7-10-5、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その17)」、
オペラ・ブッファ「フィガロの結婚」K.492、アーノンクール指揮ウイーンフイルナーモニー交響楽団、 クラウス・グート演出、06年7月22〜26日、ザルツブルグ・モーツアルトハウス、

−軽快で無邪気なロココ主義から訣別し、魅力ある登場人物たちの人間性を追求しようとした音楽性豊かな「フィガロ」−

7-10-5、モーツアルト生誕250年「Mozart 22 DVDシリーズ(その17)」、オペラ・ブッファ「フィガロの結婚」K.492、アーノンクール指揮ウイーンフイルナーモニー交響楽団、 クラウス・グート演出、06年7月22〜26日、ザルツブルグ・モーツアルトハウス、
(配役)●フィガロ;ダルカンジェロ、●スザンナ;アンナ・ネトレプコ、●伯爵;ボー・スコウフス、●伯爵夫人;ドロテア・レシュマン、●ケルビーノ;クリステイーネ・シェーファー、●マルチェリーナ;マリー・マクローリンほか、
(07年7月25日、ユニバーサルGRAMMOPHON DVD-UCBG-1202/3、市販DVD使用)

 06年ザルツブルグ音楽祭の全オペラ公演で、最も評判の高かった(切符の売れ行きが良かった)作品は、このアーノンクール・ネトレプコの「フィガロの結婚」であったとされる。今回の一連の公演で、オリジナルの作品には無かった登場人物が話題になっていた。 初期の作品では、長いイタリア語のレチタテイーボを分かり易く簡潔にするため、ドイツ語の語り部が登場するという工夫がなされたものが 「見てくれのばか娘」K.51と「アルバのアスカーニオ」K.111に見られ、ドイツ語圏の観客には好評であったようである。また、「イドメネオ」K.366では、舞台に海神と思われる不気味な人物が姿だけ現し、ネプチューンが話題となる場面や嵐の場面などで現れ、舞台に緊張感を与えるとともに、声の場面でも海神の役割を果たしていた。さてこの新しい「フィガロ」では、一見したところ、「羽をつけた天使」が舞台に登場し、複雑な愛のもつれを解きほぐす場面などで活躍していたようである。この名作には、余分なものは必要なさそうであるが、果たして、この天使の役割はどうであったか、またアーノンクールの指揮ぶりが、このHPではこのオペラが3度目の登場となるので、如何なものかしっかりと見届けたいと考えた。



 アーノンクールが登場してウイーンフイルの皆さんを見渡してから両手の合図で序曲が始まるが、彼にしては何とゆっくりとしたテンポであろうか。しかし、美しい弦の音が良く響き、キラキラと細かな音が良く聞こえ、テインパニーも良く響くアーノンクールとウイーンフイルの音であり、この独特のテンポ感は実に軽やかで快い。途中で幕が開くと右側に階段のついた広間であり、三組のペアー、スザンナとフィガロ、伯爵と伯爵夫人、マルチェリーナとバルトロが静止していた。すると窓からヒョイと羽を付けた天使が現れて、それぞれのペアーにリンゴを置き顔をひと撫でして目を覚まさせる。すると全員が動き出した。オペラ「フィガロ」の開始である。マルチェリーナがフィガロの方に自然に近づいて行くが、何とスザンナがフィガロから離れて伯爵の方へ、伯爵もスザンナの方に近寄づいて行くのが面白く、この天使の動きと主役の無意識の行動がこのオペラの特徴かと暗示させた。



