7-1-5、ホーネックの企画・構成による「レクイエム」コンサート−死と再生−、 ホーネック指揮、読売日本交響楽団、06/09/23、東京芸術劇場、

−ホーネックの信念に基づいて企画・構成された、日本でモーツアルトを彼の作曲したレクイエムで追悼するに相応しい、新たなコンサート方式の提案−

7-1-5、ホーネックの企画・構成による「レクイエム」コンサート−死と再生−、 ホーネック指揮、読売日本交響楽団、06/09/23、東京芸術劇場、
作詞;大江健三郎、朗読;江守徹、S;半田美和子、A;加納悦子、T;永田峰雄、Bs;久保和範、国立音大合唱団、
(06年12月17日及び20日のBS日テレのHV放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

 モーツアルトの作曲したレクイエムは、未完成であったが、弟子のジュスマイアーが補作したジュスマイヤー版を使って演奏されることが多い。しかし、マエストロ・ホーネックは、彼が企画し、構成して指揮した特別なヴァージョンとも言えるホーネック版−死と再生−によりレクイエムの演奏を試みた。それはホーネックが、モーツアルトの死生観があふれている手紙や曲を用いて、自らの信念に基づいて企画し構成したものである。


 モーツアルトはコンサートホールで演奏するためにこの曲を作曲したのではない。モーツアルトは、作曲中にミサの最中に聖句とともに演奏されることを考えていたに違いない。従って、レクイエムの演奏に当たっては、典礼との関係、その意味、そしてモーツアルトの死という背景を常に考えながら演奏することが重要であると、ホーネックは強調する。
 モーツアルトは死後シュテファン寺院で追悼・埋葬のミサが行われ、非常に速やかに埋葬された。そしてミサにおいてはグレゴリア聖歌が歌われたという。レクイエムについては、5日後、聖ミヒャエル教会で完成された部分の演奏が行われ、コンスタンツエは初めにアイブラーに補作を依頼したが、一部に手を入れただけで、その後弟子のジュスマイヤーによって現在の形に補作されている。


 今回のホーネックのレクイエムの演奏は、「死と再生」と題され、始めに追悼ミサが行われた際に歌われたグレゴリア聖歌を、当時と同じテキストを用いて合唱団に歌わせ、次いでモーツアルトの死生観にあふれた手紙を、声優の江守徹が朗読すると言う形で開始された。次いで「フリーメーソンのための葬送音楽」K.477が厳かに演奏され、グレゴリア聖歌のあとに「荘厳晩歌」K.339から「ラウダーテ・ドミヌム」(第5曲)が演奏された。
以下、この「死と再生」の全体構成は、末尾の表ー1の通りである。


 聞こえるか聞こえないかの静かな鐘の音とともに開始された祈るようなグレゴリア聖歌の合唱は、男声合唱による単旋律のもので、死者の追悼には相応しい荘厳で厳粛な聖歌であった。次いで江守徹が朗読したモーツアルトの手紙は、「死は人生の最終目的ですから、死は心を慰める幸福の神だと思うようになった。」という趣旨の病気の父に宛てた最後の手紙であった。暗いフリーメースンのための葬送音楽が演奏され、その後のグレゴリア聖歌も同じように厳粛に聞こえた。ラウダーテ・ドミヌムの「主よ誉め称えよ」の半田美和子の高く澄んだソプラノ独唱により幾分明るさを取り戻し、続く合唱団による斉唱の中から飛び抜けて高く響くソプラノのソロが深く心に刻まれる。



 続く大江健三郎の詩は、この演奏のための書き下ろしのようであるが、終戦を告げる御音放送の後に村長が皆に語った「私らは生き直すことはできない」と言った言葉に対して、子供である私に母が語った「私らは生き直すことが出来る」といった言葉の意味が分からなかった。しかし、年を重ねた今、やっとこの二人の語った意味が分かる年齢になったという。続くグレゴリア聖歌は、これまでより大きく力強く聞こえた。
 再び大江健三郎の若い人々に呼びかけた「私らは生き直すことが出来る」という言葉で朗読が終わり、ホーネックの指揮で「イントロイトウス」が静かにゆっくりと厳粛に開始される。いよいよレクイエムの開始である。ホーネックの演奏は、コントラストの幅が広い大きな演奏だ。トロンボーンやテインパニーがしっかり響き、合唱団の規模も大きく充実しており、やがて歌い出した半田美和子の声が透き通るようにこだまする。キリエに入ってもやや早めのテンポながら、十分な迫力を持って心に迫ってきた。




