7-4-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その7)」
「ルーチョ・シッラ」K.135、トマーシュ・ネトピル指揮、フェニーチェ歌劇場管弦楽団、ユルゲン・フリム演出、2006年ザルツブルグ音楽祭、

−歌手陣もオーケストラも順調で初めてのオペラを楽しませてくれたが、エンデイングの脚本変更で評価が分かれるか−

7-4-4、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その7)」
「ルーチョ・シッラ」K.135、トマーシュ・ネトピル指揮、フェニーチェ歌劇場管弦楽団、ユルゲン・フリム演出、2006年ザルツブルグ音楽祭、

(配役)ルーチョ・シッラ;ロベルト・サッカ、ジューニア;アニク・マシス、チンナ;ヴェロニカ・カンヘミ、チェーリア;ユリア・クライター、アウフィーデイオ;ステファーノ・フェラーリ、

(07年2月21日発売、ユニバーサルGRAMMOPHON DVD-UCBD-1189/90、市販のDVD使用)


 7-4-4では、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その7)」として、 モーツアルトが第3回イタリア旅行において作曲し、ミラノで上演され大成功を収めた歌劇「ルーチョ・シッラ」K.135をお届けする。トマーシュ・ネトピル指揮のフェニーチェ歌劇場とその管弦楽団のグループが制作に参加し、ユルゲン・フリム演出のもとで、フェニーチェ劇場で上演されたものを、2006年ザルツブルグ音楽祭に持ってきたとされている。この曲は、これまでにCDでは2組しか入手してなく、日本語の良いリブレットもなく、女性歌手ばかりで内容が良く分からなかった。イタリアでの三作目であり、聴いてみると劇的な内容を持つ本格的なオペラなので、映像化されることが早くから期待されていたが、今回の2006年ザルツブルグ音楽祭で初めて実現されたものである。

 初めてのオペラを見るには、予め時代背景やストーリイや登場人物についてかなりの勉強が必要であるが、このオペラの分かりにくさは、ストーリイが込み入っていること、最後の幕切れがすっきりしないことと、4人の主役女性歌手(2人は男役)がカップルで登場し、CDによる声の識別が困難なことにあった。今回この映像を初めて見て、CDとは全く異なって、非常に分かり易くなっていたが、幕切れにおいてシッラが暗殺されてしまうというリブレットにない部分が付加されて、本来、二組のカップルが誕生してハッピーエンドに終わるものが、釈然としない悲劇に終わるという結果になっていた。演出者のフリムはチューリッヒ劇場でのモーツアルトオペラでは、現代風の読み替えは行っていたが安心して見ておれる演出を行っていたので、ここまで変える必要があったかと不思議に思われた。



 オペラはいきなり軽快な序曲により始まるが、単独でも演奏されるよく聴かれる曲で、アレグロ−アンダンテ−ロンドと続く典型的なイタリア風の歯切れのよい軽快なシンフォニアであった。
 第一幕の冒頭の場面は、ローマの人里離れた廃墟で、独裁官シッラにより追放されているチェチーリオが友人の貴族チンナの手引きで秘かに再会したところで始まる。彼が許婚のジューニアを気にするので、チンナがシッラの求愛に遭っているがチェチーリオへの愛をしっかり守っていることを告げ、第1曲の元気のよいアリア「来るのだ、愛が君を導くところに」を歌って激励する。互いにズボン役同士だが、ピッタリである。チェチーリオが恋人のジューニアとの「嬉しい再会の瞬間」が近いことを喜ぶ第2曲のアリアは、短い管弦楽付き叙唱がついた劇的なものでコロラチューラが華やかであった。ここは二人の廃墟での秘かな再会の場面であったが、舞台では隣の宮殿で出番を待つチェーリアが着替えをしていたり、許嫁のジューニアが傍らの長椅子で休んでいるのが見えたりし、さらに通行人らしき人が大勢動いていたりして、舞台が広すぎて主役の動作やアリアに集中できない面があったのは残念であった。



