7-5-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その9)」
、 ハーデイング指揮、ウイーンフイルハーモニイ管弦楽団の「ドン・ジョバンニ」K.527、演出;マルテイン・クシェイ、2006年ザルツブルグ音楽祭、

−クシェイによる現代風の「おや」と思わせる演出があったが、これは好みの問題。ヴェテランの歌手陣の活躍に加え、ハーデイングの活きの良い軽快な演奏が爽快であり、終始一貫して演奏が心地よかった。−

7-5-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その9)」
、 ハーデイング指揮、ウイーンフイルハーモニイ管弦楽団の「ドン・ジョバンニ」K.527、演出;マルテイン・クシェイ、2006年ザルツブルグ音楽祭、


(配役)●ドン・ジョバンニ;トーマス・ハンプソン、●レポレロ;ダルカンジェロ、●騎士長;ロバート・ロイド、●ドンナ・アンナ;クリステイーネ・シェーファー、●オッターヴィオ;ピョートル・ベツアーラ、●エルヴィーラ;メラニー・デイーナー、●ツエルリーナ;イザベル・ベイラクダリアン、●マゼット;ルーカ・ピサローニ、

(07年1月24日、ユニバーサルGRAMMOPHON DVD-UCBG-1191、市販のDVD使用)



7-5-4では、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その9)」として、1月に発売になったダニエル・ハーデイング指揮、ウイーンフイルハーモニイ管弦楽団の「ドン・ジョバンニ」K.527をお届けする。演出はマルテイン・クシェイによる現代風の背広姿の演出であるが、配役に素晴らしい人達が揃っている。2006年ザルツブルグ音楽祭での評価も高かった舞台であり、それがこのDVDを見て、好みの問題はあるものの、なるほどと納得させられる。ドン・ジョバンニのトーマス・ハンプソン、レポレロのダルカンジェロ、騎士長のロバート・ロイド、ドンナ・アンナのクリステイーネ・シェーファー、オッターヴィオのピョートル・ベツアーラなどが活躍していた。

 実はハーデイング指揮の「ドンジョバンニ」は、このHPではこれが2回目であり、初めは 02年エクサンプロバンス音楽祭の「ドン・ジョバンニ」(3-5-1)であった。これは、マーラー室内管弦楽団の演奏によるピーター・ブルック演出の超現代風の演出と演奏であった。しかし、ハーデイング指揮の若々しい生き生きした演奏が強く印象に残っており、現代風のドンをお好みの方には、捨てられない映像であると考えていた。



 ハーデイングの指揮で序曲が軽快に始まる。演奏会で何回も聴いているキビキビした活きの良い演奏は変わらないが、序曲の間中、サングラスでレインコート姿の若い女性が一人ずつ、舞台中央の入り口まで歩いてドアの中に消える思わせぶりな演出が気になった。序曲が終わると、いきなりドン・ジョバンニのハンプソンがレポレロの歌を歌いながら登場しており、「おや?」と思わせるが、少し遅れてレポレロが別のドアから大袈裟にズボンのチャックを閉めながら出てきて、続いて「貴族になってみたい」と歌い出す。どうやらレポレロは怪しい宿から遅れて登場してきたものと思われる。二人は背広姿にシャツ姿の現代風のいでたちで、舞台中央は回転する空間になっており、ドアが沢山あって場面に応じていろいろな出入り口に使われていた。ドンナ・アンアを救おうと騎士長が駆けつけ、ドン・ジョバンニとの争いとなるが、騎士長が弱すぎて血みどろの姿で倒れてしまう。ドンナ・アンナのシェーファーは小柄で痩せているが、オッターヴィオを引き回して「復讐して」と歌う二重唱は力強く声量も凄かった。




 続いてドンナ・エルヴィーラが登場。大柄で元気が良く、ドン・ジョバンニを探してアリアを歌うが、二回目の繰り返しでは大きく崩して歌っていた。レポレロのダルカンジェロは、モーツアルト週間でお馴染みの歌手で、低い声が太く伸び演技も上手。回転する各部屋には、裸の女や、掃除する女、縄跳びしている少女、フットボール姿の人達など、恐らくカタログに書き込まれた女達の冷たい視線を浴びながら、「カタログの歌」を朗々と歌って大変な拍手を浴びていた。



 結婚式の姿の若い人々のお祭り騒ぎにドン・ジョバンニとレポレロが巻き込まれ、マゼットを脅してツエルリーナとやっと二人きりになり、二人で歌う甘い二重唱が見事に決まっていた。ツエルリーナがデイープキスでダウン寸前の所にタイミング良くエルヴィーラが登場し、今日はついていないと言わせる。続いてドンナ・アンナとオッターヴィオに出遭ったところでもエルヴィーラが現れ、素晴らしい四重唱が始まるが、ここでエルヴィーラの徹底して邪魔をする覚悟が示される。ドンナ・アンナと別れる際に吐いたセリフ「アミーチ・アデイーオ」で、自分を襲った男がドン・ジョバンニであることに気づいたドンナ・アンナが、オッターヴィオにあの男に復讐してくれと激しく歌う。ドン・オッターヴィオのベツアーラは、チューリッヒ劇場でのタミーノやデルモンテ役でお馴染みで、第10番a(K.540a)を持ち味の甘い声で歌い、二人とも盛大な拍手を浴びていた。
 次いで裸の女達の前で、ドン・ジョバンニが第11番の有頂天のアリアを歌い、続いてツエルリーナがオブリガート・チェロの伴奏で第12番の「ぶってよマゼット」を歌い、ごく自然に第一幕の長いフィナーレが、ドン・ジョバンニの掛け声により大合唱で開始された。



