7-8-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その1)、
ヴァイオリン・ソナタハ長調(第24番)K.296、変ロ長調(第40番)K.454、変ホ長調(第41番)K.481、イ長調(第42番)K.526、へ長調(第43番)K.547、ヴァイオリン;A.S.ムター、 ピアノ;R.オーキス、2005年12月、ザルツブルグ、

−後期のヴァイオリン・ソナタを主に続けて聴いたが、それぞれが個性的な存在で飽きることがなく、ムターのヴァイオリンは常に曲をリードしており、オーキスのピアノはヴェテランの味わいがあり、控えめな態度で好感が持てた−

7-8-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その1)、
ヴァイオリン・ソナタハ長調(第24番)K.296、変ロ長調(第40番)K.454、変ホ長調(第41番)K.481、イ長調(第42番)K.526、へ長調(第43番)K.547、ヴァイオリン;A.S.ムター、 ピアノ;R.オーキス、2005年12月、ザルツブルグ、

(07年05月03日、NHKウイークエンドシアターのBSl02の放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテーブにデジタル録画。)

 
 8月号の第一曲は、ムターのヴァイオリンとオ一キスのピアノによるヴァイオリン・ソナタ集(その1)として、5曲のヴァイオリン・ソナタをお届けする。このホームページでは殆どのヴァイオリン・ソナタが初出の曲となっており、目録の整備上期待が大きい。この映像は、ザルツブルグで05年12月にライブで収録されており、ムターの生誕250年記念の全集演奏と言うことになろう。オーキスは、初めて登場するピアニストであるが、癖のない丁寧な弾き方をする人で、ムターのヴァイオリンに良く追従して、頑張っていた。
 このコンビで全16曲を演奏しており、K番号順に第一巻が7曲、第二巻が5曲、第三巻が4曲奴録されていたが、ここでは3回に分けて報告することとした。今回の8月号では、第一巻の第1曲ハ長調(第24番)K.296と、第三巻の4曲、すなわち、変ロ長調(第40番)K.454、変ホ長調(第41曲)K.481、イ長調(第42番)K.526、およびへ長調(第43番)K.547の合計5曲をお届けする。9月号では、いわゆる「マンハイム・ソナタ作品1」とされる6曲(K.301〜K.306)、10月号ではいわゆる「アウエルハンマー・ソナタ作品2」とされる第二巻の5曲(K.376〜K.380)をご報告することとなろう。




 第1曲目のハ長調K.296は、モーツアルトがマンハイムに旅行中に作曲された5曲中の4番目の曲で、「1778年3月11日マンハイムにて、テレーゼ(ビエロン)のために」と手紙に書かれている。二楽章の他の5曲と異なりこの曲はピアノソナタと同様の三楽章構成を取り、ヴァイオリンは控えめに扱われているが、第2・第3楽章の繊細な強弱の表現はヴァイオリンの持続する音があって初めて生きるものとなっている。
 第一楽章は、ヴァイオリンとピアノによる晴れやかな軽快な第一主題で始まるが、後半はピアノが主体となって2度繰り返され、ヴァイオリンとピアノがかけ合う経過句がしぱらく続く。オーキスのピアノにムターのヴァイオリンが従属するように進み、いかにもモーツアルトらしい可愛げな第二主題に入る。ムターのヴァイオリンの飛び跳ねるような伴奏がとても新鮮に聞こえた。
 第二楽章は、A-B-A'の三部形式で、ピアノが穏やかなアリエッタ主題を提示し繰り返していくが、この主題はクリステイアン・バッハのアリア「甘きそよ風」から取ったもののようである。中間部分ではムターのヴァイオリンのオクターブの旋葎がピアノの分散和音で支えられた表情豊かな優雅な演奏。のどかで美しいアンダンテであった。
 フィナーレは伸びやかな広がりを見せるロンド主題が軽快に始まり、ピアノとヴァイオリンが晴れやかに競うようにして賑やかに進む。ロンドを構成する二つのエピソードもヴァイオリンが活躍し、全体として明るいトーンの伸びやかな楽章であった。
 モ一ツアルトはマンハイムではクラヴィーアニ重奏曲の作曲に熱中してきたことが手紙で印されており、屈託のない明るい曲が連作されていて、この曲も手紙で「僕たちのところの女の精」と評した若い女性のために喜んで書かれた幸福感溢れる曲に聞こえた。




 第2曲目の変ロ長調K.454は、1784年4月21日、ウイーンの日付があるソナタで、マントヴァ出身の優れた女流ヴァイオリン奏者ストリナザッキとの協演に間に合わせるために大急ぎで作曲された曲であり、4月29日の演奏会当日に書き上げられていたのはヴァイオリンのパートだけであったと言われる。作曲家の池辺さんの自筆譜の解説(7-2-2)では、この曲の残された譜面のヴァイオリンとピアノのインクの色が違って示されており、この事実を裏書きしている。
 この曲の第一楽章はラルゴの序奏に始まる。力強い主和音の堂々たる合奏に続くムターのヴァイオリンの明解な音色とオーキスのピアノの繊細なパッセージは、二つの楽器の個性を際立たせた対等な関係と協奏的な広がりを感じさせる。やがて素早いヴァイオリンにより提示される爽やかな第一主題はピアノにより引き継がれ互いに交錯しながら進み、軽快な第二主題に入って二つの楽器がかけ合いながら、美しい提示部を形成する。ソナタ形式のこの楽章は、短い展開部でも二つの楽器が活躍し、これらを対等な比率で扱った最初の作品かも知れない。