   場面はシッラ邸の中で、シッラがジューニアの愛をどうしたら得られるかを相談しており、ジューニアと仲がよい妹のチェーリアが、恋人が死んで希望がなくなれば、忠節は消えてしまうと第3番の女性のソプラノ用の本格的な美しいアリアを歌い、兄を励ます。そこでシッラがジューニアに話しかけるが、気の強いジューニアは父と恋人の仇である暴君を許せないとはねつけ、第4番のアリア「黄泉の暗い淵から」を歌う。シッラの傍にいるよりも死んだ方がましであると、父と許婚の霊に呼びかける暗い激しいアリアであった。傷つけられたシッラは激しく怒り、第5番「死と復讐の望みが」を歌うが、ジューニアは平然として耐えていた。
 重々しい暗い音楽とともに場面が変わり、ローマの英雄達が眠る薄暗い地下の墓場となり、チェチーリオが潜み、秘かに様子を窺っている。そこへジューニアが圧政に苦しむ仲間たちと現れ、第6曲の合唱で、「この悲しい墓から」と死んだ英雄達に復活して暴君を倒して欲しいと祈る。中間部ではジューニアのアリオーソとなり、アダージョで「おお、お父様の愛しい霊よ」と呼び掛け、感動的な心に迫る場面となった。一人で祈るジューニアの前にチェチーリオが現れ、亡霊かと驚いて「天国で私を待っている」と歌いだすが、やがて二人の愛と再会の喜びの恍惚とした第7曲の美しい二重唱となって有頂天の中で第一幕が終了した。



 第二幕は戦勝記念物が飾られた回廊で、怒るシッラに護民官アウフィーデイオが元老院承認のもとにローマ市民の前でジューニアとの結婚を要求するよう進言し、第8番のアリア「剣のきらめきで」を歌う。シッラは同時に妹チェーリアとチンナを結婚させて、祝典を盛大にしようと考え議事堂へと向かう。そこへ剣を手にしたチェチーリオが登場し、シッラへの恨みを晴らそうと怒りの第9番のアリア「この突然の震えは」を激しく歌うが、チンナに冷静になれと忠告される。一方、チェーリアは、好きなチンナとの結婚をシッラに許されたとチンナに打ち明けようとして、美しい第10番のアリア「気弱な唇が」を歌うが、シッラ暗殺計画を考えるチンナはそれどころではない。
 チンナはそこに登場するジューニアにシッラに従うように見せかけて暗殺せよと依頼するが、生一本な性格のジューニアはそんな卑怯なことは出来ないと怒って断り、堂々とした前奏の付いた第11曲の「ああ、愛しい人が」と剣を手にした劇的な素晴らしいアリアを歌う。チンナはここで改めて親友のチェチーリオを救い、かつジューニアを解放するには自分が自らシッラを討たなければならないと決心をした。そして、第12番のアリア「この幸せの瞬間に」でシッラ暗殺はこの手でと決意のアリアを歌い、そこにいた部下達にも伝えていた。



 場はバルコニーに作られた庭園で、シッラは再びジューニアに翻意を迫るが、彼女にきっぱりと拒絶され、怒ったシッラは力ずくでもと第13番のアリア「不実な大胆な女」を歌って乱暴に迫るが、彼女を愛しているシッラは思い止まる。そこへチェチーリオがジューニアを助けようと忍び込んできて、ジューニアと抱き合うが、ここは危険だと諭され退出する(第14番省略)。チェーリアがそこに来て、チンナとの結婚が許されたとジューニアに伝え、だから兄を許してと、第15番のアリア「乾いた野原に慈雨が」と美しい喜びの歌を明るく歌い出すと、周りの人々は曲の明るさにつられて踊り出してしまう。しかし、意志の固いジューニアは、死を恐れずに、決然と悲劇に立ち向かおうとしていた(第16番省略)。


 場はカンピドーリオの前で、元老院の議員や民衆兵士達が集まっており、堂々たる第17番の合唱が始まる。そこへシッラが登場し、ローマを平和にした功績として、マリウス派との争いを閉じるためジューニアとの結婚を要求する。よく見るとシッラはチンナとも和解しており、人々を現金で買収し味方にしており、ジューリアを力づくで祭壇に連れて行こうとする。そこへチェチーリオが無謀にも剣を抜いて乱入しジューリアを救おうとするが、剣は駄目というジューリアの言葉で捕らえられ、仕掛けていたチンナによる暗殺計画が挫折する。死をも恐れぬ強い愛の絆を確かめ合う囚われのチェチーリオとジューニアの二人に対し、シッラが極刑を厳しく誓う第18番の三重唱が始まり、第二幕のフィナーレを飾っていた。