 第一曲も序曲同様に、軽やかなゆっくりしたテンポで音や声が鮮明で美しく思わず聞き惚れてしまう。何も飾りのない部屋で黒い現代風の衣裳の二人により、演技だけで進んでいく。どうやら時代設定は現代風、場所設定もどこかの豪華な貴族の館風ぐらいしか特定されず、小道具もない簡素な造りの舞台で物語は始まった。スザンナの結婚式の飾りは、何と窓に掛かっていた真っ白なレースのカーテンが使われていた。第二曲もやはりゆっくりだが音楽が軽く乗っている。デインデインの音でぐっとテンポを落とすのがこの指揮者流。スザンナが階段を上がって出合った伯爵とキスをしてしまう場面と階段に落ちていた黒いカラスが気になった。第三曲でカンカンになったフィガロが激しく歌っていると、天使がフィガロの後ろに立ち、カッカとするなとなだめていたが、最後にナイフを手渡すあたりは、黒いカラス同様に危険な天使でもある。フィガロのダルカンジェロは、レポレロ役同様に声量豊かで声の切れが良く、迫力のある歌い方であった。  車椅子に乗ったバルトロと一見介護婦風のマルチェリーナが登場し、自信ありげに堂々と歌い出したバルトロが、張り切りすぎて椅子から転げ落ちてしまうが、体格が良く歌も立派だし凄い演技であった。アバドの「フィガロ(1991)」のスザンヌ役だったマルチェリーナのマクローリンも元気いっぱいで、第5曲のスザンヌとの辛辣な早口の口喧嘩の二重唱を見事に歌う。



 口喧嘩に勝ったスザンヌがやれやれと一息入れたところに、ケルビーノが階段から駆け込んで来て第6曲を歌いだす。伯爵夫人の黒いリボンをスザンヌから取り上げて、自分で目隠しをしながら歌うが、半ズボン姿のシェーファーは可愛いい水兵服姿で、繰り返し部分では変奏を加えながら巧みに歌い、終わりはスザンナとゆったりとした気分溢れる終わり方をしていた。登場人物が皆、威勢が良く輝いており、どんどんと引きこまれていく。
 そこへ突然伯爵が現れ、スザンナとデイープキス。口説き始めるのでケルビーノはビックリ。バジリオが来てケルビーノが夫人に恋をしていると言うので、隠れていた伯爵が姿を現し、スザンナは気絶をしてしまう。この愉快な三重唱で椅子のかわりにカーテンがケルビーノを隠していたが、遂に見つかってしまいさあ大変。どうなるかと思っていたら、天使がこっそり現れて、4人の一人一人に魔法をかけ、歌だけの見事な世界にしてしまっていた。そして気が付くと、4人の口論が始まっており、第八曲の制服姿の村人たちの合唱が威勢良く開始された。合唱団もオーケストラも生き生きと充実しており素晴らしい。
 フィナーレの「もう飛ぶまいぞ」ではフィガロが朗々と歌い出し、カデンツア並のソロの部分も入って驚かせたが、歌の間中ケルビーノが伯爵も加わった二人に散々しごかれていた。倒れ込んでしまったケルビーノを、天使が優しく抱き起こしたところで幕となった。 第一幕を通じて音楽は実に奔放であり、自在に動きながら輝いており、黒の基調のトーンの中で、舞台の不都合を天使が自在に上手く取りなすスタイルの初めての舞台であった。





 第二幕はこれもゆっくりしたテンポの伯爵夫人のアリアで始まるが、夫人役のレッシュマンは、自分のペースで朗々と歌っているように見えた。彼女は1995年のアーノンクールのザルツブルグ音楽祭の「フィガロ」ではスザンナを歌っており、お互いの息が合っていると感じさせた。続くケルビーノのアリエッタもシェーファーの声が素晴らしく、ピッチカートの伴奏やテンポも快く、最高の拍手で迎えられた。ただし、音楽はよろしいのであるが、天使がウロウロしてケルビーノとの危険な関係を促したり、窓から覗く黒いカラスがその後の伯爵夫人と伯爵との対立を予言していたり、余計な演出も目についた。しかし、第14曲の言い争いの三重唱では、伯爵の脅しに夫人が平手打ちを加えるなど危機的場面があったり、第15曲のケルビーノが逃げ出す場面では、窓で天使が手助けをしてくれたりして、舞台の動きも活発で非常に面白かった。


