7-10-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その3)、
5曲のアウエルハンマー・ソナタ、ヘ長調(第32番)K.376(374d)、ヘ長調(第33番)K.377(374e)、変ロ長調(第34番)K.378(317d)、ト長調(第35番)K.379(373a)、変ホ長調(第36番)K.380(374f)、ヴァイオリン;A.S.ムター、ピアノ;R.オーキス、2005年12月、ザルツブルグ、

−アウエルハンマー・ソナタの6曲は、それぞれ個性的な魅力があり、ムターとオーキスはそれぞれを実に丁寧に弾き分けた素晴らしいソナタ集である−

7-10-1、ムター・オーキスによるヴァイオリン・ソナタ集(その3)、
5曲のアウエルハンマー・ソナタ、ヘ長調(第32番)K.376(374d)、ヘ長調(第33番)K.377(374e)、変ロ長調(第34番)K.378(317d)、ト長調(第35番)K.379(373a)、変ホ長調(第36番)K.380(374f)、ヴァイオリン;A.S.ムター、ピアノ;R.オーキス、
2005年12月、ザルツブルグ、
(07年05月03日、NHKウイークエンドシアターのBS102の放送を、DーVHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 ムター・オーキスのヴァイオリン・ソナタ全集の三回目であり、今回は通称「アウエルハンマー・ソナタ」集のアップである。このソナタ集は、1781年11月ウイーンのアルタリアより「作品供廚箸靴峠佝任気譟彼の弟子ヨゼファ・アウエルハンマー嬢に献呈されている。内容は収録順に、K.376、K.296、K.377、K.378、K.379、K.380の6曲であったが、ウイーンで作曲されたのは4曲だけで、K.296は1778年マンハイムで、K.378は大旅行後のザルツブルグで書かれていた。このうち、ハ長調K.296は、(その1)として8月号の第1曲でご報告済みであるので、今回はその他の5曲を対象とするものである。
 ムター・オーキスのコンビは、1998年にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を出しており、クラシカジャパンで06年6月に放送されたので全て収録している。このコンビの演奏は、評価の高いものであるが、どちらかといえばオーキスのピアノのせいか、モーツアルトや初期のベートーヴェンの作品の方が向いているように思われた。今回の5曲もそれぞれ個性的で素晴らしい曲が多いので、大いに期待しながら繰り返し聴いた。



 ソナタ集の第一曲は、ヘ長調(第32番)K.376(374d)で、それぞれ性格の異なる三つの楽章、アレグロのソナタ形式−アンダンテの三部形式−アレグレット・グラツイオーソのロンド形式で構成されている。第一楽章は、両楽器のユニゾンの三和音で堂々と開始され、ピアノが第一主題の前半を提示し、後半をヴァイオリンが軽快に提示する形で進めらる。第二主題もピアノで示される部分とヴァイオリンが示す部分とがあり、ムターのヴァイオリンとオーキスのピアノとが弾むように明るく対話する元気の良い提示部であった。展開部ではピアノが新しい主題を提示してヴァイオリンと掛け合うもので、再現部ではほぼ型通りに進められていた。
 第二楽章は、三部形式で、どの部分もピアノで開始されヴァイオリンに引き継がれる主題と、ヴァイオリンで示されピアノで繰り返される主題から出来ている。中間部では調性が替わり伴奏する楽器がトリルで飾り立てる変奏を行い、第三部では第一部分を忠実に再現していた。フィナーレは、地味な前の楽章とがらりと変わり、アレグレットでロンド主題がピアノで軽快に飛び出しヴァイオリンで繰り返される。この溌剌とした主題は、二つのエピソードを挟んで4回顔を出し、極めて印象的に響く。この主題と二つのエピソードとの対比が鮮やかで、ピアノとヴァイオリンは互いに旋律を受け渡し、絶えず変化を重ねており、最後はロンド主題で締めくくった楽しいロンドであった。