 第二楽章は、アンダンテで歌うような第一主題が優しくヴァイオリンで現れ、続いてピアノでより装飾的に堤示される。繰り返しが行われたあと、ヴァイオリンの美しい旋律がエピソード風に現れ、続いて装飾的な小鳥の囀りを含んだ第二主題がヴァイオリンで、またピアノでも現れ、展開されていく。ムターのヴァイオリンとオーキスのピアノは互いに競い合ったり、助け合い補間し合ったりして進み、優雅なエレジーのような雰囲気を持った楽章であった。
 フィナーレはアレグレットの優雅なロンド形式で、ガボット風の軽やかなロンド主題と二つのエピソードからなり、これらの主題は、ヴァイオリンが先導しピアノにより繰り返されたり、ヴァイオリンとピアノとが逆転してり、変化を重ねながら、絶えずロンド主題への回帰を目論みながら、楽しく進行していた。
 この曲は、有能なヴァイオリニストとの協演を目途に作曲されているので、従属的な地位にあったヴァイオリンがこれまでの作品よりも重視され、初演時はピアノパートは殆ど間に合わず即興的な状態で演奏されたという逸話を持ったモーツアルトならではの曲である。





 第3曲目の変ホ長調K.481は、1785年12月12日、ウイーンの日付があるソナタで、成立事情はよく分かっていないが、丁度オペラ「フィガロ」の創作に超多忙な時期に相当しているので、出版によって収入を得るために作曲されたのではないかと考えられている。この作品は前作のストリナザッキ・ソナタK.454に較べて第一楽章のヴァイオリンの役割が後退しているが、第一楽章の第二主題の愛らしさ、第二楽章のエピソードの美しさ、第三楽章の変奏曲におけるヴァイオリンが示す豊かな楽想や音楽的センスには確かなものを感じさせている。
 踊るような軽快な第一主題がピアノで現れて経過部を経てから、ピアノが急速なパッセージを繰り返す。落ち着きを取り戻してから、愛らしい第二主題がピアノで現れて、引き続きヴァイオリンが丁寧に反復する。ヴァイオリンとピアノにより展開されている間に、特徴ある第三の主題がピアノとヴァイオリンとで交互に顔を出して提示部を締めくくっていた。いつの間にか始まる展開部では、気が付くとヴァイオリンが「ジュピター交響曲」のフィナーレのフーガと同じモテイーブを二度も繰り返して弾いて驚かせる。この主題は再現部のこの楽章の最後のコーダの前でも現れていた。

 第二楽章は、ピアノとヴァイオリンとによりゆっくりした優しい主題が顔を出し繰り返されるが、これはロンド主題であり、それがお気に召したかのように優しく変奏されながら優しく二度ほど再現される。やがてヴァイオリンによって堂々と登場する第一のエピソードはヴァイオリンが長い主題を美しく主導し、再び優しいロンド主題に戻る。しかし、続く第二のエピソードでは、ムターのヴァイオリンがあたかも協奏曲のようにピアノを従えて現れ、朗々と新しい主題を奏でるので驚かされる。曲を納める最後のロンド主題でも後半にヴァイオリンによる第二のエピソードを回想するかのように現れていた。自由な雰囲気を持ったヴァイオリンとピアノによる新たな発想の協演のように思われた。
 フィナーレは、アレグレットの主題と六つの変奏曲であり、始めに陽気で明るい戯けたような主題がヴァイオリンとピアノにより提示され、繰り返される。第一変奏はヴァイオリンが旋律を優雅に奏でピアノが早い音符で伴奏していた。第二変奏では、ピアノが音階で動きながら主題の変奏をし、ヴァイオリンがこれに合わせていた。第三変奏では、ピアノの右手が和音で主題の変奏をし、左手は16分音符で絶えず動き回り、ヴァイオリンは左手の速い動きに付き合ったり、和音の変奏に付き合ったりしていた。第四変奏は、ファンタジー風の変奏で、ピアノもヴァイオリンも力強く和音を弾いたり、互いに弱音の音符を入れたりして変化を見せる。第五変奏では、ピアノかヴァイオリンのどちらかが主題の原型を弾き、ピアノは絶えず早い音符で音階的に動いていた。最後の変奏では、6/8拍子に変化し、両楽器とも合奏でテンポを速めて生き生きと急速に盛り上がって終息していた。






