7-5-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第10回、
アバドのキリエハ長調K.341、レヴィンとホグウッドのピアノ協奏曲楽章ロンドニ長調K.382、ギレリスのピアノによる幻想曲ニ短調K.397およびパイジェッロの主題による6つの変奏曲ヘ長調K.398、

−アバドの重厚なキリエ・ニ短調K.341、レヴィンとホグウッドの古楽器コンビによる極め付きのコンサートロンドK.382、ギレリスによる味わい深いモーツアルトの小品が2曲、幻想曲ニ短調K.397及びパイジェッロの主題による変奏曲K.398−

7-5-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第10回、
アバドのキリエハ長調K.341(1986)、レヴィンとホグウッドのピアノ協奏曲楽章ロンドニ長調K.382(1997)、ギレリスのピアノによる幻想曲ニ短調K.397およびパイジェッロの主題による6つの変奏曲ヘ長調K.398(1971)、

(06年07月21日、クラシカジャパンCS736の放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 7-5-3では、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第10回として、ややバラバラな感じがするが、まずアバドのキリエニ短調K.341を取り上げる。これはむかし「ミュンヘン・キリエ」と呼ばれていたミサ曲の断片であり、この曲の成立事情を明確にする材料はなく、推測に頼るだけのようである。2曲目のピアノ協奏曲楽章ロンドニ長調K.382は、ウイーンに住み着いた頃にピアノ協奏曲第5番の代替的なフィナーレとして書かれた作品で、とても親しみやすい名曲であり、レヴィンのフォルテピアノとホグウッド・エンシェント室内楽団の極め付きの演奏である。1997年のモーツアルト週間の映像であるが、実は私が初めてこの週間に参加してこの演奏を聴いている珍しいものである。3/4曲目はギレリスの幻想曲ニ短調K.397およびパイジェッロの主題による6つの変奏曲ヘ長調K.398であり、グラモフォンの「カリンテイッシュの夏」と題されたギレリス特集から抜粋されたものである。



 第一曲目のキリエニ短調K.341は、アバド指揮のウイーンフイルとウイーン歌劇場合唱団によりウイーン楽友協会ホールにおいて行われた「万聖節コンサート」の第一曲として演奏されたものである。アバドがソプラノの女性歌手と一緒に入場して、直ちにトウッテイで始まるニ短調の和音が重々しく響きアンダンテ・マエスト−ソで堂々と始まる。弦のみによる愁いを帯びた半音階的な楽想が前奏のように現れて三度繰り返され、キリエの大合唱が一息つきながら三度ほど斉唱されて、オーケストラと合唱とが互いに交錯しながらエリーソンに入る。この短調の厳かな響きのなかで、下降する半音階の部分がよく知られたレクイエムの響きを予感させ、これと重なるように聞こえるのは、作曲者が同じであるから当然なのであろう。ウイーン歌劇場合唱団は映像では女性陣ばかりが写されていたが、この宗教的コンサートには欠かせない存在に見えた。キリエだけで終わるのは中途半端で真に残念であるが、フルオーケストラでモーツアルトが大きなミサ曲を書こうとした意欲を感じさせる曲であった。86年の映像なので、アバドは病気になる前のむしろ若々しい姿で指揮をしていた。
 このコンサートは、受難カンタータK.42、及びベスペレハ長調K.339などが続くようであったが、真に残念ながら、今回の放送はこのキリエのみで打ち切られた。しかし、この続きの演奏は96年にS-VHSで収録してあるので、いつの日か機会があればアップできるものと思われる。



 第二曲目は、コンサートロンドニ長調K.382 は、ロヴァート・レヴィンのフォルテピアノとホグウッド・エンシェント室内楽団の極め付きの演奏であり、1997年のモーツアルト週間の映像である。2トランペットとテインパニーが加わった大編成で、ロンド風な愛らしい主題と7つの変奏が行われる変奏曲形式の曲である。この主題は調子が良く直ぐに馴染まれることから、フィナーレの代用楽章としてばかりでなく、アンコールの曲などとして単独でも演奏された人気曲であった。
曲の主題提示は、ホグウッドのやや早めのテンポで、オーケストラにより丁寧に行われていたが、フォルテピアノもこれに参加していた。続いて第一変奏は、フォルテピアノの独奏であって、繰り返しでは装飾的な変奏が行われていた。第二変奏は、独奏ピアノが三連符を用いて変奏し、主題はフルート・オーボエ・ホルンで演奏されていた。第三変奏は弦楽器が伴奏をし独奏ピアノが早い分散和音を弾いていた。第四変奏はニ短調に変わりピアノ独奏でレヴィンの技巧が示され、原主題とかなり変わった展開がなされていた。第五変奏は独奏ピアノが細かなトリルを奏し、フルートとオーボエが主題を奏していた。第六変奏は一転してアダージョとなり、独奏ピアノが装飾音のデパートのように賑やかに変奏をする。レヴィンの腕の見せ所であった。第七変奏は拍子も速度もアレグロに変わり軽快なテンポで展開されていき、コーダの前にカデンツアが置かれていた。カデンツアはレヴィンのオリジナルで、フォルテピアノによる技巧が一頻り示されて速いテンポで曲は終息した。
 レヴィンとホグウッドはとても息が合っており、中央に置かれたフォルテピアノの響きと古楽器の響きとが融和し、グロッサーザールの広さに適合していた。このコンサートはモーツアルト週間で二回行われており、私はそのどちらかに出席していたのであるが、何処の席で聴いたか全く覚えていない。拍手ばかりでなく歓声も上がって、ホグウッドとレヴィンは何回も舞台に現れて、観衆に応えていた。レヴィンは即興演奏したり、ステージでアドリブで解説したりするので特に人気があり、人気曲でもあって大変な騒ぎであった。