 第二曲目は、ヘ長調(第33番)K.377(374e)で、珍しく同じ調性で連作されているが、曲想・構成とも大幅に異なり、第一楽章は同じアレグロのソナタ形式であってもここでは緊迫感を持って急流のように進み、第二楽章ではアンダンテの主題と六つの変奏曲、フィナーレはメヌエット楽章であって、前曲とはがらりと構成が変化している。この曲は、LP時代の初期の頃に、バリリーとスコダのレコードを繰り返して聴いていたため、懐かしい曲になっており、このソナタ集でも、K.378やK.379と並んで代表的なものと言えよう。
 第一楽章はヴァイオリンのトレモロを伴ったピアノが元気よく第一主題を奏でるが、二人のテンポはかなり早めに弾かれ、続いて生き生きとしたヴァイオリンにより丁寧に反復されて、非常に印象的である。経過部を経て第二主題がヴァイオリンで弾かれピアノに引き継がれるが、これも飛び上がるようなスタッカートで弾かれ実に活気がある。この楽章ではピアノよりもヴァイオリンが目立ち技巧的にも華やかで、ムターの持ち味が随処に発揮され、見どころのある演奏であった。
 第二楽章は、ピアノで出てヴァイオリンが続く変奏主題の提示であり、装飾音に飾られて後半は両楽器の見事な対話が聞かれる。第一変奏はピアノが中心であり、第二変奏はヴァイオリンが主導していた。第三変奏はピアノの細かな動きの伴奏に乗ってヴァイオリンが主題を奏で、第四変奏では両楽器の掛け合いに終始していた。第五変奏はヴァイオリンが旋律を受け持つ間奏曲で、最後の第六変奏はテンポががらりと変わり、6/8拍子のシチリアーナのリズムとなり優雅を極めた見事な変奏となっていた。ピアノもヴァイオリンも対等に技量を発揮していた。
 フィナーレは、ピアノでメヌエット主題が奏でられ、ヴァイオリンで繰り返されていくが、後半にはピアノの下降するアルペッジョに乗ってヴァイオリンがトリルのついた上昇音形の部分が続きとても美しい。トリオはピアノ中心でヴァイオリンはオブリガート的。ソナタ楽章としては珍しいメヌエットでこれも印象的であった。



   第三曲目は、変ロ長調(第34番)K.378(317d)であり、今回の5曲のうちではこの曲だけがザルツブルグで書かれたことになっている。楽章構成は明るく華やかなアレグロのソナタ形式、アンダンテイーノの三部形式、明るいアレグロのロンド形式の標準的な構成の曲である。ベートーヴェンにはスプリングソナタという実に明るい春を思わせる標題の曲があるが、モーツアルトのソナタではこの曲が、スプリングソナタのような明るさと華やかさを持った爽快な曲であると言えよう。
 第一楽章は、柔らかなヴァイオリンの伴奏に乗ってピアノが明るく第一主題を歌い出し、ヴァイオリンが華やかに彩りをつけて軽快に流れるように進む。春のような浮き浮きした快調な気分であり、経過部でも美しいエピソードが続く。第二主題は地味であるが、ピアノで始まり次いでオクターブ高くヴァイオリンで歌われる。再び伸びやかな第一主題が始まり全体が繰り返されるが、ムターのヴァイオリンは朗々と明るく響きまるで春のような気分にさせられる。展開部は全く新しい主題がピアノとヴァイオリンで繰り返されるが、再現部では提示部を忠実に再現していた。
 第二楽章のアンダンテイーノでは、ピアノとヴァイオリンによる甘い主題が提示され、左手の三連符の分散和音に乗ってこの主題が美しく繰り返されていく部分と、刻むようなピアノの伴奏に乗ってヴァイオリンが新しい主題を提示しこれを拡大していく部分とがある。そしてフェルマータの後、始めのゆったりした夢のような部分が現れ、終わりに力強い和音が繰り返されるコーダでこの楽章が結ばれる。フィナーレでは、弾むような明るいロンド主題で始まり、これはピアノから出てヴァイオリンで反復されていく。このロンド主題が主調で幾度も回帰する形式をロンド形式とするならこの楽章もロンドなのであるが、この間に挟まれる副主題が4種類も登場し、目まぐるしく変化の多い楽章となっている。躍動感のある生き生きとしたロンド主題は都合4回現れ、コーダで結ばれていた。
 この曲は大好きな曲なので、手元の色々なヴァイオリニストの演奏と比較してみたが、ムターの演奏はやはり堂々とした正統的な演奏で、他の演奏に引けをとらぬ好感が持てるものであった。



 第四曲目は、ト長調(第35番)K.379(373a)であり、この曲は長い序奏を伴ったアレグロのソナタ形式の第一楽章と変奏曲形式の第二楽章の構成となっている。この曲は、1781年4月8日父宛の手紙に、「僕自身のためのヴァイオリン伴奏付きのソナタで、これは昨晩11時から12時まで作曲したものです。でも間に合わせるためには、ブルネッテイのための伴奏だけ書きましたが、自分のパートは頭にしまっておきました。」と書かれたソナタである。モーツアルトが「イドメネオ」を完成させたミュンヘンからコロレドに呼び戻され、そのままウイーンに滞在することになった時期に書かれた曲とされる。
 ピアノ独奏で開始される序奏のアダージョは、やがてヴァイオリンが受け継ぎピアノは分散和音を添えているが、やがてこの分散和音が幻想曲風に表情豊かに展開される。このヴァイオリンの柔らかい序奏を伴ったピアノの深い響きは何と美しいことか。全体が反復されてさらに幻想的な部分が展開されて、フェルマータで閉じると、アレグロの激しい主題がピアノで開始される。この対照的に生きの良い第一主題が、この楽章を支配するかのようにひとしきり勢いよく進むが、やがて第二主題がピアノの左手とヴァイオリンで模倣的に示され、さらにはヴァイオリンとピアノの右手で模倣し合って進む。ムターのヴァイオリンは実に活きが良く、アダージョの幻想曲風の響きと対照的に現実的な激しい響きを示していた。

