ブッフピンダーのピアノ協奏曲シリーズ(その1)、
(曲目)第14番変ホ長調K.449、第25番ハ長調K503、第20番ニ短調K.466、指揮とピアノ;ルドルフ・ブッフビンダー、ウイーンフイルハーモニー管弦楽団、06年5月、楽友協会ホール、

−ピアニストとオーケストラと聴衆とがピアノ協奏曲を通じて一体になった暖かみの溢れたコンサートであり、この地で初演した作曲家の生誕250周年を祝うに相応しいもので、始めの変ホ長調協奏曲(第14番)K.449が珍しかった−

7-12-1、ブッフピンダーのピアノ協奏曲シリーズ(その1)、
(曲目)第14番変ホ長調K.449、第25番ハ長調K503、第20番ニ短調K.466、06年5月、指揮とピアノ;ルドルフ・ブッフビンダー、ウイーンフイルハーモニー管弦楽団、楽友協会ホール、

(07年07月08日、クラシカジャパンの放送を、DーVHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 12月号では、クラシカジャパンの最近の素晴らしいヒットとなった、ルドルフ・ブッフビンダーの指揮とピアノでピアノ協奏曲3曲を最初にお届けする。これは彼自身の生誕250年記念コンサートであり、06年5月にウイーンフイルハーモニー管弦楽団とともに楽友協会ホールで収録されたものである。何よりも選曲が良く、第一回は、第14番変ホ長調K.449、第25番ハ長調K503、第20番ニ短調K.466、の3曲であり、第二回は、第23番イ長調K.488、第22番変ホ長調K.482、第24番ハ短調K.491の3曲となっている。ブッフビンダーが選んだこの6曲のうち、このホームページの第14番変ホ長調K.449を第1曲目に選んでくれたことは、私にとってこの上なく嬉しいことであった。私の記憶によると、CDではポリーニとウイーンフイルのコンサートライブ(ORF1981.11)、実演では日本モーツアルト協会のコンサートで野平一郎さん指揮とピアノでこのK.449を第一曲として弾いてくれたことを思い出す。恐らく、心あるモーツアルト好きのピアニストには、この曲のさり気ない隠された良さに気付いてこのような選曲をする方がおられることを、是非、記憶していただきたいと思う。


 舞台の隅々までお客さんが座り込んでいる超満員のフェラインザールで、3本のコントラバスによる中規模の編成のオーケストラの中央にスタインウエイのフルコンが置かれており、ブッフビンダーが入場してきた。ウイーンフイルの皆さんと親しげな握手などを交わしながらピアノの前に座る。彼が若い頃にピーター・シュライヤーのピアノ伴奏を務めていた映像でスマートな印象が残っていたが、ピアノの前の彼は意外に木訥とした小太りのおじさん風に変わっていた。
 座りながら両手を上に上げて、第14番変ホ長調K.449の第一楽章がオーケストラで開始される。両腕で拍子を取るだけの単純な指揮であるが、軽快に威勢良く始まりテンポも良くリズミックに響く。やがて独奏ピアノが第一主題を始めるが、一瞬の間を取りながら丁寧に弾き始め、続いて軽やかにオーケストラと交互に進行する。第二主題でも冒頭で一息、間を取っていたがこれが彼一流の癖なのであろうか。ハッとさせる美しい弾き方を見せながら、ピアノを中心に細やかに流れるように進んでいく。展開部ではピアノとオーケストラが激しく対話をしており、ピアノが技巧的な冴えを見せていた。最後のカデンツアは良く聞き馴染んだ自筆のものを弾いていた。