 舞台は牢獄の間と変わり、第三幕が休みなしに続けて開始され、チェチーリオの無謀さにより、計画が失敗したことを嘆くチンナが、チェーリアに対し兄のシッラがジューニアを諦めチェチーリオを許すよう説得させ、成功したら結婚しようと約束する。チェーリアは喜んでこの役を引き受け第19番のアリア「不気味な嵐の音が」を歌う。チンナは次の計画を考え仲間を元気づけるため、第20番のアリア「もっとも傲慢な心を」を歌いシッラへの怒りをあらわにし、大きな拍手を浴びていた。そこへアウフィーデイオが衛兵とともに登場しチェチーリオを刑場に連行しようとするが、チェチーリオは「愛しい瞳よ、涙を流さないで」とジューニアに対し、第21番の死を覚悟した美しい別れのアリアを歌った。この悲しみに満ちたアリアは、キリテ・カナワのオペラアリア集にあり、序曲と共に記憶していた唯一のアリアであった。
 一人残されたジューニアは、彼の死の場面に駆けつけて一緒に死にたいと第22番のアリア「思いの中に、最も不吉な死の思いの中に」を歌うが、このオペラ唯一の短調で書かれたピッチカート伴奏の暗いアンダンテの絶望的なアリアであって、拍手が連続していた。



 舞台は大広間で元老院の議員、市民、衛兵達を前にして、シッラはチェチーリオを裁こうとする。告げられた判決は、意外にも、チェチーリオを許してジューニアの夫になれというものであり囚われの罪人を釈放し、自分は独裁官の地位を放棄するというものであった。しかし、画面をよく見ると背後にいたチンナがシッラに後からナイフを突きつけて脅し、書いたものを読み上げさせていた。それに気が付かない群衆たちは全員で「偉大なシッラ」と讃える合唱が始まるが、この合唱の最中にチンナの力を認めた護民官のアウフィーデイオがシッラを裏切って刺し、シッラの着ていた独裁者の象徴のガウンをチンナに着せて、シッラの後継者はチンナであることを民衆に示して、全員から祝福された幕切れとなっていた。
 シッラの突然の死という思いがけぬ史実やリブレットと異なる幕切れに驚かされたが、考えてみると原作の暴君のシッラが、突然、全てを赦すという善人に変貌するという造りよりも、舞台劇としては、もっと自然な成り行きであると解釈されたのであろうか。



 ネトピル指揮のフェニーチェ歌劇場管弦楽団は、とても生き生きした演奏をしてくれた。また、シッラのサッカを初め、4人の女性歌手陣が演技も含めて元気の良い歌を披露してくれて、大変立派な映像の記録を残してくれたと思う。幕切れにおけるストーリイの変更以外は、リブレットに忠実で理解しやすかった。初めて見るオペラとしては、映像化のお陰で繰り返し見ることが出来て、オペラ全体をとても良く理解できたと思われるが、恐らく現地でライブを見た場合には、英語の字幕だけでは殆ど理解できなかったに違いない。この映像記録のお陰で、この作品は恐らく音楽的には、2年前のオペラ「ミトリダーテ」を超える内容を持つものと理解されるので、少年モーツアルトの評価をさらに高める結果になるものと思われる。

 ただし、当初のフェニーチェ歌劇場での演出の場合は、舞台が狭かったので、中央に王宮のファサードが、上手に居室、下手にシッラの執務室が置かれ、問題はなかったようであるが、ザルツブルグのフェルゼンライトシューレの横長の舞台では、これらの3つの場面を横一列に配し、同時に全体を見ることが出来る反面、3つの舞台の登場人物以外の余分な人の動きが目障りで、肝心の主役達が目立たないような気がした。映像ではクローズアップがあって主役達を追いかけてくれたが、さもなければ舞台の動きに集中することが難しかったと思われる。

(以上)(07/04/22)(改訂08/02/04)


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