 フィナーレでも、天使が大活躍する。手斧を持った伯爵が夫人との二重唱の口論で始まるが、スザンナが部屋から出てきて、驚いた伯爵と夫人。平謝りの伯爵にスザンナと夫人が攻撃をする三重唱となって、最後には許してしまうがとても賑やか。そこへフィガロが飛び込んできて、手紙の件は知らないと言い張るところにアントニオが2階から飛び下りた奴がいると大騒ぎ。五重唱となってフィガロが飛び下りたと白状し、落とした辞令を巡ってフィガロがピンチとなるが、天使が裏で手助けをして何とかうまく収まった。そこへバルトロ、マルチェリーナ、クルツイオの三人が駆けつけ、証文を示して伯爵に訴えるので、またまた大騒ぎ。フィガロ側3人対伯爵側4人の七重唱になって、天使が壁に7人の関係図を描き出して複雑さを示し、天使が操る訳が分からぬ大混乱の中で、伯爵が正義を行使するということで幕となった。二重唱から七重唱にわたるアンサンブルが素晴らしく、天使の存在は、ストーリーの辻褄合わせより音楽を重視させる戦略かとも感じさせた。



 第三幕に入って伯爵が不思議な出来事ばかり続くので考え込んでいるところへ、スザンナがしおらしく薬を求めに来て、曖昧な返事を繰り返して伯爵を焦らせる二重唱で始まる。この曲の弦楽器の伴奏が実に美しいと考えているうちに、スザンナの態度に喜んだ伯爵は遂にキスをして倒れ込んでしまう。しかし、離れた瞬間にスザンナの「勝ったわよ」という言葉に、伯爵は騙されたと気が付いた。伯爵のこの怒りのアリアは、単独でも良く歌われる曲であるが、怒りを露わにする伯爵の肩に天使が飛び乗って和らげようとするが、歌はそのまま歌われて、その激しい迫力に場内では大変な拍手があった。一方、判決が下って皆が登場し、どうするか責められて困ったフィガロが、高貴な生まれでと言い訳をしながら手の痣を見せた途端に、マルチェリーナがお母さんだと分かって大混乱。「愛する息子を抱かせておくれ」と六重唱が始まるが、抱き合っている二人をスザンナが見てフィガロを平手打ち。天使が一輪車に乗って出てきて皆を収めるが、実に滑稽で見ていて楽しい六重唱となり、天使のお陰で小細工の要らない大逆転劇であった。


 場が変わって伯爵夫人による21番のアリアとなり、「あの幸せなときはどこへ」と悲しみから伯爵への怒りに変わるレッシュマンの激しいアリアに会場は沸いた。続く手紙の二重唱では、天使が羽ペンと紙をスザンナに手渡し、スザンナが立ったままペンを走らせながらの二重唱となったが、二人の息がピタリと合って素晴らしかった。  行進曲で始まるフィナーレは、花輪と指輪を贈る儀式があり、続いて全員による祝福の踊りとなるが、この音楽は堂々として実に素晴らしかった。その最中にスザンナが伯爵に手紙を手渡すシーンと、喜んだ伯爵がピンで指を指すシーンとがあり、フィガロがその様子に気づいて不満な姿と、全体を天使が暖かく見守っている姿が印象に残った。





