7-10-2、1990年ロヴェレートモーツアルト音楽祭より二つのコンサート、
1、ミサ・ブレヴィスK.65、教会ソナタK.328&K.274、奉納唱「主の慈悲よ]K.222、ミゼレレK.85、教会ソナタK.336&K.245、サンクタ・マリアK.273、レミニイ指揮ハンガリ・コンチェントウス、ハンガリー放送合唱団、
2、交響曲第33番変ロ長調K.319およびピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271、ヴェーグ指揮カメラータ・ザルツブルグ、

−ロヴェレート音楽祭を紹介する唯一の1990年の映像。鄙びたサン・マルコ教会の宗教曲の飾り気ない素朴な演奏は親しみを増し、まだ元気であったヴェーグと活気あるカメラータ・ザルツブルグの活きの良い演奏も聞きものである−

7-10-2、1990年ロヴェレートモーツアルト音楽祭より二つのコンサート、
1、ミサ・ブレヴィスK.65、教会ソナタK.328&K.274、奉納唱「主の慈悲よ]K.222、ミゼレレK.85、教会ソナタK.336&K.245、サンクタ・マリアK.273、レミニイ指揮ハンガリ・コンチェントウス、ハンガリー放送合唱団、
2、交響曲第33番変ロ長調K.319およびピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271、ヴェーグ指揮カメラータ・ザルツブルグ、

(学研・プラッツのレーザーデイスクPLLC-501206を利用)

 ロヴェレート音楽祭は、このホームページの旅行記で何回も参加してご報告を重ねてきたが、この音楽祭の内容を知ったのは、実はこのレーザー・デイスクが初めてであった。この映像記録は、1990年に行われた第3回音楽祭から二つのコンサートを収録したものであり、宗教曲の映像は、少年モーツアルトが大歓迎されてオルガンを弾いたとされるサン・マルコ教会で収録されている。また、ヴェーグとカメラータ・ザルツブルグの演奏は、記載されていないが、現在修復中の歴史のある木造のザントナイ劇場であろうと思われる。
 今回このレーザー・デイスクを第一号として取り上げたのは、私にとって懐かしい音楽祭だったばかりでなく、このヴェーグの交響曲第33番K.319がこのHPで初出であり、また宗教曲集の多くも初出曲であったので、リストを充実させるために早くアップしておきたいデイスクであったからである。この映像は、これまでお世話になったロヴェレートにお住まいのイタリアモーツアルト協会の会長ヴォラーニ氏が関わって作製されたものと思われるが、当時としては、まずまずの内容の貴重な記録として重要であると思われる。



 この宗教曲集には、ミサ・ブレヴィスニ短調K.65(61a)を始めとして、宗教曲小品3曲、及び4曲の教会ソナタが含まれている。ロヴェレートの有名なサン・マルコ教会で収録されており、宗教曲の教会内の映像として数少ない貴重な記録であろうと思われる。ミサ・ブレヴィスニ短調K.65(61a)は、孤児院ミサ曲,ハ短調K.139(47a)、ハ短調ミサ曲K.427を除いて珍しく短調で書かれた作品であり、冒頭のキリエから重々しい雰囲気を持っていた。1769年1月14日、12歳の少年がザルツブルグで作曲し、その年の2月5日、4旬節の40時間祈祷の初めに大学教会で初演されたという。
 キリエでは導入風のアダージョで始まり、主部のアレグロになって、「クリステ・エレイソン」の合唱に続き4重唱に入り、再び合唱に引き継がれていた。悲痛な祈りとも言える重厚な合唱のアレグロであり、強く印象に残る重々しいキリエであった。グロリアでは男性の朗唱に始まり、合唱をベースにソリストの独唱、重唱によるやりとりがあって、アーメンの合唱で終っていた。キリエの厳粛さを持ち込んだグロリアであった。なお、ソリスト名は、どうしてかLDに記録されていなかった。


 クレドではここでも朗唱で始まり、力強いアレグロの合唱が唯一の神を歌い出す。アダージョになってソリストたちの四重唱が美しい。サンクトウスのコーラスの掛け合いで始まる冒頭は実に穏やかな美しさがあり、またソプラノとアルトの2重唱によるベネデイクトスも明るく新鮮であった。アニュス・デイは、ニ短調のアンダンテで歌われる素晴らしい祈りの部分であり、モーツアルトがいつも意識して作曲したものと思われる。終わりのボナ・ノービスでは、テンポがかわり3拍子になって明るく終結していた。12歳の少年の作品とは思えない充実した響きのミサ曲であった。