 ソット・ヴォーチェで呟くように開始される第二楽章の第一ヴァイオリンの音が聞こえてくると、私の頭はメロメロになってくる。ブッフビンダーはゆっくりとオーケストラを動かし、第一主題の前半から後半へと弦の合奏で進めてから、独奏ピアノとして登場し、この主題を変奏したり飾りを入れたり、弦楽合奏と相づちを打ちながらゆっくりと美しく煌めくように奏でていく。やがて第二主題が独奏ピアノで登場してこれも美しく盛り上がりを見せながらゆっくり終息すると、再び、冒頭の美しい第一ヴァイオリンの第一主題が密やかに始まる。しかしここでは前半だけでこれを遮るように独奏ピアノが主題の変奏を始めてどんどん後半部に進み、さらに弦楽合奏を従えながら第二主題を煌めくように変奏し見事に最初の美しい高まりを見せる。何と美しいのだろうかと思う間もなく、もう一度冒頭の第一ヴァイオリンが顔を出す。そして独奏ピアノが主体となって第一主題の変奏を始め、次第に高まりながら第二主題の変奏に移り、いつの間にかピアノの分散和音の響きが重なり合い、上昇しながら最高の高みに到達していく。限られた少ない音を使いながらこんなに美しい絶妙なピアノの響きが得られるなんて、何とこの楽章は素晴らしいのだろうと思ってしまう。ブッフビンダーもウイーンフイルの弦楽合奏と合わせながら、確かにこの楽章の美しい響きを見事に表現していた。
 フィナーレもオーケストラで軽やかにロンド主題が飛び出すが、独奏ピアノが直ぐに主導権を取って晴れやかに弾き始め、転げ回るように進みながら繰り返す。このロンド主題は第一クプレや第二クプレを挟んで、5回以上現れるが、姿を見せるたびに異なった音形やパッセージを取り、即興的な手軽さと淀みのない流麗さを伴っており、まるで楽章全体が変奏曲のような趣すらありそうだ。ブッフビンダーは、テンポが良く技巧的にも優れたものを示しながら、華やかさを添えた素晴らしい展開を見せてくれた。
 超満員の観衆から最高の暖かい拍手を浴びて、ブッフビンダーは会心の笑顔を見せてこれに応えていた。やはり期待通りの心温まる素晴らしいモーツアルトコンサートであった。



 続く第二曲目は第25番ハ長調K503であり、フルート1、ファゴットとトランペトが2人づつ、そしてテインパニーが加わり、空席だったオーケストラ席が満たされていた。シンフォニーのような勢いで堂々と開始されるこの曲では、ブッフビンダーは両手を挙げ、時には中腰になって指揮をしていた。ファンファーレ風で始まる第一主題は、幾つかの副主題を伴いながら朗々と進行し、やがて即興風の独奏ピアノによる長いパッセージからオーケストラと共に冒頭の第一主題をピアノが力強く提示する。この曲の他曲にない素晴らしい場面である。独奏ピアノは華麗なパッセージを繰り広げ、新しい副主題に続いて歌謡性に富んだ愛らしい第二主題を提示し、オーボエとファゴット、続いてフルートとオーボエなどと互いに歌い交わしていく。展開部に至る経過部ではブッフビンダーの独奏ピアノは、名人芸的な早い動きが冴えを見せていた。最後のカデンツアは、ブッフビンダーの自作であろうか、主題を上手く取り込んだ短めの技巧的なものであった。



 第二楽章の聴きどころは、フルートとオーボエが活躍しピアノと絡みあう場面であろうか。管弦楽で優雅な第一主題がアンダンテで開始されるが、いきなりフルートとファゴットが、そしてオーボエとフルートが華やかに繰り返す。続いて踊るような感じの面白い第二主題が奏されてから、独奏ピアノが始めからゆっくりと主題を繰り返していくが、管楽器との対話が交わされて実に美しい。そしてピアノが第二主題も提示していくが続く独奏ピアノの即興風の自由なパッセージが華麗であり、再現部の直前に呟くように現れるオーボエとフルートとピアノの三重奏が実に美しかった。
 フィナーレでは、軽快なロンド主題が弦楽合奏で始まるが、これに応えるように管楽器が応答し、繰り返されると今度は低弦楽器が応答する形で明るく進行する。経過部を経て独奏ピアノがロンド主題とは対照的な装飾的な旋律を繰り返していき、引き続き第一エピソードがピアノで軽快に現れる。そしてピアノが主体で始めのロンド主題が登場するが、このフィナーレの聴きどころは、続いて現れる美しい第二エピソードであろうか。独奏ピアノで悲しげなメロデイが現れた後に、突然春が来たような伸びやかな旋律が表れ、次いでオーボエやフルートで歌われていき、明るいのどかな雰囲気となる。この和やかなエピソードはもう一度後半が繰り返されて穏やかな雰囲気の後に再び、冒頭の軽快なロンド主題に戻っていった。ブッフビンダーもウイーンフイルもこうした聴かせ所を十分に承知しており、その後の目まぐるしいピアノの活躍が続いて、カデンツアの置き場がないまま急速にエンデイングとなっていた。
 ここでも聴衆の素晴らしい拍手があり、ピアノとウイーンフイルと聴衆とが見事に息が合って一体になった感じがして、そこには暖かい温もりが残されていた。



