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を弾いていると、はるか下で祈りをささげていた老婦人が微笑みながら目から一筋涙を流すシーン。これぞモーツアルト音楽の真髄ではないだろうか。




4.「魔笛」序曲がBGMで流れる中で、シカネーダーの用意した小屋で夜中に曲を書きまくるモーツアルト。少年の頃落書きしたパパゲーノが頭に浮かんでくる。「魔笛」の公演は大入り満員で、体調不良のモーツアルトは終演後シカネーダーに舞台に上げられて戸惑いの表情で満員の客席を見る。そばで不安そうなゴットリープ(パミーナ役のソプラノ歌手)、誇った表情のシカネーダー。そして場面は病苦にあえぎながらレクイエムの作曲をするモーツアルトに移る…。



 とこのような感じで、思い出すと回想は尽きない。
生誕250年の去年、再放送を期待したのだが!いまからでもぜひNHKに再放送をリクエストしたい。いや、DVDで発売してくれないかなあ。真っ先に買うのに。



 最後に一つ。劇中でアロイジアにふられたモーツアルトが、べ一ズレになぐさめられ、べ一ズレといっしょにふざけながら、「♪神様のタバコ(?)、ツラッララララー、冷た一い女はお呼びでないぜ一、イェイイェイイェイ」、とうたう歌があるが、これもモーツアルトの曲なのだろうか?劇中に流れている伴奏音楽は、あとは字幕に出ないものもみんなモーツアルトの曲なのだが…。
フェラインの先輩諸氏のご教示を仰ぎたいところである。



フェラインの「季刊」に投稿されたテレビ映画「わがまま天才モーツアルト」について、 

        倉島 収(Mozartian449)


 フェラインの季刊「モーツアルテイアン」第61号(07年6月号)に、会員の宮崎氏により、1991年の没後200周年としてNHKの教育TVで放送された「わがまま天才モーツアルト」というTV映画番組についての感想と質問の投稿がなされていた。そして編集後記において、編集長から「このビデオがあったら、一度例会で取り上げて欲しい」というご要望が載せられていた。恐らく、オーストリアのTV曲とNHKとの合作で真面目なものと受け取られたに相違ない。この種の伝記的なモーツアルト物語は過去に沢山あり、かなり興味本位にイージーに作られていたものが多かった(この意味で映画「アマデウス」は素晴らしい本格的な作品であった)ので、これまでこのHPでは余り取り上げて来なかった。

 宮崎氏の報告では、5夜にわたって放送されたとあったが、小生のS-VHSは91年12月25と26日に収録しており、第一部と第二部に別れた70分*2=2時間20分の番組であった。小生の評価では、史実をかなり無視したご都合主義的な面が多かったが、宮崎氏が指摘するとおり、良い曲を上手にはめ込んでおり、ザルツブルグ・ウイーン・プラハなどの名所が写され、当時の社会生活面が良く写されていて、映像としては十分面白かった。久し振りでS-VHSの画面を見たが、昔と異なって現在は36インチの大画面で見るので、最近のデジタルで撮った映像と較べると画質面でかなり見劣りがした。なお、宮崎氏の質問である劇中でベーズレと一緒にうたう歌は、私が聴いた限り、モーツアルトの曲ではないと思うが、何という曲かまでは分からなかった。私がこの番組で今でも印象に残っていることは、ハイドンの家の前で、ハイドンとモーツアルトなどが「不協和音」四重奏曲の序奏部を一緒に演奏するシーンがあり、ハイドンの奥さんに水を掛けらてし舞うのを覚えている。また、随処に見られる主人公モーツアルトのわがままぶりが余りにも強烈過ぎて、いかがなものかという印象が残っている。



 TV映画にしても、ドキュメンタリーにしても、祝祭的なガラコンサートやモーツアルト関係旅行記などを含めると、モーツアルトに関係する映像は多岐多数にわたっており、確かに興味を持つ方が多いので、演奏以外のこれらのその他の映像のリストを整理して、いずれはHPに紹介しておくべきものと思われる。これまでこのHPではごく最近のドキュメンタリーや映画しか報告してこなかったが、「映像で見るモーツアルトの諸作品」と名乗る以上、これまでに収録した古い映像を含んだ諸作品のデータベースを整備し、目次だけでも分かるようにと改善したところである。