 第3曲目はギレリスのピアノによる幻想曲ニ短調K.397である。彼のピアノでもう1曲、パイジェッロのオペラ「哲学者気取り」の「主よ、幸いあれ、」の主題による6つの変奏曲ヘ長調K.398が続く。会場は良く響くオシアッハ修道院付属教会であり、沢山の客が詰めかけていた。
 幻想曲ニ短調は、アンダンテで分散和音の連続する即興的な感じの序奏で始まる。ギレリスは、これ以上ゆっくりでは弾けぬ位の遅さで慎重に静かに弾き始める。アダージョに入りもの淋しい甘美な旋律が始まり、経過句を経て新しい寂しげなエピソードが登場する。再びアダージョの主題が再現されるが、即興的な幻想風の物静かなものでギレリスは細心の指運びで丁寧に弾いていた。次いでアレグレットの部分に入り、軽やかな明るいロンド風の主題が爽やかに始まり、ゆっくりと盛り上がりながら頂点に達する。最後の10小節は譜面通りの姿で終わり、意外性はなくもの静かに終わったが、なかなか感動的であった。71年の映像で、黒髪で若々しさと逞しさを感じさせるギレリスであったが、ベートーヴェンをバリバリと弾く人がこのようなソフトな感じで、いかにも大きな演奏と言った弾き方をしており、モーツアルトが似合うので驚きであった。リヒテルなどにも感じられる弾いている姿そのものが堂々たる巨匠の姿を映し出していた。



 第4曲目は同じくギレリスのピアノによるパイジェッロのオペラ「哲学者気取り」の「主よ、幸いあれ、」の主題による6つの変奏曲ヘ長調K.398 である。この主題は1783年の3月23日に開催され、ヨーゼフ二世も臨席した演奏会で即興的に演奏されており、この曲はその後に譜面にされたものとされる。パイジェッロのアリアの主題は、ゆっくりと演奏される22小節のもので、ここでもギレリスは前曲同様じっくりとした静かなタッチで主題を提示していた。第一変奏は16分音符で細分されたトレモロ風な変奏でとても柔らかに弾かれる。第二変奏は左右の手がオクターブで交互に音を出す細かな変奏であり、続く第三変奏は左手が分散和音の伴奏で右手が主題を大袈裟にサリエリ風に和音を重ねながら変奏するものであったが、ギレリスの力強さが溢れていた。第四変奏は短調となりシンコペーションのリズムでがらりと変化した変奏となり、第五変奏では片手でトリルを片手で主題を弾き分ける静かなトレモロ風の変奏であったが、ギレリスはシンコペーションでもトレモロでも存在感を示す大きな演奏を試みていた。最後の第六変奏はコーダ風のフィナーレであり気ままに自由に展開され最後にカデンツアがあり、ギレリスは譜面通りのカデンツアを弾きこなしており堂々とした終結であった。
 ピアノ独奏による変奏曲はこのHPで初出であり、映像ではソナタはあっても変奏曲などの小品の映像の機会は限られている。これは古い録音の割りには思いがけず素晴らしい音で収録されており、貴重な映像であろうと思われる。



 以上、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」の第10回目として、小品を4曲お届けしているが、ある意味ではK番号を稼いで各曲のデータベースを早く整備するための手段に使わして貰っている。これでK番号で400番未満のデータベースは、ほぼ整備出来たが、想像以上に番号が飛んでいるので、全体で映像のある曲が200曲を超えるかどうか心配になってきている。現在、M22のオペラのソフト紹介が続いているが、これらが一段落したら、K番号のデータベース作りをソフト紹介に先行して実施しようかと悩みながら作業を続けている。

(以上)(07/05/14)


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