   第四曲目のイ長調(第42番)K.526は、目録上は二つの名曲アイネクライネ・ナハトムジークK.525とオペラ「ドン・ジョバンニ」K.527に挟まれる形で、1787年8月24日の日付を持っており、「ドン・ジョバンニ」の完成2ヶ月前の作品である。アイネクライネ同様に、作曲事情は不明であるが、この曲の第三楽章のロンド主題が、少年時代にロンドンで親しく接したアーベル(1723〜1787)のソナタ(作品5の5)から取られており、同年6月20日に没したアーベルの訃報に触発されて作曲したと推測されている。  ソナタ形式による第一楽章は、速いテンポの軽快な第一主題をヴァイオリンが提示し、ピアノとヴァイオリンが入れ替わって再現され、経過部をピアノがクリアする。やがてムターによる独奏ヴァイオリンが再び第二主題を優しく優雅に提示し、再びヴァイオリンとピアノが入れ替わって繰り返され発展されていく。この曲は冒頭からヴァイオリンがピアノと対等であるのが特徴である。展開部も第一主題の幾つかの動機が展開素材に使われ、両楽器により繰り返され充実した大規模なものであった。

 第二楽章は、ソナタ形式のアンダンテで、ゆっくりしたピアノのユニゾンの分散和音にのってヴァイオリンが第一主題を美しく奏するが、これが一小節置きに弾かれており、ピアノと補い合う特徴ある主題。続いてピアノとヴァイオリンが役割を交代して進み、敷衍され変奏されていた。第二主題もムターのヴァイオリンによって現れるが、ピアノが繰り返すときはより装飾的になり、極めて印象的な主題である。第一主題の動機を使った短い展開部の後に再現部に入るが、これらの二つの主題はいっそう豊かに装飾され変奏されて再現されていた。
 フィナーレは、複雑なロンド形式で、早いロンド主題がピアノで現れ、ヴァイオリンで煌びやかに繰り返され、二つの楽器が競い合いながら素早く進行する。第一のエピソードが軽快にピアノで提示され、ヴァイオリンにより軽やかにフォローされて、両楽器で展開されてから、再び素早いロンド主題に戻る。第二のエピソードではヴァイオリンが存在感を示すように朗々と歌い出し、ピアノと縺れ合いながら進行する。ロンド主題が現れ、第一のエピソードがピアノで回想するかのように登場してから、ロンド主題で終息していたが、長大な堂々たる楽章であった。




 
 


 最後に登場する第五曲目のヘ長調(第43番)K.547は、1788年7月10日の日付を持つ「初心者のためのヴァイオリン付きの小ソナタ」と書かれている。この曲の第二楽章や第三楽章がピアノ独奏用のソナチネとか変奏曲として流布されていたため、ケッヒェルの第一版からオリジナルなヴァイオリン・ソナタかどうか長く疑われてきたが、今日では自筆作品目録通り、素直に「初心者のための」作品と解釈すべきと考えられており、ハ長調のピアノソナタK.545と対をなす作品とされている。三楽章とも同じヘ長調という変則的なこと、ロンド形式(緩)−アレグロ(急)−変奏曲と言う楽章構成も例がないこと、ヴァイオリンの序奏的な控えめな役割など、年代的にヴァイオリン・ソナタの発展の姿を見てきたものには、彼の最後の作品としては期待に反した創作と考える人もいるが、たとえ易しく書かれていても、晩年期ならではの円熟した透明な響きは、皆が認めるものになっている。私はこの曲が大好きであり、新全集以降の全集版ではこの曲が必ず含まれるようになったことをとても嬉しく思う。
 ロンド形式による第一楽章は、初心者に相応しい詩情に富んだロンド主題がヴァイオリンで登場し、両楽器で反復されていき、二つの分かり易いエピソードを持つA-B-A-C-Aで進む軽やかな楽章。ピアノとヴァイオリンで賑やかな第二エピソードの後にフェルマータがあってアド・リビトウムのカデンツアがあるのが珍しい。第二楽章はピアノ版ではソナチネとして名高いアレグロの楽章。ヴァイオリンが従属的な存在に過ぎないので重視されない傾向があるが、活気あるピアノだけでは味わえないほのぼのとした詩情が、このヴァイオリン・ソナタには残されている気がする。  フィナーレは、愛らしい二部形式の主題と6つの変奏曲であり、ケッヒエルの第一版では、K.54(K.Anh.138)とされたクラヴィーア変奏曲であった。第一〜第三変奏までは彼の型通りのピアノ主体の変奏であるが、第四変奏でヴァイオリンが主題を変奏し、ヘ短調の第五変奏はピアノによる簡潔で透明感溢れる変奏であり、第六変奏では流麗なピアノのパッセージが華やかにフィナーレを結んでいる。

 モーツアルトの後期のヴァイオリン・ソナタを続けて聴いたが、それぞれが個性的な存在で飽きることがなかった。ムターのヴァイオリンは常に曲をリードしており、オーキスのピアノはヴェテランの味わいがあり、控えめな態度で好感が持てた。

(以上)(07/08/22)


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