 第四幕は、フィナーレに入る前に5本のアリアが連続して、演奏会形式のまるで別のオペラのような歌を聴かせる音楽重視の舞台となり、天使がそれとなく活躍する。バルバリーナのアリアは、澄みきったような声でとても美しかった。普段は省略されるマルチェリーナのアリア「牡ヤギと雌ヤギは」も明るく歌われ、さすがマクローリンと思わせる歌いぶりであった。バジリオのアリアは教訓めいた理屈っぽいアリアであったが、アンダンテで始まった後、面白いメヌエットとなり、アレグロで終息し、まずまずの歌い方であった。
スザンナの裏切りを恨んで歌うフィガロのアリアは声量豊かで逞しく歌われ、いかにも男らしい歌であった。天使が幕を開けて階段付きの場になって、月明かりの中で歌われたスザンナのアリアは格別で、早い前奏のレチタテイーボの後にピッチカートと木管のオブリガートに乗ってデイーヴァーとして最高のアリアが歌われていた。  フィナーレに入ると月明かりの中でドタバタ劇が始まるが、可哀想なのは伯爵。白い前掛けでスザンナに化けた伯爵夫人をスザンナと思いこみ、やっと捕まえたスザンナを口説いて指輪を与えたり、フィガロと伯爵夫人に化けたスザンナとの浮気シーンを本物と思い込んで、遂に全員集合をかけてしまった。そして謝る皆を前にして絶対に許さないと言い張ったところに伯爵夫人が白い前掛けを外しながら現れて、初めて自分の誤りに気が付いた。大勢の前で伯爵が夫人に許しを請い、心が優しく事を荒立てない伯爵夫人の赦しによって、全員の重唱によりオペラは終わりとなったが、果たしてこれが本当の大団円となったかどうか、いささか気掛かりな終幕であった。



 このアーノンクール・ウイーンフイルとグート演出の新しい「フィガロ」の上演は、この音楽祭のトップを飾り、また新装成ったモーツアルトハウスのこけら落とし的な位置づけにあったが、アーノンクールが日頃から主張している「現代の音楽として生命と内容をもったものに努力すべき」と言う哲学を真面目に実行したオペラのような気がした。それは、序曲や第一幕の冒頭からおや?と感じさせるものが多く、観衆は音楽の素晴らしさを楽しみながら、絶えず緊張感を持って新しい舞台の動きを追わざるを得なかったものと思われる。このDVDを繰り返し見ながら、ライブをさっと見ただけなら気付かないことが沢山あり、映像で初めて良く理解できたことが多かった。
 このおや?と感じさせるものを全体を通じて考えると、恐らく軽快で無邪気なそしてロココ主義の「フィガロ」から訣別して、魅力ある登場人物たちの人間性の追求とでも言える一歩進んだ人間関係を描こうとしたテーマがあり、これが結果的に時間的にも空間的にもこれまでの「フィガロ」を超越せざるを得なくなったものと考えざるを得ない。
 その人間関係とは、他のオペラに較べると、伯爵とスザンナが互いにもっと親密であり、伯爵夫人もケルビーノともっと進んだ関係にあり伯爵を平手打ちできる強い女性に描かれていた。彼らが現代の北国の枯れ葉の舞う宮殿に出入りしていたら、どんな舞台が出来るかを模索した結果が、この「フィガロ」であったに違いない。



 それにしてもアーノンクール・ウイーンフイルの音楽は、美しく素晴らしかった。ゆったりと歌わせることを基調に、テンポの緩急と音の響きの強弱の自在な変化があり、伯爵夫人やスザンナやケルビーノたちの聴かせ所には最高の美しい音楽が流れていた。また、気短で一本気なフィガロも、神経症のような伯爵も男らしい力強い歌を披露して存在感を示していたし、マルチェリーナやバルバリーナなどの脇役たちも揃って歌が上手く上手に演技していた。エロスとキューピットを表す羽を付けた天使の存在が、邪魔だという人が多いと思われるが、余分な辻褄合わせの演技を省略させ、より音楽に人々を集中させ、さらに簡素な舞台と小道具の省略などに結びついたものと思われる。
 このHPには、アーノンクールの95年の音楽祭のものと96年のチューリヒOPの「フィガロ」があるが、この新しいオペラは、これらよりももっと輝きを増した話題性の多い「フィガロ」に深化しており、これが彼の目指す音楽芸術の流れであろうと思われた。

(以上)(07/11/07)


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