 第二曲目には教会ソナタハ長調K.328およびト長調K.274の2曲が続けて演奏された。編成は小規模の弦楽器とその脇に置かれた固定式の小型のオルガンであった。K.328は1779年の作品であり、明るい華やかな曲でオルガンが常時活躍していた。K.274は1777年の作品であり、優美な曲想を持つがオルガンは低音補強に止まっていた。



 第三曲目は、奉納曲「主の慈悲を」ニ短調K.222(205a)であり、オーケストラ伴奏による合唱曲である。この曲は1775年ミュンヘン滞在中に作曲され、バイエルン選定侯に対位法的な教会音楽の能力を見せるために書かれたものとされる。モーツアルトもこの作品に自信を持っており、後日にボロニアのマルテイーニ神父に送って、お褒めの言葉をもらっていた。曲の内容は、「神の慈悲を、永遠に誉め歌おう」という詩が10回ほど反復繰り返されるもので、和声的な四部合唱によるフーガの自由な変奏形式で書かれている。合唱の合間にオーケストラの前奏とともに第九の「合唱」の旋律の一部が繰り返し現れるのが、偶然なのであろうが面白かった。




 第四曲目には、ミゼレレ(主よ、あわれみ給え)K.85(73s)が歌われるが、アルト・テノール・バスの三声による合唱とオルガン伴奏による合唱曲である。1770年ボロニアで作曲された8曲の小品集であり、マルテイーニ神父から対位法の指導を受けたときの習作曲とされる。テキストは詩編第51篇の一節から十五節までの奇数節8曲が合唱で歌われ、偶数節は男性の朗唱となり、合唱と交互に歌われていく。厳かな透明感に満ちた短い合唱にはそれぞれ特徴があり、少年が才能を発揮したまれに見る珠玉の作品になっていた。





 第五曲目は教会ソナタハ長調K.336およびニ長調K.245の2曲が続けて演奏された。編成は前曲と同様に弦だけの小編成であり、K.336は1770年に作曲された彼の最後の教会ソナタで、オルガン独奏を中心にした優美・典雅な作品であって、まるでオルガン協奏曲の第一楽章のような雰囲気で、カデンツアまで用意されていた。K.245の方は、オルガンは弦楽合奏に合いの手を入れる程度で、軽快な曲の通奏低音を受け持っていた。





 第六曲目は昇階曲「サンクタ・マリア(主の母、聖マリア)」K.273で、オーケストラとオルガンの伴奏による合唱曲である。1777年の9月にザルツブルグで作曲され、マリア聖名祝日のため作曲されているが、9月末の大旅行前の安全祈願の意味も兼ねていたと推測されている。曲は明るさを基調とした透明で深い信仰を現した見事な合唱曲であり、「アヴェ・ヴェルム」のような晩年の作風を先取りしたような素晴らしい曲である。


 これらの演奏を聴くと、必ずしも上手であるとは言えないが、総じて地方色のある実直な鄙びた響きの音楽が聞こえてきた。これは各教会で現地で行われているプロの合唱団ではない地方の教会音楽の実際の姿を表すものであろう。会場のサン・マルコ教会は、映像の合間に普段はライトが当たらないので暗くてよく見えない祭壇や装飾品が写されていたが、古くて素晴らしい教会であった。ミサ曲K.65では、録音のせいかソリストの声が前に出ず、合唱の中に埋没して聞こえたのは残念であった。教会ソナタの映像は、極めて珍しいものであるが、本来はミサ曲のクレドとサンクトウスの間で教典とともに演奏されていたようである。今回は演奏会形式で2曲ずつまとめて演奏されていた。なお、この音楽祭には、02年、03年、04年と3年続けて行ってるが、今回のハンガリー放送合唱団グループのミサ曲を、ヴァーシャリの指揮で2002年の音楽祭で聴いているので参照されたい。このHPの目次ー1の旅行記のバックナンバーから入っていただくと、各年別に参加した音楽祭の報告が整理されているので、ワンクリックで見ることが出来る。



もう一つのコンサートはヴェーグ指揮カメラータ・ザルツブルグによるもので、交響曲第33番変ロ長調K.319およびピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271が、エリザベト・レオンスカヤのピアノにより演奏されていた。北イタリアのこの地ロヴェレートは、ザルツブルグから高速道路に乗って、バスで3〜4時間の道のりであり、この小オーケストラならバス1台で来ることが出来、ザルツブルグの音楽家や研究者たちはこの音楽祭の常連になっている。





  交響曲第33番変ロ長調K.319 は、1779年パリから戻った年にザルツブルグで書き上げており、80年にもう1曲の交響曲第34番ハ長調K.338を完成させているが、それ以降の交響曲はウイーンで作曲されることになる。これらのザルツブルグ交響曲の特徴は、パリ好みの反映と見られるメヌエットなしの3楽章制をとったことや、トランペトやテインパニーを省いた小編成の曲としたことにあるが、ここではウイーンで追加されたメヌエットが加えられて演奏されていた。シャンドル・ヴェーグ(1912〜1997)の78歳の演奏であり、起立して指揮をする元気な姿を見ることが出来る。