   キリエが終わり、ヨハネの聖書の朗読が始まる。大袈裟な語りでウンザリするが、「神と子羊の怒りに誰が耐えられるであろうか」と大江が絶叫して、「セクエンツイア」の怒りの日が速いテンポで激しく開始される。激しい合唱の次には、高いオルガン席からトロンボーンが厳かに鳴り響き、バス・テノール・アルトの順に次第に高揚し、ソプラノが登場して美しい四重唱が続く。激しいオーケストラと共にレックスの大合唱は、聴くもののお腹の底まで響くように感じさせられ、祈るような静かな終わりが印象的であった。リコーダーレは速いテンポで終始し、ここで映像は中断し、この放送の前編が終了する。
 コンフュータテイスで後編の放送が再開され、悲鳴のように聞こえる女声合唱の声がひしひしと迫るように聞こえた。続いてラクリモサが静かに始まり、ここではジュスマイヤー版で終わりのアーメンの合唱まで行き、セクエンツイア全体を締めくくる。




 再びグレゴリア聖歌が、シュテファン寺院の内部を写しながら合唱され、ヨハネの聖書の朗読が入る。オッフェルトリウムは、始めのドミネとホステイアスの2曲のみ。早すぎるテンポのドミネに驚き、ホステイアスのゆっくりしたテンポで救われたように感じ、大袈裟に終わってから、しばし瞑目する。そして静かにラクリモサが始まり、突然8小節の高まりで中断し、沈黙が始まる。祈りの静止に次いで静かにアヴェ・ヴェルムK.618がゆっくりと開始されていた。これまで聴いたことがないような厳粛な、祈りながら歌われるアヴェ・ヴェルムであった。終えてしばらく黙祷しているうちに微かな鐘の音が響き、やがて静かにわき起こるように拍手が始まり一同感動の中に終息した。大勢の人方が一様に感動を共にしたシーンであった。





 ホーネックは、キリスト教徒でない日本人に「レクイエム」をコンサートでどのように演奏すべきかを真剣に考えたに違いない。そして、生誕250年のある日に、モーツアルトを追悼するために、自身のレクイエムを聴く方法として、考え抜いたホーネック版であったようである。ラクリモサを指揮の途中で中断し、お祈りをし、静かにアヴェ・ヴェルムを聴く方法は、実に感動的であり、このコンサートの終わり方が良かったので、出席者は満足して帰路についたと思われる。レクイエムのいろいろな版を聴くのも良いが、その意味ではこのホーネック版も、重要な部分を全て聴いたことになり、一つの方法であると思った。ただし、映像では、詩と聖書の朗読は一度か二度見れば十分であり、音楽だけで良いと思った。

(以上)(07/01/16)

表−1、マンフレッド・ホーネックの企画・構成・指揮、
「レクイエム」−死と再生−


1、グレゴリア聖歌、
2、モーツアルトが父に宛てた手紙(87年4月4日)、朗読;江守徹、
3、「フリーメーソンのための葬送音楽」K.477
4、グレゴリア聖歌、
5、「荘厳晩歌」K.339から「ラウダーテ・ドミヌム」(第5曲)、
6、大江健三郎の詩、前半、朗読;江守徹、
7、グレゴリア聖歌、
8、大江健三郎の詩、後半、朗読;江守徹、
9、「レクイエム」から「イントロイトウス」と「キリエ」、
10、ヨハネの黙示録6章、8〜17、朗読;江守徹、
11、「レクイエム」から「セクエンツイア」、
(怒りの日/妙なるラッパ/レックス/リコルダーレ/コンフュタテイス/涙の日)
12、グレゴリア聖歌、
13、ヨハネの黙示録21章、1〜7、朗読;江守徹、
14、「レクイエム」から「オッフェルトリウム」、「ラクリモサ8小節」、
15、アヴェ・ヴェルム・コプスK.618、



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