 このたび、宮崎氏にこのHPへの転用掲載のご了解が得られたので、このホームページの映画・テレビ映画欄のソフト紹介にこの「季刊」掲載文章を利用させていただくことにした。氏はこの映像のDVDをお望みのようなので、お礼には小生のS-VHSからDVDにダビングして差し上げたいと考えている。

 宮崎氏の投稿文がこのホームページの第一号となったが、データベースにより目次だけしか出来ていない曲やソフトが沢山あるので、気に入ったソフトの感想や印象を投稿していただければ、このようなことが出来るという見本のつもりで、今回は、合作文をアップロードする次第である。このようなことをすると、自分で作文をするよりも、遙かに楽しくスピーデイに作業が進むことが分かった。皆様方からのご投稿を、今後大いに歓迎したいと考えている。

(以上)(07/07/10)


フェラインの「季刊」に投稿したテレビ映画「わがまま天才モーツアルト」についてのメールによる追加文、 

        宮崎宇史(K.243)


倉島様

宮崎です。
 私の文章を映像の写真入りでHPでご紹介いただけるということで、ご連絡いただきありがとうございました。掲載につき了解したいと思います。

 放送日程につき、原稿で最初「5夜」と書き、あとから気付いて「2夜」と訂正したつもりでしたが直っていなかったようです。実は1991年12月の本放送のあと、再放送があって、そちらは5回シリーズでやっていました。5回になったためか総放送時間は少し長く、本放送ではなかったと思われる部分を含んでいたように思います(ロンドンヘ発つハイドンの誘いを断る場面など。記憶があいまいですが)。

「史実をかなり無視した」点について、確かにパリ旅行からコロレドとの決別にいたるあたり、ごちゃごちゃになっていたりしますが、モーツアルトの生涯は本当に波乱万丈で、2時間30分では描ききれなかったものをまとめるためと好意的に解釈しています。大筋においては幼少期から、青春期、躍進期、凋落期、生涯最後の輝きをきちんと描ききっているものと感じています。

 あるいは蝋人形館で皇帝ヨーゼフ2世の人形が置いてあるところ、これはその間に起こった皇帝の死を暗示しているわけですが、このような細かい伏線があるところを考えると、逆に史実にかなり忠実であると思わざるを得ません。もっとも「さすがオーストリア合作、こんなのオーストリア人じゃなきゃ意味がわからないよ」と放送当時に思ったりしたものでしたが。

 劇中の豊富なエピソードも史実に裏打ちされているものが多いと感じます。 晩年の作曲のドイツ舞曲が結婚式で流れたりという「ありえない設定」には目をつぶることにしたいです。

 ハイドンとの場面では「良くこんな曲を思いついたものだ。やはり天才は違うな」とハイドンが言っているのが笑いを誘います。ハイドンだって天才だろうに…。水をかけられて「君の姉さんと結婚すればよかった」とぼやいているのも。
ドン・ジョバンニの演奏をハイドンが友情から心配そうに見ていたのも印象に残ります。

 モーツアルトのお茶らけぶりは確かに強烈ですが、私は個人的にはこんなだったんじゃないかという印象をもちました。べ一ズレとの悪ふざけや、「(ドン・ジョバンニの序曲が)もうできてるけど書いてないだけさ」とか言って玉突きをしているシーンなど。  また、サリエリとのポスト争いに敗れてベッドで泣き伏しているときに、コンスタンツエに抱き起こされて心配をかけまいと泣き笑いをして見せるシーン、あの美しい涙と笑いはモーツアルト精神の真髄なのではないでしょうか。

 こう回想しているとまだまだ原稿に書くことはいっぱいあったナと思う次第です。 個人的には、繰り返しになりますが、生誕250周年を期に再放送されて多くの人に見てほしかったと思っております。
もう一つ、劇中でモーツアルトの作曲かどうか疑問符なのが「野辺送りの歌」(司祭の目に付くために野辺送りに参加しているときの)。これはおそらくオーストリアの郷土の歌なのでしょうが。

長文になりました。それでは。 


(以上)(07/07/10)



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