7-6-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その11)」、
劇的セレナータ「シピオーネの夢」K.126、ロビン・テイチアーテイ指揮、ケルンテン交響楽団、演出;ミヒャエル・シュトウルミンガー、2006年ザルツブルグ音楽祭、

−この曲の初めての映像で、原作とはすっかり異なる現代風の舞台ではあったが、十分に音楽や舞台を楽しめる映像になっており、多少の不満はあるが、素晴らしい試みであった−

7-6-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その11)」、
劇的セレナータ「シピオーネの夢」K.126、ロビン・テイチアーテイ指揮、ケルンテン交響楽団、演出;ミヒャエル・シュトウルミンガー、
2006年ザルツブルグ音楽祭、
(配役)●シピオーネ;ブラゴイ・ナコスキ、●コスタンツア(貞節の女神);ウイーズ・フリーボ、●フォルツーナ(幸運の女神);ベルナルダ・ボブロ、●プブリオ(義祖父);イアン・ベイトン、●エミーリオ(父);ロベルト・ゼリエー、●リチェンツアのソプラノ・ソロ;アンナ・コヴァルコ、●クラーゲンフルト市民劇場のサポーテイング・アンサンブル、
(07年4月25日、ユニバーサルGRAMMOPHON DVD-UCBG-1198、市販のDVD使用)

 M22シリーズの第11番目は、初めて映像化された劇的セレナータ「シピオーネの夢」K.126をお届けする。この音楽祭では初期の作品の上演をザルツブルグ周辺の地方劇場に分担して実施しているが、このオペラはオーストリアのケルンテン州都であるクラーゲンフルトの市立劇場が担当しており、ロビン・テイチアーテイ指揮のクラーゲンフルト市立劇場合唱団とご当地のケルンテン交響楽団による演奏である。この祝典劇「シピオーネの夢」の台本はメタスタージオによるもので、1735年に皇帝カール6世の50歳の誕生日を祝うために書かれた作品である。劇はローマの英雄シピオーネの夢の中で二人の女神のうち伴侶として一人を選ぶと言う話のプロセスに、偉大なご先祖さまたちが現れるという古めかしい物語であった。しかしここでは、1963年生まれの若き演出家ミヒャエル・シュトウルミンガーにより、背広姿の現代劇風に読み替えて上演されており、劇作品としてまた初めての映像化の試みとして、成功であったかどうかが問われるものであった。一見した限りでは、主役となる二人の女神が演技・歌唱とも極めて魅力的であり、現代劇に置き換えられても劇的な要素はないものの、コミカルな要素が加わり、それなりに理解でき楽しめる舞台であり映像になっていた。



 序曲は祝典劇に相応しい晴れやかで軽快な調子のアレグロで始まり、急・緩の二楽章のイタリア式序曲であり、やがて舞台劇へと誘導するようなゆったりとした三拍子の夢を見ているような感じの第二楽章が始まり、ふくよかな甘い主題が弦で現れる。目を舞台に転ずると、若い下着姿のシピオーネが眠りこけていた。
 その夢の中に、二人の若い女性が登場してレチタテイーボが始まっており、二人は、早速、自分を名乗り、伴侶としてどちらかを選ぶようにとシピオーネに迫っている。黒髪の派手な女神は、フォルツーナと言う名の幸運の女神であり、もう一人の茶髪の落ち着いた女神は、コスタンツアという名の意志と貞節の女神であった。目覚めたばかりのシピオーネは事情が良く分からず、「決める勇気もなく、頭は混乱している」と第1番のアリアを歌い、時間が欲しいと混乱した頭で決断出来ないという。



 分からなければ1人ずつ良く聴いてよと、始めにフォルツーナが軽快な弦の前奏に続いて第2番のアリア「風のように私は軽く、色々な顔を持っている」と、自分は気の変わりやすさが美点だと、速いパッセージで軽やかに歌い拍手を浴びていた。シピオーネはまだ混乱しており、「私はどこにいる?」と尋ね、アフリカでなく天の神殿にいると聞かされ、美しい竪琴の音色に驚く。コスタンツアは幕を取り払って豪華なホテルの一室に誘い、第3曲のアリア、ここでは「太陽を見ようとしても」地上と違って見ることは出来ないと歌う。シピオーネは、家庭的な落ち着いた雰囲気の彼女の魅力に魅せられ、最後に指輪をプレゼントされて、カデンツアの後にあわやベッドインかと思われた瞬間に、大勢の客人たちが部屋に入ってきた。どうやら客人たちはシピオーネのご先祖さまご一行の様子であった。



