7-12-2、バッキンガム宮殿のモーツアルト・コンサート、1991年、
(曲目)交響曲第32番ト長調K.318、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調、K.364、歌劇「劇場支配人」K.486、(演奏会形式)、コリン・デーヴィス指揮イギリス室内管弦楽団、Vn;ピーター・ツインマーマン、Va;タベラ・ツインマーマン、ソプラノ;イヴォンヌ・ケニー&ジュデイット・フォワース、

−チャールス皇太子が主催するバッキンガム宮殿での没後200年を記念するコンサート。コリン・デーヴィスの心温まる暖かい指揮ぶりで、三曲とも実に充実した演奏となり、「アマデウス」のシェーファーの解説による演奏会形式のオペラ「劇場支配人」が珍しかった。−

7-12-2、バッキンガム宮殿のモーツアルト・コンサート、1991年、
(曲目)交響曲第32番ト長調K.318、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調、K.364、歌劇「劇場支配人」K.486、(演奏会形式)、コリン・デーヴィス指揮イギリス室内管弦楽団、
Vn;ピーター・ツインマーマン、Va;タベラ・ツインマーマン、ソプラノ;イヴォンヌ・ケニー&ジュデイット・フォワース、
(東芝EMIのレーザー・デイスクTOLW-3629を利用)

  12月の第2曲目は、91年モーツアルト・イヤーの時のイギリスのバッキンガム宮殿の記念コンサートのレーザーデイスクであり、チャールズ皇太子が挨拶する宮廷主催の演奏会であった。このデイスクも選曲が良く、第一面がこのHP初出の交響曲第32番ト長調K.318、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調K.364、第二面が演奏会形式でサリエリと競ってヨーゼフ二世の前で初演された歌劇「劇場支配人」K.486の三曲であって、何と「アマデウス」のピーター・シェーファーが解説を行った特別な趣向のコンサートであった。
 こういう趣向のコンサートがLDに残されていることは、いかにもイギリスの皇室らしいし、皇太子ご夫妻がにこやかに写されているのは、今となっては貴重な代物であろうが、特にこのオペラが映像として残されている唯一のものであった(06年のザルツ音楽祭のマリオネット劇が2作目)。



 映像では、皇室の方々の入場から着席の様子やイギリス国歌のオーケストラ演奏があって、主催者のチャールズ皇太子がにこやかに挨拶した。この宮殿で、1764年のジョージ三世の即位記念日に、御前で8歳のモーツアルトがピアノとオルガンを演奏しており、没後200年の記念コンサートとしてここほど相応しい場所はないと語り、司会者のシェーファーを紹介していた。
 第一曲目の交響曲第32番ト長調K.318 は、ザルツブルグ時代の1779年4月に作曲されている。中間にアンダンテを挟んで両端楽章がアレグロの三楽章の交響曲であるが、序曲形式の短い作品である。何のために作曲されたかはっきりしていないが、その形式と充実した楽器編成から、ある劇の上演に際して作曲されたというのが一致した見解のようである。2本のフルート、4本のホルン、2本のトランペットにテインパニーなどが珍しい。



 トウッテイの激しい動きで始まる第一主題は、颯爽としたアレグロ・スピリトーソで繰り返され発展していくが、デーヴィスはゆったりとしたテンポで進め、テインパニーやトランペットが活躍していた。やがて第一ヴァイオリンにより生き生きとした楽しげな第二主題が現れるが、ここではピアニッシモからフォルテッシモに至る激しいクレッシエンドが印象的であった。繰り返しのない提示部を終えてから、行進曲風の展開部に入り盛り上がりをみせて、突然アンダンテの楽章に移行する。ここでは、穏やかな弦楽器による主題とオーボエとホルンによる牧歌的な主題があり、二つの主題がゆっくりと繰り返されてから、フィナーレのアレグロに入る。ここでは先の生き生きとした第二主題が活躍し、さらには冒頭の第一主題が再現され、賑やかな序曲風の結びとなっていた。これから始まる宮廷風の格式あるコンサートの開始に相応しい序曲的な楽しいシンフォニーであった。

 第二曲目はヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調、K.364(320d)であり、この曲もパリ旅行の後ザルツブルグで1779年に作曲されている。この曲はモーツアルトのザルツブルグ時代の最後を飾る代表的な作品であるばかりでなく、これまでの協奏的作品の頂点に立つものと考えられている。



 デーヴィスの指揮は、あたかも交響曲のような出だしであり、全合奏で威勢良く堂々と第一主題を開始していく。続いてホルンとオーボエにより先導されピッチカートにより伴奏される伸びやかな第二主題が続いており、管弦楽による主題提示部がシンフォニー並みの構成であることを明確に示していた。独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブのアインガングで登場してくるが、始めからヴァイオリンのピーターが静でヴィオラのタベラが動と言うコンビに見えた。ヴァイオリンとヴィオラの順に二つの楽器が第一・第二主題を歌い交わしていくが、途中からは相づちになったり重なったり競争したり見応えのある協奏が続けられた。ピーターにはソナタ全集があり、彼の凛としたヴァイオリンは分かっていたが、タベラは初めてであり、しっかりした太い音で絶えずヴァイオリンを意識して、合わせたり競ったり、体全体を使って負けじと弾いていた。展開部では両楽器が速いパッセージで競い合うように活発に応答していたし、カデンツアでは弱音から高音まで二人の息のあった応酬が非常に見応えがあった。