 この素晴らしいコンサートのフィナーレは、言うまでもなく第20番ニ短調K.466であり、このジャンルの最高の名作と考えられている。この曲の素晴らしさは、第一楽章では冒頭の低音域でうごめくシンコペーションのリズムによる喘ぐような悲劇的な第一主題と、見事な独奏ピアノの導入主題と続く第二主題の美しさなどにあろう。また、第二楽章のロマンスではピアノで提示される二つの主題のこの上ない美しさと、続く短調の激しい中間部との強烈な対照の見事さにあり、この二つの楽章をおさめるフィナーレの軽快なアレグロなどにある。これらは一つ一つの素材も良く派生した組み合わせも見事にバランスしているという相乗効果を持っており、誰しもを惹き付ける魅力となっている。

 第一楽章では、ブッフビンダーは、座りながらやや早めのテンポで指揮を開始した。重々しいリズムの主題のあとのオーボエとフルートの合奏が美しく明るい響きを見せていた。やがて始まるピアノの導入部では独奏ピアノのが輝くように登場し、続けてピアノが木目細かく第一主題を再提示していた。さらに独奏ピアノが晴れやかな美しい第二主題を提示した後は、ピアノがいろいろな主題を速いテンポで駆けめぐるとともにオーケストラとの魅力的な対話があって、素晴らしい提示部となっていた。展開部でも前半は活きの良い独奏ピアノの導入主題が活躍し、後半では独奏ピアノの技巧的パッセージとオーケストラとがぶつかり合って素晴らしい緊張感を与えて、再現部に流れ込んでいた。ブッフビンダーは、聴き慣れたベートーヴェンのカデンツアを丁寧に味わい深く弾き込んでいた。



 第二楽章のロマンスでは、この上なく優美な第一主題がピアノで開始されるが、その一音一音が心に浸みるように美しい。主題は次いでオーケストラに委ねられピアノと重なり合うように進行し、独奏ピアノが新しい第二主題を歌い出す。この主題の綿々とした美しさは喩えようがなく、ブッフビンダーは丁寧に音を噛み締める様に弾いていた。再び第一主題が再現されて第一部を終えてから、中間部に入り独奏ピアノが激しい上昇音形で鍵盤上を駆けめぐり、聴くものを呆然とさせる。モーツアルト以前にこんな激しい嵐のようなピアノが聴けたであろうか。ブッフビンダーのピアノは期待通り激しいものがあり、改めてベートーヴェンがこの曲を好んだとする理由がここにもあると思った。フィナーレでも独奏ピアノが冒頭から激しく急速に弾きまくり、オーケストラと交替しながら、息つくひまがないほど次から次へと新しい主題が目まぐるしく提示されていく。展開部のないソナタ形式のようで、ピアノが技巧を発揮しながら盛り上がりを見せて終息してから、再現部へと移行していったが、急−緩−急の三楽章を纏めるに相応しいダイナミックで技巧に溢れた力強い楽章であった。



 会場全体を揺るがすような拍手が湧き起こり、掛け声もあって場内は興奮に溢れていたが、よく見ると聴衆ばかりでなく舞台のオーケストラの皆さんからも拍手が寄せられていた。ブッフビンダーが会釈を繰り返しても拍手は鳴り止まず、管楽器奏者を起立させようとしても彼らは拍手を続け、ブッフビンダーを困らせていた。このコンサートは、ブッフビンダーが今やモーツアルト弾きの現役最高の代表的ピアニストであることを世界に知らしめたような演奏会であったと思った。そして、ピアニストとオーケストラと聴衆とがピアノ協奏曲を通じて一体になったコンサートであり、この地でこれらの曲を初演したモーツアルトの生誕250周年を祝うに相応しいコンサートであると深く感じさせた。

(以上)(07/12/08)


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