 この天上にはどんな住民が居るのだと驚くシピオーネに対し、全員が第4曲の合唱で「多くの英雄たちの子孫よ」と歌い、天においてはあなたは知られていると答えていた。シピオーネは、車椅子姿の義祖父を見つけ驚くと、プブリオは椅子から元気に立ち上がり、第5曲のアリア「いつの日か、お前がこの場所に」と力強く歌い出す。もし天上の一員になりたければ、私を思い出し徳のある人生を送るのだと訓戒した。シピオーネが質問攻めにするので、幸運の女神はもう待てないと決断を迫るが、貞節の女神は知恵のあるものが正しい決断をするとさらなる質問を許した。



シピオーネは父がいるのを見つけて驚いて問いを向けるが、エミーリオは天上から地球を覗いてごらんと諭し、第6曲のアリア「君たちは下界で、泣く子供に微笑むが」と歌い出す。ゴルフボールのような小さな地球に驚くシピオーネに、天上においては、人間たちの心配などは、全く問題にならないと教えていた。シピオーネはお二人に「プビリオ、父上、あなた方と一緒にこのまま居させてくださいと」と頼むが、プブリオとエミーリオは、シピオーネにローマのため、世界のために自分の地上での運命を全うし、ローマに対する義務を果たせと諭していた。そして、プブリオは第7曲のアリア「急斜面に生える年寄りの樫の木は」を歌い、自ら用意された自分の棺に入った。棺は、多くの人から献花され、牧師さんに従って運ばれようとしていた。



 シピオーネは慌てて、二人にどちらの女神を選ぶべきかと質問した。祖父はお前の気持ち次第だと答え、父はそんなことは自分で選べと言い放つ。シピオーネは、フォルツーナにどうしてしつこく私を従わせようとするのかと問う。フォルツーナは第8番のアリアを歌い、「もし私が晴れやかな気持ちで」あれば、あなたに幸運をもたらすであろうし、未来のために幸運が必要になるだろうと強く迫った。その魅力にシピオーネは「これほど大きな力に」抵抗出来るものはいるだろうかと崩れかかると、「ここにいます。帝国を守るのは私です」とコスタンツアが答えた。そして彼女は、第9番のアリア「海の中で、岩礁は白くなり」を力強く歌い出し、岩礁のみが激しい嵐の中でも揺るがずにいられるのですと自信ありげに歌った。ここでシピオーネはその魅力に抗しきれずに「もう良い、コスタンツアよ」あなたについていこうと決断する。そして、私の怒りはどうするのと迫る幸運の女神に対し第10番のアリア「全世界の支配者だとあなたは言った」を歌い、あなたは怖れを知らない魂と高貴な心を超えるような力を持っていないと幸運の女神に告げた。



 幸運の女神は、怒って雷と稲妻と威嚇をもってシピオーネに対し怒りを示威するが、シピオーネは動じない。舞台は真っ暗になり、一人になってシピオーネは夢から覚めると、周りの様子は全て消え去っていたが、指輪だけはしっかりはまっていた。そこで彼はこの夢は神のお告げであったと考え、願いは受け入れられると信じることにした。やがて舞台はリツエンツア(奉献歌)に移り、美しい前奏に続いて徳を讃えるソプラノのソロが、第11曲bのアリア「ああ、なぜ、なぜ私は探がさなければならないのでしょう」と歌い出し、シピオーネとひいては大司教の徳を讃える賛歌を歌う。そして、最後には二人の女神も姿を現しシピオーネを祝福すると、天上の客人たちも合唱団の席についてシピオーネと大司教を讃える合唱となって、第12曲の大合唱「幾度も喜ぶお姿で」が歌われ、出演した全員による敬意に満ちた賛美の中で、終幕となった。



 以上の通り、物語は享楽的な人生を約束する幸運の女神と、家族的な永続する幸福を約束する意志と貞節の女神から、どちらを選ぶかと迫られ、時には体当たり的に迫られたりして、男として危ない場面もあったが、ご先祖さまに助けられ、目覚めてみれば女神たちの忠告だったことを知り、最後のリツエンツアでは、魂の愛こそ為政者に相応しいと賛美するものであった。二人の女神のソプラノは、容姿も歌もまずまずで、魅力的であったが、三人のテノールに対する声の要求が厳しく、音楽的には不満があったが、舞台としては成功していたと思われる。地方の歌劇場で人材を集めるのは大変であろうと思われた。
 この曲の初めての映像であったが、CDでは良く理解できない人物や劇の内容がスムーズに把握できた。また、原作とはすっかり異なる現代風の舞台ではあったが、十分に音楽や舞台を楽しめる映像になっており、素晴らしい試みであったと感じざるを得なかった。

(以上)(07/06/22)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ

名称未設定