 オーケストラの弱奏で開始される美しい序奏に続いて、独奏ヴァイオリンがすすり泣くように第一主題を歌い、ヴィオラがオクターブ下で繰り返していく第二楽章は、何と深い憂いに閉ざされていることか。ヴァイオリンが主題の変奏を始め、ヴィオラもおくれて追従し、二人で交互に弾き分けていく様はたとえようがない。続く第二主題もオクターブでヴァイオリンとヴィオラの順に始まり、両楽器が互いに慰め合うように対話しながら、そして静と動、弱音と強音の緊張感を保ちながら進んでいた。展開部がなく全体が再現されていたが、単純な繰り返しでなく絶えず変奏されたり、両楽器が激しく応答し合ったりして変化していた。カデンツアでもなごり惜しそうに主題の競演があり、終わりの静かな序奏が印象的だった。
 フィナーレは、明るいロンド主題がオーケストラでプレストで始まり、ヴァイオリンとヴィオラの順に独奏楽器が現れていくが、新しい主題が次から次へと目まぐるしく急速に現れるお得意のロンドスタイルであった。ここでもピーターは体を動かさずじっくり弾き込んでいるに対し、タベラは太い音で体をヴァイオリンに合わせるように動かしながら、落ち着いて弾いていた。充実した二つの楽章の締めの楽章であるが、デーヴィスは終始軽快なテンポでオーケストラを動かし、全く屈託のない明るい主題が回転するように流れ、最後には二つの独奏楽器がカデンツア風に活躍する長いコーダで華やかに終了していた。
 ザルツブルグ時代の最後を代表する二曲は、いずれもパリ旅行で影響を受けたものが作品の中で開花しており、時代の区切りを示す重要な作品であると考えられよう。



 このコンサートの休憩後の作品は、一幕ものの歌劇「劇場支配人」K.486であった。この作品は、ウイーンで「フィガロの結婚」を作曲中のころの1786年2月の作品で、ヨーゼフ二世の命によりサリエリとの一幕もののオペラを競演するために作曲された。自身の作品目録には、「劇場支配人、シェーンブルンのためのコメデイと音楽、序曲とアリア2曲、三重唱1曲、ヴォードヴィル」と書かれていた。これは音楽付きの芝居とも言える作品であって、テキストでは各曲間にドイツ語の長くてふざけた語りにより進行するスタイルになっているが、今回のコンサートでは歌手4人が演奏会形式で歌い、「アマデウス」の作者ピーター・シェファーが簡潔で要を得た解説を行い、これだけでオペラの進行が良く分かるように工夫されていた。映像で見ることが出来た最初の録画であった。



 舞台ではデーヴィスの指揮で序曲が颯爽と開始されたが、二本のクラリネット・フルート・トランペットを含む完全な二管編成の堂々たる序曲であり、リズミックで明解に奔流するプレストの第一主題は、これから始まる喜劇の舞台への期待を煽るように浮き浮きと響き、颯爽と進行していた。
 シェファーの解説の後、まず二人のソプラノが紹介され、最初に歌うヘルツ夫人のイヴォンヌ・ケニーとジルバークランク嬢を歌うジュデイット・ハワースが紹介された。第一曲はヘルツ夫人によるアリエッタであり、この劇団の主役を決めるためのオーデイション用の難曲である。細めの歌手、ミトリダーテのアスパージャ役で有名なケニーは、余裕たっぷりで前半の叙情的なラルゲットを歌い、後半ではアレグロのコロラチュアの部分を歌いこなし、得意げな笑顔を競争相手のジルバークランク嬢に送っていた。



 第二曲目はジルバークランク嬢によるロンドであり、ハワースがアンダンテの美しい歌を歌い出し、後半のアレグレットでは簡単なコロラチュアを歌ってオーデションに応じていた。結果は二人とも甲乙が付けられず採用されることとなった。  しかし、どちらをプリマドンナにするかについては決着がつけられず、二人のソプラノが「私が最高よ」と競うように歌い出し、二人をなだめるテノールが譲らない二人を遮るように歌い出す大変愉快な三重唱となり、声を張り上げるソプラノたちとピアニッシモと静めるテノールの重なりがドタバタの効果を生んでいた。そして終曲のヴォードヴィルでは、これらの三人に加えてバスのブッフ氏が登場し、4人の独唱者が次々と歌った後にその都度、四重唱の合唱が続き、結局は皆が芸術のために互いに協力しようとと言うことになって、最後の終曲となる四重奏の合唱で結ばれることになった。当事者だけでは何も決まらないという他愛ない話であるが、劇場支配人はいつもこのようなことで頭を悩ましているという舞台裏でのお話しであった。



 私は声優のピーター・ユステイノフがアドリブを加えながら英語で完全な語りを入れたCDを持っているが、これは語りが長すぎて(内容が良く分からない面もあって)ウンザリするものであった。その点、このシェファーの解説入りの映像は字幕の助けもあって実に理解しやすく、また四人の独唱者による4つの曲も、特別な演技は必要でなく、演奏会形式の舞台であっても何も問題は生じなかった。
 コンサート全体を通じて、モーツアルトを得意とするコリン・デーヴィスの実に適切なテンポで語りかける暖かい指揮ぶりが印象に残ったコンサートであった。

(以上)(07/12/16)


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