 第一楽章は主和音がフォルテで響く中をファゴットと低減が刻む三拍子の基本リズムに乗って、ヴァイオリンとヴィオラで刻む上昇スタッカートにより陽気に快進撃するアレグロの第一主題が、いかにもモーツアルトらしく楽しく素晴らしい。ヴェーグは、腰を曲げ譜面を見ながら起立して指揮をしており、カメラータの若い人々の演奏が煌めくように聞こえ真に爽快であった。ためらうようなモテイーフの経過句を挟んで、ヴァイオリンで始まりオーボエが重なってくる第二主題も軽やかで面白いが、この曲では提示部で反復が省かれていた。そして新しい二つのモテイーフでの展開部が始まっていたが、その後半部でジュピター・モテイーフがフーガのように何回も繰り返され、ホルンやファゴットの合いの手も音色にアクセントを与えて、とても印象的な第一楽章であった。






 第二楽章は弦だけでさり気なく始まる愛らしいアンダンテであるが、譜面には入念に強弱記号が書き込まれた繊細な表情を持つソナタ形式による楽章である。第三楽章は広い音域を跳躍するような力強いメヌエットであり、後半部のホルンやファゴットのこだまのような響きが印象的。トリオは第一ヴァイオリンが主導するレントラー風の曲で、オーボエやファゴットが牧歌的な響きを加えていた。フィナーレは、主和音の一撃から生まれる小刻みなリズムを三連音符でかき立てるように進む軽快な主題で始まり、第一楽章とペアのような明るい躍動的なソナタ形式の楽章である。軽妙な第二主題に加えてオーボエとファゴットの二重奏による楽隊のような愉快な旋律が流れ、ご機嫌な作曲者の一面を見るように進行していた。ヴェーグの指揮は手慣れたもので、カメラータの若いグループをかき立てるように指揮し、このザルツブルグの躍動感あふれるシンフォニーを自在に操っていた。






   ヴェーグとカメラータによる2曲目は、エリーザベト・レオンスカヤのピアノによるピアノ協奏曲変ホ長調(第9番)K.271「ジュノム」である。このピアニストは、1945年旧ソ連のチフリス(トビリシ)に生まれ、11歳の時に公開の演奏会を開いたという。モスクワ音楽院で学んだ後、数々のコンクールに入賞し、1974年にウイーンでのデビューを果たし、1979年のザルツブルグ音楽祭で成功を収めてからウイーンの市民権を得ている。このHPでは初めてのピアニストであるが、ザルツブルグではお馴染みのピアニストのようで、安心して聴けるピアニストの一人であった。
 この曲の冒頭のトウッテイと続くソロピアノとの対話風に始まる出だしは、モーツアルトがこの曲で初めて試みた大胆な始まりであるが、その後オーケストラにより第一主題、第二主題と続けられていき、ヴェーグが弦楽器の音に慎重に味付けをしながら提示部を進行させる。やがて独奏ピアノがアインガングから明確なクリアな音を響かせながら登場し、オーケストラと競い合うように進む。レオンスカヤの音は明解なのであるが、会場のせいかオーケストラに残響が少なく、聞こえて欲しい躍動感に溢れるような新鮮な響きに乏しいように感じた。



 第二楽章は、ゆっくりしたオーケストラのもの憂い表情の序奏で始まり、独奏ピアノが引きずるような音色で進んでいくが、中間部の主題で見せる独奏ピアノはきりりと締まった表情を見せていた。モーツアルトがピアノ協奏曲で見せた最初の短調で始まる楽章であるが、レオンスカヤのピアノはしっかりと弾かれ、堂々と進行していた。フィナーレは、ABACABAのロンド形式の楽章であるが、冒頭の独奏ピアノは急速な分散和音で明るく開始され、その後オーケストラと緊密に結びつきながら急速に進行する。ロンドの中間部Cで特徴的なメヌエットがソロピアノで歌うようにゆっくりと現れ、更にオーケストラでピッチカート伴奏により優雅に変奏されながら展開されていく。ヴェーグとレオンスカヤは、互いに目配せしながらこの表情豊かなメヌエットをウットリさせるように演奏しており、聴くものには十分満足させるものがあった。
 会場のせいか弦楽器の音が荒々しく聞こえ残響に乏しい録音であり、カメラワークが上手くなく、視野や角度が限定されており、盛んに用いる二重映像も目障りに感ずることが多かった。場内の風景や客席なども写されず、会場の確認が出来ず残念に思った。

(以上)(07/10/15)


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