 アイ・マスクをした三人のマスクの人が入場しメヌエットを合唱してから「正義の神よ」が美しく歌われていた。続いて大勢の祝宴の場面では、コップにローソクを灯して顔を照らす演出が面白く、ここでも仮面の三人が登場して全員で自由万歳が歌われるが、ストリーはともかく素晴らしい音楽が息もつけぬように連続する。裸姿の女性たちを前にしてメヌエットが始まり、舞台に二つのオーケストラが左右に登場して、舞台は一段と賑やかになって盛り上がってから、ツエルリーナの悲鳴と共に大騒ぎ。ドン・ジョバンニの打った芝居もマスクをはずした三人に見破られ、混沌のうちに終幕する。しかし、ハーデイングの息もつかせぬ一気のオーケストラの盛り上がりは迫力に満ち、この音楽がフィナーレを引き立てていた。



   第二幕に入ってエルヴィーラとの三重唱が、バルコニーがないので変わった設定となり、三人が離ればなれであったが真面目に歌われていた。続くマンドリンの伴奏で歌われるカンツオネッタは、ハンプソンの出番でもあり後半は舞台を暗くして朗々と歌われていた。
 ドン・ジョバンニに痛めつけられたマゼットの怪我を癒そうとして歌われたツエルリーナの薬屋の歌は、色っぽさが丸出しで大拍手があった。続く六重唱あたりからは舞台の背景や演技などに矛盾が多くなり始め、ストーリイよりも専ら歌そのものに関心が移り、第21番のオッターヴィオのアリアやエルヴィーラの挿入曲第22番bのアリア、そしてドンナアンナの23番のアリアなどが派手にキチンと歌われて、劇的な様子を出していた。場面が変わって墓場の場面では、年老いた裸の女達と騎士長の顔写真がクローズアップ画面で幕に映し出され、異様な雰囲気の中で石像とのやり取りが行われ、石像の「行こう」と言う声が朗々と響き渡っていた。





 フィナーレに入って、場面は雪がちらついている雪中にテーブルが一つという設定で、寒々とした雰囲気で晩餐が始まる。流行の音楽が始まり、マルツイミーノ酒が注がれるが威勢が上がらない。エルヴィーラが駆け込んでくるが、軽くあしらわれ大声を上げて去った時に場面は一変し、大音響と共に裸の若い女達と騎士長が登場しテーブルにつく。さすがのドン・ジョバンニも何事かと恐れおののき、恐怖を隠せず走り回ったりする。騎士長は堂々としており、ドン・ジョバンニが口論の末に決心をして、約束の印の握手を交わす。「冷たい手だ」「悔い改めよ」「嫌だ」「改めよ」との必死のやり取りが大変な迫力を持った音楽と共に繰り返された。時間がない騎士長の勢いに、引きずられていくドン・ジョバンニを、レポレロが必死になって止めようとして、勢い余って持っていた刀で親分を思わず刺してしまう。最初に見たときは驚いて目を疑ったが、世にも不可思議な雪中の必死の地獄落ちの場面となっていた。一瞬舞台は真っ暗になりやがてバラバラと拍手が出たが、ひと息ついて明るくなってから終わりの六重唱が始まる。しかし、異常な地獄落ちを味わったせいか、雪中の舞台では余り明るくならず、沈んだ暗い雰囲気で六重唱が歌われ終幕となっていた。





   終始スピード感がある小気味よい舞台が続いていたが、考えて見るとこれを支えていたのは一貫したハーデイングとウイーンフイルによる音楽の力であった。また、ハンプソンの存在感が大きく、冒頭からドン・ジョバンニと表裏の関係にあったレポレロの声と動きが目立っていた。エルヴィーラ役のデイーナーも深みのある声で良く歌っていたし、シェーファーとベツアーラのペアーも実に生真面目にしっかりと歌っていた。  私は現代風のこじつけ気味の演出は好まないので、第二幕の半ばのだらけた部分では目をつぶりたくなったが、三本の大アリアがしっかりと歌われており、音楽が劇を救っていた。地獄落ちの意表をつく演出も、一時の話題にはなっても、長続きするものだろうか。リブレットまで変えてしまうのは、やはり行き過ぎではないだろうか。変わったことをして存在をアピールする演出者の意欲は分かるが、音楽に救われるような不細工な演出はそろそろ遠慮していただきたいと思う。

(以上)(07/05/22)


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