 第二楽章は、愛らしい主題が両楽器の共同で導かれる穏やかな性格の主題提示で始まり、第一変奏は専らピアノが活躍するがこのピアノが実に素晴らしい。第二変奏はヴァイオリンが主導的な変奏であり、第三変奏はピアノの早い32分音符の伴奏に乗ってヴァイオリンが幅広く動き回る。第四変奏は短調となりピアノが柔らかいヴァイオリンを従えて美しく変奏している。第五変奏はアダージオとなりヴァイオリンのピッチカートに乗ってピアノが細やかな変奏を続けていくが、後半は幻想曲風な趣を示す素晴らしい変奏であった。
 モーツアルトが初演したときには、ピアノの部分がどの程度書かれていたかは分からないが、全体を通じてこの曲は彼が言っているように「ヴァイオリンの伴奏付きソナタ」の感じがしており、ピアノのフレーズの中にはイタリア人のブルネッテイを従えたピアニスト・モーツアルトの得意げな表情が見え隠れするようなパッセージが見え隠れしており、この曲では特にムターに負けずにピアノのオーキスも頑張っていた。



 最後の第五曲目は、変ホ長調(第36番)K.380(374f)であり、曲の構成は第一楽章がアレグロのソナタ形式、第二楽章はアンダンテの美しい緩徐楽章、フィナーレはフランス風のロンドという標準構成であるが、内容がどっしりとした堂々たる雰囲気を持っており、両パート間の関係が密接で、完成された純粋な古典ソナタの風貌がある曲である。  第一楽章では第一主題はピアノ、第二主題はヴァイオリンが中心になって提示された後、最後に第三主題的なものがヴァイオリンで示されて、いずれも対照的な重厚な構成になっている。第一主題の冒頭の力強い主和音は非常に迫力があり、ピアノとヴァイオリンが交互にこの激しい和音の動きを繰り返し、展開部でも用いられていた。また軽やかなピアノ伴奏に乗ってヴァイオリンが美しく提示する生き生きとした第二主題の軽快さは実に印象的であった。
 第二楽章は、ピアノで始まる綿々とした美しい主題によるアンダンテであり、ヴァイオリンで繰り返されていくが、クレッシェンドの上昇部分がとりわけ繰り返されることが多く強く印象に残った。第二主題もソット・ヴォーチェでヴァイオリンで現れ、ピアノで繰り返されていくが、この主題もなかなか印象的であった。
 フィナーレは典型的なロンド形式で、真っ先にピアノが明るくロンド主題を提示してこれをヴァイオリンが受けた後、ピアノのリトルネロになる。第一のエピソードはピアノから始まりヴァイオリンが重なっていく軽やかなもので、ロンド主題が一段と明るく演奏された後に、第二のエピソードがピアノの軽い伴奏に乗ってヴァイオリンで提示されるが、この主題は重々しく響き対照的であった。
 各楽章ともピアノとヴァイオリンが対等な対話の部分があり、それぞれの楽章に印象に残る主題があって、アウエルハンマー・ソナタ全6曲の中では一番重厚な音作りがなされたソナタであると感じさせられた。

 終わりにこの曲集に私の大好きな曲が含まれていたので、昔の良く聴いたCDを取り出して比較して聴いてみた。ズスケ・オルベルツ(1967~72)、グルミオー・クリーン(1982)、アッカルド・カニーノ(1989)、クロサキ・ニコルソン(1992)などを取り出してみたが、K.377、K.378、K.379の3曲では、やはりグルミオー・クリーン盤が一番自分の好みに合う音がしていた。これはクリーンのピアノが素晴らしいという一言に尽きてしまうと思う。今回通して聴いたムター・オーキス組も善戦していたが、時々頼りなさそうな表情をするオーキスのピアノが、これらのCDと聞き比べると少し弱いかなと感じたが、唯一の映像としてやはり重要な存在であると思った。

(以上)(07/10/09)


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